命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

三幕 「誘い(いざない)の下降」 一

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 ディオニージの話を聞いてから2時間程度の時間が流れた。

 アスの目の前には、ベッドの上で寝息をたてる少女の姿がある。通常と異なるのはその少女が薄い魔力の膜で覆われていることであった。

 大人達は有事の際の連携や逃走経路等の行動指針をまとめるために、小さな会議室に籠っており、アスはその間、シオンの護衛を任されていたのだ。

 護衛を任されたといっても、大人の話の邪魔になるので、別室待機を体のよい言葉に変えたに等しい状況であったが。

「いいかげん、退屈になってきたな」

「え?」

 この部屋にはもう一人、アスと同様の『護衛』を任された人物がいた。ノエル家末子のエランドゥールである。

 この部屋に入ってから今の時点までアスのことなど意に介さず黙々と自身の剣を手入れしていたため、なんとなしに下民の自分に対して彼が声をかけることはないのだろうと思っていたアスは、驚きと戸惑いが混じったような声を上げて、エランドゥールの方を向いた。

「なぁ、お前名前は?いくつだ?」

 アスは、エランドゥールが暇を持て余して質問してきたのだろうとも思ったが、しっかりとその顔をみると存外好奇に満ちているような表情に見えた。

「アスといいます。歳は十才です」

「へぇー、俺と同い年か。たしかお前の父は鴉なんだったよな、色んなところを旅したりしてるんだろ?」

「はい、大体は王都近辺の街や村で活動していて、捜索依頼があれば遠方にも行きます」

「なんか堅苦しいな、普通に話していいよ」

「でも、エランドゥール様は六華で・・・」

「いいって。六華とか関係なく俺はお前と話しているんだから。・・・そうだ、名前も面倒臭いからエラルって呼んでくれよ」

 そう言うとエラルは座っていた椅子をアスの近くに寄せて屈託のない笑顔を見せた。

「それは恐れ多いですよ!」

「いいから、エラルって呼んでみて!」

「それじゃあ、失礼して。・・・エラル、こんな感じでいい?」

 エラルは満足そうに頷く。

「よし、じゃあアス、なんか遠方に行った時の話でも聞かせてくれないか?」

 アスは少し考えてから、2年前に受けた依頼で王都の東にある港町レイナムから北上した場所にあるククカチルの森へ行方不明者の捜索に行った時のことを話し始めた。

 それは、行方不明者の遺体を発見し輝葬を行った後、父にいいところがあるから行かないかと言われて森を更に奥に進み、その先で見た美しく大きな自然の湖が印象的だったという内容だった。

 しばらくの間アスが話し続けると、それをエラルが時折相槌を交えながら真剣な面持ちで聞き入る。

「・・・へぇ、森の奥にそんな綺麗な湖があるなんてな。それに希少種のカラルとその雛鳥の水浴びも興味深いよ。確か大型の鳥獣で青の鮮やかな羽を持つ鳥だったよな」

「うん、飛び立つ時に青い羽を大きく広げた姿は、雄々しくて優雅で、それでいてすごく美しかったよ」

「いいな、俺も実際に見てみたいよ」

「見に行ったりはできないの?」

「まぁ護衛付きで色々な制限の中でなら行けるかもだけど、そんなんじゃないんだよなぁ。自分の力で未知の世界を切り開いて知らない世界を見る、そこに価値があると思うんだ」

 少し興奮気味な声色で話すエラルを見てアスはクスッと笑う。

「エラルはなんか僕の思う六華のイメージとは違うね」

「なんだよ、六華のイメージって。俺は俺、世界を旅することを夢見る一人の少年だぞ」

 エラルが腕を組んでフンっと鼻を鳴らすと、アスはそうなんだねとニッコリ笑った。

「兄様とかには秘密にしてるんだけど、俺は正心の儀を終えたら家を出るつもりなんだ。そのために一人で生きていくために剣の腕も磨いているし、実際に剣の技術も天賦の際って言われてるんだぜ!今C-(マイナス)ランクなんだけど十歳でそのランクは貴族学校の歴代の中でもかなり少数なんだぞ」

 エラルは自慢げに剣の腕を語ると、先ほどまで手入れしていた剣を手にとった。

「最高級の純紫鋼で鍛えた愛刀だ。勿論、魔錬刃だぞ。触ってみるか?」

 アスは似たような台詞を前にも聞いたなと思いながら、頷いてエラルが差し出した長剣の柄を握った。

 手に吸い付くように馴染む感覚、そして見た目以上に軽い。アレクシスの剣を触った時は無我夢中で何も感じることはなかったが、改めて触ってみると流石、最高級は違うなと実感した。

「へぇ、なんか思ったよりも様になってるな。腰の剣は飾りかとも思ったがアスも相当剣を使えるみたいだな」

「どの程度かってのはよくわからないけど、お父さんに教えてもらっているからそこそこには使えるつもり。でもこの間はフレア相手に何も出来なかったから悔しかったな」

「フレアと戦ったのか!?」

「ハマサ村ってところでフレアに襲われて、お父さんとお姉ちゃんとたまたま村にいた志征の人の三人でなんとか討伐したんだけど、僕はフレアの一撃で気を失ってしまって」

「えーっ、うそだろっ!?お前、フレアの攻撃を受けてよく無事だったな」

「志征の人もあり得ない風なことは言っていたけど・・・」

 しばしの沈黙の後、エラルが腹を抱えて大きな声で笑い始めた。

「くくく、あははは、頑丈すぎるだろ。なんかアスって面白いな!」

「そんなに笑わなくても」

「ごめん、ごめん。でも色々旅しててフレアとも戦ったことがあるって、同じ十歳とは思えないよ」

「エラルも貴族として僕の知らない世界を色々知っているでしょ?僕からしたらエラルだって同じ十歳とは思えないよ」

「・・・そうかもしれないけど、貴族の世界って制限が多くて、正直、鳥籠の中にいるみたいで息がつまるんだよね。外の世界を知っているアスのこと、すごく羨ましく感じるよ」

 エラルは両の掌を上に向けて肩をあげながらアスに向かって苦笑いをした。

 最上位貴族の六華、華やかなイメージもある反面、行動の自由を強く制限されていることを考えると、それは確かに息苦しいものだろうなとアスは思った。

「ん?あれ?アス、なんかシオンを覆っている魔力が変化してないか?」

 そう言われてアスがシオンの方に視線を向けると、確かに先ほどまで静かにシオンの体を包んでいた魔力が今は波打つように振動している。

 そして僅かな時間を経て振動が収まると魔力の膜はスッと静かに消えた。

「魔力の膜が消えた。・・・どうなるんだ??」

 静寂の中、エラルが少し不安そうに小声でアスに尋ねるが、アスも分かるわけがなく、ただ頭を振った。

「ん・・、うーん」

 そんな中、シオンが目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。ずっと寝ていたためか、少しぼーっとしているように見える。

 少しずつ覚醒していくなかで状況を理解しようとしているのか、見覚えのない部屋の景色をゆっくり見回す。

 その視線がアスとエラルに向けられたところで止まった。

「ここは、・・・どこ?」

 初めて聞いたシオンの声は戸惑いに満ちていたが、それでもよく通る澄んだ声が印象的で、アスは少し緊張した面持ちでシオンの姿を見返した。
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