対超常部隊隊長が副隊長から請われたこと

青木十

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交渉のテーブルは

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 基地ベースの一角に、その礼拝堂はあった。
 随分と古めかしいそれは、基地ベースに携わる者たちの拠り所の一つだった。決して広くはない礼拝堂だが常に清潔さが保たれており、大きく取られた窓からは陽光を模した人工的な明かりが柔らかく差し込む。静かに祈りを捧げる場所として維持されていた。

「ご足労いただき心から感謝いたします」

 約束の時間正しく来訪した初老の紳士へ、アレックスとダグラスは深く礼を執った。私的な会合であるためと、彼に敬意を払うためだ。彼は合衆国式よりも英国式を好む。
 ダグラスが扉を押し開けると、アレックスは老紳士を案内するために中へと足を踏み入れた。礼拝堂内は静かなもので、祭壇の左側に設置された朗読台の向こうに神父が佇むだけであった。

「ここを訪れることになるとは思わなかった」

 最奥の十字架を見上げながら、老吸血鬼ラウルスは静かに口を開く。落ち着いた色のスーツに薄手のコート、山高帽ボーラーハットを目深にかぶった彼は、本質を知らなければ敬虔な老紳士に見えたことだろう。
 ラウルスは帽子を脱ぐと、案内されたチャペルチェアへと大様に腰を下ろした。

「君たちも座りたまえ」

 アレックスたちは中央の通路を挟んだ席を選んだ。そちらを僅かにも見ず、ラウルスは話を切り出す。

「婉曲なことは嫌いだ。まずは、大層な品だった。など疾うに衰えたと思っていたが、あれは格別であった」
「でしたら幸い致しました。不都合はございませんでしたか」
「そうであるから、呼び出しに応じたのだがね」

 僅かに目を細めるラウルス。声は穏やかではあったものの鋭い視線は変わらずで、アレックスは気を抜くことはできなかった。
 彼が彼の邸宅から離れたのは数年ぶりなのではないだろうか。今頃、各所はこの話題で持ちきりだろう。
 政府からも伺いが入ったが、結論としては対超常部隊APFに任せるとのことであった。おそらく“芳しき薔薇園パフュームド・ガーデン”からも何かしらあるのだろうが、この会合が終わるまでは何も返すなと指示してあった。

「放蕩が三名、娘が一名、薔薇園ガーデンへと運ばれたことは、儂も聞き及んでいる。先んじて待つように指示をした。しかし……」

 僅かな間。その間の一秒にも満たない沈黙は、アレックスにとっては随分と堪えた。

「あれらに、の――しかも新酒プライモアの価値があると思ったのか」

 落ち着いた調子で続けられるその声は、嗜めるというよりも呆れに近い雰囲気を含んでいた。彼から見ても過剰な進物に感じたのだろう。
 べトゥラと同じ見解になるだろうことは、アレックスも分かってはいた。だからこそ、以前話した時、べトゥラはわざわざダグラスへ確認したのだと考えていた。それでも――

「彼と話し合いました。我々にできることで、希望が叶うのはそれしかないと」

 そう言って、アレックスはダグラスへと視線を送った。一度視線を交わした後、同意を示すようにラウルスへ向けて頷いた。
 ラウルスは視線を遠くにやると、静かに言葉を続けた。

「このような和平を声高に叫ぶ時代に、儂へオーガの純潔の血を提示するとは、随分と挑戦的だと思ったよ」
「その……お好みに合いませんでしたか」
「いいや。血の価値に種族も性別も些末な問題だ。人ならざる者の強さが好まれる場合もあるし、常人の明快さに優るものがない場合もある。吸血鬼ヒトによっては、自分好みの新酒しか価値がないと思い込んでいる者もいるくらいだ。ただ――」

 ラウルスの視線が通路を乗り越え向けられた。

「少なくとも、棲家に籠っている場合ではないのだと理解はできた」

 僅かに眉根が寄せられた。やや黄みの被さった緑の瞳はじっとこちらを見つめている。暫しの間を経て、言葉は続けられる。

「ダンピールなど、この土地では久しい話だ。サロンとしても気にかけねばならぬ事であるからな。しかし……何のえにしもないのだろう?」

 ラウルスの問いにアレックスは首肯した。

「ええ」
「言葉を交わしたことは」
「数度あります」
吸血鬼の愛人それに業務以外の感情が伴うものかね」

 それはもっともだ。いくらアレックスがお人好しだとしても、同情心が関の山だ。アレックスはやむを得ずと言った様子で頭を振った。偽っても仕方のないことだった。
 しかし、そこから続く言葉を待たずに水はダグラスへと向けられる。ダグラスは一呼吸程思案した後、視線の主に答えた。

「私が望んだのは、対超常部隊APFの平穏です。任務の結果は異常なしall clearを求めなくてはならない」
「それでこの老体に鞭を打ったわけか」
「御冗談を」

 ダグラスは瞼を下げ小さく笑った。長いまつげが頬へと影を落とす。
 ラウルスはというと、目に見えて表情は変化しなかったものの、何か思うところはあったのだろう、小さく息を吐いたように見えた。それが何とも人間臭いとアレックスは思う。

「儂にを送るということは、その若いオーガもに纏わる古い話を知っているということか」
「はい、隊員たちには一通りは認識させています。“芳しき薔薇園パフュームド・ガーデン”と話す際、どうしても留意しておく内容ですから」

 そう返し首肯したアレックスは、ラウルスの様子を伺ったが、歴戦の老吸血鬼の表情からは読み取れる感情は見つからなかった。ただその静かな様子を見るに、少なくとも悪感情は抱いていないようであった。


 彼を取り巻く様々の事情の始まりは、今から20年ほど前のことになる。

 サロン“芳しき薔薇園パフュームド・ガーデン”では大きなトラブルがあった。それは組織図を書き換えるほどの騒動で、かと言って対超常部隊は手を出すわけにもいかず、傍観することのみを許された。アレックスが入隊する前の話だ。

 端的に言うと、サロンの主催であるマールスの“お気に入り”に妊娠が判明したのだ。
 そのことを巡って問題が各所へ飛び火し、サロンは騒然となった。

 まず“お気に入り”は人間の若い娘だった。“お気に入り”が吸血鬼であれば問題はなかったのだが、相手が人間、しかも異性であれば妊娠の可能性はあって当たり前、しかも子は疑う余地もなく半吸血鬼ダンピールだ。
 そして、サロン主催が人間に現を抜かしていたなど、自尊心エゴの塊である吸血鬼たちからしたら許し難いことであった。相手が吸血鬼の場合“寵姫”と呼び、人間であれば“愛人”と呼ぶことからも明白だ。これはダンピールを毛嫌いすることにも起因している。
 この件を受けて、マールスの責任が強く問われた。

 サロンが騒々しくなった数日の内に、“お気に入り”はサロンへと召喚され会議にかけられることになった。その時のラウルスはというと、主催を降りてはいたがサロンの相談役として残っていた頃だ。もちろんその会議にも出席していた。
 重役たちがテーブルを囲むところへ、マールスが大切そうにエスコートしながら女性を連れて現れる。少し癖のある赤い髪に緑色の瞳をした少女の面影を残す女性で、アレックスが書類を確認した限りでは、前年成人になったばかりの十八歳であったようだ。
 そうして表舞台に現れたマールスの“お気に入り”を見て、ラウルスは椅子から立ち上がり絶句した。

 これにより、この女性が老の“囲い”だと発覚したのだった。

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