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3.元婚約者
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婚約解消を告げられてからしばらく経ったころ、私の心は平穏を取り戻していた。
世界に置き去りにされている私には、悲しみや怒りさえ持続しなかった。
ただずっと、疲れていた。
家族の見舞いはあれから一度もなく、部屋を訪れるのは侍女とメイドの二人だけ。
そういえば主治医の姿も最近は見なくなったな、と思ったが、もはや私にとってはどうでもいいことだった。
侍女とメイドも、四六時中傍にいるわけではない。
私の世話以外にも、色々と仕事があるのだろう。
一人きりの部屋の中で、私はうっすらと目を開けたまま、天井を眺めていた。
白い天井に、シャンデリアの影が伸びている様子が、どこか水車に似ているなと思った。
「久しぶり」
不意に声をかけられて、心臓が飛び跳ねた。
自由に体を動かせていたころならきっと、悲鳴を上げていただろう。
細く長い指が、私の頬に伸ばされる。
感覚はないが、そっと撫でられているのだろうと手の動きからわかった。
私を覗き込んだ顔は青白く、記憶の中の姿よりも少し痩せて見える。
セオル・ラース・グレイ。
伯爵家嫡男で、私の元婚約者である男だ。
どうしてこんなところにいるのだろうかと疑問に思いつつも、もう一度彼に会えたことが素直に嬉しい。
「なかなか来られなくてごめん。君に会う許可をもらえなくて。……本当は今日もだめだって言われたんだけどね」
ふっと悲しげに笑う彼は、まるで迷子の子どものようだ。
今すぐにでも頭を撫でて、抱きしめてあげたい。
たまらないくらい母性本能をくすぐられているのに、指先一つ動かないのがもどかしい。
「アメリア……会いたかった」
はちみつを煮詰めたような、とろりと甘い声でセオルが言う。
長年の付き合いから、多少は彼も私に親愛の情を抱いてくれていると思っていた。
だけどもしかしたら、セオルは私が思っていたよりずっと、私のことを愛してくれていたのかもしれない。
それにもっと早く気づいていれば……。
いや、心を通わせるほど、今の状況はつらくなっていたはずだ。
それならばいっそ、交流など持たず上辺だけの関係に留めておくべきだったと遅すぎる後悔をする。
でも今の彼の婚約者は、私ではなくイレーヌだ。
愛らしいあの子なら、きっと彼の心を癒してくれる。
複雑な気分だけど、そう思える程度には私は自分の現状を諦められていた。
「眠っているようにしか見えないのに……。どうして……」
憂いを帯びた眼差しに見据えられしんみりしていると、ふいに気付いてしまった。
頬に触れていた手が、だんだん下の方に移動していることに。
顔が動かないから視線も上手く動かせない。
それでも視界の端に映る彼の腕の動きから、どこを弄られているのか想像がつく。
首筋から鎖骨を通り、やがて彼の手のひらは胸のふくらみに行き着いた。
触られている感覚は一切ない。
だからといって、看過できる状況ではない。
いや、本当に何してんだこいつ!
令嬢にあるまじき心の声が噴出するのもおかまいなしに、私はパニックに陥っていた。
そもそも病床の元婚約者に手を出すとか、こいつの倫理観どうなってんの?
しばらく胸元に留まっていた彼の手は、より下の方へ移動していく。
さっきまでのセンチメンタルな気持ちを返してほしい。
……いや、待って?
待って待って待って?
私今、おむつ履いてるんだけど???
世界に置き去りにされている私には、悲しみや怒りさえ持続しなかった。
ただずっと、疲れていた。
家族の見舞いはあれから一度もなく、部屋を訪れるのは侍女とメイドの二人だけ。
そういえば主治医の姿も最近は見なくなったな、と思ったが、もはや私にとってはどうでもいいことだった。
侍女とメイドも、四六時中傍にいるわけではない。
私の世話以外にも、色々と仕事があるのだろう。
一人きりの部屋の中で、私はうっすらと目を開けたまま、天井を眺めていた。
白い天井に、シャンデリアの影が伸びている様子が、どこか水車に似ているなと思った。
「久しぶり」
不意に声をかけられて、心臓が飛び跳ねた。
自由に体を動かせていたころならきっと、悲鳴を上げていただろう。
細く長い指が、私の頬に伸ばされる。
感覚はないが、そっと撫でられているのだろうと手の動きからわかった。
私を覗き込んだ顔は青白く、記憶の中の姿よりも少し痩せて見える。
セオル・ラース・グレイ。
伯爵家嫡男で、私の元婚約者である男だ。
どうしてこんなところにいるのだろうかと疑問に思いつつも、もう一度彼に会えたことが素直に嬉しい。
「なかなか来られなくてごめん。君に会う許可をもらえなくて。……本当は今日もだめだって言われたんだけどね」
ふっと悲しげに笑う彼は、まるで迷子の子どものようだ。
今すぐにでも頭を撫でて、抱きしめてあげたい。
たまらないくらい母性本能をくすぐられているのに、指先一つ動かないのがもどかしい。
「アメリア……会いたかった」
はちみつを煮詰めたような、とろりと甘い声でセオルが言う。
長年の付き合いから、多少は彼も私に親愛の情を抱いてくれていると思っていた。
だけどもしかしたら、セオルは私が思っていたよりずっと、私のことを愛してくれていたのかもしれない。
それにもっと早く気づいていれば……。
いや、心を通わせるほど、今の状況はつらくなっていたはずだ。
それならばいっそ、交流など持たず上辺だけの関係に留めておくべきだったと遅すぎる後悔をする。
でも今の彼の婚約者は、私ではなくイレーヌだ。
愛らしいあの子なら、きっと彼の心を癒してくれる。
複雑な気分だけど、そう思える程度には私は自分の現状を諦められていた。
「眠っているようにしか見えないのに……。どうして……」
憂いを帯びた眼差しに見据えられしんみりしていると、ふいに気付いてしまった。
頬に触れていた手が、だんだん下の方に移動していることに。
顔が動かないから視線も上手く動かせない。
それでも視界の端に映る彼の腕の動きから、どこを弄られているのか想像がつく。
首筋から鎖骨を通り、やがて彼の手のひらは胸のふくらみに行き着いた。
触られている感覚は一切ない。
だからといって、看過できる状況ではない。
いや、本当に何してんだこいつ!
令嬢にあるまじき心の声が噴出するのもおかまいなしに、私はパニックに陥っていた。
そもそも病床の元婚約者に手を出すとか、こいつの倫理観どうなってんの?
しばらく胸元に留まっていた彼の手は、より下の方へ移動していく。
さっきまでのセンチメンタルな気持ちを返してほしい。
……いや、待って?
待って待って待って?
私今、おむつ履いてるんだけど???
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