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42 ザ・断罪・ショウ①

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「オディール・ジャニーヌ侯爵令嬢、あなたとは婚約破棄をする!」


 記念すべき建国パーティー、煌々と眩しすぎるくらいに光を放つシャンデリアに照らされて、次世代の国家の中心を連想させるようにホールの中央に立つ王子と婚約者の侯爵令嬢。

 出し抜けに王子から放たれた堂々たる言葉に貴族たちは突風でも受けたみたいに圧倒されて、会場は嵐のあとのようにしんと静まり返った。
 音が止まる。空気が重い。息を呑む。ピンと張り詰めた緊張の糸が、会場内を駆けるように幾重にも張り巡らせていた。

 ついに、来たのね……。

 わたしは気持ちを落ち着かせるために軽く深呼吸をする。周りの静寂さが自身の思考を浄化させるようで、不安視していた取り乱すような事態にはならなかった。

 顔を上げて正面からアンドレイ様をじっと見据える。
 覚悟はできているわ。大丈夫、わたしなら上手く演じきってみせる。


「どういうこと……でしょうか?」と、わたしは静かに彼に訊いた。

「どういうこと、だと?」アンドレイ様の眉が微かに上がる。「それはあちらにいるレイモンド王太子殿下がご存知ではないのか?」

「王太子殿下が、なにか?」

「とぼけるな! お前と王太子殿下が不貞を働いていることは調べがついている!」

 にわかに会場中がざわめいた。我が国の王子の婚約者と隣国の王太子の浮気なんて、大スキャンダルである。それはもう、両国間の関係に決定的なひびが入るくらいの……。

「私が、なんだというのだ?」

 気が付くと、レイがルーセル公爵令息を伴ってわたしの側まで来ていた。二人とも険しい顔をしてアンドレイ様を見ている。

「はっ」アンドレイ様は鼻で笑って「私が知らないと思っているのですか、殿下。こちらは証拠も押さえてあるのですよ」

「証拠?」と、レイは不快そうに顔をしかめながら首を傾げた。

「わたしと王太子殿下の間に疚しいことなど一つもありませんわ」

「とぼけても無駄だ、オディール。現にお前は色仕掛けで王太子殿下に近付いて、ついには籠絡した。そして立場を利用してローラント王国の軍事情報を得ているな? ……ジャニーヌ家の利益のためにな!」

 わたしとレイは顔を見合わせて、

「素晴らしい想像力だな」

「えぇ、本当に。アンドレイ様は芸術家気質ですからね。頭の中はきっと多くの空想で満ち溢れているのでしょう」と、揃って冷笑した。

「そう余裕ぶっていられるのも今のうちだ。――あれを持って来い!」

 アンドレイ様が合図をすると彼の側近たちが動き出し、いくつかの書簡を持ってきた。いつの間にかナージャ子爵令嬢が我が物顔で彼の隣に立って、ニタニタと薄笑いを浮かべていた。

 アンドレイ様は声を張り上げ、朗々と演説の真似事を始める。

「ここに書かれているのはローラント王国の軍事に関する機密情報だ。ジャニーヌ侯爵令嬢が籠絡した王太子殿下から直々に取得したものである! 筆跡鑑定の結果、彼女の字だとも証明もされている。この女は家門が行っている事業を潤すために、王太子を誘惑して情報を引き出し、更には両国間に戦を起こそうと画策していたのだ!」
 
 王子の衝撃的な言葉に貴族たちに動揺が走った。
 驚愕の声や侯爵令嬢を非難する声、または戸惑いの囁きが四方八方から聞こえてくる。
 王子の婚約者の不貞、おまけに戦争計画だ。彼らが混乱するのも無理もないだろう。
 
 ふと両親のほうを見ると、お父様は渋面を作り、お母様は真っ青な顔をして今にも倒れそうだった。
 一方、国王陛下は無表情を保って、この断罪劇の成り行きを見守っている様子だった。

 アンドレイ様は今度は別の書簡を側近に出させて、水を得た魚のように高々と演説を続ける。

「まだ証拠はある! これはローラント王国のダイヤモンド鉱山の詳細な地図と資料だ。国家機密級のな! こちらも王太子殿下からの情報提供である! ジャニーヌ家はまずは近場の鉱山から攻め込もうと目論んでいたようだ。貴重なダイヤモンド資源欲しさに、なんと欲深い!」

 彼の陶酔したような大仰な演技にわたしは白けたが、貴族たちには効いているようだ。侯爵令嬢に対する敵意のこもった声が一気に大きくなった。

 アンドレイ様は不貞の件で責めて来ると思ったけど、まさか不貞と戦争との両攻撃で来るとは驚いたわ。
 たしかに、こちらのほうがローラント王国に対しても深いダメージを与えられて、今後の外交も有利になる可能性が高い。それこそ上手くいけば、領土の一部でももぎ取れそうだわ。

 でも、言っていることが支離滅裂だとは気付かないのかしら。それに肝心の不貞の証拠がないわ。
 ……まぁ、成功するといいわね。


 わたしはアンドレイ様の側近が掲げている書面をまじまじと見つめてから、

「たしかに、こちらはわたしが書いたものですわね。――で、それが、なにか?」

 小馬鹿にしたように笑ってみせる。絶体絶命の侯爵令嬢の想定外の不遜な態度に、会場内の熱気が上がった。

 追い討ちをかけるように今度はレイが、

「そうだな。私が侯爵令嬢と話し合った内容が書かれているな」と、涼しい顔で言ってのけたのだった。


「……では、両人とも認める、と言うのだな」と、アンドレイ様が低い声音で言う。

「わたしが書いたということは、ですが」

「あぁ。これは二人で話した内容だ、とは」

「見ろっ! やはり二人は――」

「たしかに」突如レイがアンドレイ様の勝利宣言を遮るようにホール中に通る声で言い放った。「私と侯爵令嬢は今後起こり得る戦争についてのシミュレーションを何度も話し合った。ここに書かれているのはその一部だな」

 またもや動揺の輪が広がる。貴族たちはどよめいて、思わぬ反撃にアンドレイ様も子爵令嬢も目を剥いて硬直していた。

「アンドレイ様、こちらに小さく『案1』と書かれてあるでしょう?」わたしは小馬鹿にするように笑う。「これは王太子殿下と意見交換をした記録の一部ですわ」

「う……嘘だ! お前は俺に――」

「あら、それこそ証拠はあるのですか? わたしがここに書かれている内容が王太子殿下を籠絡して得た情報で、なおかつ戦争計画に利用しようと目論んでいるなんて……どこにわたしの筆跡でそう書かれているのでしょうか?」

 わたしはニッコリと余裕綽々に微笑んだ。
 そんなもの、どこにも存在しないからだ。

 アンドレイ様は機密情報に添えてあったわたしからの手紙を全て燃やしている。文章の中に何度も「アンドレイ様のご指示通りに……」と、書かれているからだ。

 もし、これが露見したら戦争計画を立てているのは彼だと見做される可能性が高い。だから証拠隠滅したというわけだ。
 今回はそれが仇となったわね。

「そっ……それは……」

 案の定、彼は口ごもった。
 今度はレイが畳み掛けるように言う。

「帝国の脅威が近付いている今、近隣諸国が手を取り合って対抗しなければならない……と、私と侯爵令嬢は話していた。私たちは、帝国の動きを予測してどう対応するか数々のシミュレーションを行っていたのだ。彼女は熱心な勉強家で、軍事に関しても明るいのでとても有意義な議論ができたよ」

「その一部をアンドレイ様に紹介するために記したのですが、どうやら真意が伝わっていなかったようで残念ですわ。『案』という意味の注釈を付けるべきでしたわね」

「お前……!」と、アンドレイ様が憎々しく睨み付けてくる。

「今回の訪問も国王陛下と対・帝国包囲網について話し合いをしたかったのが目的の一つだ。もっとも、一番の目的は貴国の建国記念を祝いたかったのだが……どうやら私は貴公からは歓迎されていないようだな」と、レイは肩をすくめた。

「それに、こんな紙だけではわたしと王太子殿下が不貞を行ったという証拠にはなりませんわ。どこをどう見れば、わたしたちが懇ろな間柄だと読めるのです?」

「そ……それはっ、このような機密情報を王太子から直々に手に入れるには、そういう関係にならなければ無理筋というものだろうっ!?」

「はぁ……」わたしは呆れたように大きくため息をついて「――で、この『軍事シミュレーション』を行うのに閨をともにするとでも? 意味が分かりませんわね」

「だっ……ダイヤモンド鉱山の情報は!?」

「あれも、数ある軍事作戦の一つですわ。あそこは確実に拠点となるべき場所ですから」

「攻め込まれた際のシミュレーションの一つだな。数字も、全て仮のものだ」と、レイは薄ら笑いを浮かべる。


 アンドレイ様は酷く悔しそうな表情で押し黙った。貴族たちの視線は王子に向かっていた。軽蔑の入り混じった胡乱な目線が突き刺すように彼を囲む。
 初めての不名誉な注目に耐えきれずにギリギリと歯噛みしながら、彼はわたしたちをひたすら睨め付けていた。

 あら、用意したシナリオ通りにならなくて残念だったわね。詰めが甘いのよ。
 きっと、わたしなんて簡単に嵌められるって思っていたのでしょう。もう昔のオディールではないわ。彼が間抜けで良かった。

 ――さて、こちらも反撃といきますか。

 わたしは謝罪の意を込めた申し訳なさそうな顔をして、隣に立つ王太子殿下を見た。
 それを合図かのようにレイが口火を切る。


「戦争と言えば、貴国では意図的に我が国と開戦しようと画策している者がいるな?」

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