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飲み会
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「えーっ!美咲ちゃん、彼氏とそんな遠距離なの!」
居酒屋の個室に、渋谷の声が響いた。もうすでにビールを三杯も飲み干してさすがにしゃがれ気味だ。「マジー!!???」と言い放ち身体を後ろにもたれ掛けてゲラゲラ笑っている。
傍らに寄り添うようにして座っている美咲・・・・・・もとい田之上は、一部の狂いなく描かれた眉を歪めてちょっと慌てたような素振りをしつつ、それでもその言葉に対して悪印象は抱かなかったことが伺えるような笑顔で、「ちょ、そんな大声出すようなことじゃないし!」と叫んでテーブルを拳で叩く動作をしてみせた。その光景に周りの笑い声がまた一際大きくなる。
「え、だってー、美咲ちゃんそんな遠恋とかするタイプに見えなかったもん!絶対そんなピュアじゃないでしょ!絶対!」
テンション高く言い切る渋谷に、田之上も笑いを堪えながら応酬する。
「いやだから、大声出しすぎだって渋谷~!」
「え、彼氏北海道行って何年よ?」
「え~、いや高校卒業してすぐだからまだ一年ちょっととかだけど」
「え~。うっそマジでマジで!?その間ず~っと健気に待ってんの!?やだ~!俺美咲ちゃんの好感度上がっちゃった~!」
「ちょっとやめろし!どんだけうちのこと軽い女だと思ってんの!」
彼女も相当酔っているみたいだ。それでも手に持ったカシスをまたゴクゴク飲み、笑いすぎたその声はゲラゲラを通りすぎてヒーヒーの域に達している。
肩を震わせながら危なげなくジョッキを飲み干し、渋谷は田之上が反対側から話しかけて来た女友達に応じている隙を縫って、スッとテーブルに置かれているスマホに目を落とした。渋谷はこういった飲み会の場でも、こうして定期的なスマホチェックを欠かさない。所属している芸能事務所からの連絡を待っているのか、それとも女からの誘いが多すぎて捌ききれないのか。俺にはどちらでもいいことだ。大学に入れば彼女ができると信じて疑わなかったのに、現実では一人の女からも相手にされず、今テーブルの向かい側にいる田之上となんて学科が同じにも関わらず、一度も視線さえ合ったことのない俺にとっては。
あまりにも自分とかけ離れすぎていて、まるで地球外の生命体みたいだ、と渋谷を見ていると思う。
特にその風貌。俺は渋谷の伏せられた長い睫毛を眺め・・・・・・本当に長いなこいつの睫毛。
多数の女があの長さに達したくて日々あれやこれや細かい努力を重ねているに違いない。だがこいつは男だ。あんなに身体ほっそりしてるけど。彼は紛うことなく男なのだった。その細い身体から、これまたほっそりした白い腕が伸びてて、なんかピンクのブレスレッドとか付けてようと彼は男なのだった。
・・・・・・や、てか何それ、なんで男がピンクのブレスレッド付けてんの。それ女物じゃないの?ねえ。可愛いつもりかいや可愛いんだけど。
なんで髪蜂蜜色なの。ツヤツヤの髪ウェーブさせちゃってさ、たまに前髪ちょこんとゴムで縛ってちょんまげにしてたりすんの。何あれ、なんかの罪に問えないの。
頬はぷっくり膨んでるしさ、大きな口からは輝く歯。唇が荒れてることなんてないよな、俺なんかストレス溜まるとべりべり唇の皮剥いじゃう癖があるからいつもガサガサで血出ることもあるのに。
その部分だけ年を取ることを忘れたみたいなくりくりした丸い目、あいつがふっと表情を崩して、両目が垂れるその瞬間を見たら、その顔でちょっと上目気味に覗き込まれたら、きっと片っ端から女が堕ち・・・・・・。
俺はウーロンハイを一センチ残してグラスを置いた。
もういいや。こんなこと考えてたって何にもならない。帰ろう。
「なにー?大前(おおさき)、帰んの?」
「あーうん。課題残ってんの思い出した」
途中退席しても誰からも声なんてかけられないかと思っていたが、ありがたいことに三つ隣に座っていた顔見知りが目を留めてくれた。ばいばーいとちらほら近隣から声が上がる。
「・・・・・・お疲れー」
長時間同じ姿勢でいた身体をふらふらさせ、俺は居酒屋を出た。ほんとなんでこんな飲み会出ちゃったんだろうな。
居酒屋の個室に、渋谷の声が響いた。もうすでにビールを三杯も飲み干してさすがにしゃがれ気味だ。「マジー!!???」と言い放ち身体を後ろにもたれ掛けてゲラゲラ笑っている。
傍らに寄り添うようにして座っている美咲・・・・・・もとい田之上は、一部の狂いなく描かれた眉を歪めてちょっと慌てたような素振りをしつつ、それでもその言葉に対して悪印象は抱かなかったことが伺えるような笑顔で、「ちょ、そんな大声出すようなことじゃないし!」と叫んでテーブルを拳で叩く動作をしてみせた。その光景に周りの笑い声がまた一際大きくなる。
「え、だってー、美咲ちゃんそんな遠恋とかするタイプに見えなかったもん!絶対そんなピュアじゃないでしょ!絶対!」
テンション高く言い切る渋谷に、田之上も笑いを堪えながら応酬する。
「いやだから、大声出しすぎだって渋谷~!」
「え、彼氏北海道行って何年よ?」
「え~、いや高校卒業してすぐだからまだ一年ちょっととかだけど」
「え~。うっそマジでマジで!?その間ず~っと健気に待ってんの!?やだ~!俺美咲ちゃんの好感度上がっちゃった~!」
「ちょっとやめろし!どんだけうちのこと軽い女だと思ってんの!」
彼女も相当酔っているみたいだ。それでも手に持ったカシスをまたゴクゴク飲み、笑いすぎたその声はゲラゲラを通りすぎてヒーヒーの域に達している。
肩を震わせながら危なげなくジョッキを飲み干し、渋谷は田之上が反対側から話しかけて来た女友達に応じている隙を縫って、スッとテーブルに置かれているスマホに目を落とした。渋谷はこういった飲み会の場でも、こうして定期的なスマホチェックを欠かさない。所属している芸能事務所からの連絡を待っているのか、それとも女からの誘いが多すぎて捌ききれないのか。俺にはどちらでもいいことだ。大学に入れば彼女ができると信じて疑わなかったのに、現実では一人の女からも相手にされず、今テーブルの向かい側にいる田之上となんて学科が同じにも関わらず、一度も視線さえ合ったことのない俺にとっては。
あまりにも自分とかけ離れすぎていて、まるで地球外の生命体みたいだ、と渋谷を見ていると思う。
特にその風貌。俺は渋谷の伏せられた長い睫毛を眺め・・・・・・本当に長いなこいつの睫毛。
多数の女があの長さに達したくて日々あれやこれや細かい努力を重ねているに違いない。だがこいつは男だ。あんなに身体ほっそりしてるけど。彼は紛うことなく男なのだった。その細い身体から、これまたほっそりした白い腕が伸びてて、なんかピンクのブレスレッドとか付けてようと彼は男なのだった。
・・・・・・や、てか何それ、なんで男がピンクのブレスレッド付けてんの。それ女物じゃないの?ねえ。可愛いつもりかいや可愛いんだけど。
なんで髪蜂蜜色なの。ツヤツヤの髪ウェーブさせちゃってさ、たまに前髪ちょこんとゴムで縛ってちょんまげにしてたりすんの。何あれ、なんかの罪に問えないの。
頬はぷっくり膨んでるしさ、大きな口からは輝く歯。唇が荒れてることなんてないよな、俺なんかストレス溜まるとべりべり唇の皮剥いじゃう癖があるからいつもガサガサで血出ることもあるのに。
その部分だけ年を取ることを忘れたみたいなくりくりした丸い目、あいつがふっと表情を崩して、両目が垂れるその瞬間を見たら、その顔でちょっと上目気味に覗き込まれたら、きっと片っ端から女が堕ち・・・・・・。
俺はウーロンハイを一センチ残してグラスを置いた。
もういいや。こんなこと考えてたって何にもならない。帰ろう。
「なにー?大前(おおさき)、帰んの?」
「あーうん。課題残ってんの思い出した」
途中退席しても誰からも声なんてかけられないかと思っていたが、ありがたいことに三つ隣に座っていた顔見知りが目を留めてくれた。ばいばーいとちらほら近隣から声が上がる。
「・・・・・・お疲れー」
長時間同じ姿勢でいた身体をふらふらさせ、俺は居酒屋を出た。ほんとなんでこんな飲み会出ちゃったんだろうな。
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