立派な魔王になる方法

・めぐめぐ・

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その後の話:未来の話をしよう

第26話 名前

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 レシオは、意識を取り戻しつつあった。夢と現実の狭間で、ぼんやりと何があったのかを思い出していた。

 ハルが木から落ちたのを助けるため、レシオはその身を投げ出した。そして彼女と一緒に地上に落ちたはずだった。
 しかし、不思議と身体に痛みはない。

“もしかして俺……、今度こそ死んだんじゃ……”

 考えがまとまらないまま、そんな事を呑気に考えるレシオ。しかし痛みの代わりに、何かが覆いかぶさっているのを感じた時、自分はまだ生きている事を確信した。手が無意識に、覆いかぶさっているそれに触れる。

 温かく柔らかい感触。それは触れられびくっと身体を震わせると、レシオの身体の上から離れていった。

 それが何か、レシオには分かっていた。ゆっくりと瞳を開くと、不安そうに自分を見下ろしている彼女の名を呼んだ。

「……ハルモニア」

 ハルモニア――、それが彼女の本当の名前。この名は、旅では一度も使われていない。それをレシオが口にしたという事は。

 彼女が息を飲むのが分かった。おぼつかない手で口元を抑えると、背中を丸めて俯いた。表情は俯いて見えないが、細かく震える肩が、彼女の気持ちを表していた。

「大丈夫か? どこか怪我とかないか?」

「……僕は……大丈夫だ。昔と同じ過ちは……、繰り返さない。レシオ、君は?」

「俺も大丈夫だ。魔法、使ってくれたんだな」

 レシオは途中で気を失ってしまったが、地面に激突する直前、ハルが魔法を使って激突を免れたのだ。10年前はまだ力が未熟だったため、魔法が間に合わずレシオに怪我を負わせてしまったが、今回は成功したようだ。

 レシオはゆっくりを身体を起こした。そして俯く彼女の肩に手を置くと、少し意地悪な表情を浮かべた。

「駄目だろ? 俺との約束、守れてねえじゃん」

「……その約束を、きれいさっぱり忘れてたのは……、君だろ?」

 そう言いながら顔を上げるハルの瞳には、涙が溢れていた。しかしそれが悲しみの涙でない事は、一目瞭然だ。レシオは、この返答に少しだけばつの悪そうな表情を浮かべると、すぐに誤魔化し笑いを浮かべた。そして、服の裾で彼女の涙を拭った。

 次の瞬間、ハルの身体が小さな光を放った。魔法で隠されていたものが、取り払われていく。

 光が収まりレシオの目に映ったのは、一人の女性の姿だった。
 服装はそのままだったが、彼女が纏う雰囲気、そして今まで魔法によって隠されていた本来の容貌が、全て彼の前に晒された。

 母譲りの、美しすぎるその容貌が。

 青かった髪は本来の黒髪に戻り、光沢を放ちながら背中に流れている。少し伏し目がちだった瞳は、本来のくっきりした大きな瞳に戻り、濁り一つない澄んだ青色は、吸い込まれそうな静けさを湛えていた。その下には、母と同じ整った鼻筋と、柔らかい桜色の唇が続く。頬は、何も付けていなくても血色良く、顎までに無駄なラインがない。

 男装をしているときは、全体的に線の細い身体をしていたが、今は少しだけ女性らしい膨らみや曲線が見られる。全体的な肌の色も、男装している時よりも白く女性らしい艶とハリのある柔肌へと変わっていた。

 彼女がこの姿で歩けば、あらゆる者たちが足を止め、その姿から視線を逸らせないだろう。

 どのような言葉も、彼女の美しさを形容することが出来ない。
 それが目の前の女性――、次期魔王ハルモニア。

「……相変わらず、怖いほどの美しさだな。でも……、ちゃんと約束を守ってくれたな」

 軽口を叩きながらも、視線を逸らすことが出来ずにいるレシオ。気を抜くと簡単に放棄されてしまう理性を、何とか留めている。もし気を抜いてしまったら、彼女の美しさに思考が支配され、何も話せなくなってしまうからだ。

 そんな戦いが内心で行われている事も知らず、その言葉を聞いたハルモニアの頬が真っ赤に染まった。そして不自然に視線をキョロキョロさせながらも、時折チラチラとレシオに視線を向けている。

 恥ずかしさから、彼が直視できないらしい。

「うっ……うん……。レシオと一緒にいる時は……、本来の姿に……、もっ、戻るって……約束した…から……」

 ハルモニアはぎゅっと瞳を閉じると、彼から視線を逸らしたままつっかえつっかえ言葉を紡ぐ。まるで別人かと思ってしまう程の変わりように、レシオは思わず噴き出した。

「相変わらず、その姿だとまともに話せねえんだな、ハルモニアは。確かもう18歳だろ? この10年間、何してたんだよ」

「だっ、だって……」

「あーあー、皆まで言うな、分かってる。俺が記憶を失ってたから、本来の姿に戻る機会が無かったとでも言うんだろ?」

「うっ……」

 図星とばかりに、ハルモニアは言葉を詰まらせた。
 決して自分に視線を向けてくれないハルモニアの視界に無理やり入ると、レシオは先ほどまでとは打って変わって、自らを責めるように顔を歪めながら頭を下げた。

「ハルモニア、今まですまなかった。この10年間ずっと不安にさせてしまった……。本当の姿で生きるため、協力すると言ってたのに……。それに記憶がなかったとはいえ、思い出させようとしてくれたお前に、俺は酷い言葉を……」

「そっ、そんなこと……ない! 悪いのは……、全部わたっ、私なのっ! だっ、だから、顔を……、あげ……て」

 レシオの肩に触れながら、ハルモニアは懸命に彼に非がないことを告げる。

 本来は、自分が解決しなければならないことなのだ。彼が協力を約束してくれたとはいえ、それが果たされずに恨むなどお門違いだ。さらに言うなら、彼が記憶を失ったきっかけは、自分を救う為に怪我した事だ。
 彼を責める理由は全くないと、ハルモニアは思っていた。話すのが苦手な為、そこまでレシオを伝えることはできなかったが。

 ハルモニアの言葉を聞き、レシオは少しホッとした表情を浮かべたが、すぐに真剣なものに変わり、彼女に問いかけた。

「……お前がその姿で生きて行けるよう、まだ協力させて貰えるか?」

「……ええ。レシオが……いっ、嫌じゃなければ……」

 彼の気持ちを尊重したいと言葉にしながらも、ハルモニアは頷いて欲しいという希望を顔に出している。
 男装をしている時は、ある程度気持ちを隠すことも出来たようだが、本来の姿だと思ったことを隠しておくことが難しいらしい。

 そういう素直で裏表のない部分が、ハルモニアの良いところでもあり、可愛いところだとレシオは思う。

 チラチラこちらを伺い、少しでも視線が合えばすぐに俯く彼女を見ながら、レシオはどうしたらハルモニアが本来の姿でいられるようになるかを、少し考えた。

“ま、当初の予定通り、まずは俺の前で慣れて貰って、少しずつ慣れる人を増やして……、うーーー、めっちゃ手握りてぇ……、いやいやいや!! 何を考えてる俺!! 真剣に考えろ!! 俺の前で慣れるなら、しばらくこのままエルザ城に滞在して貰って、一緒にいる時間を増やす……、ぅううーーー、めっちゃ頬っぺたに触りてぇ……。おいっ! 思考仕事しろっ!!!”

 ちょくちょく現れるレシオの本心が、彼の思考の邪魔をする。何とか煩悩を振り払いながら考え、何とか方針が決まった。

「じゃあ、お前が本来の姿で生きていけるように、こうしよう」

「なっ、なに? わっ、私、どうしたら……いいの?」

 言葉はどもってたどたどしいが、10年前と同じく、彼の言葉に期待を膨らませ、瞳を輝かせるハルモニア。そんな彼女を、さらに愛おしく、叶うのもなら共に生きていきたいと思いながら、レシオは自分の考えを伝えた。


「結婚しよう」
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