オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

文字の大きさ
21 / 43

不意の訪問 5

しおりを挟む
 オリヴァーは、シュジャーウの肩へ手を置き、耳打ちするように礼を言う。それから、休憩テーブルの上にあったタオルを二枚、バースィルとアロイスに歩み寄って投げつけた。

「さあ、二人ともこれで拭いてください。練兵場の整地は魔法の得意な者が。いつものことですが、手間がかかりそうなら宮廷魔術師の方に依頼をしてください」

 テキパキと指示がなされ、風魔法と土魔法の得意なのだろう騎士たちが、地面を乾かし均していく。
 慣れている様子に「いつものことなんだ……」とぼそりと呟くシュジャーウの声が、バースィルの耳へ届いた。その声はたいそう呆れを含んでおり、それが何に対して誰に対してなのか、深く考えるのはよした。

 それから、副団長が団員たちに労いと激励の言葉をかけ、団長を半ば引きずりながら隊長たちとともに立ち去っていった。
 団長のアロイスは、タオルを肩にかけたまま「バースィル、またやろうな!」と笑顔で手を振っていた。その機嫌の良さに毒気を抜かれたバースィルは、なんとも言えない顔で彼らを見送った。

 こうして、団長、副団長の急な訪問は幕を閉じたのだった。


「シュジャーウ、助かった」
「まったく……。小父さんのことが絡むと、ほんと加減をしないんだから」

 バースィルは、だってよぉと呟くが、シュジャーウは聞く耳を持たない。タオルでわしゃわしゃと赤い髪を撫で回した。

「団長を家名で煽る奴なんて、初めて見たよ」
「それだけは言ってはならないって、言い含められなかったかい」

 エミルとラースが慌てたように、バースィルへと駆け寄った。

 獣人族で家名を持つ者は少ない。必要であれば、一族の名と誰の子かを名乗るのが主流だ。しかし、為政者や権力者に認められた者は、その限りではなかった。
 ウォルフェンシュタインとは、数代前の勇者の旅の仲間が魔王討伐の功績を評価され、当時のヴォールファルト国王から爵位とともに与えられた名だ。灰狼の中でも珠玉の者、そう評されて名を享けた。
 入団の際に、誰かしらから「その件については団長の前では口にするな」と言われるのは、赤槍騎士団では有名な話だ。

 ウォルフェンシュタインの名は、功績の象徴であり栄誉の証。つまりは、アロイス自身にとっては好都合も不都合もあったのだろうと、バースィルは考えた。バースィルからしたら、文字通り経験則だ。
 また交わした数言でアロイスは、自負心の強い男だと感じた。新人を自ら見に来るということは、新しい騎士団員の把握と理由をつけての団員たちへの顔見せ。副団長以下に任せても良いのに、わざわざ自分で足を運んだのだ。
 そのようなことをする人物に、本人ではどうしようもない威光は枷となったろう。
 バースィルとて同様のことで腹を立てたし、それが効果的だと踏んであちらが先に煽ったのだ。なら、等しい苛立ちの源をぶつけられても文句はあるまい。

 周りの心配を他所に、シュジャーウに拭われながら随分とやり切った顔をしているところへ、ハンネスが歩いてくる。他の二人よりも落ち着いた、呑気な雰囲気だった。

「いやぁ、あれは団長が悪いだろ」

 ハンネスが呆れたように首を振る。
 こういうことで苦言を呈するのは、エミルの役目が多い。その時のハンネスはというと、大体が意図的に深入りしないのだが、今回は珍しく口を挟んだ。

「本人以外を持ち出したんだ、同じことを返されたって文句は言えねえよ」

 それから、アロイスたちが立ち去った方を見つめる。鈍色の瞳が僅かに細められている。暫く無言だったが、ふぅと大きく溜息をついた。

「副団長がシメてくれるだろうから、バースィルは気にすんな」

 そう言って、バースィルの背中をバシバシと数回叩いた。その表情は、へらりとしているが周りの不安を吹き飛ばすには十分なもので、バースィルも自然と力が抜けていく。

「あの人、怒ると怖そうだもんな」

 副団長を思い出しながらそう呟けば、ハンネスも「そうそう、だから任せておけばいいってこと」と、いつもの飄々とした雰囲気で笑った。

 その言い分に納得いかないエミルから二人まとめて小言を貰いつつ、バースィルはふと呟く。

「何で急に団長が顔を見せたんだろうな」

 口から出たのは、気になっていたこと。
 団長は、将軍方や他の騎士団長たちとの会議で多忙だと聞いている。規模の大きな遠征であれば顔を見せるだろうが、魔王が討たれてからはそのようなものも殆どないと聞く。まして、バースィルは正規入団を経ていない。そのような機会とも無縁だ。

「あー……」

 ハンネスは事情を察したのか、それとも把握しているのか、少し言い倦ねながら周りを見た。

「まあ、そろそろなんじゃねえの」

 そろそろとは何だろうか。
 バースィルとシュジャーウが首を傾げるが、ハンネスはその話はそこまでと言わんばかりに、皆へ鍛錬を促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

平民なのに王子の身代わりをすることになり、氷の従者に教育されることになりました

律子
BL
牢に捕まった平民のカイルが突然連れていかれた場所はなんと王宮! そこで自分と瓜二つの顔を持つ第二王子に会い、病弱な彼の「身代わり」をさせられることになった! 突然始まった王子生活でカイルを導くのは、氷のように冷たい美貌の従者・アウレリオ。 礼儀作法から言葉遣い、歩き方まで──何もかもを厳しく“教育”される日々。 でも、そうして過ごすうちにアウレリオの厳しいだけではない一面が見えてくることに。 二人は「身代わり生活」の相棒となり、試練を乗り越えていくが…。 だんだんと相手に向ける感情が『相棒』に向ける信頼だけではなくなっていく…!?

処理中です...