命導の鴉

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第三章 受け継がれるもの

三幕 「誘い(いざない)の下降」 二

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「ここはボルプスで、君はリメリト村の近くで倒れてたところを発見されてここに運ばれてきたんだ」
 アスが沈黙する中、エラルがそう答えるとシオンの顔が次第に青ざめていく。
「ボルプス?村は?お母さんとお父さんは!?」
 父と離れ、母と共にフレアに襲われたのだということを思い出したようで、シオンが悲痛な声をあげる。そしてすぐにその目からは大粒の涙がこぼれ、大きな声で泣き始めた。
「落ち着いて、今人を呼ぶからさ。アス、すぐに兄様達を呼んできて!」
 アスが頷いて部屋を出ようとしたとき、取り乱したシオンから突如、強烈な輝波が発せられる。
 輝葬師ではないエラルは輝波に気付くことなく、シオンをなだめようとしていたが、アスはその尋常ではない輝波を受けて、足がすくんでいた。
「どうしたんだアス、早く!」
「う、うん」
 頭では分かっていても体が動かない。アスの脳裏には先ほどの話がよぎっていた。シオンが放つ輝波に呼応するかのように悪意が周囲一帯に降り注いだということを。
 恐怖で震えて、まるで自分の体ではなくなったかのように硬直した体を少しずつ動かしてなんとかドアノブを掴んだ時、その恐怖は現実のものとなる。
 心臓を鷲掴みにして、今にも握り潰してしまいそうな程の圧が周囲一帯に降り注いだのだ。
「なんだよこれ!?」
 エラルも尋常ではない圧を感じたようで、顔を歪めて胸を抑えながら、その場に跪いた。
 アスも同様にその場に跪いて動けなくなった。最早、呼吸することすら苦しい状況となり、酸素を求めて呼吸が激しくなる。
 目の前の二人が突然苦しみ始める異様な光景は、今ほどまで取り乱して泣いていたシオンの心を半ば強制的に別の不安で塗り替えたようで、シオンは狼狽しながらも近くのエラルに心配そうに声をかけた。
 エラルが頬を伝る汗を拭いながら、大丈夫だとシオンに向かって小さく頷くとアスに視線を移した。
「アスは大丈夫か?」
「うん、少し慣れてきた」
 圧に晒され続けたことで、その感覚への対処が徐々に出来てきた二人はそれぞれ大きく深呼吸してからその場に立ち上がった。
「この圧って、まさかだけど、さっき言ってた黒フレアのものじゃないよな」
「いや、多分そうだよエラル・・・」
 止むことなく降り注ぐ圧によって、まだ少し体の動作に違和感がある中、アスはシオンに真剣な表情を向ける。
「君が放出している輝波を止めてくれないか」
 だが、シオンは怪訝な顔を見せる。
「えっ?急にキハを止めてって言われても、ごめん、なんのことかよく分からない」
 シオンの回答は予想していた通りであったが、それでも淡い期待をしていたアスは落胆の色を見せた。
「やっぱり無自覚で放出してるんだ・・・」
「アス、一体どうなってるんだ?」
「僕にもよく分からない。エラルは感知できないかもしれないけど、シオンは今強烈な輝波を放っているんだ。その輝波が止められないとなると」
「まさか!?」
「最悪ここに黒フレアが来るかもしれない・・・」
 アスがそう呟くやいなや、突然、大きな音をたてて部屋のドアが開いた
 心臓が止まるほどの驚きの中、アスがドアに顔を向けるとそこにはヴェルノとディオニージの姿があった。
 ディオニージは圧にあてられてか少し辛そうな顔をしていたが、一方のヴェルノは特に意に介していない様子だ。
「だ、誰?」
 シオンが怯えた表情で、いましがた部屋に入ってきた二人を見る。
「やはりシオンが目を覚ましていたのか」
 アスと同じく輝波を感知していたと思われるヴェルノはシオンの問いには答えず、室内の様子を見て、一つだけ質問をした。
「アス、おそらくだが輝波は止められないんだな?」
 その言葉にアスは頷いた。
 それを受けて、少し思案する様子を見せるヴェルノ。
「ディオニージ、司令室につながる魔伝器はあるか?」
「ああ、さっきの会議室にあるが、・・・何か打開策でもあるのか?」
「ジェレルもこの尋常じゃない圧に気付いているだろう。シオンが輝波を止められない以上、ここに黒フレアが襲来する可能性が高いが、最早どうにもならん。現状を伝えて備えるしかない」
 にわかにシオンの黒いピアスが輝きを増し、魔力を放つ。薄い魔力の膜がシオンを包み込み、そして霧散した。ピアスの発光もおさまる。
 唐突に起こった出来事にアス達は呆然としていたが、ふとアスがシオンから発せられていた輝波が止まっていることに気付いた。
「お父さん、輝波が!」
 そのことを伝えようとアスがヴェルノの方を見ると、ヴェルノも同様に気付いたようで頷いた。
「輝波がどうしたって?」
 相変わらず降り注ぐ凶悪な圧によって辛そうに顔を歪めるディオニージが尋ねる。
「よく分からないが、シオンの輝波は止まったようだ」
「ほんとか!じゃあ黒フレアは来ないのか?」
 ディオニージが期待のこもった声を上げる。
「いや、それも分からない。ここから圧が弱まるといいが・・・。とりあえず外の状況も確認したいし黒への備えもしたいから、魔伝器ではなく司令室にいるジェレルに直接状況を伝えにいくことにするよ。アスは皆から離れないように一緒にいるんだ。一応まだ緊急事態であることには変わりないから楽観的な期待はしない方がいい。最悪を想定している方がいざという時にすぐに動けるからな」
 そう言って部屋の扉に向かうヴェルノにディオニージが声をかける。
「ヴェルノ、黒が来た場合は地下シェルターの10番通路を避難用に使う。覚えておいてくれ」
「・・・了解した」
 ヴェルノは緊迫した様子で部屋を駆け出た。
 ヴェルノが去ってしばらく経った後も、一帯に降り注いでいる圧は一向に止むことはなく残されたアス達の不安感は募るばかりだった。
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