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第22話
季節が流れて夏休暇がやってきた。
去年はユーリ殿下と別荘にまた遊びに行くと約束をしていたけれど殿下は覚えていないようでお誘いはなかった。
去年は行けてないし今年は父と領地に帰ることにした。
「おはよう」
「え、ハンス?」
当日、準備を終えて食堂に入るとそこには何故かハンスがいて驚いた。
「どうしてハンスがここに?」
「叔父上に急用が入ったとかで行けなくなったらしいんだ。さすがにアニエスだけで行かせるのは心配だからって俺が代わりにいくことになった」
「それはごめんなさい……ハンスにも予定があったのに」
「いいよ。ここずっとお前とも話せてなかったし。朝食食べたら出発しよう」
すでに朝食を食べ終えていた立ち上がって私の頭を撫でで食堂を出ていった。最初は戸惑っていたけれど昔の関係に戻れたことにほっとして、私は朝食を口に運んだ。
馬車に乗り込んで動き出し、向かいに座った私たちは近況を話す。
「そういえばお見合いどうだった?」
「ああ、良い人だったよ。子爵のご令嬢だったんだけど慎ましやかで周りに気を遣える優しい子だった。趣味もあるから今度会う約束をしてる」
「……そっか。ねえ、可愛い?」
「う、まあ、うん。そうだな」
「あ、顔赤いわよ?」
「……揶揄うな」
ハンスは耳まで赤くして、口元を隠して睨んでくるが全然怖くなくて笑ってしまう。
少し寂しい気持ちはあるけど、私のせいで彼が辛い思いをすることがなくなったのは良かった。これだけは神様には感謝するしかない。
それから馬車に揺られて数時間後に領地にある本邸に着いた。久しぶりの我が家だ。
「俺はちょっと挨拶してくるから」
「分かった。私は林の中散策してくる」
「気をつけろよ」
父に代わって挨拶に出て行ったハンスを見送り、侍女に散策に出ることを伝えて家の周りを囲む林の中へと進んでいく。
小さい頃は母と父と手を繋いで野生の動物やお花を探しながら散歩をしたり、従兄の二人と駆け回って服をボロボロにして怒られたりしていた。
王都のほうが色々便利ではあるけれど、前世も含めて自然に囲まれて育ったからこっちのほうが落ち着いて好きだ。
ふと、去年のことを思い出す。こんなふうに自然の中を歩く彼は、私を見るたびに嬉しそうに笑っていたっけ。
今なら分かる。好きな人の隣にいることはすごく幸せなんだって。でもそれはもう来ない。楽しくて辛い、幸せの記憶。
(…………花畑に行こうかな。花冠作ってまたハンスにあげよう)
ここにいると辛くなってしまう。少し遠いけど前にハンスと行った花畑に行こうかなと思っていると、目の前から話し声が聞こえてこちらに向かってくる。
領民だろうかと思っていると、見えてきた顔に目を見開いた。
「ユーリ殿下!?」
「……アニエス?」
「どうしてここに……」
「ちょっと視察で色んな領地を回っているんだ。領地を疎かにしている貴族もたまにいるからね。そういえばここは男爵の領地だったか」
その言葉に夏休暇にも関わらず働いていることを知る。最後に会ったときはそんなこと一言も言っていなかったのに。働きすぎだこの人は。
しかし、殿下に合わないようにこっちに帰ってきたというのにまさかの鉢合わせ。これもあなたの悪戯ですか、神様。
「そういえばアニエス、君は一人か?」
「父が行けなくなったので従兄と来てます。従兄は人に会いに行っているので今は一人ですが……」
「危ないだろう。女の子が一人で林の中にいるなんて」
「昔からよく遊んでいる場所ですし大丈夫ですよ」
「だめだ。家まで送ろう」
今まで何ともなかったから大丈夫だと言っても過保護な殿下は頑として譲ろうとしてくれなくて、殿下は後ろに控えていた護衛に声をかけて私の背中に手を添えて促す。たったそれだけでも心臓が跳ねるのだから嫌になる。
私は渋々頷いて、殿下は私の家を知らないので失礼ながら先頭を歩いてその一歩後ろをユーリ殿下、離れたところから騎士が付いてくる。
なんだか自分がお姫様にでもなったかのような錯覚に陥ってしまいそうになる。
「――君は」
「へ?」
そんなことを考えていたから、急にユーリ殿下に声をかけて間抜けな声が出てしまったが殿下は気にせず話を続けた。
「君はクリスと過ごすのかと思っていた」
「え、クリス殿下とですか?」
「ああ。最近仲が良いだろう」
「そうですか? あ、でも確かに殿下にお誘いされましたけど予定が合わなくて。最終日に城下町にお出かけする約束はしました」
夏休暇前、読み終わった部族長の日記を約束通りクリス様に貸した時に休暇の予定を聞かれたのだ。
前にユーリ殿下と遊びに行ったことをどこかで聞いたらしく、その別荘に行かないかとお誘いを受けた。私が気に入ったことを知って誘ってくれたのだろうけど、他の人と行く気にはならなくて。
今年は領地に帰るつもりだと伝えると肩を落として悲しそうにするクリス様に胸が痛んだ。
その代わりと言ってはなんだが、城下町に隠れた古本屋があるらしくそこには珍しい古書があるとかで帰ってきた時に遊びにいくことを約束している。
まだ見ぬお宝に出会えるかもしれないと思ったら今から浮き足だってしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、いきなり後ろから腕を引っ張られた。驚いて振り返れば、何故か殿下も自分の行動に驚いた顔をしていた。
「……殿下?」
「あ、いや、すまない。痛めてないか」
「大丈夫です」
「そうか……すまない。行こう」
「はい……」
また背中を押されて私たちはまた足を進める。それから会話もなく林を抜けて、あっという間に家の前に着いてしまった。
ハンスはまだ戻ってきていなくて、中でお茶でもと誘ったけどこれからまだ回るところがあるとかで断られた。
「ありがとうございました」
「いいや。それじゃあまた休暇明けに」
「はい」
じゃ、と手を上げて去っていく二人の背中を見送る。
――殿下。なんであの時腕を掴んだんですか。
小さくなっていく背中に私は心の中で問いかけるけどそれに返事などあるわけもなく、姿が見えなくなって家に入ろうとしたら後ろから帰ってきたハンスに声をかけられた。
「アニエス。こんなところに突っ立ってどうしたんだ?」
「おかえりなさい。ユーリ殿下が視察で領地を回ってるらしくて家まで送っていただいたの」
「殿下が? 挨拶しそびれたな……今度挨拶しに行くって殿下に伝えてくれないか」
「分かったわ」
すっかり当主になるための顔つきになっているようだ。
「中に入ろう」という彼に続いて家に入る前、殿下が去っていった方向に思いを馳せて家の中へと入った。
去年はユーリ殿下と別荘にまた遊びに行くと約束をしていたけれど殿下は覚えていないようでお誘いはなかった。
去年は行けてないし今年は父と領地に帰ることにした。
「おはよう」
「え、ハンス?」
当日、準備を終えて食堂に入るとそこには何故かハンスがいて驚いた。
「どうしてハンスがここに?」
「叔父上に急用が入ったとかで行けなくなったらしいんだ。さすがにアニエスだけで行かせるのは心配だからって俺が代わりにいくことになった」
「それはごめんなさい……ハンスにも予定があったのに」
「いいよ。ここずっとお前とも話せてなかったし。朝食食べたら出発しよう」
すでに朝食を食べ終えていた立ち上がって私の頭を撫でで食堂を出ていった。最初は戸惑っていたけれど昔の関係に戻れたことにほっとして、私は朝食を口に運んだ。
馬車に乗り込んで動き出し、向かいに座った私たちは近況を話す。
「そういえばお見合いどうだった?」
「ああ、良い人だったよ。子爵のご令嬢だったんだけど慎ましやかで周りに気を遣える優しい子だった。趣味もあるから今度会う約束をしてる」
「……そっか。ねえ、可愛い?」
「う、まあ、うん。そうだな」
「あ、顔赤いわよ?」
「……揶揄うな」
ハンスは耳まで赤くして、口元を隠して睨んでくるが全然怖くなくて笑ってしまう。
少し寂しい気持ちはあるけど、私のせいで彼が辛い思いをすることがなくなったのは良かった。これだけは神様には感謝するしかない。
それから馬車に揺られて数時間後に領地にある本邸に着いた。久しぶりの我が家だ。
「俺はちょっと挨拶してくるから」
「分かった。私は林の中散策してくる」
「気をつけろよ」
父に代わって挨拶に出て行ったハンスを見送り、侍女に散策に出ることを伝えて家の周りを囲む林の中へと進んでいく。
小さい頃は母と父と手を繋いで野生の動物やお花を探しながら散歩をしたり、従兄の二人と駆け回って服をボロボロにして怒られたりしていた。
王都のほうが色々便利ではあるけれど、前世も含めて自然に囲まれて育ったからこっちのほうが落ち着いて好きだ。
ふと、去年のことを思い出す。こんなふうに自然の中を歩く彼は、私を見るたびに嬉しそうに笑っていたっけ。
今なら分かる。好きな人の隣にいることはすごく幸せなんだって。でもそれはもう来ない。楽しくて辛い、幸せの記憶。
(…………花畑に行こうかな。花冠作ってまたハンスにあげよう)
ここにいると辛くなってしまう。少し遠いけど前にハンスと行った花畑に行こうかなと思っていると、目の前から話し声が聞こえてこちらに向かってくる。
領民だろうかと思っていると、見えてきた顔に目を見開いた。
「ユーリ殿下!?」
「……アニエス?」
「どうしてここに……」
「ちょっと視察で色んな領地を回っているんだ。領地を疎かにしている貴族もたまにいるからね。そういえばここは男爵の領地だったか」
その言葉に夏休暇にも関わらず働いていることを知る。最後に会ったときはそんなこと一言も言っていなかったのに。働きすぎだこの人は。
しかし、殿下に合わないようにこっちに帰ってきたというのにまさかの鉢合わせ。これもあなたの悪戯ですか、神様。
「そういえばアニエス、君は一人か?」
「父が行けなくなったので従兄と来てます。従兄は人に会いに行っているので今は一人ですが……」
「危ないだろう。女の子が一人で林の中にいるなんて」
「昔からよく遊んでいる場所ですし大丈夫ですよ」
「だめだ。家まで送ろう」
今まで何ともなかったから大丈夫だと言っても過保護な殿下は頑として譲ろうとしてくれなくて、殿下は後ろに控えていた護衛に声をかけて私の背中に手を添えて促す。たったそれだけでも心臓が跳ねるのだから嫌になる。
私は渋々頷いて、殿下は私の家を知らないので失礼ながら先頭を歩いてその一歩後ろをユーリ殿下、離れたところから騎士が付いてくる。
なんだか自分がお姫様にでもなったかのような錯覚に陥ってしまいそうになる。
「――君は」
「へ?」
そんなことを考えていたから、急にユーリ殿下に声をかけて間抜けな声が出てしまったが殿下は気にせず話を続けた。
「君はクリスと過ごすのかと思っていた」
「え、クリス殿下とですか?」
「ああ。最近仲が良いだろう」
「そうですか? あ、でも確かに殿下にお誘いされましたけど予定が合わなくて。最終日に城下町にお出かけする約束はしました」
夏休暇前、読み終わった部族長の日記を約束通りクリス様に貸した時に休暇の予定を聞かれたのだ。
前にユーリ殿下と遊びに行ったことをどこかで聞いたらしく、その別荘に行かないかとお誘いを受けた。私が気に入ったことを知って誘ってくれたのだろうけど、他の人と行く気にはならなくて。
今年は領地に帰るつもりだと伝えると肩を落として悲しそうにするクリス様に胸が痛んだ。
その代わりと言ってはなんだが、城下町に隠れた古本屋があるらしくそこには珍しい古書があるとかで帰ってきた時に遊びにいくことを約束している。
まだ見ぬお宝に出会えるかもしれないと思ったら今から浮き足だってしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、いきなり後ろから腕を引っ張られた。驚いて振り返れば、何故か殿下も自分の行動に驚いた顔をしていた。
「……殿下?」
「あ、いや、すまない。痛めてないか」
「大丈夫です」
「そうか……すまない。行こう」
「はい……」
また背中を押されて私たちはまた足を進める。それから会話もなく林を抜けて、あっという間に家の前に着いてしまった。
ハンスはまだ戻ってきていなくて、中でお茶でもと誘ったけどこれからまだ回るところがあるとかで断られた。
「ありがとうございました」
「いいや。それじゃあまた休暇明けに」
「はい」
じゃ、と手を上げて去っていく二人の背中を見送る。
――殿下。なんであの時腕を掴んだんですか。
小さくなっていく背中に私は心の中で問いかけるけどそれに返事などあるわけもなく、姿が見えなくなって家に入ろうとしたら後ろから帰ってきたハンスに声をかけられた。
「アニエス。こんなところに突っ立ってどうしたんだ?」
「おかえりなさい。ユーリ殿下が視察で領地を回ってるらしくて家まで送っていただいたの」
「殿下が? 挨拶しそびれたな……今度挨拶しに行くって殿下に伝えてくれないか」
「分かったわ」
すっかり当主になるための顔つきになっているようだ。
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