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第六話(五)
しおりを挟む「じゃあ、今夜の初夜だが――」
少しして、憂夜の妙にハキハキとした声が甘やかな時間をぶち壊す。突如、生々しい現実に引き戻されて、秋葉の脈がどきりと跳ねた。
「そ、そ、そうだったわね……」
秋葉はつい逃げ腰になる。胸は圧迫されたように重くなって、息が詰まった。ぎょろぎょろと目が泳いで、乾いた唇が微かに震えだす。
(本当に今夜、夫婦の……するの!?)
本音を言えば、まだ心の準備ができていない。だって、花嫁という言葉から何年も離れていたのだから、全然想像ができないのだ。
憂夜はじっと秋葉を見つめる。黄昏みたいな不思議な色に、またもや引き込まれた。
「秋葉はさ……」
「はっ、はいっ!」
「俺のこと、まだ名前で呼んでいないな?」
「えっ……!? そ、そうだっけ……?」
秋葉は首を傾げる。そう言われてみれば、そうかもしれない。
憂夜の視線が彼女を射抜く。
「お前の夫なのに、名前で呼んでくれねぇの?」
ちょっとだけ不貞腐れた様子が、不覚にも可愛らしいと思った。
「い、いや……。呼びたくないわけはなくて……。ちょっと、機会を逃したかんじ……?」
しどろもどろにそう答えると、彼はずいっと顔を近付けた。
「ほら、呼んでみろよ。憂夜って」
「うっ……」
思わず身体を少しだけ仰け反ってしまう。顔が近い。近過ぎる。ただでさえ見惚れるような顔立ちなのに、こんなに近距離に来るなんて。
憂夜は彼女の動揺を楽しんでいるかのように、距離が開いた分また近寄ってきた。彼の吐息が彼女の顔にかかって、ますます胸が高鳴っていく。
「ゆ・う・や」
「ゆっ……」
ぞわぞわする恥ずかしさに、秋葉はつい視線を落とした。
「ゆ…………憂……夜…………」
「よく出来ました」
次の瞬間、彼は嬉しそうにニカッと笑って、愛おしそうに彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「よぅしっ、俺たちの初夜は完了だ」
「……はぁ?」
素っ頓狂な秋葉の声。彼女の間抜け面に彼はくつくつと笑いながら、得意げに言う。
「夫婦になる第一歩は、互いの名を口にすることだな」
「はぁ……」
「それに、秋葉の気持ちはまだ準備ができていないようだ。俺は怖がる女を無理に手籠めにするような無粋な真似はしねぇよ」
「あ……」
どうやら、憂夜には秋葉の気持ちは全てお見通しだったようだ。嬉しさやら恥ずかしさやらで、ほんのり頬を紅色に染める。
「その……いいの?」
「……秋葉が初夜をしたいなら、やるか?」
「べっ……! 別に、私はっ……」
真っ赤な頬の色が、更に濃くなった。
「はっはっは。秋葉はまだお子ちゃまだからな~」
「私は子供なんかじゃないわ!」
憂夜はおもむろに立ち上がって、
「おやすみ、秋葉」
秋葉の頬に軽く口づけて部屋を出た。
「っ……」
残されたのは、目を白黒している秋葉。
触れた箇所から熱が広がって、身体中が火照っていく。
それに比例して、怒りも。
「不意打ちすなーっ!!」
扉越しに聞こえる妻の雄叫びに、憂夜は声を上げて笑った。
これが、二人の初夜。
新月の今日、ここから始まるのだ。
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