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word28 「お隣さん 本当の姿」②
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「おはよう~」
素早く横に振られる手と同時に、気の抜けた声も僕に向けられる。子供をあやすような少し高い声だ。
「おはようございます」
僕も挨拶を返した。立ち止まって会釈しながら。ちょうど良いタイミングというか、嫌なタイミングでドアを開けて出てきたお隣さんに向かって。
目が合ったけれど、気付かないフリをして歩きさろうかとも一瞬思ったが、僕はやけに落ち着いていた。
「今日は良い天気だねえ」
「そうですね」
「まあ。あったかい。最近は寒かったのに」
男のくせに目はぱっちりしていて、全体的に顔のパーツが濃い。見た目はやっぱり40歳手前。そんなお隣さんは僕に手を振り続ける。
服装はスーツ姿だし、ネクタイをして髪も髭も整っている。普通にしていればどこからどう見ても普通のサラリーマンだ。そんなお隣さんはずっとずっと僕に手を振り続ける。
昔からこの人の僕に対する振る舞いはこうだった。小学校低学年の時に初めて会って頭を撫でられた時から、ずっと同じノリの子供扱いで絡んでくる。僕が中学生になっても高校生になっても。
「い、いってきます……」
「うん。いってらっしゃい。車に気を付けるんだよ」
「はーい」
最後までお隣さんの姿を目で捉えながら歩き去る。塀で見えなくなるまで表情を伺った。そのお隣さんもまた目を大きく見開いて、僕のことをじっと見ていた――。
いざ会ってみても怖いということは無かった。予期せぬ遭遇だったけれど鼓動が早くなりもせずいつも通りだった。理由は自分でもよく分からない。おそらくはまだピンと来ていないのだ。
長い間隣の家にいた人間が宇宙人だと言われて、それが紛れもない事実だと分かっていても、実際に確たる証拠を見るまではどうしても……。いつもの姿を見てもやっぱり全く宇宙人には見えない。怖いどころかむしろいつもの、僕には優しいお隣さんを見て安心したくらいだ。
僕は道ですれ違う電信柱になんとなく触れて、ザラザラしたコンクリートの感触を指で味わった。今見えている物が本当にそこにあるのか確かめるためだ。当たり前に細かい砂が指に残るだけだった。
なんだか不思議な感覚が胸にある。形容し難い解放感というか万能感というか。黒いパソコンと同じように、自分自身が全知になった気分。見かける人は同じ地面を同じ目線で歩いているのに、それを見下ろす神にでもなったような。
黒いパソコンを手に入れてからまだそれほど時が経った訳ではないけど、本当にたくさんのことを知った。黒いパソコンと出会わなければ絶対に知ることが無かったことだ。中には情報だけ仕入れて、自分の目で確かめていない物事もある。あいつがあの子を好きだとか、魔法が存在するなんて本当に本当なのかと思う。
そんな疑わしい事柄がまた1つ増えて、僕は改めて世界は不思議だと感じた。考えさせられてしまう。この世界は何なんだろうって。
本当にあることは分かっていても、信じられないことは黒いパソコンの検索結果の他にもたくさんある。授業の科目で言えば化学や歴史がそれに当てはまるものが多い。色んな固体から気体までもが原子なるものでできているとか、大昔にそんな偉業を成し遂げた人がいただとかも疑わしい。
特に昔から思っているのは世界に何十億もの人間が本当に存在しているのかということだ。何万キロも離れた地球の裏側に同じように大地を踏みしめ、同じように呼吸している人間が果たしているのか。作り話じゃないのか。
僕はいつもと違うところで十字路を曲がり、高校とは反対側の都市が発展している方へ向かう。
この街の人間にしたってそうだ。今見えている全ての家に、全てのマンションの全ての窓の向こうに、こんなにたくさんの場所にそれぞれ違う人間がいて全く違う暮らしがある。僕にとってはそのほうが信じられないことかもしれない。宇宙人が地球にいることよりも。
もしかするとあの建物の壁の向こうには実のところ何も無くって、そこへ帰る話したことも無いような人間はただの人形じゃないんだろうか。意思があるように見えて無い。家では動いてもいない。そんな風に思えるのだ。
だってそれにしたって原子や歴史と同じように僕が確認していないことだ。
そう、この目で見なければ分からない。
だから僕は今、お隣さんの後をこっそり追ってい
素早く横に振られる手と同時に、気の抜けた声も僕に向けられる。子供をあやすような少し高い声だ。
「おはようございます」
僕も挨拶を返した。立ち止まって会釈しながら。ちょうど良いタイミングというか、嫌なタイミングでドアを開けて出てきたお隣さんに向かって。
目が合ったけれど、気付かないフリをして歩きさろうかとも一瞬思ったが、僕はやけに落ち着いていた。
「今日は良い天気だねえ」
「そうですね」
「まあ。あったかい。最近は寒かったのに」
男のくせに目はぱっちりしていて、全体的に顔のパーツが濃い。見た目はやっぱり40歳手前。そんなお隣さんは僕に手を振り続ける。
服装はスーツ姿だし、ネクタイをして髪も髭も整っている。普通にしていればどこからどう見ても普通のサラリーマンだ。そんなお隣さんはずっとずっと僕に手を振り続ける。
昔からこの人の僕に対する振る舞いはこうだった。小学校低学年の時に初めて会って頭を撫でられた時から、ずっと同じノリの子供扱いで絡んでくる。僕が中学生になっても高校生になっても。
「い、いってきます……」
「うん。いってらっしゃい。車に気を付けるんだよ」
「はーい」
最後までお隣さんの姿を目で捉えながら歩き去る。塀で見えなくなるまで表情を伺った。そのお隣さんもまた目を大きく見開いて、僕のことをじっと見ていた――。
いざ会ってみても怖いということは無かった。予期せぬ遭遇だったけれど鼓動が早くなりもせずいつも通りだった。理由は自分でもよく分からない。おそらくはまだピンと来ていないのだ。
長い間隣の家にいた人間が宇宙人だと言われて、それが紛れもない事実だと分かっていても、実際に確たる証拠を見るまではどうしても……。いつもの姿を見てもやっぱり全く宇宙人には見えない。怖いどころかむしろいつもの、僕には優しいお隣さんを見て安心したくらいだ。
僕は道ですれ違う電信柱になんとなく触れて、ザラザラしたコンクリートの感触を指で味わった。今見えている物が本当にそこにあるのか確かめるためだ。当たり前に細かい砂が指に残るだけだった。
なんだか不思議な感覚が胸にある。形容し難い解放感というか万能感というか。黒いパソコンと同じように、自分自身が全知になった気分。見かける人は同じ地面を同じ目線で歩いているのに、それを見下ろす神にでもなったような。
黒いパソコンを手に入れてからまだそれほど時が経った訳ではないけど、本当にたくさんのことを知った。黒いパソコンと出会わなければ絶対に知ることが無かったことだ。中には情報だけ仕入れて、自分の目で確かめていない物事もある。あいつがあの子を好きだとか、魔法が存在するなんて本当に本当なのかと思う。
そんな疑わしい事柄がまた1つ増えて、僕は改めて世界は不思議だと感じた。考えさせられてしまう。この世界は何なんだろうって。
本当にあることは分かっていても、信じられないことは黒いパソコンの検索結果の他にもたくさんある。授業の科目で言えば化学や歴史がそれに当てはまるものが多い。色んな固体から気体までもが原子なるものでできているとか、大昔にそんな偉業を成し遂げた人がいただとかも疑わしい。
特に昔から思っているのは世界に何十億もの人間が本当に存在しているのかということだ。何万キロも離れた地球の裏側に同じように大地を踏みしめ、同じように呼吸している人間が果たしているのか。作り話じゃないのか。
僕はいつもと違うところで十字路を曲がり、高校とは反対側の都市が発展している方へ向かう。
この街の人間にしたってそうだ。今見えている全ての家に、全てのマンションの全ての窓の向こうに、こんなにたくさんの場所にそれぞれ違う人間がいて全く違う暮らしがある。僕にとってはそのほうが信じられないことかもしれない。宇宙人が地球にいることよりも。
もしかするとあの建物の壁の向こうには実のところ何も無くって、そこへ帰る話したことも無いような人間はただの人形じゃないんだろうか。意思があるように見えて無い。家では動いてもいない。そんな風に思えるのだ。
だってそれにしたって原子や歴史と同じように僕が確認していないことだ。
そう、この目で見なければ分からない。
だから僕は今、お隣さんの後をこっそり追ってい
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