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第23話
「はぁ……」
気持ちの良い朝にも関わらず、私の心の中はどんより雲。その理由は手の中にある王家主催の舞踏会の招待状。
今年のパートナーはどうしよう。ハンスはダメだ。そうなるともう父しかいないわけで。一緒に参加してくれる相手もいない寂しい令嬢へと逆戻りとなった。
◇◇◇
そして舞踏会当日。父の腕を取って去年と同じ大広間へと足を踏み入れる。去年ぶりに見る大きなシャンデリアに目が眩む。
なんだかこの一年が色々ありすぎてあっという間だった。この舞踏会もついこの間だった気がするんだけどなぁ。
そんなことを考えながら去年と同じように父と挨拶回りをし、王族の皆様が登場してダンスが始まる。
来たからには一回は踊らないといけないのだけど相手がいない。
どうしたものかと悩んでいると「アニエス嬢」と呼ばれ、顔を上げればクリス殿下がこちらへと歩いてくるではないか。
「クリス殿下。どうかされましたか?」
「ああ、誘いにきた」
「へっ」
「アニエス嬢。良ければ私と踊っていただけませんか?」
殿下は片手を後ろに回し、もう片方の手を私へと差し出してくる。イケメンのお手本のようなお誘いに胸がときめかない女性はいないのではないだろうか。現に私の心臓も思わずときめいてしまった。
騒つく周りの声。こんなにも注目されている中で王子の誘いを断れるわけもないのだが、ものすごく断りたい。だって女性陣の視線がすごく痛いのだもの。
チラッと父に目配らせをしてみたのだが、父はただ頷くだけ。これは絶対断るなということだろう。
私は渋々クリス殿下の手を取り、貴族たちの視線を集めながら広場の中央へと移動して殿下リードでダンスを踊りだす。
ああ、早く終わらないかなと思っていると殿下が小声で話しかけてきた。
「……すまなかった」
「え?」
「急に誘って驚いただろ」
「……えぇ、まあ」
周りから離れてるし曲もあるから誰の耳にも聞こえないだろうと素直に頷くと殿下は小さく笑った。その笑い方に気分は害されていないようだ。
「父にお前も踊ってこいと言われたんだ。だが変に声をかけて勘違いされても困るだろ。そうしたら君が目に入ったんだ」
「……大変ですね、王族の方も」
「ああ、本当に」
殿下は眉を下げて困ったように笑いながら私をリードしていく。流れるような動きに、さすが王族はダンスも上手いらしい。
足を踏まずに済んで踊り終えた私たちはいつかのように壁のほうに移動して話に花を咲かせる。
先日のマーケットで手に入れて貸した日記を読み終えたらしく、すごく面白かったと言ってくれた。
他の国に赴くことが多いクリス殿下にとって別の視点から見た情勢は他の本では得られないことばかりですごく勉強になったらしい。来年もまた日記を探しにこうと誘ってくださり、私は力強く頷いた。
それからご令嬢の鋭い視線の中二人で話をしていたのだが、お手洗いに行きたくなってしまった。
「……殿下。申し訳ありませんが少し席を外してもよろしいでしょうか」
「ああ、勿論だ」
「ありがとうございます」
さすがに異性にトイレに行くというのも憚られて濁しながら伝えると殿下は深く聞かないでくれたのでありがたい。
父にもお手洗いに行くと伝えて大広間を出て廊下に進む。途中で会った騎士にお手洗いの場所を聞いて迷うことなく用を済ますことができた。
そのまま来た道を戻ろうと思ったのだけれど、ちょっとした気まぐれで寄り道をしてしまったのが悪かった。
窓の外から中庭のイルミネーションが見えて良いところで見たいなと来た道とは違う方向へ歩いているときだった。
曲がり角の先で女性の声が聞こえたのだ。普段なら特段気にもしないことなのに「ユーリ殿下」と胸を騒がせる名が聞こえてしまったら気になって仕方ない。
私は話し声が聞こえる先をそっと覗き込むと、そこにはユーリ殿下の姿が見えた。
こちらに背を向ける殿下の向こう側にはちらりと見える赤いドレスが見えて、先ほどの声は彼女のものだと気づく。殿下の腕に触れている手を飾る爪はドレスと同じ赤色をしていて、それに似合う綺麗な大人の女性なのだろう。
話の内容は聞こえてこないが時折聞こえてくる笑い声に親しい関係なのだと分かる。彼は今、どんな顔で彼女に笑いかけているのだろう。もう一度慈しむように私を見てくる彼の瞳を見たい。
じっと殿下の背中を見つめていると、視線を感じたのかユーリ殿下の顔が私のほうに向こうとしてドキッとする。
だがそれを遮るかのように殿下の向こう側から女性の手が伸びてきて殿下の首に腕が回った。そして、彼女は殿下の顔をぐいっと引き寄せて彼女と殿下の顔が近づいたのが分かった。
「!!」
思わず声が出てしまいそうになって慌てて口を押さえる。その場から動けずにいると、目の前の二人の頭が揺れ動いていて何をしているのか誰にだって分かる。
喉が引き攣り、ぼろぼろと涙が溢れていく。それ以上見ていられなくて、私はその場から逃げるように会場とは反対方向へとヒールを鳴らしながら全力で走った。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら近くにある窓枠に手をつく。夢中で走ったせいで自分が今どこにいるのか分からない。人気が全くないから会場からだいぶ離れてしまっているのは分かるのだけど。
早く戻らないと父もクリス様も心配してしまうと頭では分かっていてもどうしても足が動かない。
「…………っ!」
脳裏で先ほどの光景が蘇ってきて私は声を殺して涙を流す。想いを伝え合った好きな人が他の人とキスをしているところを見せられるなんてあまりにも残酷すぎる。
ユーリ殿下が好き。誰よりも愛してる。だけどこの世界のことを思えばもう伝えてはならない想い。苦しい。辛い。神様、早くこの想いを消してください……。
「…………アニエス?」
「っ!」
後ろから名前を呼ばれて体が強張って振り返れない。コツコツと踵を鳴らしてこちらに近づいてくる靴の音。
「なかなか戻ってこないから探しにきた。どうした、道が分からなく――」
思っていた人物とは別の声に後ろを振り返ると、彼は驚いたように目を丸くして言葉を詰まらせていた。
「……クリス殿下」
「……どうした。何かあったのか」
クリス殿下は私が泣いている理由を聞いてくるが私は首を横に振る。何でもないと伝えるも涙は止まらなくて。
殿下が困っているのが分かっているのに止まってくれず、どうしようと思っていると徐に肩を掴まれて引き寄せられ、気づいたらクリス殿下の腕の中にいた。
「で、殿下……!?」
「泣き止むまでこうしていろ」
ぶっきらぼうな物言いだったけど、殿下からは心配してくれている気持ちが伝わってくる。
(……ありがとうございます)
心の中で感謝を述べて鼻を啜ると殿下から爽やかな匂いを感じた。きっと香水の匂いだろう。殿下ぽいなぁと思っていると心が落ち着いてきているのが分かった。
暫くそうしていると、また近づいてくる靴の音。
「誰かいるのか?」
聞こえた低い声に心臓が跳ねる。それは間違いなくユーリ殿下の声だったからだ。離れようとクリス殿下の胸を押すと、何故か更に抱き寄せてくるので驚く。
そして靴の音が止まったのが分かった。
「アニエス……クリス……?」
気持ちの良い朝にも関わらず、私の心の中はどんより雲。その理由は手の中にある王家主催の舞踏会の招待状。
今年のパートナーはどうしよう。ハンスはダメだ。そうなるともう父しかいないわけで。一緒に参加してくれる相手もいない寂しい令嬢へと逆戻りとなった。
◇◇◇
そして舞踏会当日。父の腕を取って去年と同じ大広間へと足を踏み入れる。去年ぶりに見る大きなシャンデリアに目が眩む。
なんだかこの一年が色々ありすぎてあっという間だった。この舞踏会もついこの間だった気がするんだけどなぁ。
そんなことを考えながら去年と同じように父と挨拶回りをし、王族の皆様が登場してダンスが始まる。
来たからには一回は踊らないといけないのだけど相手がいない。
どうしたものかと悩んでいると「アニエス嬢」と呼ばれ、顔を上げればクリス殿下がこちらへと歩いてくるではないか。
「クリス殿下。どうかされましたか?」
「ああ、誘いにきた」
「へっ」
「アニエス嬢。良ければ私と踊っていただけませんか?」
殿下は片手を後ろに回し、もう片方の手を私へと差し出してくる。イケメンのお手本のようなお誘いに胸がときめかない女性はいないのではないだろうか。現に私の心臓も思わずときめいてしまった。
騒つく周りの声。こんなにも注目されている中で王子の誘いを断れるわけもないのだが、ものすごく断りたい。だって女性陣の視線がすごく痛いのだもの。
チラッと父に目配らせをしてみたのだが、父はただ頷くだけ。これは絶対断るなということだろう。
私は渋々クリス殿下の手を取り、貴族たちの視線を集めながら広場の中央へと移動して殿下リードでダンスを踊りだす。
ああ、早く終わらないかなと思っていると殿下が小声で話しかけてきた。
「……すまなかった」
「え?」
「急に誘って驚いただろ」
「……えぇ、まあ」
周りから離れてるし曲もあるから誰の耳にも聞こえないだろうと素直に頷くと殿下は小さく笑った。その笑い方に気分は害されていないようだ。
「父にお前も踊ってこいと言われたんだ。だが変に声をかけて勘違いされても困るだろ。そうしたら君が目に入ったんだ」
「……大変ですね、王族の方も」
「ああ、本当に」
殿下は眉を下げて困ったように笑いながら私をリードしていく。流れるような動きに、さすが王族はダンスも上手いらしい。
足を踏まずに済んで踊り終えた私たちはいつかのように壁のほうに移動して話に花を咲かせる。
先日のマーケットで手に入れて貸した日記を読み終えたらしく、すごく面白かったと言ってくれた。
他の国に赴くことが多いクリス殿下にとって別の視点から見た情勢は他の本では得られないことばかりですごく勉強になったらしい。来年もまた日記を探しにこうと誘ってくださり、私は力強く頷いた。
それからご令嬢の鋭い視線の中二人で話をしていたのだが、お手洗いに行きたくなってしまった。
「……殿下。申し訳ありませんが少し席を外してもよろしいでしょうか」
「ああ、勿論だ」
「ありがとうございます」
さすがに異性にトイレに行くというのも憚られて濁しながら伝えると殿下は深く聞かないでくれたのでありがたい。
父にもお手洗いに行くと伝えて大広間を出て廊下に進む。途中で会った騎士にお手洗いの場所を聞いて迷うことなく用を済ますことができた。
そのまま来た道を戻ろうと思ったのだけれど、ちょっとした気まぐれで寄り道をしてしまったのが悪かった。
窓の外から中庭のイルミネーションが見えて良いところで見たいなと来た道とは違う方向へ歩いているときだった。
曲がり角の先で女性の声が聞こえたのだ。普段なら特段気にもしないことなのに「ユーリ殿下」と胸を騒がせる名が聞こえてしまったら気になって仕方ない。
私は話し声が聞こえる先をそっと覗き込むと、そこにはユーリ殿下の姿が見えた。
こちらに背を向ける殿下の向こう側にはちらりと見える赤いドレスが見えて、先ほどの声は彼女のものだと気づく。殿下の腕に触れている手を飾る爪はドレスと同じ赤色をしていて、それに似合う綺麗な大人の女性なのだろう。
話の内容は聞こえてこないが時折聞こえてくる笑い声に親しい関係なのだと分かる。彼は今、どんな顔で彼女に笑いかけているのだろう。もう一度慈しむように私を見てくる彼の瞳を見たい。
じっと殿下の背中を見つめていると、視線を感じたのかユーリ殿下の顔が私のほうに向こうとしてドキッとする。
だがそれを遮るかのように殿下の向こう側から女性の手が伸びてきて殿下の首に腕が回った。そして、彼女は殿下の顔をぐいっと引き寄せて彼女と殿下の顔が近づいたのが分かった。
「!!」
思わず声が出てしまいそうになって慌てて口を押さえる。その場から動けずにいると、目の前の二人の頭が揺れ動いていて何をしているのか誰にだって分かる。
喉が引き攣り、ぼろぼろと涙が溢れていく。それ以上見ていられなくて、私はその場から逃げるように会場とは反対方向へとヒールを鳴らしながら全力で走った。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら近くにある窓枠に手をつく。夢中で走ったせいで自分が今どこにいるのか分からない。人気が全くないから会場からだいぶ離れてしまっているのは分かるのだけど。
早く戻らないと父もクリス様も心配してしまうと頭では分かっていてもどうしても足が動かない。
「…………っ!」
脳裏で先ほどの光景が蘇ってきて私は声を殺して涙を流す。想いを伝え合った好きな人が他の人とキスをしているところを見せられるなんてあまりにも残酷すぎる。
ユーリ殿下が好き。誰よりも愛してる。だけどこの世界のことを思えばもう伝えてはならない想い。苦しい。辛い。神様、早くこの想いを消してください……。
「…………アニエス?」
「っ!」
後ろから名前を呼ばれて体が強張って振り返れない。コツコツと踵を鳴らしてこちらに近づいてくる靴の音。
「なかなか戻ってこないから探しにきた。どうした、道が分からなく――」
思っていた人物とは別の声に後ろを振り返ると、彼は驚いたように目を丸くして言葉を詰まらせていた。
「……クリス殿下」
「……どうした。何かあったのか」
クリス殿下は私が泣いている理由を聞いてくるが私は首を横に振る。何でもないと伝えるも涙は止まらなくて。
殿下が困っているのが分かっているのに止まってくれず、どうしようと思っていると徐に肩を掴まれて引き寄せられ、気づいたらクリス殿下の腕の中にいた。
「で、殿下……!?」
「泣き止むまでこうしていろ」
ぶっきらぼうな物言いだったけど、殿下からは心配してくれている気持ちが伝わってくる。
(……ありがとうございます)
心の中で感謝を述べて鼻を啜ると殿下から爽やかな匂いを感じた。きっと香水の匂いだろう。殿下ぽいなぁと思っていると心が落ち着いてきているのが分かった。
暫くそうしていると、また近づいてくる靴の音。
「誰かいるのか?」
聞こえた低い声に心臓が跳ねる。それは間違いなくユーリ殿下の声だったからだ。離れようとクリス殿下の胸を押すと、何故か更に抱き寄せてくるので驚く。
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