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13 王太子と鳥

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◆ ◆ ◆





「ピャーッ!」

「…………」

 レイモンドと鳥――ヴェルは運命を感じた男女のように、しばらくじっと見つめ合う。
 どちらも黙りこくって、しきりにパチパチと瞬きをしていた。

「……なんだ、この派手な鳥は」と、ややあってレイモンドが呟く。

「これは鸚鵡という種類の鳥だな。南方に生息しているらしい。見ての通り、鮮やかな体が特徴だ」

「おっ、足輪がある」

 警戒しながらヴェルの足をじっと見るとそこには――、

「ジャニーヌ侯爵家の紋章だな、これは」

「そうみたいだな。じゃあ、侯爵令嬢の飼っている鳥なのか」

「へぇ。――お前、オディール嬢のところから来たのか?」

 レイモンドが尋ねるとヴェルはくるんと首を傾げてから、

「オディール オディール」と、答えるように言った。

「わっ! 鳥が喋った!!」

 レイモンドは驚きのあまり目を剥いてビクリと仰け反った。

「鸚鵡は単純な言葉なら喋ることができるそうだ」

「えぇっ!? それは凄いな……!」

 レイモンドが目の前の鳥を撫でようとおそるおそる手を伸ばすと、ヴェルは鶏冠と翼を広げて「ピャーッ!」と鳴いて、彼を威嚇した。

「な、なんだよ……。ちょっとくらい、いいだろ」

「オディール オディール」

「そうそう。お前はオディール嬢のところの鳥なんだよな?」

「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」

「はっ………………」

 オディールの淡い瞳を濃くしたようなエメラルドグリーンの鳥が発した衝撃的な言葉に、王太子と側近は唖然として凍り付いた。

「……い、今なんて――」

「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」

 信じられない言葉をヴェルは再び言う。二人は戸惑いがちに目を合わせた。
 一方、ヴェルはそんな二人の心情なんてお構いなしに、オディールの名前を呼び続ける。 

 気まずい空気の中、しばらくしてフランソワが困惑した表情で、

「たしか文献では、鸚鵡は人が何度も繰り返す言葉を自然と覚えると記されていたが……」

「オディール嬢が周囲から常にそういう言葉を投げられているということか…………」

 にわかに、レイモンドの身体の奥底から激しい怒りが込み上げてきた。彼の紅い瞳が更に燃え上がる。
 強く握った拳は小刻みに打ち震えていた。



 ダイヤモンド鉱山で実際にオディールと接した彼は、彼女の取り柄が身分だけだなんて全く思わなかった。

 彼女と話をしていると楽しかった。

 本人は付け焼き刃だと否定していたが、たしかな深い洞察力を持ち、その言葉の奥にはたくさん勉強をしたのだなと思わせる様子が垣間見られた。
 そして二人で話していると無尽蔵に話題が増えていって、飽きるどころかもっと会話を楽しみたいと思った。
 それに高位貴族の令嬢だけあって気が利いて、さり気なく配慮をしてくれるような子だった。

 地図制作も真剣に取り組んでいて……思わず本気で協力したいと思った。
 
 短期間だけ接触した自身でさえ彼女の長所を知っているのに、彼女の周囲の人間は一体なにを見ているのだろうか。
 そして、この言葉から推測される事実――オディールが婚約者のアンドレイ王子をはじめとするアングラレス王国の人間から受けている不遇を想像すると、怒りは収まるどころかぐんぐんと上昇していった。


 レイモンドの心情などなにも知らないヴェルが、つぶらな瞳をぱちくりさせながら繰り返す。

「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」

「いいか、鳥! よく聞けっ!!」

 気色ばんだレイモンドがヴェルの頭をポンと掴んだ。

「ピュ?」

「オディール嬢の取り柄は侯爵令嬢だけじゃない。彼女には他にも素晴らしい性質を持っているんだ」

 ヴェルはくるりと首を傾げる。

「コウシャクレイジョウ?」

「そうだけど、それだけじゃない。そうだな……彼女は真面目で努力家なんだ。ほら、言ってみろ! ま、じ、め、ど、りょ、く、か!」

「マジメ……ドリョク…………カ?」

「そうだよ。真面目で努力家。はい、もう一度」

「マジメデ……ドリョク、カ」

「よしっ、いいぞ鳥。オディール嬢は真面目で努力家だ」

「オディール マジメ ドリョク、カ?」

「そうそう。真面目で努力家、な」

「マジメデ ドリョクカ…………ソレダケガトリエサ!」

「そこは変わらず言うんだな」と、レイモンドはガクリと姿勢を崩した。

「オディール! オディール!」

 すっかり興奮した様子のヴェルは挨拶もそこそこにエメラルドグリーンの翼を広げてバサリと飛び立って行った。

「あっ! もう少し練習を――行ったか」


 レイモンドはぐんぐんと遠のいていくヴェルを見つめる。
 せめてオディールの側にいる彼が、彼女をもっと励まして欲しいと願いながら。

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