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43 第一王子の誕生パーティー②
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第一王子たちの登場で、たちまち貴族たちの囁き声がさざ波のように会場中に広がった。
「第一王子は男爵令嬢にご執心という噂は本当だったのか」
「男爵令嬢が未来の王妃? あり得ないわ」
「なんて下品なドレスかしら。あんなのと婚姻するなんて王室の格が下がるわ」
「なぜヨーク家は黙っているんだ。抗議して然るべきだろう」
……など、嫌悪感でいっぱいの雑音が響き合っていた。彼らに向けられる分は構わないけど、ヨーク家に矛先がくるのは困りものだわね。
「あら、ヨークさん! ご機嫌よう!」
男爵令嬢は目ざとくわたくしを見つけると、るんるんと軽い足取りでこちらに近寄って来た。
すると周囲の貴族から「ヨークさん、だってぇ!?」と驚きの声が聞こえてくる。常識では身分の低い者から高位の者に話し掛けるのはあり得ないし、ましてや「さん」付けなんてとんでもないことだ。
「ご機嫌よう、第一王子殿下」
わたくしは男爵令嬢の後ろにいる第一王子にカーテシーをした。
「あら、カーテシーだなんて。ヨークさんったら気が早いわぁ!」と、男爵令嬢は楽しそうにケラケラと笑った。
わたくしはとっても苛ついたが無表情を崩さずに、
「身位の高い第一王子殿下にご挨拶をするのは臣下として当然のことですわ」
「そんなぁ! 臣下だなんて!」
すっかり勘違いをしている男爵令嬢は喜色満面の笑みを浮かべていた。わたくしは第一王子のことを言っているんだけど、本当に愚かな人ね。
「シャーロット嬢、今日は来てくれてありがとう」
第一王子は男爵令嬢を咎めもせずに、ニコリと穏やかに笑う。
わたくしは再び一礼をして、
「お誕生日おめでとうございます、殿下。本日は素晴らしいパーティーになりそうですわね」
「ありがとう。たかが王子の誕生日に大袈裟なんだよ」と、第一王子は会場をちょっと見回してから肩をすくめた。
「我が国の第一王子ですもの。これくらい当然でしてよ」と、わたくしは心にもないことを笑顔で言う。
「もうっ! 殿下ぁ~!」
そのとき、男爵令嬢が甘える声を出しながら第一王子の腕をぎゅっと掴んで、
「早く行きましょう! あたし、王宮のお菓子が食べたいわ!」
「ロージー、いつも食べているだろう?」
「違うの! パーティーに出されているお菓子は格別なのっ!」
「ははっ、ロージーは食いしん坊だな」
「むぅっ! 殿下の意地悪ぅっ!」
白けるくらいにお熱い二人は、わたくしたちの存在を忘れたように仲睦まじい様子で去って行った。
取り巻きたちが付着物みたいに彼らのあとを追う。令息たちは婚約者の令嬢に対して挨拶どころか一顧だにしなかった。彼らの間には冷めきった空気がびゅうびゅうと吹雪のように流れていた。
「…………」
周囲から憐れみの視線を一身に浴びるのを感じる。彼らは皆、男爵令嬢の無礼な振る舞いに呆れ返っているようだ。異口同音に彼女への悪口を言っていた。
「あ、兄上はあれのどこがいいんだ……」と、ハリー殿下が渋面をつくってボソリと呟いた。
ハリー殿下と一緒に軽く挨拶回りをしていると「まもなく国王陛下のお成りです」と告知があったので、わたくしたちは定位置へと向かった。
二人の王子は壇上の王座の傍らに、そして王座から近い場所から身分の高い順に立ち並ぶ。
ヨーク家もバイロン家も身位的に先頭のほうなので、わたくしはお兄様とダイアナ様と一緒に並んだ。
本当はバイロン家の位置は通路の向かい側なのだけど、お兄様はダイアナ様の手を決して離さなかったわ。まぁ、いずれはダイアナ・ヨーク公爵夫人になるのだから良い……のかしら?
そして男爵位は慣例なら最後尾のほうが定位置なのだけど、なんとモーガン男爵令嬢は第一王子の取り巻きたちと共に前の位置を陣取っていた。周囲の貴族たちは苦虫を噛み潰したような様相を浮かべながら彼女たちを遠巻きに見ていた。
本来なら注意をしてきちんと区別を付けさせなければならないけど、下手に彼女を咎めて第一王子の勘気に触れると厄介だ。だから高位貴族たちは、腫れ物に触るように男爵令嬢を扱わなければならなかった。
壇上からハリー殿下が男爵令嬢に蔑んだ視線を送っている。
一方、第一王子は何食わぬ顔だ。前回の人生もだけれど、彼は男爵令嬢に甘すぎる。それは自身を真綿で首を締めている状態なのに、プライドの高い彼がなぜ彼女の暴挙を許しているのかしら。
そして、もし男爵令嬢が王太子妃になったらこの状態がずっと続くのかと考えると、わたくしは頭が痛くなった。
でも、第一王子はモデナ王国の姫と婚姻を結ぶのよね。そうなると、男爵令嬢はどうなるのかしら? 側室? 愛妾?
いずれにせよ、本妻である他国の姫を差し置いて愛人の男爵令嬢ばかりに愛情を注ぐのなら外交問題になるわよ。第一王子はどうするつもりなの?
国王陛下のお言葉が終わって、いよいよ本日の主役である第一王子の挨拶だ。
陛下が紹介をすると、彼は一歩前へ踏み出した。空気の読めない男爵令嬢から黄色い声があがる。周囲は冷ややかな目で彼女を見た。
「皆、今日は私のために集まってくれてどうもありがとう。少し早い話だが、来年私は18になって立太子の儀を行う。それまであと一年しかないと思うと、身の引き締まる思いだ。残りの僅かな期間、学生という立場を謳歌しつつ、将来の責任ある立場へ向けて精進していこうと思う。そして――シャーロット嬢」
第一王子は出し抜けにわたくしの名前を呼んで、ゆっくりとこちらへ向かって来た。
「えっ……?」
突然の呼び掛けにわたくしは虚を衝かれて、まったく身動きができなかった。
第一王子はおもむろにわたくしの手を取って、そして腰に手を回して、わたくしをそっと一歩前へと出す。
わたくしはわけも分からずに、されるがままに動いて、ぼうっと彼の顔を見上げた。
第一王子は爽やかな笑顔を聴衆に向けて、再び朗々と話し始めた。
「そして、シャーロット・ヨーク公爵令嬢――私の未来のパートナーと共に、この国を更なる発展へと導いて行こうと思う」
「第一王子は男爵令嬢にご執心という噂は本当だったのか」
「男爵令嬢が未来の王妃? あり得ないわ」
「なんて下品なドレスかしら。あんなのと婚姻するなんて王室の格が下がるわ」
「なぜヨーク家は黙っているんだ。抗議して然るべきだろう」
……など、嫌悪感でいっぱいの雑音が響き合っていた。彼らに向けられる分は構わないけど、ヨーク家に矛先がくるのは困りものだわね。
「あら、ヨークさん! ご機嫌よう!」
男爵令嬢は目ざとくわたくしを見つけると、るんるんと軽い足取りでこちらに近寄って来た。
すると周囲の貴族から「ヨークさん、だってぇ!?」と驚きの声が聞こえてくる。常識では身分の低い者から高位の者に話し掛けるのはあり得ないし、ましてや「さん」付けなんてとんでもないことだ。
「ご機嫌よう、第一王子殿下」
わたくしは男爵令嬢の後ろにいる第一王子にカーテシーをした。
「あら、カーテシーだなんて。ヨークさんったら気が早いわぁ!」と、男爵令嬢は楽しそうにケラケラと笑った。
わたくしはとっても苛ついたが無表情を崩さずに、
「身位の高い第一王子殿下にご挨拶をするのは臣下として当然のことですわ」
「そんなぁ! 臣下だなんて!」
すっかり勘違いをしている男爵令嬢は喜色満面の笑みを浮かべていた。わたくしは第一王子のことを言っているんだけど、本当に愚かな人ね。
「シャーロット嬢、今日は来てくれてありがとう」
第一王子は男爵令嬢を咎めもせずに、ニコリと穏やかに笑う。
わたくしは再び一礼をして、
「お誕生日おめでとうございます、殿下。本日は素晴らしいパーティーになりそうですわね」
「ありがとう。たかが王子の誕生日に大袈裟なんだよ」と、第一王子は会場をちょっと見回してから肩をすくめた。
「我が国の第一王子ですもの。これくらい当然でしてよ」と、わたくしは心にもないことを笑顔で言う。
「もうっ! 殿下ぁ~!」
そのとき、男爵令嬢が甘える声を出しながら第一王子の腕をぎゅっと掴んで、
「早く行きましょう! あたし、王宮のお菓子が食べたいわ!」
「ロージー、いつも食べているだろう?」
「違うの! パーティーに出されているお菓子は格別なのっ!」
「ははっ、ロージーは食いしん坊だな」
「むぅっ! 殿下の意地悪ぅっ!」
白けるくらいにお熱い二人は、わたくしたちの存在を忘れたように仲睦まじい様子で去って行った。
取り巻きたちが付着物みたいに彼らのあとを追う。令息たちは婚約者の令嬢に対して挨拶どころか一顧だにしなかった。彼らの間には冷めきった空気がびゅうびゅうと吹雪のように流れていた。
「…………」
周囲から憐れみの視線を一身に浴びるのを感じる。彼らは皆、男爵令嬢の無礼な振る舞いに呆れ返っているようだ。異口同音に彼女への悪口を言っていた。
「あ、兄上はあれのどこがいいんだ……」と、ハリー殿下が渋面をつくってボソリと呟いた。
ハリー殿下と一緒に軽く挨拶回りをしていると「まもなく国王陛下のお成りです」と告知があったので、わたくしたちは定位置へと向かった。
二人の王子は壇上の王座の傍らに、そして王座から近い場所から身分の高い順に立ち並ぶ。
ヨーク家もバイロン家も身位的に先頭のほうなので、わたくしはお兄様とダイアナ様と一緒に並んだ。
本当はバイロン家の位置は通路の向かい側なのだけど、お兄様はダイアナ様の手を決して離さなかったわ。まぁ、いずれはダイアナ・ヨーク公爵夫人になるのだから良い……のかしら?
そして男爵位は慣例なら最後尾のほうが定位置なのだけど、なんとモーガン男爵令嬢は第一王子の取り巻きたちと共に前の位置を陣取っていた。周囲の貴族たちは苦虫を噛み潰したような様相を浮かべながら彼女たちを遠巻きに見ていた。
本来なら注意をしてきちんと区別を付けさせなければならないけど、下手に彼女を咎めて第一王子の勘気に触れると厄介だ。だから高位貴族たちは、腫れ物に触るように男爵令嬢を扱わなければならなかった。
壇上からハリー殿下が男爵令嬢に蔑んだ視線を送っている。
一方、第一王子は何食わぬ顔だ。前回の人生もだけれど、彼は男爵令嬢に甘すぎる。それは自身を真綿で首を締めている状態なのに、プライドの高い彼がなぜ彼女の暴挙を許しているのかしら。
そして、もし男爵令嬢が王太子妃になったらこの状態がずっと続くのかと考えると、わたくしは頭が痛くなった。
でも、第一王子はモデナ王国の姫と婚姻を結ぶのよね。そうなると、男爵令嬢はどうなるのかしら? 側室? 愛妾?
いずれにせよ、本妻である他国の姫を差し置いて愛人の男爵令嬢ばかりに愛情を注ぐのなら外交問題になるわよ。第一王子はどうするつもりなの?
国王陛下のお言葉が終わって、いよいよ本日の主役である第一王子の挨拶だ。
陛下が紹介をすると、彼は一歩前へ踏み出した。空気の読めない男爵令嬢から黄色い声があがる。周囲は冷ややかな目で彼女を見た。
「皆、今日は私のために集まってくれてどうもありがとう。少し早い話だが、来年私は18になって立太子の儀を行う。それまであと一年しかないと思うと、身の引き締まる思いだ。残りの僅かな期間、学生という立場を謳歌しつつ、将来の責任ある立場へ向けて精進していこうと思う。そして――シャーロット嬢」
第一王子は出し抜けにわたくしの名前を呼んで、ゆっくりとこちらへ向かって来た。
「えっ……?」
突然の呼び掛けにわたくしは虚を衝かれて、まったく身動きができなかった。
第一王子はおもむろにわたくしの手を取って、そして腰に手を回して、わたくしをそっと一歩前へと出す。
わたくしはわけも分からずに、されるがままに動いて、ぼうっと彼の顔を見上げた。
第一王子は爽やかな笑顔を聴衆に向けて、再び朗々と話し始めた。
「そして、シャーロット・ヨーク公爵令嬢――私の未来のパートナーと共に、この国を更なる発展へと導いて行こうと思う」
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