【完結】元喪女ヒロインは、攻略対象のフラグではなく攻略対象外のバグフラグを立ててました

くまい

文字の大きさ
7 / 26

第7話

 この世界でも季節の流れは前世と同じで、気持ちの良い春が過ぎればジメジメとした梅雨がきて。

 そして季節は夏になった。



「アニエスは今年の夏休暇をどう過ごすんだい?」

 仕事がひと段落済んでユーリ殿下と恒例となった休憩のお茶を楽しんでいる時だった。

 夏休暇というのは、前世でいうところのお盆休みのようなもの。この時期はかきいれ時で、この一週間はどこもかしこも賑やかになる。

「毎年領地に帰っています。今年は従兄も一緒に行くというので賑やかになりそうで楽しみです」
「……そうか」

 家に居候しているハンスも付いてくるらしい。せっかくなら叔父様たちと過ごしたらいいのに、今後のためにも領民と話をしておきたいのだとか。あと甥たちに振り回されるからゆっくりしたいらしい。

「ただあそこは毎年暑くて。私暑さには弱いんですよね」

 ここから南の方角にある領地はここよりも暑く、立っているだけでジワジワと汗をかいてしまう。

 前世よりもマシな暑さではあるのだけど、淑女は素足を出してはいけないという世界なので夏でも足元まであるスカートを履かなくてはならない。ミニスカートが恋しくなる。

「なら私の別荘に来ないか?」
「え?」
「あそこは避暑地だからここよりもだいぶ涼しい」
「ですが……お邪魔になりませんか?」

 普段なにかと忙しい殿下が別荘に行くということは、誰にも邪魔されずにゆっくり過ごしたいということではないのだろうか。

 それに王家所有の別荘に私が行っても大丈夫なのだろうか……。

「構わない。話し相手がいた方が楽しいからな。それに――」

 殿下は紅茶を一口飲んで私に微笑みかけてくる。

「別荘の管理を任せている男が王宮お抱えシェフよりスイーツの腕がいいんだ」
「お抱えのシェフよりも…!?」

 その言葉に無意識に喉を鳴らす。だってお城のお抱えシェフといえば過酷な試練を乗り越え、たくさんの屍を乗り越え認めれた人たちだと聞いている。

 その料理を食べた者はもう二度と普通の料理を食べれなくなるという噂まであるのだ。

 そんなすごい人たちよりも殿下が認めた人のスイーツ……すごく食べてみたい!だって私はすごく甘いものが好きなのだ!

 迷惑ではないのだろうか。でも食べてみたい。二つの気持ちで揺れ動いてのだけど、殿下の「特にチーズケーキが絶品なんだ」の一声で私の中の天秤は完全に傾いた。



 ◇◇◇



 そして出発の日。屋敷の中は大騒ぎになっていた。

「お、お嬢様!王弟殿下がお越しになりました!」
「今行くわ!」

 ぱんぱんに詰め込んだトランクを無理やり閉めてバタバタと淑女らしからぬ足取りで階段をバタバタと降りると、エントランスホールにユーリ殿下と父、そしてハンスが立って私を待っていた。

「遅いぞ。殿下をお待たせするな」
「も、申し訳ありません」
「構わない。私が早く来すぎたんだ。では男爵、ご令嬢をお預かりする」
「未熟者でございますので不躾なこともあるかと思いますがどうぞ娘をよろしくお願いいたします。アニエス。失礼のないようにな」
「はい。お父様も道中気をつけて」

 父との挨拶を済ませて出ていこうとする殿下の後に続こうとした時、一言も喋らなかったハンスに突然手を取られた。

 驚いてハンスに顔を向けると、ユーリ殿下の背中をじっと見ていたハンスは怖い顔をして「……気をつけろよ」とよく分からない忠告をされる。

 道中の心配をしてくれているのだろうと思って「ハンスもね」と返して馬車へと急いだ。


 馬車に乗り込んで流れる景色を眺めていたのだけれど、緊張のあまり昨夜はなかなか眠りにつくことができなかった。馬車の揺れで眠気を誘われて手で隠して小さく欠伸をする。

「アニエス、隣に座りなさい」
「え!?だ、大丈夫です!」
「良いから」

 強く言われてはそれ以上断ることもできず、「し、失礼します……」と殿下の隣に座ると頭に手が添えられて殿下の肩に頭がもたれかかる格好になり、「ひえっ!?」と変な声が出てしまった。

「着くまで時間があるから寝ているといい」
「でで、殿下の肩をお借りするわけには!」
「私の肩では不満か?」
「そんなことは」
「なら寝なさい。私も仮眠するから何かあったら起こしてくれ」

 殿下はそう言うと腕を組んで目を瞑ってしまった。昨日までの殿下の忙しさは知っているから起こすわけにもいかず、私は「失礼します」とまた声をかけて肩にもたれかかる。

 鍛えられた固い肩はとても寝心地がいいとは言えないけど、なんだか安心感がある。それに、香水なのか殿下の匂いなのか分からないけどすごく良い匂いがして。

 気づいたら私は夢の世界へと落ちていた。









「――着いたよアニエス」
「ん……」

 肩を揺すられ近くで聞こえてきたイケボに目を覚ますと、今までにないぐらい近い距離に殿下の顔があって驚いて後ろに飛び退くと勢い余って窓ガラスに頭を打ちつけてしまった。

「いたぁ……」
「何をやってるんだ。怪我は」

 呆れた声とともに殿下の顔と手がまた近づいてくるので慌てて手を前に出して制する。

「大丈夫です!何ともありません!」
「……何かあればすぐに言いなさい」
「はい……」

 私の必死な抵抗に殿下は何とか離れてくれた。耐性のない喪女なので許してください。

 殿下のスマートなエスコートで馬車を降りて屋敷に入ると年配の男性が出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ、ユーリ殿下」
「あぁ、世話になる。アニエス、こちらはこの屋敷を管理してくれているエリストンだ」
「初めまして。アニエス・マーティンと申します。短い間ですがお世話になります」
「アニエス様、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ。どうか私のことはじいやとお呼びください」
「えっと……」

 殿下に目をやると肩をすくめるので、私はありがたくそう呼ばせていただくことにした。

 避暑地は木に囲まれていて、近くには湖もあるらしくてすごく過ごしやすいところだった。同じ木に囲まれた場所なのにうちの領地とかえらい違いだった。

「今日は移動で疲れただろうから探索は明日行こう」と殿下のお言葉に甘えることにして、私たちはユーリ殿下の案内でとある部屋に入る。そこには壁一面の本棚にたくさんの本が入っていて目を輝かせて本棚に近づく。

 今回殿下のお誘いに付いてきたのはスイーツだけではない。元々ここは殿下の母方の叔父の持ち家で、この方も殿下と同じぐらいの読書家らしい。

 屋敷にいる間は好きなだけ本を読んでいいという甘い言葉に誘われてほいほいと付いてきてしまった。

 本棚にあるのはどれも絶版された貴重な本ばかりで否応なしに胸がときめく。一冊手に取ってみるとその重さに頬が緩み、近くにある椅子に座り、本の世界にのめり込んだ。






 コン、コン、コン。

「失礼いたします。そろそろ御休憩にされてはいかがですか?」

 部屋の外から聞こえてきたノック音と紅茶を持ってきてくれたじいやさんの声にハッと意識を本から戻す。窓から外を見ると、昼に屋敷に着いたはずなのにオレンジ色の光が部屋に注いでいた。

(もうそんな時間……!?そういえば殿下はどこに……)

 すっかり忘れていた殿下を探すと少し離れたところにあるソファーに座り眠っている姿があった。近寄って肩を揺すると、殿下はゆっくりと瞼を開けてこちらを見上げてくる。

「殿下、休まれるならベッドで休まれませんと」
「……大丈夫だ。お前を一人にするわけないだろ?」

 殿下は腕を伸ばして私の髪に触れて微笑む。寝起きでもかっこいいというのはズルくないか?思わず見惚れてしまいハッと顔を向けるとじいやさんが私たちを見て微笑んでいて居心地が悪い。

 二人でソファーに座ってじいやさんが用意してくれた紅茶とチーズケーキを口に運んだ瞬間、あまりの美味しさに驚愕した。ほどよい甘さに濃いチーズの味が美味しくてほっぺが落ちるかと思った。

「すごく美味しいです!」
「それはようございました。チーズは近くの農場から分けていただいたんですよ」
「そうなんですね……!殿下がエリ、じいやさんのスイーツが美味しいと言っていたので楽しみにしていたんです」
「そうでございましたか。殿下にそう褒められたのはとても久しぶりで嬉しゅうございます」
「……そうか?前にも言っただろ」
「前とは殿下が幼少期の頃でしょうか。じいやはもう歳で記憶も朧げにですからもう一度お聞きしたいものです」
「……当分は大丈夫そうだが」

 ふいと殿下は顔を逸らしたけど髪から覗く耳は赤く、私たちは顔を見合わせて笑った。

 それから夜にはじいやさんお手製の豪華な晩餐で、どれもすごく美味しくてお腹が苦しくなってしまった。お風呂を済ませてベッドに入ると泥のように寝入ってしまった。



◇◇◇



 次の日には約束通り殿下の案内で屋敷の近くを案内してもらった。自然豊かでこれがパワースポットってやつだ、と大きく息を吸い込んだ。

 湖にいくと釣りを楽しんでいる人もいて、釣れた魚を教えてもらった上にその魚をお裾分けまでしてもらった。

 屋敷に戻ると大きなお魚にじいやさんは腕が鳴りますね、とやる気に満ち溢れた顔をして、夕食にはお魚のお造りが出てきて驚いた。


 食後のデザートにはお手製プリンが出てきて、また頬が落ちそうになりながら殿下と談笑していると呼び鈴が鳴った。

 こんな時間に誰だろうと思っていると王城からの使いの人で、どうしてもユーリ殿下じゃないといけない案件が発生したと呼びにきたらしい。

 殿下は頭を抱えてため息を吐いて、明日の早朝戻ると伝えて使者の人は帰っていった。私だけ残るわけにもいかず、一緒に帰ることにした。

「すまないアニエス。せっかく来てくれたのに」
「いいえ。十分楽しめました。ただ、本は全て読めてないのでまたご一緒してもよろしいですか?それとじいやさんのスイーツをコンプリートしたいです!」
「ははっ!もちろん。約束だ」

 殿下は思い切り笑って、私の頭を優しく撫でてくる。じいやさんの手前ちょっと恥ずかしかったけど、またここに来てもいいと言われてその日が楽しみになった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。