スマートフォンのサダ子さん

タナトス

文字の大きさ
1 / 2

初めましてサダ子さん

しおりを挟む
周りが何も見えない程暗い場所で、五人の男女が丸い円を作って床に座っていた。五人の男女は、唯一の明かりである台に乗せられた蝋燭を中心として、丸い円を作っているようである。
その内の一人の女子が、周りの男女に何かを語っていた。
「ねえ、知ってる?私達の学校の裏手には、昭和初期に建てられた旧校舎があるの。その旧校舎でね、ある男子生徒が校舎階段の踊り場から、転落して死んじゃったんだって、その事件がきっかけで、その旧校舎が閉鎖になって、代わりに私達がいるこの新校舎が建てられたんだよ。でもね、その旧校舎には今もその男子生徒が旧校舎の中を歩いてるんだって、外が真っ暗になった時が危ないの。その時に旧校舎を歩いていたら、男子生徒がふっと現れて、こう言うんだって……」
一旦言葉を止めると、その女子は蝋燭を持つと、自分の顔に近づけて、言った。
「お前の体をよこせ~」
「うぉわああああああああああああああああああああああ」
思わず耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が部屋中に響き渡った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あっ」
皆んなが静まり返ったのを見て、彼はしまった、と思った。
彼の名前は#囮香_おとりかおる_##三つ葉岬_みつばみさき_#高校に通う、苦手なものは、と聞かれたら、一秒も待たずに怪談と答える高校一年生である。ちなみにこの部屋は彼の家の彼の部屋である。電気を消しているので見えにくいが、よく目を凝らせば、ベッドや勉強机、テレビ等があることに気付くだろう。
夏の蒸し暑い今日この日の夜。彼の友達四人がいきなり彼の家に押しかけてきて、怪談話をしようと言ってきたのだ。もちろん彼は断ったが、拒否権はないとばかりに力づくで部屋まで上がり込まれてしまい、怪談話に強制的に参加されられてしまったのである。そして、一発目の怪談話を聞いたら、あの悲鳴をあげてしまったのだ。しかも若干涙目だ。
「……ぷっ、あっはっはっはっはっはっは」
涙目で悲鳴をあげた囮を見て、さっきまで怪談話をしていた女子が腹を抱えて笑いだした。
と、同時に、部屋の明かりがついた。どうやら怪談話が終了したので他の参加メンバーが電気をつけたようだ。
「そ、そんなに笑うことないじゃないか!」
腹を抱えて笑いだした黒髪ショートの女子に囮は顔を真っ赤にして怒鳴った。どう見ても照れ隠しである。
笑っている女子の名前は#神崎一途_かんざきいちず_#。囮の幼馴染にして、現在も同じ学校で同じクラスに所属する女子である。この怪談話の発案者は彼女で、怖い話をして怖がる囮の姿を待て笑うのは、怪談話をする時に見られるいつもの光景だった。
「あっはっはっは……はー、お腹痛い。怒らないでよ囮、これくらいの話であそこまで驚く囮が悪いよ。ねー、皆」
一途が囮以外のメンバーにそう聞くと、他の三人は全員首を縦に振った。見ると、一途程ではないが全員笑っている。
ちなみに囮と一途以外のメンバーは、女子二人、男子が一人である。
女子二人のそれぞれの名前は、茶髪の髪を団子状にしてまとめている子が#神信繭_しんのまゆ_#。囮と一途と同じクラスである。
もう一人女子の名前は、#隆盛院公子_りゅうせいいんきみこ_#。艶のある黒髪ロングヘアーに黒のメガネをかけている。このメンバーの中で唯一通っている高校が違うが、囮と一途と中学が同じだったので、未だに交流がある。
男子の名前は、#黒髮哲也_くろかみてつや_#名前に反して銀髪である。学校は囮と一途と同じだが、クラスが違う。しかしひょんなことから交流を持った。
「そうだぜ囮、あれぐらいの話でビビりすぎだ」
一途に便乗して哲也が囮をからかい出す。これもまたいつもの光景であった。
「う、うるさいな。仕方ないだろ。怖かったんだから!」
「あー、囮君、顔真っ赤ー、可愛ー」
怒る囮を見て、おっとりとした口調でクスクスと笑いながら公子が言った。
「まあでもさ、こうやって驚いてくれる人がいた方が盛り上がっていいじゃん。驚き役っていうの?」
笑いながらも、囮をフォローする繭。
「繭、それ、全然フォローになってないからな」
ジロリと繭を睨みながら言う囮。
「あっ、そう?ごめんごめん」
二人のやりとりを見て、全員が一斉に笑った。
怪談話は、この季節になるとこの五人でよくやっていることなのだが、囮の怖がる姿を見て笑うという以上に、五人仲を深める目的で開催しているようだ。
「さて、と。囮の怖がる姿も見れたらことだし、そろそろ解散にしますかー」
背伸びをしつつ、一途が言った。すでに時刻は夜の八時、さすがに帰らなければならない時間帯である。
「そうだな、囮、一途、楽しかったぜ、またやろうな」
「ええ、楽しかったです。またやりましょうね。囮君、一途ちゃん」
「あっ、でも、今度は肝試しにしない?その方が楽しそうじゃん!」
哲也も公子も繭も、一途の帰ろう発言に乗って、帰り支度を始める。
それを囮は、肝試しは勘弁してほしいなーと思いながら見ていた。
「じゃあな囮、また来るぜ」
「囮君、さようなら」
「じゃあねー!囮ー!」
帰り支度を終えた三人が、そう言って、囮の部屋を出た。
囮は三人を玄関まで見送る為に部屋を出ようとしたが、ふいに肩を掴まれて歩みを止めた。
囮を止めたのは、一途だった。
「囮、はいっ、これあげる」
三人が囮の部屋を出るのを待っていたかのごとく、一途は持ってきていたバッグの中から何かを取り出し、囮に渡した。
「何これ?」
一途から渡されたのは、一枚のCDだった。
「これね、親戚の人からもらったんだけど、ホラー映画のCD」
「ええっ!?」
ホラー映画、の一文字を聞いた途端、囮は驚いてCDを一途に突き返した。
「いらないよそんなの!僕ホラー映画なんて見ないよ」
「ダメ、見なさい。親戚の人の話だと、めちゃくちゃ怖いらしいんだけど」
「じゃあ尚更いらないよ。丁重にお断りするよ」
「最後まで話聞きなさいよ。これね、めちゃくちゃ怖いらしいんだけど、その代わりに、最後まで見ると怖がりを克服できるんだってさ。ビビりのあんたにぴったりでしょ?」
「……ほ、本当に?」
囮は信じられなかった。
最後まで見ると怖がりを克服できるなんてホラー映画があるとは思えなかったからだ。
「まぁ、私も見たことないから本当かはわかんないんだけどね」
「見たことないものを僕に渡すなよ」
「まぁそう言わず、騙されたと思って見てみなさいよ。それに……」
ふと、一途は囮の耳元に口を近づけると、ささやいた。
「ビビりじゃないあんたも、見てみたいからさ」
「えっ?」
囮がどういう意味かを理解する間もなく、一途は耳元から離れた。
「引き止めたのはそれだけ、じゃあ、私帰るね。あっ、見送りはいらないから、早速それ、見てみなさいよ。そして明日になったら感想聞かせてね。それじゃー」
それだけ言い残すと、一途ははやてのごとく囮の部屋を出ていった。
「……何だよ。変な奴」
あっという間に部屋を出ていった一途を呆然と見送った囮は、そんな独り言をつぶやいた。
「……まぁ、いいか。それより、どうしようかな~、これ」
一途が出て行った後開きっぱなしだった扉を閉めつつ、囮は手渡されたCDを眺める。
題名等は書かれていない。真っ白なCD。囮の部屋にあるテレビでも見れるが、実際に見るかどうか迷っていた。
正直、怖がりが治る云々の話はさすがに嘘だろうと思っているので、わざわざ怖い思いをしてCDを見る必要はない。囮としては見ないという選択肢を選択したかった。だが、
「見てないってバレたら、一途は怒るだろうしな~」
ある意味、お化けよりも囮が恐れているのはそれである。以前、とあるお化け屋敷に行ってみろと一途に言われて、行って来ましたと嘘をついたことがあった。しかしなぜか二秒で嘘だとバレて、嘘をついた罰と称して、どういう訳か殴られたことがあった。その時は小学生だったので大して痛くなかったが、体が成長した今の一途が殴ってきたらとんでもなく痛いだろう。それは避けたいものだ。
「仕方ない。ちょっとだけ見るか。何も全部見る必要はないだろうし」
囮は考えた。感想を言うだけなら、映画の全てを見る必要はない。大事なところだけを見て、要点を抑えればいいのだ。そうすれば感想を言うことができる。ちょっとだけ見て、これはこういうお話で、特にこの辺りが怖かったよ~、とでも言えばいいのだ。
そう考えた囮は、CDをテレビのビデオデッキに入れた。
怖さを軽減する目的でリモコンにある早送りのボタンに親指を固定しつつ人差し指で再生ボタンを押した。
すると、
血だらけの女性がテレビから出てきた。
「うわぁっ!?」
予想だにしていなかった事態に、囮は驚く以上に混乱した。
囮はたった今、ビデオデッキに入れたCDを再生ボタンした。そのはずなのに、テレビの画面からいきなり血だらけの女性の顔が映ったから思うと、その女性がテレビ画面から這い出てきたのだ。
何を言っているかわからないと思うが、囮本人も思うがわかっていない。
這い出てきたというのは、言葉通りで、まず、テレビ画面から血に染まった両手が出てきたから思うと、その両手がテレビの端を掴み、両手に力を込めて体を部分を押し出すようにしてテレビ画面から出てきたのだ。
白い服を着た髪の長い女性が、ぼとりと床に落ちる。その際血が床や壁に飛び散った。
その光景を見た囮は、やっと驚きから恐怖が全身を駆け巡り、壁際まで後ずさりした。
囮はこの時あまりの恐怖から現実逃避しようと血の床を見て、後で掃除が大変そうだな、などとのんきなことを考えていた。
「が……が、め、ん」
「え?」
血だらけの女性は、陸に上がった魚のように手足をバタバタと動かしながら、何かを言っていた。
「あ、あ、た、ら、しい、画面、に、移らない、と。し、ぬ」
「が、画面?」
目の周りにある涙を拭いて、冷静になってみると、その女性は手足をバタバタと動かしながら、何かを探しているようだった。
画面、と言っていた。それはつまり、テレビのような画面を探しているということか?口ぶりから察するに、今出てきたテレビの画面ではダメらしい。冷静になった囮の頭は、かつてないほど回転し、現状の把握につとめていた。
「あ、あの、画面を探してるんですか?」
おそるおそる囮は聞いてみた。
本当は今すぐにでも逃げ出したかったが、血だらけで倒れている女性を(幽霊とはいえ)置き去りにするわけには行かず、何とか助けてあげようと囮は思ったのだ。
「そ、そう、そう、画面、画面」
囮の質問に、女性は金魚のように口をパクパクとさせながら、必死に言葉を発した。
囮は考える。
この血だらけの女性は画面を探しているという。ということは、何かしらの画面をこの人の前まで持っていけば、この女性は助かるということだ。でも、画面って、このテレビ以外に何がある?リビングにもテレビはあるが、そこまでこの人を担いで行くのは無理そうだ。こんなに暴れている人を素早く運ぶような訓練を囮は受けていない。携帯ゲーム機はどうだろうか?いや、この家に携帯ゲーム機はない。なら、どうする。どうする……。
「そうだ!」
囮はベッドの近くのコンセントに挿してある充電器に挿していた物を手に取った。
それはスマートフォンだった。
スマートフォンも、テレビと同様に画面がある。これなら大丈夫だと囮は思ったのだ。
「あ、あの、これでも大丈夫ですか?」
おそるおそる、囮はスマートフォンを女性に差し出す。
「が、が、画面。画面」
女性は黒く濁った目を囮のスマートフォンに向けると、震える手をゆっくりとスマートフォンの画面に近づけ、そして触れた。次の瞬間、
「うわぁ!?」
囮のスマートフォンに、女性の体が勢いよく吸い込まれていったのだ。
女性が吸い込まれる時に発生した衝撃で、囮は後ろに吹き飛ばされる。
うまく受身を取ったので怪我をせずに済んだ囮は、自分のスマートフォンを眺める。
スマートフォンは、一人でにガタガタと震え、小刻みに跳ねたりしていたが、やがてそれも止まった。
「……ど、どうなったの?」
一体何がどうなったのか気になった囮は、自分のスマートフォンを手に取って開いた。
「ありがとうー!」
開いてみると、白い服を着た髪の長い、とても可愛らくて元気ハツラツな女の子が画面いっぱいに映っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...