帰るための代償

ゆーた

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あれ?あそこにいるのは、咲也?部活に戻ったんじゃなかったのか。
後ろ姿の似た人違いで、ただの通行人だった。

もう、同じ過ちは繰り返さない。
せっかく取り返した腕時計を、また無くすわけにはいかないと、力強く握りしめる。
腕時計だから、腕につけておけばいい。それに気づいたのは五分くらい立ってからだった。

連続して、頭の中の卓哉に、見せたこともない自分の天然さを晒してしまった。いっそ何とでも笑ってくれ。

病院に到着した。
腕時計を持ってここに来たのは初めてなので、とても怖かった。宝物を取り返したところで、卓哉の意識が戻る訳ではない。勿論、意識が戻ることを信じてはいるのだが、その結果は分かっていた。

宝物を取り戻すという目的があったから、一週間、必死に生きてきた。
その目的も失った今後、これから、どうすればいいのか。高校に復帰しても、いるはずの人がいない席を見て冷静を保てるとは、とても思わない。いなくなって初めてその存在の大切さ、みたいなものに気付く。よく聞く言葉だが、身に沁みて分かるようになった。

病室に入った。数値が低下しており、状態が悪化してきたのを目の当たりにした。
「取り返してきたぞ!」
反応なんかあるはずがない。分かっていた。
顔の前に腕時計をちらちらさせるが、結果は同じだった。
「返事してくれっ!」
悲痛な想いが叫びとなって病室をこだまする。
そして、無意識に腕時計を卓哉の腕につけた。




「えっ。」




「今、笑った...?」



確かに一瞬、口元が笑ったのを見た。



そして、



口の動きが、



a→i→a→o→uの動きをした。



勿論、声は聞こえなかったが、何て言っているのかはすぐに分かった。


ありがとう、だ。



「なんでお前がお礼なんか言ってんだよぉぉぉ!○△□☓○#$%#...。」


泣きじゃくりながら言った言葉の後半を聞き取れた人は、誰一人としていなかっただろう。


意識が戻る可能性のない卓哉が一瞬だけ、微笑み、何かをつぶやいた。
それは友情が起こした奇跡だった。
 

「おい!またタッチプールでも行こうぜ!行きたくないのか?」


しかしその後は、意識を取り戻すようなことはなかった。

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