かすみは今日も、もやの中

ほりとくち

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27 石

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 涙が落ち着いてきたら、だんだん恥ずかしくなってきた。
 高校生にもなって、小さい子どもみたいに人前で声を上げて泣くなんて、呆れられたかもしれない。
 そんなはずないのに、自虐的に考えてしまう自分が嫌だった。


「かすみちゃん、少し目を冷やしておこうか?」


 そう言って、小春さんが濡れたハンドタオルを差し出してくれた。
 いつのまに濡らしに行ってくれたのか、まったく気が付かなかった。
 私は大人しくタオルを受け取り、自分の瞼に押し当てる。
 泣きはらして熱くなった目元に、冷たいタオルの感触が心地いい。

 悠哉さんのハンカチと、小春さんのハンドタオル……2枚も借りてしまった。
 自分のポケットにもハンドタオルが入っていたことを思い出し、申し訳なくなる。
 洗って返します、というと、やんわりと断られてしまった。
 子どもがそんなことを気にするものじゃない、と。


「もう高校生ですよ」

「まだ高校生、でしょ?」


 そう言われてしまえば、もう何も言えない。
 大人ってかっこいいな、なんてぼんやりと思ってしまった。


「あの……これから、私はどんなことをしたらいいんでしょうか?」


 私がそう問いかけると、悠哉さんは顎に手を当てて、しばらく何かを考え込んでいた。
 時折本を手に取り、ページをめくっては小声でぶつぶつと呟いている。
 やがて考えがまとまったのか、本を閉じて私を見据えた。


「さっきも言ったように、あなたのもやは正負どちらの感情にも反応している可能性が高い。俺や恭太のように、限定した条件でのみもやが発生するのであれば、そのきっかけを取り除けばもやを抑えることができる。ただあなたの場合、もやを消そうと思ったら完全な無感情になるしかないだろう」

「無感情……」

「でも、そんなのつまらないよね。悲しみや怒りだけじゃなく、喜びや楽しみも我慢しなくてはならないなんて、生きているのに死んでいるようなものだ」


 悠哉さんはそういうけれど、私はそれでも、もやに煩わされない生活をしたい。
 普通の女の子のように、他人から色眼鏡で見られることのない生活がほしい。

 訴えかけるようにじっと悠哉さんを見つめていると、私の言わんとすることを察してくれたのだろう。
 悠哉さんは表情を緩めて続ける。


「霧山さん、あなたが望むのはもやが出ないこと?それとも、もやに脅かされずに生きていけること?」

「……えっと……もやを脅かされずに生きていきたいです。でも……もやが出ていたら、気にせずにはいられないと思います」

「そうかもしれないね。……ところで、焼き肉って好き?」

「へ?焼き肉……好きですけど……」

「お店に行ったりする?」

「たまに、家族で」


 話の意図が見えないまま聞かれたことに答える私に、悠哉さんはうんうんと頷いた。


「お肉を焼くとさ、煙がたくさん出るよね。家でやると、煙が充満して困ったことになる」

「……はい」

「でもお店で焼き肉するとさ、煙ってあんまり気にならないでしょ?それはどうしてかな?」

「え……っと、煙を吸い込む機械みたいなのがついてるから?」

「そう。煙が充満しないように対策をしているから、さほど気にならない」


 悠哉さんは袖口をまくって、ブレスレットを見せてくれた。
 シンプルな金のチェーンに丸い石がついている、シンプルなブレスレットだ。


「きれいな石でしょ?」

「はい。素敵です……」

「ありがとう。でもこれは、ただの石じゃないんだ。見ててごらん」


 そう言って、悠哉さんが目を閉じる。
 やがて悠哉さんの身体から、うっすらともやが立ち上り始めた。
 恭太さんの紫色のもやとはまた違う、うっすら青いもや。

 じわじわと滲み出たもやが悠哉さんの身体を包み込んだと思ったら、すぐにもやの量は減っていった。
 これがもやをコントロールするということなのだろうと興味深く見ていたら、ふとあることに気が付いた。

 もやが、悠哉さんの左腕の方に向かって流れている。
 行きつく先は、さっきのブレスレットーーその石の中。

 すべてのもやが消えたあと、悠哉さんはパチッと目を開いて、ブレスレットを覗き込む。
 先ほどまで白っぽい透明の石だったのに、今は青のマーブル模様になっていた。


「久しぶりだったけど、上手にできてよかったぁ」

「これって……」

「この石は特殊なものでね、もやを吸収する効果があるんだよ。焼き肉屋さんの排気口と同じようなものだと思うといい」

「すごい……!」


 興奮のあまり、上ずった声がでてしまった。


「霧山さんがこれからすることは3つ。まずは身に着ける石を手に入れること。次にもやを自分の意思で動かす訓練をすること。そして、もやを石に押し込めるようになること」


 そう言って、悠哉さんは私の頭を優しくなでて「これからがんばろうね」と笑ったのだった。
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