ぽんこつセイレーンと漂流Days

みつつきつきまる

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3 もうちょっとここに

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 あっと言う間に朝になる。疲れているせいか、眠りが深い。いや、このふかふかの布団のおかげだろうか。

 起き上がってみる。昨日までよりはぜんぜん体が動く。

 そこでふと気になって——今まで気にする余裕もなかったのか——自分の匂いを確認する。ここ数日シャワーなど浴びていないだろう。

「ダメだな。臭い」

 汗臭さと生臭さが感じられる。ずっとこの匂いを放っていたと思うと恥ずかしい。そう思った途端、レネと顔を合わせるのが恥ずかしくなってきた。

 そっと扉を開けてダイニングを覗き込むと、テーブルで優雅なティータイムを楽しむ天使様がいた。まるで一枚の絵画のように美しい。

 柔らかい金髪に、隠しきれないたわわを収めた白のタンクトップと、真っ白な太ももを隠さないショートパンツ姿のレネは、セイレーンだ。

 伝説では、歌で船乗りを誘惑して食べてしまうと言うが、目の前のセイレーンからはそんな雰囲気は微塵もない。

「目が覚めましたか?」

 輝くような笑顔。でも今はそんな笑顔も恥ずかしい。こんな匂いを放っていた男に、その笑顔は勿体なさすぎます。

「あのさ」

 おずおずと口を開く。

「どうして顔だけ扉から出してるのですか?」

 レネは不思議そうな顔をして近づいてくる。いや、近づいて来ないで。

「だって、僕、臭いから・・・」

 こんな事言いたくないよ。こんな可愛い天使様に。

 レネはずっと気づいてたんだろうな。僕の匂いの事。僕が傷つくと思ったから言わなかっただけで、本当は嫌だったに違いない。

 僕は自分が異臭を放っているより、レネに我慢してもらっていた事が許せなかった。

「そうですね。臭いですね」

 レネは事もなげに言う。え?

「ずっと起きていられなかったんだから、当然じゃないですか」

 レネはそう言うと、扉から顔だけ出している僕の手を引く。

「おかげで、ショウさんを食べずにすみそうです」

 セイレーンは人は食べないらしい。でも、僕が元気になった方が美味しいから、おいしくなってから食べるんだ——なんて言ったら、僕を元気にしようとしてそう言ってくる。

「まだ言ってる」

 僕は笑う。何だか一人で悩んでたのがバカみたいだ。

「じゃあ、もっと美味しくなるためにシャワーしていい?」

 僕が言うと、天使様は満面の笑みで、

「勿論!ショウさんには美味しくなってもらいたいですから」

 僕の目を見て言う。

 何だかおかしくなって、二人で顔を見合わせて笑う。なんだ、こんな事で笑い合えるなんて、こんな幸せな事があるんだ。

「毎日全身を拭いてましたけど、やっぱりシャワーが一番ですね」

 ・・・

 ちょっと待って。

「拭いてたの?」

 レネはにこにこしながら、

「はい。すごい汗でしたから。ちゃんと拭いたつもりだったんですが」

「どこまで?」

 それが気になる。

「全部です」

「全部?」

「ここは?」

 僕は下半身のある部分を指差す。

「えーと、こうやって持ち上げて・・・」

「あ、やっぱりいいや」

 僕は逃げるようにシャワールームに入り、全身を念入りに洗う。この、下半身の特定の部分をレネが触れていた事を考えると、妙な興奮を覚える。そうか、昨日僕が全裸でいても動じなかったわけだ。そう言えば、何度も見てるって言ってたし。

 でも——

 熱めのシャワーを浴びながら思う。

 男の体に慣れてるって事か?妙に距離が近く感じるのも、男慣れしているからなのか?あんなに純粋そうな天使様なのに。

 いや、慣れてるから悪いって訳じゃない。レネにはレネの生き方があり、男性経験について僕がとやかく言う事じゃない事は分かっている。でもあんなに無邪気な笑顔が、実は男に汚されていたと思うと、平常心じゃいられなくなる。

 少々複雑な感情を抱えつつシャワーを終えると、レネが冷たいレモン水を出してくれた。爽やかな香りが全身に行き渡る。

 ダイニングで紅茶を楽しむレネが、僕が向かいに座るのを眺めながら言う。

「男の人の体にはあんなものがついているんですね。初めて見ました」

 ああ、僕はレネの初めての男になれたのか。意味は違うけど。

 僕はなぜかほっとして、レモン水を一気に飲み干した。




「少し外に出てみませんか?」

 とレネに言われ、そとの空気を吸いに行く事にする。そう言えば数日家から出ていない。

 この家の周りがどうなっているのかもまだわからないので、それを知っておいてもいいだろう。

 レネに手を引かれて外に出る。

「うっ」

 思ったよりも日差しが強い。家の中にいた時は気づかなかったけど、肌をじりじり焼く程の強さと、おもわず目を閉じる程の光。部屋の中にずっといたから、目が慣れていない。

「気持ちいいですよね」

 そんな事を言うレネを薄めで見る。レネの白い肌が太陽の光にさらされて、眩しいほどに輝いている。

「暑いくらいだね」

 シャワーを浴びたばかりというのもあるけど、体が熱くなって汗が流れる。

 暑いと言っても日本みたいにじめじめしておらず、カラッとしているためぜんぜん不快じゃない。

 外の空気を目一杯吸いこむ。

 そして、目の前に広がる白い砂浜を眺める。

「綺麗な所だね」

 僕はそう言って隣のレネを見る。白い砂浜に天使様が立っている。

 やっぱりここは天国に違いない。

「動けるのであれば、少し運動しておいた方がいいと思うんです」

 レネはそう言うと、僕の手を引いて砂浜を歩き始めた。裸足だから砂が熱い。

 何て事だ——僕の人生で砂浜を女の子と一緒に歩く時が来るなんて。いや、セイレーンだけども、そんな事関係ない位幸せだ。

 砂浜を少し歩いて、岩場に二人で腰掛ける。砕いた宝石みたいにきらきら光る水面を眺めながら、レネは説明してくれた。

「ここは小さい島なんです」

 レネによると、ここは歩いて回れる程の大きさの島だと言う。この島にレネは一人で暮らしていて、近くには同じくセイレーンが住む島がいくつもあるらしい。

「セイレーンって一人じゃなかったんだ」

 どうやら十数人いるらしい。

 それから気になって、自分の居場所をスマートフォンで確認する。だが、スマートフォンのGPSは正しい僕の位置を示してはくれなかった。

「少し特殊な場所にあるので」

 レネはそう言っていたが、よくはわからなかった。

 でも、電波が通っている事は分かっている。

「学校の皆んなとか、家とかに連絡しておいた方がいいかな」

 ふと呟く。皆んな心配してるよね、って言うか、大規模な捜索になっているかもしれない。それなら無事だとだけは知らせた方がいいのかもしれない。

「ショウさん」

 スマートフォンを眺めていると、レネが僕の顔を覗き込んできた。

「帰りたいですか?」

 何だか切ない顔をしている気がする。

「ショウさんが望むのなら、船を呼ぶ事は出来ます。少し時間がかかるかもしれませんが」

 レネの大きな青い瞳が僕を見据えている。これまであまり見たことのない光を纏っている。

「でも、その間、私はショウさんに出来る事は何でもしたいです。私のせいで困った状況になってしまったのですから、埋め合わせはしたいですから、何でも言って下さい」

 僕の両手をとってまっすぐ僕の目を見るレネ。

 何でも。本当に何でも?そう言われて思春期の男子が真っ先に思いつくのはそんなに難しい事じゃない。レネみたいな魅力的な女の子に言われたら、言いたい事は決まっている。

 でも——

 そんな事を軽々しく言えるほど、僕は無神経じゃない。

「そうだね」

 僕は目を閉じて考える。ぽかぽかした日差しが眠気を誘う。

「もうちょっとここにいたいな」

 そう言った時のレネの笑顔は、これからも一生忘れる事はないだろう。

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