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9 電話
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その日の夜、病院から電話がかかってきた。
いっしょにテレビを観ていた母が「こんな時間にどうしたのかしら」と首を傾げていたが、適当に流して自室に戻る。
母にはまだ、凪さんの弟のことは知らせていない。
変に期待を持たせてることは避けたかった。
今までだって、私のもやが治るかもって与太話に騙されて、変な水とか置物とか買わされては、効果がないことに気付いて絶望するのを繰り返してきた母だ。
今回の話がだめだったとき、きっと私以上に打ちのめされてしまう。
「もしもし?」
『夜分遅くに失礼いたします。在原大学病院の桃野ですが、霧山かすみさんのお電話でお間違えないでしょうか?』
「はい。小春さん、こんばんは」
『こんばんは、かすみちゃん。こんな時間にごめんね。電話大丈夫かな?』
「大丈夫です」
『じゃあ、さっそく本題に入らせてもらうわね』
小春さんの話によると、夕方ごろ凪さんの弟さんと連絡がついたそうだ。
その日の予定が空いていたから、そのまま病院まで来てもらい、私の主治医である森川先生も含めて話を聞いたという。
小春さんも森川先生も、正直話の信ぴょう性を疑っていたらしい。
それはそうだろう。
私だって、いまだに信じられないくらいだ。
しかし疑いはすぐに晴れた。
なぜなら、彼は訝し気なふたりの目の前で、私と同じもやを出してみせたから。
『それでね、もやのコントロール方法を教えてもらえることになったの。ただ病院としても初めての症例だし、実際にそのコントロール方法がかすみちゃんにも使えるかはわからないでしょ?悪い影響が出てしまう可能性だってゼロじゃない。だから、森川先生立会いのもと、かすみちゃんの健康状態を確認しながらコントロール方法を教えてもらったらどうかっていう話になっているんだけど、どうかな?』
「お願いします。先生がいっしょだと心強いです」
『わかった。でも今週は先生の予定が詰まっていて……来週の水曜日の午後からなら先方の都合もつくみたいなんだけど……』
「私はいつでも大丈夫です」
『ありがとう。それじゃあ、来週の水曜日、午後2時に受付まできてくれる?』
了承して、電話を切る。
私は妙な高揚感に包まれていた。
半信半疑だった話が、一気に信ぴょう性を帯びてきた。
小春さんと森川先生が信じたのなら、そのもやは本当に私のそれと同じだったのだろう。
それでも、胸の中にもやりとした不安が残る。
期待を高めすぎてはいけない。
最悪の結果を想定しておかなくては、不意打ちを食らうと立ち直れなくなってしまう。
目を閉じて、深呼吸をする。
ゆっくりと目を開けて、目の前に広がるもやをぼんやりと眺める。
もしも、もしも本当にこのもやがなくなったとしたらーーーー。
「かすみ?電話終わったの?」
コンコン、と部屋の扉を叩きながら、母が問いかけた。
電話の内容が気になっているのだろう。
母にスマホの着信画面を見られたのは失敗だったな。
画面さえ見られていなければ、友だちからの電話だとか何とか言ってごまかすことだってできたのに。
それでも、いつまでも黙ってはいられない。
短く息を吐き、部屋の扉を開ける。
「終わったよ」
「何のご用だったの?」
「病院にヘアピン落としてきちゃったみたい」
「ヘアピン?そんなのつけてたかしら?」
「うん。小春さんが私がつけてたの覚えててくれたみたいで、もしかしたらって電話してくれたの」
「そう」
母は納得した顔をして頷いた。
最近は一人で通院しているが、数年前まではずっと母が付き添ってくれていた。
私に親身になってくれている小春さんに、母は好感を覚えているらしく、疑う様子はない。
「病院で預かっとくから、都合がいいときに取りに来てくれればいいって」
「そう。早めに行きなさいね」
「わかった」
リビングへ戻っていく母の後ろ姿を見送ってから、私は部屋の扉を閉めた。
私のもやが消えたら、母はどんな顔をするだろう。
喜んで涙を流すかな?
そしたらきっとうれしいはずなのに、そんなことを考えていると、ちょっとだけ心が重くなるのはどうしてなのだろう。
いっしょにテレビを観ていた母が「こんな時間にどうしたのかしら」と首を傾げていたが、適当に流して自室に戻る。
母にはまだ、凪さんの弟のことは知らせていない。
変に期待を持たせてることは避けたかった。
今までだって、私のもやが治るかもって与太話に騙されて、変な水とか置物とか買わされては、効果がないことに気付いて絶望するのを繰り返してきた母だ。
今回の話がだめだったとき、きっと私以上に打ちのめされてしまう。
「もしもし?」
『夜分遅くに失礼いたします。在原大学病院の桃野ですが、霧山かすみさんのお電話でお間違えないでしょうか?』
「はい。小春さん、こんばんは」
『こんばんは、かすみちゃん。こんな時間にごめんね。電話大丈夫かな?』
「大丈夫です」
『じゃあ、さっそく本題に入らせてもらうわね』
小春さんの話によると、夕方ごろ凪さんの弟さんと連絡がついたそうだ。
その日の予定が空いていたから、そのまま病院まで来てもらい、私の主治医である森川先生も含めて話を聞いたという。
小春さんも森川先生も、正直話の信ぴょう性を疑っていたらしい。
それはそうだろう。
私だって、いまだに信じられないくらいだ。
しかし疑いはすぐに晴れた。
なぜなら、彼は訝し気なふたりの目の前で、私と同じもやを出してみせたから。
『それでね、もやのコントロール方法を教えてもらえることになったの。ただ病院としても初めての症例だし、実際にそのコントロール方法がかすみちゃんにも使えるかはわからないでしょ?悪い影響が出てしまう可能性だってゼロじゃない。だから、森川先生立会いのもと、かすみちゃんの健康状態を確認しながらコントロール方法を教えてもらったらどうかっていう話になっているんだけど、どうかな?』
「お願いします。先生がいっしょだと心強いです」
『わかった。でも今週は先生の予定が詰まっていて……来週の水曜日の午後からなら先方の都合もつくみたいなんだけど……』
「私はいつでも大丈夫です」
『ありがとう。それじゃあ、来週の水曜日、午後2時に受付まできてくれる?』
了承して、電話を切る。
私は妙な高揚感に包まれていた。
半信半疑だった話が、一気に信ぴょう性を帯びてきた。
小春さんと森川先生が信じたのなら、そのもやは本当に私のそれと同じだったのだろう。
それでも、胸の中にもやりとした不安が残る。
期待を高めすぎてはいけない。
最悪の結果を想定しておかなくては、不意打ちを食らうと立ち直れなくなってしまう。
目を閉じて、深呼吸をする。
ゆっくりと目を開けて、目の前に広がるもやをぼんやりと眺める。
もしも、もしも本当にこのもやがなくなったとしたらーーーー。
「かすみ?電話終わったの?」
コンコン、と部屋の扉を叩きながら、母が問いかけた。
電話の内容が気になっているのだろう。
母にスマホの着信画面を見られたのは失敗だったな。
画面さえ見られていなければ、友だちからの電話だとか何とか言ってごまかすことだってできたのに。
それでも、いつまでも黙ってはいられない。
短く息を吐き、部屋の扉を開ける。
「終わったよ」
「何のご用だったの?」
「病院にヘアピン落としてきちゃったみたい」
「ヘアピン?そんなのつけてたかしら?」
「うん。小春さんが私がつけてたの覚えててくれたみたいで、もしかしたらって電話してくれたの」
「そう」
母は納得した顔をして頷いた。
最近は一人で通院しているが、数年前まではずっと母が付き添ってくれていた。
私に親身になってくれている小春さんに、母は好感を覚えているらしく、疑う様子はない。
「病院で預かっとくから、都合がいいときに取りに来てくれればいいって」
「そう。早めに行きなさいね」
「わかった」
リビングへ戻っていく母の後ろ姿を見送ってから、私は部屋の扉を閉めた。
私のもやが消えたら、母はどんな顔をするだろう。
喜んで涙を流すかな?
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