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第十九話(三)
しおりを挟む「な、なにっ?」
春菜――だった影が、秋葉に拳を振り上げる。避けようとするが足からも別の影が忍び寄り、つんのめった。
「危ねぇっ!」
憂夜が後ろから秋葉を抱きしめて、強く引いた。しかし少しだけ遅れてしまって、彼の着流しが軽く影に触れてしまう。
「くっ……!」
下を見やると、影に触れた袖下の部分が跡形もなく消えてしまった。
それは火で炙られたり引き裂かれた風でもなく、存在ごとが。
「うそっ……。どういうこと!?」
己の眼前でなにが起きたのか理解が追い付かず、秋葉は目を白黒させる。
憂夜は冷静に、まずは彼女を影の攻撃範囲外まで避難させた。
「邪の正体は『無』だ。あれにあるのは悪意のみ。ただ全てを呑み込むだけだ」
「それで、呑み込まれたら!?」
「さぁな。存在自体がこの世から抹消されるって聞くが」
「そんなっ……! じゃあ、春菜は? 春菜はもう呑み込まれたってことなの!?」
「春菜は既に悪意に呑み込まれている。……もう、ずっと前からな」
再び、影の攻撃が来る。
瞬時に光河が秋葉たちの周囲に結界を張って、なんとか防いだ。
そして、憂夜が神力を春菜から出た影の四隅に打ち込んで、足止めをする。
「それって、どういう……?」
秋葉の瞳が不安げに揺れる。
憂夜はばつが悪そうな顔で口ごもる。代わりに光河が静かに口を開いた。
「春菜は、君から霊力を奪ったときから、邪になってしまっていたんだ」
「えっ…………」
刹那、秋葉の身体が硬直した。暗い穴の中に落とされた気分だった。たちまち体内の時間が止まって、己の脈の音だけが耳に刻まれる。
じわりと冷や汗が出た。喉を押し潰されたように息ができなかった。
今、白龍は『奪った』と言った。
あれは、事故じゃなかったの?
双子は陰と陽。些細なきっかけで、それが反転することもあると聞いたことがある。
霊力が妹に流れたのも、そういうことじゃないの?
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