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不意の訪問 5
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オリヴァーは、シュジャーウの肩へ手を置き、耳打ちするように礼を言う。それから、休憩テーブルの上にあったタオルを二枚、バースィルとアロイスに歩み寄って投げつけた。
「さあ、二人ともこれで拭いてください。練兵場の整地は魔法の得意な者が。いつものことですが、手間がかかりそうなら宮廷魔術師の方に依頼をしてください」
テキパキと指示がなされ、風魔法と土魔法の得意なのだろう騎士たちが、地面を乾かし均していく。
慣れている様子に「いつものことなんだ……」とぼそりと呟くシュジャーウの声が、バースィルの耳へ届いた。その声はたいそう呆れを含んでおり、それが何に対して誰に対してなのか、深く考えるのはよした。
それから、副団長が団員たちに労いと激励の言葉をかけ、団長を半ば引きずりながら隊長たちとともに立ち去っていった。
団長のアロイスは、タオルを肩にかけたまま「バースィル、またやろうな!」と笑顔で手を振っていた。その機嫌の良さに毒気を抜かれたバースィルは、なんとも言えない顔で彼らを見送った。
こうして、団長、副団長の急な訪問は幕を閉じたのだった。
「シュジャーウ、助かった」
「まったく……。小父さんのことが絡むと、ほんと加減をしないんだから」
バースィルは、だってよぉと呟くが、シュジャーウは聞く耳を持たない。タオルでわしゃわしゃと赤い髪を撫で回した。
「団長を家名で煽る奴なんて、初めて見たよ」
「それだけは言ってはならないって、言い含められなかったかい」
エミルとラースが慌てたように、バースィルへと駆け寄った。
獣人族で家名を持つ者は少ない。必要であれば、一族の名と誰の子かを名乗るのが主流だ。しかし、為政者や権力者に認められた者は、その限りではなかった。
ウォルフェンシュタインとは、数代前の勇者の旅の仲間が魔王討伐の功績を評価され、当時のヴォールファルト国王から爵位とともに与えられた名だ。灰狼の中でも珠玉の者、そう評されて名を享けた。
入団の際に、誰かしらから「その件については団長の前では口にするな」と言われるのは、赤槍騎士団では有名な話だ。
ウォルフェンシュタインの名は、功績の象徴であり栄誉の証。つまりは、アロイス自身にとっては好都合も不都合もあったのだろうと、バースィルは考えた。バースィルからしたら、文字通り経験則だ。
また交わした数言でアロイスは、自負心の強い男だと感じた。新人を自ら見に来るということは、新しい騎士団員の把握と理由をつけての団員たちへの顔見せ。副団長以下に任せても良いのに、わざわざ自分で足を運んだのだ。
そのようなことをする人物に、本人ではどうしようもない威光は枷となったろう。
バースィルとて同様のことで腹を立てたし、それが効果的だと踏んであちらが先に煽ったのだ。なら、等しい苛立ちの源をぶつけられても文句はあるまい。
周りの心配を他所に、シュジャーウに拭われながら随分とやり切った顔をしているところへ、ハンネスが歩いてくる。他の二人よりも落ち着いた、呑気な雰囲気だった。
「いやぁ、あれは団長が悪いだろ」
ハンネスが呆れたように首を振る。
こういうことで苦言を呈するのは、エミルの役目が多い。その時のハンネスはというと、大体が意図的に深入りしないのだが、今回は珍しく口を挟んだ。
「本人以外を持ち出したんだ、同じことを返されたって文句は言えねえよ」
それから、アロイスたちが立ち去った方を見つめる。鈍色の瞳が僅かに細められている。暫く無言だったが、ふぅと大きく溜息をついた。
「副団長がシメてくれるだろうから、バースィルは気にすんな」
そう言って、バースィルの背中をバシバシと数回叩いた。その表情は、へらりとしているが周りの不安を吹き飛ばすには十分なもので、バースィルも自然と力が抜けていく。
「あの人、怒ると怖そうだもんな」
副団長を思い出しながらそう呟けば、ハンネスも「そうそう、だから任せておけばいいってこと」と、いつもの飄々とした雰囲気で笑った。
その言い分に納得いかないエミルから二人まとめて小言を貰いつつ、バースィルはふと呟く。
「何で急に団長が顔を見せたんだろうな」
口から出たのは、気になっていたこと。
団長は、将軍方や他の騎士団長たちとの会議で多忙だと聞いている。規模の大きな遠征であれば顔を見せるだろうが、魔王が討たれてからはそのようなものも殆どないと聞く。まして、バースィルは正規入団を経ていない。そのような機会とも無縁だ。
「あー……」
ハンネスは事情を察したのか、それとも把握しているのか、少し言い倦ねながら周りを見た。
「まあ、そろそろなんじゃねえの」
そろそろとは何だろうか。
バースィルとシュジャーウが首を傾げるが、ハンネスはその話はそこまでと言わんばかりに、皆へ鍛錬を促した。
「さあ、二人ともこれで拭いてください。練兵場の整地は魔法の得意な者が。いつものことですが、手間がかかりそうなら宮廷魔術師の方に依頼をしてください」
テキパキと指示がなされ、風魔法と土魔法の得意なのだろう騎士たちが、地面を乾かし均していく。
慣れている様子に「いつものことなんだ……」とぼそりと呟くシュジャーウの声が、バースィルの耳へ届いた。その声はたいそう呆れを含んでおり、それが何に対して誰に対してなのか、深く考えるのはよした。
それから、副団長が団員たちに労いと激励の言葉をかけ、団長を半ば引きずりながら隊長たちとともに立ち去っていった。
団長のアロイスは、タオルを肩にかけたまま「バースィル、またやろうな!」と笑顔で手を振っていた。その機嫌の良さに毒気を抜かれたバースィルは、なんとも言えない顔で彼らを見送った。
こうして、団長、副団長の急な訪問は幕を閉じたのだった。
「シュジャーウ、助かった」
「まったく……。小父さんのことが絡むと、ほんと加減をしないんだから」
バースィルは、だってよぉと呟くが、シュジャーウは聞く耳を持たない。タオルでわしゃわしゃと赤い髪を撫で回した。
「団長を家名で煽る奴なんて、初めて見たよ」
「それだけは言ってはならないって、言い含められなかったかい」
エミルとラースが慌てたように、バースィルへと駆け寄った。
獣人族で家名を持つ者は少ない。必要であれば、一族の名と誰の子かを名乗るのが主流だ。しかし、為政者や権力者に認められた者は、その限りではなかった。
ウォルフェンシュタインとは、数代前の勇者の旅の仲間が魔王討伐の功績を評価され、当時のヴォールファルト国王から爵位とともに与えられた名だ。灰狼の中でも珠玉の者、そう評されて名を享けた。
入団の際に、誰かしらから「その件については団長の前では口にするな」と言われるのは、赤槍騎士団では有名な話だ。
ウォルフェンシュタインの名は、功績の象徴であり栄誉の証。つまりは、アロイス自身にとっては好都合も不都合もあったのだろうと、バースィルは考えた。バースィルからしたら、文字通り経験則だ。
また交わした数言でアロイスは、自負心の強い男だと感じた。新人を自ら見に来るということは、新しい騎士団員の把握と理由をつけての団員たちへの顔見せ。副団長以下に任せても良いのに、わざわざ自分で足を運んだのだ。
そのようなことをする人物に、本人ではどうしようもない威光は枷となったろう。
バースィルとて同様のことで腹を立てたし、それが効果的だと踏んであちらが先に煽ったのだ。なら、等しい苛立ちの源をぶつけられても文句はあるまい。
周りの心配を他所に、シュジャーウに拭われながら随分とやり切った顔をしているところへ、ハンネスが歩いてくる。他の二人よりも落ち着いた、呑気な雰囲気だった。
「いやぁ、あれは団長が悪いだろ」
ハンネスが呆れたように首を振る。
こういうことで苦言を呈するのは、エミルの役目が多い。その時のハンネスはというと、大体が意図的に深入りしないのだが、今回は珍しく口を挟んだ。
「本人以外を持ち出したんだ、同じことを返されたって文句は言えねえよ」
それから、アロイスたちが立ち去った方を見つめる。鈍色の瞳が僅かに細められている。暫く無言だったが、ふぅと大きく溜息をついた。
「副団長がシメてくれるだろうから、バースィルは気にすんな」
そう言って、バースィルの背中をバシバシと数回叩いた。その表情は、へらりとしているが周りの不安を吹き飛ばすには十分なもので、バースィルも自然と力が抜けていく。
「あの人、怒ると怖そうだもんな」
副団長を思い出しながらそう呟けば、ハンネスも「そうそう、だから任せておけばいいってこと」と、いつもの飄々とした雰囲気で笑った。
その言い分に納得いかないエミルから二人まとめて小言を貰いつつ、バースィルはふと呟く。
「何で急に団長が顔を見せたんだろうな」
口から出たのは、気になっていたこと。
団長は、将軍方や他の騎士団長たちとの会議で多忙だと聞いている。規模の大きな遠征であれば顔を見せるだろうが、魔王が討たれてからはそのようなものも殆どないと聞く。まして、バースィルは正規入団を経ていない。そのような機会とも無縁だ。
「あー……」
ハンネスは事情を察したのか、それとも把握しているのか、少し言い倦ねながら周りを見た。
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