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立春の章
第8話 想いを過去に出来るか否か
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二ノ宮センパイは、先ほど謎の宣言をしてから黙って足早に前へ進む。その姿に、思い出すのはあの日のことで。
『七ツ河、辞めるってどういうこと!?』
『どうもこうも、そのままの意味です。』
『そんな……っ、あんなに一緒に練習したじゃない!っもしかして――』
『違いますよ。勘違いしないでください、先輩。』
そういえば、僕はあの時と比べて随分とやさぐれたなぁ、なんて呑気に思う。確かに、あの時に僕は部活を辞める決意をした。でも、自分の意志であることには変わりは無い。たとえ、逃げであったとしても。
あの頃は、とにかく自分が得た相棒を輝かせるために必死に練習していて。そして、褒められて天狗になっていたと思う。指導者としてきてくれている外部顧問の先生がちょうどトランペット奏者でもあって。どうしたら、相棒を綺麗に美しく魅せるのか散々相談したし見てもらった。そうして周りよりも上手くなれたと思っていたら、2回目のコンクールの季節が近くなって。1回目のコンクールはもちろん、見学というか応援だったけれども。今年はいけるんじゃないか、なんて思っていた矢先のセンパイ方の言葉に息を呑んだ。
『七ツ河って、スカしててムカつくよね。』
『僕は優等生なんでー、みたいな?』
『というか、次のコンクール3年を差し置いて出るとか無いよね?』
『無いでしょー、人数的に。』
『でも先生のお気に入りだしさ、ソロ、撫子が危ないって話で……──。』
ぼくのせいで、せんぱいのソロが、きけない――――。
それは、僕の中では衝撃的な事実だった。頑張り屋で、周りを引っ張っていくリーダー的存在で、なにより僕を可愛がってくれた同じパートの先輩。いや、沢山構われていただけで、可愛がってくれたかどうかはイマイチ分からないけれど。とにかく、あまり社交的でない僕にとっては憧れの存在だった。それに、今思えば、ちょっとした淡い恋心もあったかもしれない。まあ、恋心ともつかない憧れとないまぜになった感情だ。
その先輩が、コンクールに出られない。あんなに練習していたソロが吹けなくなる。それは考えられない事態だった。
あとから思えば、二ノ宮センパイを差し置いて僕がコンクールに、更にはソロが出来るとは到底考えられなかった。そんなことよりも、練習をサボりがちな先輩がいたのだから、むしろその先輩の方が危なかったと思う。だから僕に聞かせるように、雑談したのではないかと冷静になった今では思う。
ただ、僕は怖かった。仲の良い先輩の最後の熱い想いを、邪魔してしまうのではないかと。傍に居て、センパイがどれだけコンクールに情熱を向けているか知っていたから。そんなセンパイを、僕が、傷つけてしまうのではないかと怖気づいたのだ。
「う゛、っ何して――。」
「七ツ河……!」
今思えば思い上がりだよなぁ、ってぼーっと引っ張られていたのが悪かったのかもしれない。バーンッと扉が壊れてしまうのではないかと思うほどに強く扉をあけると、壁に押し付けられた。センパイが僕の名前を呼んでいるが、それよりも近い!近い!!!
いわゆる壁ドンと呼ばれる体勢で、いや二ノ宮センパイが僕を押さえ込んでいるので逆壁ドンだろうか、いやいや胸倉掴まれてるからカツアゲみたいだな、ともかく呼吸音が聞こえるほどに近い。心拍数がいやがおうにも高まるのが、嫌というほどに分かった。頼むから、聞こえないでほしい。
「ねぇ、七ツ河。なんで吹奏楽部、辞めたの?」
「なんで今、そんな昔の話を藪から棒に……。」
「誤魔化さないでっ!」
誤魔化すな、って言われても。僕は、そっと横へと視線を逸らした。そもそも、僕が決めたことで、二ノ宮センパイには関係ないことなのだ。それなのに問い詰められても、正直困る。
「そんなに、吹奏楽部のこと、嫌いになっちゃったの……。わたし、っななっかわと、れんしゅぅするの、すきだったよぉ……。ねぇ、なんでぃっしょに、してくれなぃの……。」
「……二ノ宮センパイ。」
とうとう、というか。二ノ宮センパイが泣きながら怒り始めた。言葉もかなり怪しい。中学一年生の時に、コンクールで銀賞しかとれなくて、泣きながら自分を責めるセンパイをたまたま目撃したことがある。その時の状況に似ているなぁ、と困惑しながらそっと抱き寄せた。中学生の時はもっと困惑していて、うっかり母親に話してしまった。母親いわく、そういう時は言葉じゃなくて抱きしめて撫でてあげるのがいいらしい。本当かな、と思いつつ女の子の扱い方なんて分からないので、とりあえず教えてもらった知識に従い、怖々と二ノ宮センパイの頭に手をのせた。結んでるとはいえ、つるつる?つやつや?とにかく、綺麗な髪だということだけは分かった。
センパイは一瞬びくっと肩を震わせて、まずったか、と思ったのだが僕にもたれかかり制服を掴んだまま離れようとしないので、とりあえずそのまま左手でセンパイを支えたまま右手で撫で続ける。
「七ツ河、デュオしよっか。」
「……何をどうしたら、そんな結論に至るんスか。」
「いいから、楽器用意して。」
しばらくして、センパイはすんっ、と鼻をすすったあとで、唐突に楽器を用意しろと言ってくる。なんだろう、ある意味いつものセンパイだなと安心した。
ただ、と僕は思う。制服に残っている二ノ宮センパイの涙らしき濡れた跡は、どう処理したらいいんだろう。
『七ツ河、辞めるってどういうこと!?』
『どうもこうも、そのままの意味です。』
『そんな……っ、あんなに一緒に練習したじゃない!っもしかして――』
『違いますよ。勘違いしないでください、先輩。』
そういえば、僕はあの時と比べて随分とやさぐれたなぁ、なんて呑気に思う。確かに、あの時に僕は部活を辞める決意をした。でも、自分の意志であることには変わりは無い。たとえ、逃げであったとしても。
あの頃は、とにかく自分が得た相棒を輝かせるために必死に練習していて。そして、褒められて天狗になっていたと思う。指導者としてきてくれている外部顧問の先生がちょうどトランペット奏者でもあって。どうしたら、相棒を綺麗に美しく魅せるのか散々相談したし見てもらった。そうして周りよりも上手くなれたと思っていたら、2回目のコンクールの季節が近くなって。1回目のコンクールはもちろん、見学というか応援だったけれども。今年はいけるんじゃないか、なんて思っていた矢先のセンパイ方の言葉に息を呑んだ。
『七ツ河って、スカしててムカつくよね。』
『僕は優等生なんでー、みたいな?』
『というか、次のコンクール3年を差し置いて出るとか無いよね?』
『無いでしょー、人数的に。』
『でも先生のお気に入りだしさ、ソロ、撫子が危ないって話で……──。』
ぼくのせいで、せんぱいのソロが、きけない――――。
それは、僕の中では衝撃的な事実だった。頑張り屋で、周りを引っ張っていくリーダー的存在で、なにより僕を可愛がってくれた同じパートの先輩。いや、沢山構われていただけで、可愛がってくれたかどうかはイマイチ分からないけれど。とにかく、あまり社交的でない僕にとっては憧れの存在だった。それに、今思えば、ちょっとした淡い恋心もあったかもしれない。まあ、恋心ともつかない憧れとないまぜになった感情だ。
その先輩が、コンクールに出られない。あんなに練習していたソロが吹けなくなる。それは考えられない事態だった。
あとから思えば、二ノ宮センパイを差し置いて僕がコンクールに、更にはソロが出来るとは到底考えられなかった。そんなことよりも、練習をサボりがちな先輩がいたのだから、むしろその先輩の方が危なかったと思う。だから僕に聞かせるように、雑談したのではないかと冷静になった今では思う。
ただ、僕は怖かった。仲の良い先輩の最後の熱い想いを、邪魔してしまうのではないかと。傍に居て、センパイがどれだけコンクールに情熱を向けているか知っていたから。そんなセンパイを、僕が、傷つけてしまうのではないかと怖気づいたのだ。
「う゛、っ何して――。」
「七ツ河……!」
今思えば思い上がりだよなぁ、ってぼーっと引っ張られていたのが悪かったのかもしれない。バーンッと扉が壊れてしまうのではないかと思うほどに強く扉をあけると、壁に押し付けられた。センパイが僕の名前を呼んでいるが、それよりも近い!近い!!!
いわゆる壁ドンと呼ばれる体勢で、いや二ノ宮センパイが僕を押さえ込んでいるので逆壁ドンだろうか、いやいや胸倉掴まれてるからカツアゲみたいだな、ともかく呼吸音が聞こえるほどに近い。心拍数がいやがおうにも高まるのが、嫌というほどに分かった。頼むから、聞こえないでほしい。
「ねぇ、七ツ河。なんで吹奏楽部、辞めたの?」
「なんで今、そんな昔の話を藪から棒に……。」
「誤魔化さないでっ!」
誤魔化すな、って言われても。僕は、そっと横へと視線を逸らした。そもそも、僕が決めたことで、二ノ宮センパイには関係ないことなのだ。それなのに問い詰められても、正直困る。
「そんなに、吹奏楽部のこと、嫌いになっちゃったの……。わたし、っななっかわと、れんしゅぅするの、すきだったよぉ……。ねぇ、なんでぃっしょに、してくれなぃの……。」
「……二ノ宮センパイ。」
とうとう、というか。二ノ宮センパイが泣きながら怒り始めた。言葉もかなり怪しい。中学一年生の時に、コンクールで銀賞しかとれなくて、泣きながら自分を責めるセンパイをたまたま目撃したことがある。その時の状況に似ているなぁ、と困惑しながらそっと抱き寄せた。中学生の時はもっと困惑していて、うっかり母親に話してしまった。母親いわく、そういう時は言葉じゃなくて抱きしめて撫でてあげるのがいいらしい。本当かな、と思いつつ女の子の扱い方なんて分からないので、とりあえず教えてもらった知識に従い、怖々と二ノ宮センパイの頭に手をのせた。結んでるとはいえ、つるつる?つやつや?とにかく、綺麗な髪だということだけは分かった。
センパイは一瞬びくっと肩を震わせて、まずったか、と思ったのだが僕にもたれかかり制服を掴んだまま離れようとしないので、とりあえずそのまま左手でセンパイを支えたまま右手で撫で続ける。
「七ツ河、デュオしよっか。」
「……何をどうしたら、そんな結論に至るんスか。」
「いいから、楽器用意して。」
しばらくして、センパイはすんっ、と鼻をすすったあとで、唐突に楽器を用意しろと言ってくる。なんだろう、ある意味いつものセンパイだなと安心した。
ただ、と僕は思う。制服に残っている二ノ宮センパイの涙らしき濡れた跡は、どう処理したらいいんだろう。
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