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第一章 輝葬師
一章終幕 「その目に映るもの」
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翌日の正午前、空は晴天。
暑い日差しが降り注ぐ村の広場に志征のコートを羽織ったニリルと両脇に青い差し色の入った黒いコートを羽織るヴェルノの姿があった。
各々、怪我をしている側の腕は袖を通していないため、時折吹く柔らかな風によって袖がはためく。
二人の後方には輝葬衛士であるジゼルが腰に剣を帯びて立っており、彼女もまたヴェルノと同様の黒いコートを羽織っている。
そして、その三人が見つめる先、広場の中央には予定の4名を超える6名分の棺が置かれていた。
朝方、輝葬を断っていた遺族からの輝葬依頼が追加で2件あったためだ。
広場には輝葬に参列する遺族や村の住人達も集まっており、棺が置かれた広場中央に距離をとって、その周りを取り囲んでいた。
故人を偲ぶ声や先日の惨事を語り合う声がそこかしこから聞こえてくる。
しばらくして広場に隣接した集会所から正午を知らせる鐘の音が村に鳴り響いた。
参列者には正午の鐘を合図に輝葬を開始する旨を事前に案内してあったため、集まった人々は私語を慎み、静かに棺がある広場の中央に目線を向けた。
鐘が鳴り終わり、広場に静寂が訪れる中、ヴェルノとニリルは集まった人たちに深く一礼をしてから、ゆっくりと一つ目の棺に歩を進めた。
二人が棺のそばまで来ると、棺の横で待機していた双極分枝の職員2名が丁寧に棺の蓋を開ける。
中にはフレアによって激しく損壊した遺体が収められており、その胸元には淡く美しい光を発する輝核がフワフワと浮かんでいた。
ニリルが一通り遺体を検分してから目で合図すると、ヴェルノは小さく頷いて輝核の上に左手をかざす。
そして集中するために静かに目を閉じた。
ピリピリと大気が振動し、にわかに遺体の輝核が激しく発光する。
ニリルの立ち会いの下、厳かに輝葬が始った。
アスは怪我の兼ね合いから今回の輝葬に参加せず、参列者に混じって輝葬の様子を伺っていた。
遠目なので輝核の流れを感じることはできないが、それでも輝葬師としての所作を学ぼうと、アスは輝葬を行う父の一挙一動をしっかりと目に焼き付ける。
父が輝葬を開始してから程なくして、輝核と遺体を結んでいた光の糸が切れ、輝核の激しい発光が収まった。
父の掌の上でフワフワと漂う輝核は青空に向かってゆっくりと上昇を始め、集会所の屋根の高さを越えると一気に加速し、南東方面、王都の双極に向かって弧を描くように飛んでいった。
輝核を失った棺の中の遺体は光の粒子となって霧散する。
その一連の流れの中、参列者は祈るように手を合わせ頭を下げていた。
「へぇー、思ったよりもずっと幻想的な光景だな」
後ろから男の呟く声が聞こえた。
アスがその声につられて後ろを振り返るとフードが付いたベージュのコートを纏う長身の男が立っていた。
男はフードをかぶっており周囲からは顔が見えない格好ではあったが、まだ小さいアスは下から覗く形となったために、その顔がよく見えた。
男は黒く艶やかな長髪で見惚れるほどの端正な顔立ちをしていた。
だがそれ以上に際立っていたのは全てを吸い込むかのように深紅に染まった両眼であった。
その紅い眼がアスの姿を捉える。
「ん、俺の顔に何かついてる?」
「あ、いえ。すみません」
男の声色に圧のようなものを感じたアスは咄嗟に目を背けた。
「リアス、もういいか?行くぞ」
横から別の男が紅い眼の男に向かって声をかけてきた。
アスが声の主の方にそっと目を向けると、紅い眼の男と同様にフードを被った男が立っていた。
リアスと呼ばれた紅い眼の男もその声に応じるように、アスから視線を移す。
アスの位置からでは角度が悪く声をかけてきた男の顔は見えなかったが、腰の使い込まれた大剣がかなりの威圧感を放っていた。
「ああ、もういいよ。時間を取らせて悪かったな」
「全くだ。こんなもの見て何になるんだか」
「ははは、そう言うなよ。色々学んで知見を広めておくことは重要だぞ」
「そういうのいいよ、俺は興味ないから」
大剣の男は渋い顔をしながら広場を背にして歩きだすと、紅い眼の男は笑いながらそれを追いかけるように歩き出した。
アスは去っていく二人からなんとなく目が離せず、後ろ姿をただ茫然と見つめていた。
ふと赤い眼の男が振り返る。
丁度二つ目の輝核が双極に向かって加速を始めたところだったようで、視線は上を向いていた。
やがてその視線が下りてきて、二人を見つめていたアスの視線と合わさる。
その視線には先ほどと同様の圧が感じられた。
距離が空いていたため、今度は目を逸らさずに紅い眼の男を見返すが、アスの心音は高鳴り、緊張で発した汗が頬を伝っていた。
紅い眼の男は、フッと鼻で笑うようにアスを一瞥すると、再び前を歩く大剣の男を追った。
そのまま歩を進める二人の姿は建物の影に入り、じきに見えなくなった。
アスはふぅと大きく息を吐いて緊張を緩めると、無意識に怪我をした左肩をさすりながら、広場の方向に顔を戻した。
相変わらずの暑い日光が照りつける広場では、三つ目の輝核が上空に上がり始めていた。
暑い日差しが降り注ぐ村の広場に志征のコートを羽織ったニリルと両脇に青い差し色の入った黒いコートを羽織るヴェルノの姿があった。
各々、怪我をしている側の腕は袖を通していないため、時折吹く柔らかな風によって袖がはためく。
二人の後方には輝葬衛士であるジゼルが腰に剣を帯びて立っており、彼女もまたヴェルノと同様の黒いコートを羽織っている。
そして、その三人が見つめる先、広場の中央には予定の4名を超える6名分の棺が置かれていた。
朝方、輝葬を断っていた遺族からの輝葬依頼が追加で2件あったためだ。
広場には輝葬に参列する遺族や村の住人達も集まっており、棺が置かれた広場中央に距離をとって、その周りを取り囲んでいた。
故人を偲ぶ声や先日の惨事を語り合う声がそこかしこから聞こえてくる。
しばらくして広場に隣接した集会所から正午を知らせる鐘の音が村に鳴り響いた。
参列者には正午の鐘を合図に輝葬を開始する旨を事前に案内してあったため、集まった人々は私語を慎み、静かに棺がある広場の中央に目線を向けた。
鐘が鳴り終わり、広場に静寂が訪れる中、ヴェルノとニリルは集まった人たちに深く一礼をしてから、ゆっくりと一つ目の棺に歩を進めた。
二人が棺のそばまで来ると、棺の横で待機していた双極分枝の職員2名が丁寧に棺の蓋を開ける。
中にはフレアによって激しく損壊した遺体が収められており、その胸元には淡く美しい光を発する輝核がフワフワと浮かんでいた。
ニリルが一通り遺体を検分してから目で合図すると、ヴェルノは小さく頷いて輝核の上に左手をかざす。
そして集中するために静かに目を閉じた。
ピリピリと大気が振動し、にわかに遺体の輝核が激しく発光する。
ニリルの立ち会いの下、厳かに輝葬が始った。
アスは怪我の兼ね合いから今回の輝葬に参加せず、参列者に混じって輝葬の様子を伺っていた。
遠目なので輝核の流れを感じることはできないが、それでも輝葬師としての所作を学ぼうと、アスは輝葬を行う父の一挙一動をしっかりと目に焼き付ける。
父が輝葬を開始してから程なくして、輝核と遺体を結んでいた光の糸が切れ、輝核の激しい発光が収まった。
父の掌の上でフワフワと漂う輝核は青空に向かってゆっくりと上昇を始め、集会所の屋根の高さを越えると一気に加速し、南東方面、王都の双極に向かって弧を描くように飛んでいった。
輝核を失った棺の中の遺体は光の粒子となって霧散する。
その一連の流れの中、参列者は祈るように手を合わせ頭を下げていた。
「へぇー、思ったよりもずっと幻想的な光景だな」
後ろから男の呟く声が聞こえた。
アスがその声につられて後ろを振り返るとフードが付いたベージュのコートを纏う長身の男が立っていた。
男はフードをかぶっており周囲からは顔が見えない格好ではあったが、まだ小さいアスは下から覗く形となったために、その顔がよく見えた。
男は黒く艶やかな長髪で見惚れるほどの端正な顔立ちをしていた。
だがそれ以上に際立っていたのは全てを吸い込むかのように深紅に染まった両眼であった。
その紅い眼がアスの姿を捉える。
「ん、俺の顔に何かついてる?」
「あ、いえ。すみません」
男の声色に圧のようなものを感じたアスは咄嗟に目を背けた。
「リアス、もういいか?行くぞ」
横から別の男が紅い眼の男に向かって声をかけてきた。
アスが声の主の方にそっと目を向けると、紅い眼の男と同様にフードを被った男が立っていた。
リアスと呼ばれた紅い眼の男もその声に応じるように、アスから視線を移す。
アスの位置からでは角度が悪く声をかけてきた男の顔は見えなかったが、腰の使い込まれた大剣がかなりの威圧感を放っていた。
「ああ、もういいよ。時間を取らせて悪かったな」
「全くだ。こんなもの見て何になるんだか」
「ははは、そう言うなよ。色々学んで知見を広めておくことは重要だぞ」
「そういうのいいよ、俺は興味ないから」
大剣の男は渋い顔をしながら広場を背にして歩きだすと、紅い眼の男は笑いながらそれを追いかけるように歩き出した。
アスは去っていく二人からなんとなく目が離せず、後ろ姿をただ茫然と見つめていた。
ふと赤い眼の男が振り返る。
丁度二つ目の輝核が双極に向かって加速を始めたところだったようで、視線は上を向いていた。
やがてその視線が下りてきて、二人を見つめていたアスの視線と合わさる。
その視線には先ほどと同様の圧が感じられた。
距離が空いていたため、今度は目を逸らさずに紅い眼の男を見返すが、アスの心音は高鳴り、緊張で発した汗が頬を伝っていた。
紅い眼の男は、フッと鼻で笑うようにアスを一瞥すると、再び前を歩く大剣の男を追った。
そのまま歩を進める二人の姿は建物の影に入り、じきに見えなくなった。
アスはふぅと大きく息を吐いて緊張を緩めると、無意識に怪我をした左肩をさすりながら、広場の方向に顔を戻した。
相変わらずの暑い日光が照りつける広場では、三つ目の輝核が上空に上がり始めていた。
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