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第5話
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「そういえばアニエス。今度の休暇は予定は入ってるいるのか?」
いつものように出勤して休憩時間に美味しい紅茶をいただいていると、向かいに座るユーリ殿下から急に予定を聞かれた。
なぜそんなことを聞いてきたのか特に疑問にも思わず答える。
「あ、はい。騎士団に入ってる後輩の子と城下に遊びに行く約束をしています」
「……それは二人ででか?」
「? そうですよ」
「…………そうか」
殿下は顔を強張らせて、それを誤魔化すようにカップを口に運んだ。何なんだと思いながらも、特に気に留めることなく私も紅茶を口に含んだ。
◇◇◇
そしてやってきた休暇の日。この日は早く起きていつもよりオシャレな格好をして家を出ようとした時、後ろからハンスに声をかけられた。その姿まさに今起きてましたという感じで、ハネている髪に小さく笑う。
「あれ、どこか行くのか……?」
「うん。後輩の子と出かけるってこの前言ったでしょ。それじゃあ行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
ハンスに手を振って馬車に乗り込めば目的地へと走っていく。
「せんぱーい!」
馬車を降りて目的地に向かっていると、先に着いていたらしいダヴィが私に気づいて大きく手を振って走ってくる。
周りの人たちはダヴィの大きな声に反応して何事かとこちらを見てくるのでものすごく恥ずかしくなった。
犬にように駆け走ってきたダヴィは私の前でピタリと止まると輝く目をこちらに向けてきた。
「おはようございます先輩! 良い天気ですね!」
「そ、そうね。あのね、もう少し声を……」
「どこ行きます? あ、今人気のカフェがあるらしいですよ。予約してるのでそこでお茶飲んで考えませんか?」
テンションが上がっているのか訓練中並に大きな声で話しかけてきて、どんどん視線が集まってくる。どうにかしたくてもダヴィには私の声が届いてないみたいで。
ほらあそこです、と褒めてほしそうにこちらを見てくる気配り上手な後輩に小さく笑って、まあいいかとエスコートされることにした。
店先にはたくさんの人が並んでいて、確かにこれは予約していないと店に入る前に疲れていたかもしれない。
案内された席に座るとダヴィはメニューを広げて「これとこっちのケーキが美味しいらしいですよ。良かったら半分こしませんか?」と下調べ万端な後輩の提案に乗り、ショートケーキとチーズケーキを半分こして私たちは話に花を咲かせた。
それからはお互いに気になるお店に入ったりしていると気づけばお迎えを頼んだ時間になっていた。楽しい時間はあっという間ということだ。
馬車が待つ場所へと歩いていると、隣のダヴィはさっきから不満そうに口を尖らせていた。
「あーあ……もう終わるなんてつまらないです」
「また一緒に遊びにくればいいわ」
「約束ですよ?」
「もちろん」
小指を差し出すとダヴィは嬉しそうに笑って指を絡め、またいつかの約束をした。
そして馬車の待機場所に行くとすでにうちの馬車が止まっていたので乗りこもうとしたら、なぜか内側からドアが開いて中からハンスが降りてきた。
「ハンス!? どうしてここに」
「迎えにきたんだよ。……ああ、君が後輩くん?」
ハンスがダヴィに話しかける。見つめ合う二人からはピリッとした雰囲気を感じた。この雰囲気はよく知ってる、貴族同士の品定めのアレだ。でもなんでこの二人が?
「……そうですが、あなたは?」
「アニエスの従兄のハンス・マクレイだ」
「……近衛騎士団所属のダヴィット・フィールドです」
「君のことはよく話を聞いているよ。――とても仲の良い後輩だと」
ハンスの含んだ言い方にダヴィの片眉がぴくりと動く。何ともいえない雰囲気に、私まで緊張してきた。
それにしても、ハンスは私が学生時代にダヴィのことを話していたのを覚えていたらしい。まあ私には友人が数人しかいなくて、特にダヴィとばかりいたからよく話題に上がっていたからだろう。
「ぜひこれからもお友達として、彼女と仲良くしてやってくれ」
「…………」
『お友達』の部分が主張されたような気がしたのは気のせいだろうか。私はハンスに背中を押され馬車へと促されて、慌ててダヴィへと振り返る。
「ダヴィ、また今度約束ね!」
「はい。楽しみにしてます、先輩」
さっきまで強張った顔をしていたダヴィは私の言葉に嬉しそうに笑ったのでほっとする。
馬車に乗り込んでダヴィに見送られながら馬車は動き出した。私は向かいに座り窓の外を見ている従兄に声をかける。
「別にわざわざハンスが迎えにこなくても大丈夫だったのに」
「俺が来たかったんだよ。それよりちょっと寄り道しないか?」
「寄り道?」
「お世話になるお礼に、お前が好きなアクセサリーのお店で何か買ってやるよ」
「本当? 嬉しい!」
ハンスの言葉に私は手を組んで喜ぶ。そのお店は国一とも呼ばれるデザイナーが作るアクセサリーを販売していて、貴族の令嬢たちに大人気のお店だ。
私ももちろん好きなんだけど、貴族向けに販売されているからかなりのお値段設定だ。だから年に一回、頑張ったご褒美に自分のお給料で買ったりお祝いで父が買ってくれたりするぐらい。
ふとハンスのお財布事情が心配になった。伯爵令息の彼だけど、迎えにきただけの彼がどれぐらいお金を持っているのか分からない。
「……ハンス、あそこのアクセサリーどれぐらいするか知ってる?」
「え? ……ははっ! 大丈夫だよ。お前が心配することはないから」
私の言いたいことが分かったのかハンスは思い切り吹き出して笑う。それなら大丈夫か、と安心した私は何を買ってもらおうかとワクワクしていた。
ダヴィと別れた場所から少し離れた場所にあるお店の近くで降りると、何故かお店の出入り口には騎士が立っていて近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
「……どうしたのかしら」
「さぁ」
とりあえずお店へと歩いていると店の前には馬車が止まってあり、それには王家の紋章が描かれていて驚く。店に近づいてくる私たちに気づいた騎士が止まるよう促す。
「申し訳ありません、只今店の中には……って、マーティン嬢じゃないですか」
「こ、こんにちは」
そこにいたのは何度か会話をしたことがあるダヴィの先輩にあたる騎士だった。私だと気づくと雰囲気が少し和らいだ。
「どうかされたんですか?」
「ああ、中に……」
「どうかしたか」
厳重な警備に話を聞こうとしたその時、店のドアが開かれて現れたのはまさかのユーリ殿下だった。
思わぬ人の登場に目を丸くしているとそれは殿下も同じですごく驚いているようだ。
「殿下! どうしてここに」
「君こそどうしてここに……」
私の驚いた声が大きく、周りの通行人がざわっと騒ぎ出す。そりゃここに王弟殿下が現れたと聞いたら驚くだろう。
だんだん騒ぎが大きくなり始め、殿下は困ったように私に顔を向ける。
「アニエス、申し訳ないが店の中で話さないか」
「も、勿論です。彼も一緒でもよろしいでしょうか」
私のせいだから断るわけがない。後ろに控えていたハンスが頭を下げると殿下は頷いてくれ、三人でお店の中に入った。
中には私たち以外にはお客はおらず、人払いされているようだった。
「すまない。目立つわけにはいかないからな」
「とんでもないです。私こそ大きな声で呼んでしまい申し訳ありません。ところで殿下はどうしてここに……」
そこまで言うと殿下は私へと手を前に出し、この店の店主へと顔を向けた。
「すまない店主。ここで話をしても構わないだろうか」
「勿論です殿下。殿下にはお世話になっておりますので。私は奥に居ますので何かありましたらお声がけください」
「ありがとう」
気配り上手な店主はそそくさと店の奥に引っ込んでいった。先ほどお世話になっていると言っていたが、殿下は何度もプレゼントを買いにきているということだろうか。
じっと見つめていると殿下はあるものを取り出す。
「今日はこれを買いにな」
「わぁ……素敵」
綺麗にラッピングされた箱のリボンを殿下が引っ張り、開かれた箱に入っていたものは白の花飾りのバレッタだった。その花の真ん中には光り輝くアクアマリンの宝石。
パーティにも日常的にも使えそうな上品なアクセサリーに高そうだなぁと思っていると、殿下はそれを手に持つ。
そしてその手は私へ伸びて、髪に殿下の指が触れたと思ったらパチンと後頭部から音がした。戻ってきた殿下の手にはバレッタが無くなっていた。
「令嬢たちに人気の品らしい」
その言葉にイヤな予感がして後頭部に触れると、そこには今までなかった硬い感触が。
「で、殿下!?」
「アニエスに贈ろうと思って買いに来たんだがちょうど良かった」
「い、いただけませんこんな素敵な物!」
「貰ってくれないと私が困る。お前に似合いそうだと思って買ったんだから」
「え……」
サラッと言われて否応にも心臓が反応する。こんな言葉、殿下からしたら何でもないと分かっているのに……。
「ぜひ毎日付けて私に見せてくれないか?」
「う……は、はい……」
そんなことを言われてしまっては断ることが出来なくなってしまい、ありがたく受け取ることにした。
殿下は満足そうに頷くと、私の後ろへと目線を動かした。
「それでアニエス、こちらは?」
「あ……彼は私の親戚で」
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。ハンス・マクレイと申します」
「ああ、マクレイ伯爵の御子息か。突然このようなことになってしまい申し訳ない」
「とんでもございません、殿下」
頭を上げたハンスの顔は他所行きの笑顔は顔立ちが良い分格好よく見えるのだろうけど、私からしたら違和感でしかなかった。
「急に済まなかったね。私は先に失礼させてもらうよ。アニエス、また明日」
「はい殿下」
店の前まで出て、殿下の馬車が去っていくのを見送って張っていた肩を撫で下ろした。いつも会ってはいるけど、外でだとどうしても王族感が増して緊張してしまう。
「ふぅ……まさか殿下に会うだけじゃなくて贈り物をいただけるなんで驚いたわ」
「……そうだな」
「ユーリ?」
横に立つユーリを見ると何故か険しい顔をしていた。店に戻ろうかと言うと「また今度でもいいか」と言われもちろんと返事をし、私たちも馬車に乗って帰ることにした。
その道中ずっと無言で窓の外を見ているハンスのことが気になったが、多分聞いても話してくれそうにはなかった。
家に帰って夕食とお風呂を済ませてベッドに腰掛け、殿下から頂いたバレッタを手にずっと眺めていた。
父やハンスからはプレゼントをされたことがあったが、家族以外の異性から貰ったのは初めてで心が浮かれている。
それにバレッタの中心で輝くアクアマリンの宝石。綺麗に青く輝くそれは、なんだか殿下の瞳を彷彿とさせてまた心臓が勘違いをして反応してしまう。
きっと殿下にそんな考えはないと分かっているのに頬が緩んでしょうがない。
そろそろ寝なければと、バレッタを持って立ち上がり、アクセサリーボックスの中に傷つかないようにそっと入れる。
(おやすみなさい、ユーリ殿下)
バレッタを見て自然と心の中で出た言葉があまりにも恥ずかしくて、私はベッドに飛び込んで悶えまくり、すぐに眠ることができなかった。
いつものように出勤して休憩時間に美味しい紅茶をいただいていると、向かいに座るユーリ殿下から急に予定を聞かれた。
なぜそんなことを聞いてきたのか特に疑問にも思わず答える。
「あ、はい。騎士団に入ってる後輩の子と城下に遊びに行く約束をしています」
「……それは二人ででか?」
「? そうですよ」
「…………そうか」
殿下は顔を強張らせて、それを誤魔化すようにカップを口に運んだ。何なんだと思いながらも、特に気に留めることなく私も紅茶を口に含んだ。
◇◇◇
そしてやってきた休暇の日。この日は早く起きていつもよりオシャレな格好をして家を出ようとした時、後ろからハンスに声をかけられた。その姿まさに今起きてましたという感じで、ハネている髪に小さく笑う。
「あれ、どこか行くのか……?」
「うん。後輩の子と出かけるってこの前言ったでしょ。それじゃあ行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
ハンスに手を振って馬車に乗り込めば目的地へと走っていく。
「せんぱーい!」
馬車を降りて目的地に向かっていると、先に着いていたらしいダヴィが私に気づいて大きく手を振って走ってくる。
周りの人たちはダヴィの大きな声に反応して何事かとこちらを見てくるのでものすごく恥ずかしくなった。
犬にように駆け走ってきたダヴィは私の前でピタリと止まると輝く目をこちらに向けてきた。
「おはようございます先輩! 良い天気ですね!」
「そ、そうね。あのね、もう少し声を……」
「どこ行きます? あ、今人気のカフェがあるらしいですよ。予約してるのでそこでお茶飲んで考えませんか?」
テンションが上がっているのか訓練中並に大きな声で話しかけてきて、どんどん視線が集まってくる。どうにかしたくてもダヴィには私の声が届いてないみたいで。
ほらあそこです、と褒めてほしそうにこちらを見てくる気配り上手な後輩に小さく笑って、まあいいかとエスコートされることにした。
店先にはたくさんの人が並んでいて、確かにこれは予約していないと店に入る前に疲れていたかもしれない。
案内された席に座るとダヴィはメニューを広げて「これとこっちのケーキが美味しいらしいですよ。良かったら半分こしませんか?」と下調べ万端な後輩の提案に乗り、ショートケーキとチーズケーキを半分こして私たちは話に花を咲かせた。
それからはお互いに気になるお店に入ったりしていると気づけばお迎えを頼んだ時間になっていた。楽しい時間はあっという間ということだ。
馬車が待つ場所へと歩いていると、隣のダヴィはさっきから不満そうに口を尖らせていた。
「あーあ……もう終わるなんてつまらないです」
「また一緒に遊びにくればいいわ」
「約束ですよ?」
「もちろん」
小指を差し出すとダヴィは嬉しそうに笑って指を絡め、またいつかの約束をした。
そして馬車の待機場所に行くとすでにうちの馬車が止まっていたので乗りこもうとしたら、なぜか内側からドアが開いて中からハンスが降りてきた。
「ハンス!? どうしてここに」
「迎えにきたんだよ。……ああ、君が後輩くん?」
ハンスがダヴィに話しかける。見つめ合う二人からはピリッとした雰囲気を感じた。この雰囲気はよく知ってる、貴族同士の品定めのアレだ。でもなんでこの二人が?
「……そうですが、あなたは?」
「アニエスの従兄のハンス・マクレイだ」
「……近衛騎士団所属のダヴィット・フィールドです」
「君のことはよく話を聞いているよ。――とても仲の良い後輩だと」
ハンスの含んだ言い方にダヴィの片眉がぴくりと動く。何ともいえない雰囲気に、私まで緊張してきた。
それにしても、ハンスは私が学生時代にダヴィのことを話していたのを覚えていたらしい。まあ私には友人が数人しかいなくて、特にダヴィとばかりいたからよく話題に上がっていたからだろう。
「ぜひこれからもお友達として、彼女と仲良くしてやってくれ」
「…………」
『お友達』の部分が主張されたような気がしたのは気のせいだろうか。私はハンスに背中を押され馬車へと促されて、慌ててダヴィへと振り返る。
「ダヴィ、また今度約束ね!」
「はい。楽しみにしてます、先輩」
さっきまで強張った顔をしていたダヴィは私の言葉に嬉しそうに笑ったのでほっとする。
馬車に乗り込んでダヴィに見送られながら馬車は動き出した。私は向かいに座り窓の外を見ている従兄に声をかける。
「別にわざわざハンスが迎えにこなくても大丈夫だったのに」
「俺が来たかったんだよ。それよりちょっと寄り道しないか?」
「寄り道?」
「お世話になるお礼に、お前が好きなアクセサリーのお店で何か買ってやるよ」
「本当? 嬉しい!」
ハンスの言葉に私は手を組んで喜ぶ。そのお店は国一とも呼ばれるデザイナーが作るアクセサリーを販売していて、貴族の令嬢たちに大人気のお店だ。
私ももちろん好きなんだけど、貴族向けに販売されているからかなりのお値段設定だ。だから年に一回、頑張ったご褒美に自分のお給料で買ったりお祝いで父が買ってくれたりするぐらい。
ふとハンスのお財布事情が心配になった。伯爵令息の彼だけど、迎えにきただけの彼がどれぐらいお金を持っているのか分からない。
「……ハンス、あそこのアクセサリーどれぐらいするか知ってる?」
「え? ……ははっ! 大丈夫だよ。お前が心配することはないから」
私の言いたいことが分かったのかハンスは思い切り吹き出して笑う。それなら大丈夫か、と安心した私は何を買ってもらおうかとワクワクしていた。
ダヴィと別れた場所から少し離れた場所にあるお店の近くで降りると、何故かお店の出入り口には騎士が立っていて近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
「……どうしたのかしら」
「さぁ」
とりあえずお店へと歩いていると店の前には馬車が止まってあり、それには王家の紋章が描かれていて驚く。店に近づいてくる私たちに気づいた騎士が止まるよう促す。
「申し訳ありません、只今店の中には……って、マーティン嬢じゃないですか」
「こ、こんにちは」
そこにいたのは何度か会話をしたことがあるダヴィの先輩にあたる騎士だった。私だと気づくと雰囲気が少し和らいだ。
「どうかされたんですか?」
「ああ、中に……」
「どうかしたか」
厳重な警備に話を聞こうとしたその時、店のドアが開かれて現れたのはまさかのユーリ殿下だった。
思わぬ人の登場に目を丸くしているとそれは殿下も同じですごく驚いているようだ。
「殿下! どうしてここに」
「君こそどうしてここに……」
私の驚いた声が大きく、周りの通行人がざわっと騒ぎ出す。そりゃここに王弟殿下が現れたと聞いたら驚くだろう。
だんだん騒ぎが大きくなり始め、殿下は困ったように私に顔を向ける。
「アニエス、申し訳ないが店の中で話さないか」
「も、勿論です。彼も一緒でもよろしいでしょうか」
私のせいだから断るわけがない。後ろに控えていたハンスが頭を下げると殿下は頷いてくれ、三人でお店の中に入った。
中には私たち以外にはお客はおらず、人払いされているようだった。
「すまない。目立つわけにはいかないからな」
「とんでもないです。私こそ大きな声で呼んでしまい申し訳ありません。ところで殿下はどうしてここに……」
そこまで言うと殿下は私へと手を前に出し、この店の店主へと顔を向けた。
「すまない店主。ここで話をしても構わないだろうか」
「勿論です殿下。殿下にはお世話になっておりますので。私は奥に居ますので何かありましたらお声がけください」
「ありがとう」
気配り上手な店主はそそくさと店の奥に引っ込んでいった。先ほどお世話になっていると言っていたが、殿下は何度もプレゼントを買いにきているということだろうか。
じっと見つめていると殿下はあるものを取り出す。
「今日はこれを買いにな」
「わぁ……素敵」
綺麗にラッピングされた箱のリボンを殿下が引っ張り、開かれた箱に入っていたものは白の花飾りのバレッタだった。その花の真ん中には光り輝くアクアマリンの宝石。
パーティにも日常的にも使えそうな上品なアクセサリーに高そうだなぁと思っていると、殿下はそれを手に持つ。
そしてその手は私へ伸びて、髪に殿下の指が触れたと思ったらパチンと後頭部から音がした。戻ってきた殿下の手にはバレッタが無くなっていた。
「令嬢たちに人気の品らしい」
その言葉にイヤな予感がして後頭部に触れると、そこには今までなかった硬い感触が。
「で、殿下!?」
「アニエスに贈ろうと思って買いに来たんだがちょうど良かった」
「い、いただけませんこんな素敵な物!」
「貰ってくれないと私が困る。お前に似合いそうだと思って買ったんだから」
「え……」
サラッと言われて否応にも心臓が反応する。こんな言葉、殿下からしたら何でもないと分かっているのに……。
「ぜひ毎日付けて私に見せてくれないか?」
「う……は、はい……」
そんなことを言われてしまっては断ることが出来なくなってしまい、ありがたく受け取ることにした。
殿下は満足そうに頷くと、私の後ろへと目線を動かした。
「それでアニエス、こちらは?」
「あ……彼は私の親戚で」
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。ハンス・マクレイと申します」
「ああ、マクレイ伯爵の御子息か。突然このようなことになってしまい申し訳ない」
「とんでもございません、殿下」
頭を上げたハンスの顔は他所行きの笑顔は顔立ちが良い分格好よく見えるのだろうけど、私からしたら違和感でしかなかった。
「急に済まなかったね。私は先に失礼させてもらうよ。アニエス、また明日」
「はい殿下」
店の前まで出て、殿下の馬車が去っていくのを見送って張っていた肩を撫で下ろした。いつも会ってはいるけど、外でだとどうしても王族感が増して緊張してしまう。
「ふぅ……まさか殿下に会うだけじゃなくて贈り物をいただけるなんで驚いたわ」
「……そうだな」
「ユーリ?」
横に立つユーリを見ると何故か険しい顔をしていた。店に戻ろうかと言うと「また今度でもいいか」と言われもちろんと返事をし、私たちも馬車に乗って帰ることにした。
その道中ずっと無言で窓の外を見ているハンスのことが気になったが、多分聞いても話してくれそうにはなかった。
家に帰って夕食とお風呂を済ませてベッドに腰掛け、殿下から頂いたバレッタを手にずっと眺めていた。
父やハンスからはプレゼントをされたことがあったが、家族以外の異性から貰ったのは初めてで心が浮かれている。
それにバレッタの中心で輝くアクアマリンの宝石。綺麗に青く輝くそれは、なんだか殿下の瞳を彷彿とさせてまた心臓が勘違いをして反応してしまう。
きっと殿下にそんな考えはないと分かっているのに頬が緩んでしょうがない。
そろそろ寝なければと、バレッタを持って立ち上がり、アクセサリーボックスの中に傷つかないようにそっと入れる。
(おやすみなさい、ユーリ殿下)
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