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2 激務明けの電話とパワフルな親戚
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食べて眠ってまた起きて出勤してを繰り返しているうちに、いつしか四月だった。
厚い上着やブランケットはまだまだ手放せないものの、外を歩けば時折暖かい風を感じる。
今日はそんな穏やかな土曜日、のはずなのだが。
「……くそ。目覚ましかけないで寝たのにいつもと変わらない時間に起きてんじゃねーよ、俺」
午前七時。
スマホで時計を確認した暖雪は、ベッドで薄い端末を握ったまま忌々しげに呟いた。
(自律神経イカれてるんだろうな。今週ハードすぎたしな)
枕元に紫のエネマグラが置いてあるのが視界に入る。ここが定位置なのだ。程よい疲労感を得て、穏やかに入眠する目的でもこれのお世話になったりする。だからここにあると便利だというわけだ。
しかし、昨日は自慰をする気力もないほど疲れていた。寝る前のオナニータイムを過ごす間もなく、暖雪は夕食を済ませるなり失神するように眠りに落ちてしまったのだ。
ひりつく瞼を閉じて布団に潜り直す。
昨晩の職場での光景が思い返された。
暖雪の勤める市役所の税務課は、現在市民税や確定申告の手続き処理の真っただ中だ。毎年2月から5月までは、残業も休日出勤も当たり前である。
終電ギリギリになってもまだ数名の職員が書類と格闘しており、誰もが顔に疲弊の色を濃く浮かべる中。先日配属になった後輩が係長に叱責されていた。
「おい新人!問い合わせの電話放置すんなってこの前も言っただろ!今何時だと思ってんだよ!」
縮こまって震える後輩の横を、暖雪は青白い顔で通りすぎる。今しがた、この後輩が昼にやり残した大量の仕事を代わりに片付けたところだ。クラウドの更新も完了しあとは退勤するだけであったが、疲れのあまりその足取りはもうフラフラしていた。
無論自分の仕事だって山のように抱えている。納税者たる市民への電話連絡、各種証明書の発行……、来週の確定申告相談会に向けての準備にも追われている。
暖雪がこの市役所に入所して、四年が経っていた。公務員という立場にあぐらをかくことなく仕事にまい進する暖雪は、毎年変わる税法や他自治体の事例も頭に入れて迅速に仕事を進め、そればかりか誰もが好んではやることのない細かな広報作業や関係部署との連絡に調整なども買って出る。何でもそつなくこなす暖雪は、職場でも重宝がられていた。
「すみません……。早く対応しなきゃとは思ったんですけど……」
今年女子大を卒業したばかりだという新人職員は、可哀そうなほどに青ざめていた。
(普段は元気な女の子なのにな……)
暖雪は密かに胸を痛める。他でもないこの後輩のおかげでやることが倍増しているわけだが、平時の彼女の明るい性格を思うとついつい心の中で同情してしまうのだ。
そもそも、着任直後のこの四月にいきなり一年を通して最大の繁忙期に当たるのだ。無論教育も十分にはできていない。少々無茶なのではないだろうか。
口に出せるはずはないが、そんな気持ちが湧き、どうしても彼女を責める気にはなれない。“早良くんは優秀だけど、もう少し後輩に厳しくしてもいいんじゃない?”とたまに先輩からも言われる暖雪であったが、そんな気持ちになってしまう。
心の底では何か声をかけてやりたかったが、暖雪もまた疲労のピークだった。それに係長の説教はまだ止みそうにない。後輩の必死の弁明を背中に聞きつつ、よろよろと職場を後にしてきたのだ。
(係長のピリピリも六月の繁忙期明けまで続くんだろうな……)
何度も寝返りを打っていると、すっかり目がさえてしまった。このままでは、せっかくこんな時期に運よく取れた休みなのに、仕事のことばかり考えて終わってしまいそうだ。
「あーあ……。起きるか」
ガバッと布団を跳ねのけて暖雪は起き上がり、カーテンを開ける。背骨を思い切り伸ばすと、パキパキという小さな破裂音が自身の背中から聞こえた。
「あ、冷蔵庫にイチゴあるんだった」
好物の存在を思い出すと、仕事で擦り切れた心もほんのり明るくなる。さっそく軽い身支度を済ませ、いそいそと冷蔵庫からイチゴを取り出した。水洗いしたそれを、牛乳と共に食卓に並べれば朝食の完成だ。
「スーパーの見切り品手に入るのは帰宅遅い時期の唯一のメリットだよなあ」
そんなことをぼやき、ヘタを取って一つ口に運ぶ。じゅわっとした果汁で口中が満たされ、たちまち香る甘いアロマにふっと気持ちが緩んだ。
(季節の変化を感じる余裕もなかったけど、もう春なんだよなあ)
そういえば、作り笑いでもいいから口角を上げればストレス軽減になると聞いたことがある。ぼんやり顔の力を抜き、鼻孔に満ちる豊かな空気に意識を溶け込ませる。そんな静かな朝を、暖雪が満喫していた時だった。
翔子叔母さんから電話がかかってきたのは。
暖雪の父親の妹である。
ぴたりと咀嚼の動きを止めて、暖雪は“矢野 翔子”の文字が映し出される液晶をじっと見つめた。
(……翔子叔母さんが俺に電話かけてくるなんて。どうしたんだろう?)
矢野家は、14年前に一家揃ってアメリカに引っ越している。彼らとは幼い頃から長期休みの折りに祖父母の家でのお泊り会などで交流を深めてきていた。彼らがアメリカに移住してしまっても、数年に一度の帰国の際には親族で集まって食事をするなどしている。
だが、それくらいである。
つまり、ごく一般的な親戚付き合いはしていて、それ以上でもそれ以下でもないということだ。
暖雪と翔子叔母さんとの間で個人的な付き合いもない。だからこうしていきなり電話がかかってくるだなんて、何の用件だかまるで見当がつかなかった。
(そもそも翔子叔母さんと番号交換してたことすら記憶になかった……)
困惑しながらも、とりあえず出なければと暖雪は口の中のイチゴを飲み込み、手を拭いてスマホに触れた。
『もしもーし?暖雪くーん?おはよ~!』
応答ボタンとスピーカーボタンを続けてタップすると、懐かしい叔母の声が聞こえてくる。
まともに話すのは数年ぶりだ。どこの家の叔母でも醸し出す、特有の良い意味での慣れ慣れしさを感じる。何という言葉を返すのが正解かいまいち分からないが、ここはきっと甥らしく可愛げのある感じで応対するのが正解だ。
「お、おはよう翔子叔母さん……。久しぶりだね、びっくりしたよ」
寝起きの腹筋にやや力を込めて言うと、あとは予想通りというか、向こうが立て板に水のように会話を広げてくれる。
『うんうんお久しぶり!ごめんね突然!そっちは朝よね?今日はお休みなの?』
朗らかな叔母の語り口に、暖雪はこっそり胸を撫でおろした。こういうところは昔から変わらない。朗らかを通り越して怖いもの知らずな肝っ玉母さん的なところがある翔子叔母さんだが、だからといって人を不快な気持ちにさせるようなことはない。
「うん休み。今起きたとこ」
『久しぶりに声聞けて嬉しいわ。市役所でもいろいろお仕事任されて忙しいんだって?すごいわねえ、もうすっかり一人前ね!』
「いやいやそれほどでも……」
そんな時候の挨拶的なやり取りが1、2ターン続いた後、翔子叔母さんが本題に入るように少し声を低めてこう切り出した。
『ねえ、休みの日の朝早くから悪いんだけど、……ちょっと重要なお話があるのよ。暖雪くん今時間大丈夫?』
明るくてエネルギッシュで、そして破天荒な叔母である。暖雪からしてみれば結構唐突なことを言いだすきらいがあるのは昔からだった。
「う、うん……」
一体何事だろう。ドキンとする鼓動の高鳴りを感じながらも、暖雪は首を縦に振る。
『それでねえ、顔を見てお話ししたいからビデオ通話がいいんだけど』
「分かった……」
叔母のいつになく真剣な物言いに、つい即座にその言葉を了承してしまった。こうして暖雪は何でも安請け合いして、後から用件の内容を聞いて後悔することが仕事でも多々ある。
「じゃあ俺スマホにズーム入ってるからそれで話そっか。それともパソコンの方がいい?」
『どっちでもいいわよー。通話料取られない設定できる?』
「前仕事で海外と繋いだことあるから多分大丈夫……」
“イエス”の反応をし続けとんとん拍子に相手の意のままに物事が進んでいく。縦社会で数年暮らした賜物だ。
『オッケー!それじゃ招待するから繋いでね!』
叔母さんはそれだけ言い残して、通話を切った。
一瞬の静寂が訪れた部屋の中。暖雪の頭の中は、すでに疑問符でいっぱいだった。
(な、何か……、とんでもないことが起きてないか?)
ざわつく心を落ち着かせるために、もう一粒イチゴを口に運ぶ。だがその爽やかな酸味ももはや暖雪の心中を平穏に戻すには足りなかった。
(あ、そういえば何年か前に結婚式のサプライズお願いされたことあったな。もしかして今回も誰かの記念日の計画とか?)
数年前、違う家の従兄が結婚する際に、新郎新婦へ歌をプレゼントしようと各地に住む親族がオンライン上で集結し動画を一本撮ったことがあったのだ。今回もきっとその手の依頼ではなかろうか。
ネットを繋ぎ、招待URLをクリックする瞬間。暖雪は降ってわいたこの事態への合理的な解答に当たりがついたような気がしていた。
父方の親戚は、言ってみれば陽キャ集団だ。翔子叔母さんみたいな人が何人も、何十人もいる。集まりやイベントがあると聞きつければ何をおいても参加する、そんな性質の持ち主たちだった。それは祖父母から、年少の従妹弟たちに至るまで全員。そう、全員である。
なんだってこんな一族に自分みたいなネガティブ人間が……、と暖雪としては思わずにいられないくらいだ。
やがて待機画面が終了し、ズームの画面に矢野家のリビングらしき光景が映し出される。それを見た暖雪は、一瞬呼吸が止まった。
画面の向こうに座っている人物は二人。
一人はにこにこと笑っている翔子叔母さんだ。そして、もう一人は……。
『雪ちゃん……!久しぶり!』
興奮で上ずった、“彼”の声。
“彼”に呼びかけられているというのに、暖雪はすぐに反応ができなかった。一拍置いた後、かすれた声で彼の名を呼ぶのが精いっぱいだった。
「大海(おうみ)……」
厚い上着やブランケットはまだまだ手放せないものの、外を歩けば時折暖かい風を感じる。
今日はそんな穏やかな土曜日、のはずなのだが。
「……くそ。目覚ましかけないで寝たのにいつもと変わらない時間に起きてんじゃねーよ、俺」
午前七時。
スマホで時計を確認した暖雪は、ベッドで薄い端末を握ったまま忌々しげに呟いた。
(自律神経イカれてるんだろうな。今週ハードすぎたしな)
枕元に紫のエネマグラが置いてあるのが視界に入る。ここが定位置なのだ。程よい疲労感を得て、穏やかに入眠する目的でもこれのお世話になったりする。だからここにあると便利だというわけだ。
しかし、昨日は自慰をする気力もないほど疲れていた。寝る前のオナニータイムを過ごす間もなく、暖雪は夕食を済ませるなり失神するように眠りに落ちてしまったのだ。
ひりつく瞼を閉じて布団に潜り直す。
昨晩の職場での光景が思い返された。
暖雪の勤める市役所の税務課は、現在市民税や確定申告の手続き処理の真っただ中だ。毎年2月から5月までは、残業も休日出勤も当たり前である。
終電ギリギリになってもまだ数名の職員が書類と格闘しており、誰もが顔に疲弊の色を濃く浮かべる中。先日配属になった後輩が係長に叱責されていた。
「おい新人!問い合わせの電話放置すんなってこの前も言っただろ!今何時だと思ってんだよ!」
縮こまって震える後輩の横を、暖雪は青白い顔で通りすぎる。今しがた、この後輩が昼にやり残した大量の仕事を代わりに片付けたところだ。クラウドの更新も完了しあとは退勤するだけであったが、疲れのあまりその足取りはもうフラフラしていた。
無論自分の仕事だって山のように抱えている。納税者たる市民への電話連絡、各種証明書の発行……、来週の確定申告相談会に向けての準備にも追われている。
暖雪がこの市役所に入所して、四年が経っていた。公務員という立場にあぐらをかくことなく仕事にまい進する暖雪は、毎年変わる税法や他自治体の事例も頭に入れて迅速に仕事を進め、そればかりか誰もが好んではやることのない細かな広報作業や関係部署との連絡に調整なども買って出る。何でもそつなくこなす暖雪は、職場でも重宝がられていた。
「すみません……。早く対応しなきゃとは思ったんですけど……」
今年女子大を卒業したばかりだという新人職員は、可哀そうなほどに青ざめていた。
(普段は元気な女の子なのにな……)
暖雪は密かに胸を痛める。他でもないこの後輩のおかげでやることが倍増しているわけだが、平時の彼女の明るい性格を思うとついつい心の中で同情してしまうのだ。
そもそも、着任直後のこの四月にいきなり一年を通して最大の繁忙期に当たるのだ。無論教育も十分にはできていない。少々無茶なのではないだろうか。
口に出せるはずはないが、そんな気持ちが湧き、どうしても彼女を責める気にはなれない。“早良くんは優秀だけど、もう少し後輩に厳しくしてもいいんじゃない?”とたまに先輩からも言われる暖雪であったが、そんな気持ちになってしまう。
心の底では何か声をかけてやりたかったが、暖雪もまた疲労のピークだった。それに係長の説教はまだ止みそうにない。後輩の必死の弁明を背中に聞きつつ、よろよろと職場を後にしてきたのだ。
(係長のピリピリも六月の繁忙期明けまで続くんだろうな……)
何度も寝返りを打っていると、すっかり目がさえてしまった。このままでは、せっかくこんな時期に運よく取れた休みなのに、仕事のことばかり考えて終わってしまいそうだ。
「あーあ……。起きるか」
ガバッと布団を跳ねのけて暖雪は起き上がり、カーテンを開ける。背骨を思い切り伸ばすと、パキパキという小さな破裂音が自身の背中から聞こえた。
「あ、冷蔵庫にイチゴあるんだった」
好物の存在を思い出すと、仕事で擦り切れた心もほんのり明るくなる。さっそく軽い身支度を済ませ、いそいそと冷蔵庫からイチゴを取り出した。水洗いしたそれを、牛乳と共に食卓に並べれば朝食の完成だ。
「スーパーの見切り品手に入るのは帰宅遅い時期の唯一のメリットだよなあ」
そんなことをぼやき、ヘタを取って一つ口に運ぶ。じゅわっとした果汁で口中が満たされ、たちまち香る甘いアロマにふっと気持ちが緩んだ。
(季節の変化を感じる余裕もなかったけど、もう春なんだよなあ)
そういえば、作り笑いでもいいから口角を上げればストレス軽減になると聞いたことがある。ぼんやり顔の力を抜き、鼻孔に満ちる豊かな空気に意識を溶け込ませる。そんな静かな朝を、暖雪が満喫していた時だった。
翔子叔母さんから電話がかかってきたのは。
暖雪の父親の妹である。
ぴたりと咀嚼の動きを止めて、暖雪は“矢野 翔子”の文字が映し出される液晶をじっと見つめた。
(……翔子叔母さんが俺に電話かけてくるなんて。どうしたんだろう?)
矢野家は、14年前に一家揃ってアメリカに引っ越している。彼らとは幼い頃から長期休みの折りに祖父母の家でのお泊り会などで交流を深めてきていた。彼らがアメリカに移住してしまっても、数年に一度の帰国の際には親族で集まって食事をするなどしている。
だが、それくらいである。
つまり、ごく一般的な親戚付き合いはしていて、それ以上でもそれ以下でもないということだ。
暖雪と翔子叔母さんとの間で個人的な付き合いもない。だからこうしていきなり電話がかかってくるだなんて、何の用件だかまるで見当がつかなかった。
(そもそも翔子叔母さんと番号交換してたことすら記憶になかった……)
困惑しながらも、とりあえず出なければと暖雪は口の中のイチゴを飲み込み、手を拭いてスマホに触れた。
『もしもーし?暖雪くーん?おはよ~!』
応答ボタンとスピーカーボタンを続けてタップすると、懐かしい叔母の声が聞こえてくる。
まともに話すのは数年ぶりだ。どこの家の叔母でも醸し出す、特有の良い意味での慣れ慣れしさを感じる。何という言葉を返すのが正解かいまいち分からないが、ここはきっと甥らしく可愛げのある感じで応対するのが正解だ。
「お、おはよう翔子叔母さん……。久しぶりだね、びっくりしたよ」
寝起きの腹筋にやや力を込めて言うと、あとは予想通りというか、向こうが立て板に水のように会話を広げてくれる。
『うんうんお久しぶり!ごめんね突然!そっちは朝よね?今日はお休みなの?』
朗らかな叔母の語り口に、暖雪はこっそり胸を撫でおろした。こういうところは昔から変わらない。朗らかを通り越して怖いもの知らずな肝っ玉母さん的なところがある翔子叔母さんだが、だからといって人を不快な気持ちにさせるようなことはない。
「うん休み。今起きたとこ」
『久しぶりに声聞けて嬉しいわ。市役所でもいろいろお仕事任されて忙しいんだって?すごいわねえ、もうすっかり一人前ね!』
「いやいやそれほどでも……」
そんな時候の挨拶的なやり取りが1、2ターン続いた後、翔子叔母さんが本題に入るように少し声を低めてこう切り出した。
『ねえ、休みの日の朝早くから悪いんだけど、……ちょっと重要なお話があるのよ。暖雪くん今時間大丈夫?』
明るくてエネルギッシュで、そして破天荒な叔母である。暖雪からしてみれば結構唐突なことを言いだすきらいがあるのは昔からだった。
「う、うん……」
一体何事だろう。ドキンとする鼓動の高鳴りを感じながらも、暖雪は首を縦に振る。
『それでねえ、顔を見てお話ししたいからビデオ通話がいいんだけど』
「分かった……」
叔母のいつになく真剣な物言いに、つい即座にその言葉を了承してしまった。こうして暖雪は何でも安請け合いして、後から用件の内容を聞いて後悔することが仕事でも多々ある。
「じゃあ俺スマホにズーム入ってるからそれで話そっか。それともパソコンの方がいい?」
『どっちでもいいわよー。通話料取られない設定できる?』
「前仕事で海外と繋いだことあるから多分大丈夫……」
“イエス”の反応をし続けとんとん拍子に相手の意のままに物事が進んでいく。縦社会で数年暮らした賜物だ。
『オッケー!それじゃ招待するから繋いでね!』
叔母さんはそれだけ言い残して、通話を切った。
一瞬の静寂が訪れた部屋の中。暖雪の頭の中は、すでに疑問符でいっぱいだった。
(な、何か……、とんでもないことが起きてないか?)
ざわつく心を落ち着かせるために、もう一粒イチゴを口に運ぶ。だがその爽やかな酸味ももはや暖雪の心中を平穏に戻すには足りなかった。
(あ、そういえば何年か前に結婚式のサプライズお願いされたことあったな。もしかして今回も誰かの記念日の計画とか?)
数年前、違う家の従兄が結婚する際に、新郎新婦へ歌をプレゼントしようと各地に住む親族がオンライン上で集結し動画を一本撮ったことがあったのだ。今回もきっとその手の依頼ではなかろうか。
ネットを繋ぎ、招待URLをクリックする瞬間。暖雪は降ってわいたこの事態への合理的な解答に当たりがついたような気がしていた。
父方の親戚は、言ってみれば陽キャ集団だ。翔子叔母さんみたいな人が何人も、何十人もいる。集まりやイベントがあると聞きつければ何をおいても参加する、そんな性質の持ち主たちだった。それは祖父母から、年少の従妹弟たちに至るまで全員。そう、全員である。
なんだってこんな一族に自分みたいなネガティブ人間が……、と暖雪としては思わずにいられないくらいだ。
やがて待機画面が終了し、ズームの画面に矢野家のリビングらしき光景が映し出される。それを見た暖雪は、一瞬呼吸が止まった。
画面の向こうに座っている人物は二人。
一人はにこにこと笑っている翔子叔母さんだ。そして、もう一人は……。
『雪ちゃん……!久しぶり!』
興奮で上ずった、“彼”の声。
“彼”に呼びかけられているというのに、暖雪はすぐに反応ができなかった。一拍置いた後、かすれた声で彼の名を呼ぶのが精いっぱいだった。
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