命導の鴉

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第四章 星天燃ゆる雪の都

四章終幕 「東へ」 四

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 アスは手に持った神剣を眺める。先ほど全ての魔力を解き放った神剣は、熱火の輝きを失い、ただの無機質な金属の色合いを見せていた。

 頭が真っ白になって立ちすくむアスの目の前で、頭と右肩を失った黒フレアが、ずるずると這いずるように気持ち悪い動きをしている。

「やはり、まだ生きている・・・、なんとかしないと」

 アスは、無抵抗の黒フレアに近づき、その胸元で淡く光る核を神剣で突いた。

 だが、魔力が籠っていない剣は甲高い金属音と共に弾かれる。

「くそっ、魔力さえあれば!」

 今日ほど自分の系統が補助系魔操であることを悔やんだ時はなかった。

 這いずる黒フレアの核が発光し、体から溢れ出ていた体液が徐々に少なくなる。

 ゆっくりと再生を始めるその姿に焦るアスが、一旦距離をとって、打開策を模索するように周囲を見回した。

 そんな中、倒れるモードレッドに視線を向けたアスは、ふと一つの異変に気づく。

「レンがいない?」

 いつの間にかレンの姿が忽然と消えていたのだ。

 再度、辺りを見回すも、どこにもレンの姿はなく、黒フレアの再生速度も徐々に上がってきたことも相まって、その焦りに拍車がかかる。

「なんだ、まだやってたのか」

 突然、大ホールの入り口あたりから男の声が聞こえてきた。

 驚いたアスが顔を向けると、そこには一人の男が佇んでおり、状況を確認するように室内を見回している。

 男は、やれやれとため息を吐いてから、ゆっくりとアスに向かって歩いてきた。

 うっすらと聞き覚えのある声、その身に纏う黒の幾何学的な模様をあしらった着丈の長い橙黄色の拳法着。アスの脳裏にふっとラナセスの記憶が蘇った。

「セロロミゼ・・・なのか?なぜここに?」

「ん?なぜ俺のことを知ってる?過去に会ったことあったか?」

 首を傾げるセロロミゼは、この危機的な状況に相応しくないほどに平坦な口調でアスに問いかける。

「まぁ、それはどうでもいいか。それにしても・・・」

 セロロミゼが再度、倒れている皆を一瞥して眉をひそめた。

「お前以外全滅とはだらしないな。特にあのくそじじい、いつも偉そうなこといってるくせに、結局レンを守れずにのびてるし。あり得ないだろ」

 驚きと困惑の表情を浮かべるアスに対して、セロロミゼがニッコリと微笑む。

「そうそう、妹のレン・・・、いや、ヴィロック家の息女と言った方がお前には分かりがいいか。で、そのレンだけはお前たちがごちゃごちゃとやってる間に、危ないから一階の衛生兵のところに運ばせてもらったよ」

 戦いに集中していたとはいえ、あの死闘の最中、誰にも気付かれずにこの男がそのような行動をとっていたという事実がアスを驚愕させた。

「衛生兵の話だと、レンの怪我の程度は軽いからすぐに治るだろうってさ。・・・よかったな、もしもレンに取り返しのつかない傷があったら、お前たちも殺していたところだ」

 セロロミゼは、笑顔でさらりと恐ろしい言葉を放つと、今度は再生を続ける黒フレアに視線を移した。

「結構いいところまでいってたんだろ?上手くいけばお前たち英雄だったのにな。・・・あっ、そうそう、なんで俺がここにいるかだったっけ?」

 黒フレアの再生を悠長に眺めていたセロロミゼが、掌に拳をポンとあてて再びアスに顔を向ける。

「え?いや、そんなことより、今は黒フレアをなんとかしないと!」

 この状況にあって、場違いな言葉を発するセロロミゼにアスが慌てて言葉を返す。

「えっ?いいだろ、この状態なら攻撃してこないんだから。少しは俺の話も聞けよ」

「だから、今はそれどころじゃ・・・」

「いいよ、全部回復させるつもりだから。・・・俺が話をするのは、それまでの退屈しのぎだよ」

 セロロミゼのあまりの自信と大胆な発言にアスが言葉を失う。

「お前、俺のことを知っているようだったが、俺がシンの力ってやつを持ってるってことも知っているか?」

 アスは静かに頷いた。もう黒フレアを倒すためには、この男の持つ未知なる力にかけるしか無いと考えたアスは黙って話を聞くことにした。

「その力ってさ、人類の脅威を排除するための力だから、俺の意思とは関係無く人類に仇なす強い力に引かれてしまうって特性があるんだよ。それでここに辿り着いたってわけさ。まったく、この厄介な特性のせいで方向音痴なんて呼ばれて嫌になるよ。今回だって、本当はゼラモリーザを目指していたってのに」

 セロロミゼは自嘲気味に苦笑いをする。

「まぁ、今回だけはこの特性に感謝しているところだ。レンの危機に馳せ参じることができたからな」

 そう言うとセロロミゼは拳を軽く握り、冷徹な目で黒フレアを見つめる。

 話の間に、頭と肩の再生を終えて立ち上がった黒フレアは、胸の核を天に向かって突き出していた。

 核の輝きが増し、一帯を震わせる程に大きな重低音が鳴り響く中、大気中にある大量の魔力が一気に黒フレアに吸収されていく。

 やがて、最大限まで魔力を溜め終わった黒フレアの核は再び体内に溶け込み、アスたちの視界から遮断された。それは完全に回復が完了したことの証左でもあった。

 セロロミゼによって、わざと作り出されたこの危機的状況を打開できるとは到底思えないアスの胸中は不安で一色になる。

「さてと、退屈しのぎの無駄話も終わりにして、そろそろ始めるか」

 にわかに強烈な圧がセロロミゼから発せられた。その圧は殺気という言葉すら生ぬるく感じる程に禍々しく猛々しい。

 大気はビリビリとひりつき、大ホールにある全ての物体がみしみしと軋む音を立て始めた。側にいたアスも、まるで体も心もすり潰されてしまうような感覚に陥り、呼吸が荒くなる。

 その圧に脅威を感じた黒フレアが、すぐに床に転がっていた自身の大剣を拾って身構えた。

「悪いがここからは、圧倒的につまらない時間になるだろう。だが、容赦はしない。・・・レンを傷つけたことを悔いて死ね!」

 セロロミゼの姿が、アスの視界からフッと消える。

 次の瞬間、城を揺るがす程の衝撃と天をつくような轟音が鳴り響いた。

 舞い上がる粉塵と強烈な衝撃波に耐えるアスの目に、黒フレアの腹に深く拳を突き刺したセロロミゼの姿が映る。

「グブゥグ!」

 強烈な一撃に黒フレアが体をくの字にして、悶絶しながら呻き声をあげた。

「もう一発いくぞ!」

 その言葉と同時に、セロロミゼから繰り出された超高速の拳が黒フレアの顔面を捉える。頭蓋骨が砕ける不快な音と共に黒フレアの巨体は、錐揉み状に回転しながら後方に吹き飛び、床に叩きつけられた。

「グゥガガ!」

 口から大量の体液を吐いてのたうち回る黒フレアに向かって、余裕の笑みを浮かべるセロロミゼがゆっくりと歩み寄る。

「ははは。たった二発だぞ。もうすこし頑張れよ」

 圧倒的だった。

 同じ人類とは思えない程の力を有するセロロミゼの姿に、アスはただただ戦慄していた。

「グゥガァア!」

 なんとか体を起こした黒フレアが掌をセロロミゼに向ける。高密度の魔力が練られていくにつれて黒フレアの腕は紅蓮の炎を宿し始めた。

「いいぞ、時間をやるから全力で放ってみろ」

 その掌の前に立ったセロロミゼもまた、掌を広げて黒フレアの前に突き出した。

「グググゥ!」

 禍々しい怒りと共に、黒フレアは練りに練った紅蓮の炎をセロロミゼに向かって放つ。

 空間が捻じ曲がる程に超高密度の魔力で創生された紅蓮の炎はセロロミゼの掌に直撃すると、眩い閃光と共に爆裂した。

「グルァア!」

 続いて、黒フレアはすぐに漆黒の大剣に魔力を込めて、爆炎に包まれるセロロミゼに向かって振り抜く。

 だが、その剣はセロロミゼを捉えた瞬間、大木を大槌で叩きつけたような鈍い打撃音と、城全体を揺るがす程の凄まじい衝撃を発生させてピタリと止まった。

 その激しい衝撃によって、アスはバランスを崩して膝をつく。

 それでも真っ直ぐに両者の戦いに目を向けるアスの目には、剣を掌で押し止めながら、爆炎をめんどくさそうに振り払うセロロミゼの姿が映った。

「炎は問題なかったが、掌が少し切れたか・・・。なかなかにいい剣だ」

 セロロミゼは押し止めた剣を払うと掌から流れる血を舐めて再び笑みを浮かべた。

「だが、ここまでだな。・・・もう終わりにしよう」

 悠然と黒フレアの前で拳を構えるセロロミゼが纏うオーラがより一層研ぎ澄まされていく。

 ここにきて圧倒的な力の差を見せつけるセロロミゼに対して、黒フレアは怯えるようにじりじりと後退りをした。
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