命導の鴉

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第四章 星天燃ゆる雪の都

四章終幕 「東へ」 五

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 黒フレアが侵入する際に破壊した城の壁。そこからユフムダルの冷たい風が吹き込んでくる。よく見れば風の中に細かな雪が混ざり込んでいて、仄かに空と雪の香りがする気がした。

 アスはその冷たい風に全身を撫でられながら、目の前の惨状をただ呆然と見つめる。

 吹き込む風の小さな音がやけに大きく感じられる中、ただただ、セロロミゼが黒フレアを肉塊に変えていく。

 セロロミゼの攻撃が当たるたびに凄まじい轟音が鳴っているはずなのに、アスの耳はその音を捉えない。攻撃の衝撃による城の振動だけが体の芯に響いた。

 あれほどの死闘を繰り広げた相手、恐怖の対象だったはずの黒フレアが、今はあまりにも小さく見える。

 アスの目に自然と涙が滲んできた。

 それは、自分の無力さを悲観したからか、黒フレアを憐んでいるのか、あまりに理不尽な暴力に無気力となっているのか。自分の感情が分からず、自分が自分でなくなるようなふわふわとした感覚だけがアスを支配する。

 度重なる強烈な打撃によって身体を折られ、えぐられ、潰された黒フレアの胸元から、淡く光る核が排出された。

 セロロミゼは無表情で、その光球を掴み力を込める。

 剣を弾く程に固かった核は、粘土のように握りつぶされ、その指の合間から核の光が飛び散りながら一瞬煌めいて消えた。

 核を失った黒フレアの身体は、にわかに淡く発光を始め、外皮が光の粒子となって大気に散らばる。後には著しく身体を損壊した瀕死の状態のウィルマの姿があった。

「驚いたな。正体は人だったのか」

 黒フレアがウィルマの変異した姿だということを知らないセロロミゼは、目を見開いてそう呟いた。

「・・・見事だ」

 虚な目をしながら天井に顔を向けて横たわるウィルマが、今にも消え入りそうな声をこぼす。

「かろうじてだがまだ喋れるみたいだな。・・・何か言い残しておきたいことはあるか?」

 セロロミゼの問いに、ウィルマはふっと笑うと穏やかな声で一言、ないと言った。 

「そうか。では、あとわずかな生を噛み締めるといい」

 セロロミゼはウィルマにそう言い残すと身を翻して、戦いを傍観していたアスの側にやってきた。

「下に行って衛生兵を呼んでくるよ。お前も負傷しているようだし、ここで休んでな」

 アスはただ黙って頷く。

 セロロミゼはアスの肩をポンポンと叩くと、すぐに階下に向かって駆けていった。

 静寂に包まれた大ホール。怪我を負った仲間たちの様子が気になるところでもあったが、それでもアスは何故かウィルマの方へ足を向けていた。

 アスがウィルマの側に着いてから程なくして、弱々しい呼吸によって僅かに動いていたウィルマの胸の動きが止まる。

 直後、胸元から淡く光る拳大の光球がゆっくりと排出された。

 ウィルマの胸元に光の糸で繋がれ、ゆらゆらと漂う光球を眺めながら、言いようのない虚無感に満たされたアスが大きく息を吐く。

 これで戦いは終わったんだと自分を納得させるように心の中で呟いたアスは、仲間の様子を確認するためにその場を離れようとした。

 ふいにウィルマの光球が激しく発光を始める。

「な、なんだ?」

 驚いたアスが光球に視線を向けると、アスの青い目を通して、強制的にウィルマの断片的な思念が脳裏に次々と流れこんできた。

 フワッと体から精神が分離するような感覚があり、体から一気に力が抜ける。アスは一瞬にして輝葬によって生じる意識乖離とよく似た状態に陥った。

 本来の輝葬とは異なり、視界が暗転したり、記憶の映像が再生されたりすることはなかったものの、流れ込んできたウィルマの思念の欠片は、一つずつゆっくりとアスの心に深く溶け込んでゆく。

 思念の断片は、ウィルマの無念さ、悔しさ、歯痒さといった表層的な負の感情を断続的にアスへ伝播し、その心を強く掻き乱した。

 心が侵食されないようにと必死で抵抗するアスの中で、徐々にそれらの断片的な感情が一つのまとまりとして再構築されていき、やがて、アスはウィルマの心の深層に触れる。

 突如、柔らかく暖かい感覚がアスの全身を駆け巡り、フッとアスの心が軽くなった。

 同時に、故郷や仲間、そして恋人に想いを馳せるウィルマの優しい感情がアスの心身を満たしていき、緩やかにアスの意識乖離の状態を解いてゆく。

 意識乖離の余韻としてフワフワとした感覚が残る中、アスの目に映ったのは、ウィルマの体と光球を繋ぐ光の糸が音もなく切れて、はらりと垂れる光景だった。

 光の糸が切れたことで、激しく発光していたウィルマの光球は、その勢いを弱めて穏やかな光を放ち、一度だけ淡く瞬くと、大地に引き寄せられるようにゆっくりと下降し、大ホールの床をすり抜けていく。

 後に残ったウィルマの肉体も、程なくして崩れるように光の粒子となって、大気に霧散し、跡形もなく消え去った。

 ただ黙って、その様子を見ていたアスの頬を一雫の涙が伝う。

「あなたたちはやはり戦いを望んではいなかった。僕たちはきっと分かり合えるはずなんだ。・・・この不毛な戦いを終わらせるためにも、僕が必ず星の意思を変えてみせる」

 アスは遺品として残ったウィルマの黒い大剣を見つめながらそう呟いた。
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