【完結】ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

あまぞらりゅう

文字の大きさ
24 / 88
第一章 地味な、人生でした

24 誰も見てくれません

しおりを挟む
※虐待による不快なシーンあり※
※不衛生な表現あり※







 翌日から、クロエの世話係をしていたメイドは来なくなった。

 これまでは、魔法が使えない不貞の子だと蔑まれても、彼女の身の回りの世話をする者は一応は付いていた。
 しかし、それは継母の息の掛かった者で、とても高位貴族の令嬢に対する敬意なんて持ち合わせていなかった。

 洗顔用にはぞっとするくらいの冷たい水を渡されて、掃除もかなり雑だった。
 食事は一日一度のコートニーからの「餌」だけだし、もちろん湯浴みも冷水、身繕いもなおざり。寝具やドレスの手入れも、怠っている日のほうが多かった。

 それでも体面上は「侯爵令嬢の身の回りのお世話」を行っていて、クロエの面目はなんとか保たれていた。
 だから、彼女は一度たりとも自分自身で身の回りの仕事をやったことなんてない。
 コートニーへのメイドの真似事で、初めてお茶を淹れたり掃除をしたりしたくらいだ。それに至るまでの道具は、全てメイドたちが用意してくれていたのだ。


 それが昨日の出来事によって、突然の放置だ。

 朝、クロエが目が覚めて、洗顔がしたいとベルを鳴らしても誰もやって来ない。廊下に出て近くの者に声をかけても返事がかえって来ないどころか、クロエのことを一顧だにもしなかった。

 仕方なく彼女は寝衣にカーディガンを羽織った姿で、メイドたちのいる部屋へ向かう。
 部屋の扉をノックして入室の許可を貰い、足を踏み入れると、それまでかしましくお喋りに興じていたメイドたちが、急にしんと静まり返った。皆、一様に顔が強張って、誰もがクロエのほうを見ようとはしなかった。

「ねぇ、洗顔用のお湯を頂戴したいのだけれど……」と、彼女は重苦しい空気にやや呑み込まれながら控えめに尋ねた。

 しかし……返事はない。
 不審に思ったクロエがもう一度声をかけても、彼女たちは無言を貫いた。そして、誰からか再びお喋りに興じはじめる。

「…………」

 クロエはしばし呆然と立ち尽くしたあと、井戸へ向かった。その場で冷水を汲んで顔を洗う。本当は温かい湯が欲しかったのだが、貴族令嬢の彼女には火のくべ方が分からなかった。

 「教えて欲しい」と懇願しても、誰一人振り向いてくれない。無礼を承知で袖を掴んで呼びかけても、目も合わせてくれなかった。


 その後も、屋敷の住人たちはクロエのことは完全に存在しない者として扱っているようで、彼女は一人で自分の身の回りの世話をしなければならなかった。

 洗顔も湯浴みも井戸の染みるような冷たい水、掃除も倉庫へ道具を取りに行って、やり方も分からずに、メイドたちの姿を見様見真似で取り掛かる。
 洗濯も自分の手を冷水に突っ込んで、じゃぶじゃぶと洗った。

 もちろんドレスや下着は新しいものを購入するのも許されず、古びたものを繰り返し着用して、毛玉や汚れの目立つみすぼらしい姿にどんどん変化していった。

 身体の手入れも行き届かず、荒れてささくれ立った指先と、自らの手で不器用に三編みにした艶のない髪がかさかさと揺れていた。

(私は……多くの人に支えられて生きてきたのね……)

 クロエは、改めて自身の生まれてきた環境と、屋敷の者たちに感謝の念を抱いた。これまで当然だと思っていたことも、側で多くの人々が忖度して動いてくれたお陰なのだと。

 この時は彼女はまだ、誰からも存在を認識されず、誰からも相手にされないという真の恐ろしさが分かっていなかったのだ。




 一番の問題は食事だった。

 これまでは一日一食、晩にコートニーが持ってくる「餌」でなんとか生き延びていた。
 だが、今はそれも、もうない。自身で調達をしなければならないのだ。

 最初は厨房へ行って、余り物でいいのでなにか食べる物をくれないかと交渉した。
 しかし……返事はない。
 何度か声を掛けても料理人は黙々と調理を続けている。ぐつぐつと煮えたぎるスープの香りが鼻腔をくすぐって、にわかに空腹が襲った。
 だが、さすがに勝手に食材を持ち出すのは良心が咎めるので、クロエは諦めて庭に出た。

 侯爵家の庭は広い。しっかりと管理された薔薇園や植栽、そして自然に近い状態を保たれた場所もあった。
 彼女はそこから雑草を取って、当面の食料にしようと意気込んで向かったのだが――、

「…………」

 生い茂る草木の前で茫然自失と立ち尽くす。どの植物が食べられるのか、それ以前にどの植物は取ったらいけなくれ、どの種類が雑草なのか……彼女には皆目見当がつかなかった。
 手当り次第に採取して庭師に迷惑をかけることなんて、彼女の性格ではできなかった。

 仕方なく雑草も諦め――クロエは意を決して、厨房の捨てる予定の屑野菜を……ひっそりと、いただくことにしたのだ。





 冷たい夜が来た。
 クロエはひっそりと屋敷を歩く。

 ゴミが入れられたバケツは、厨房の裏の扉から出た場所にあった。金属製の大きめのバケツが数個並べてあって、どれも蓋の上に重石が置かれていた。

 クロエはその重石の一つに手を伸ばすが、躊躇してぴたりと手を止める。
 罪悪感と羞恥心があった。これから自分がすることは、いくらゴミとは言え無断で盗む行為になる。

 それに……浮浪者のようにゴミを漁るなんて恥ずかしかった。

 誰かに見られたらどうしよう。お継母様の耳に入ったら「侯爵令嬢として情けない」とまた強く打たれるだろうか。
 異母妹が知ったら……スコットに喋るだろうか。


 暗澹とした考えばかりが頭を過る。
 しかし、彼女の空腹は限界に近かった。このままでは、倒れてしまいそうなくらいに、辛かったのだ。

「っ……!」

 クロエは、ままよと勢いよく重石を持ち上げた。
 蓋を開けると固く結ばれた麻袋があり、むわりと悪臭が漂っていた。彼女はその固く閉じた口をおそるおそる開けた。

 そして中身を……口にした。息を止めて、ほとんど咀嚼しないで、喉に下す。
 じわりと涙が出た。


 一生忘れられない、最悪な夜だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。 無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。 目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。 マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。 婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。 その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!

元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。 そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。 彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。 そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。 しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。 戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。 8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!? 執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...