命導の鴉

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第四章 星天燃ゆる雪の都

四章終幕 「東へ」 三

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 咄嗟に衛浄魔操でクッションを展開し、防御体勢で身構えたアスであったが、特に爆発の衝撃もなく閃光は収まった。

 閃光によって眩んだ視界が徐々に回復してくると、倒れていた黒フレアがゆっくりとその場に立ち上がる姿が目に映った。先ほど与えた傷が全て回復している。

「あの一瞬で全て回復したというのか・・・」

 顔をしかめるアスであったが、すぐに黒フレアの様態が変化していることに気づく。

 胸元は大きく陥没し、そこに拳大の光球がふわふわと漂っていた。額の紋も紅く染まっている。

 その姿を見たアスはハマサ村で見た白フレアを思い出し、そして理解した。黒フレアの魔力が尽きて最終局面に至ったのだと。

「クィンス!」

「わかってますわ!」

 ミリアが声をかける前に、既にクィンスは黒フレアに向かって駆け出していた。

「よし、他の者は私と一緒にクィンスの援護だ!終わらせるぞ!」

 ミリアの突進を皮切りにアスとエラルも黒フレアに向かって走りだした。

 ふいに黒フレアがニヤリと不気味な笑みを浮かべる。次の瞬間、黒フレアは両腕で核を覆いながら目にも止まらぬ速さでクィンスに向かって突進を始めた。

 虚をつかれたクィンスは体勢が整わぬまま、なんとか迫り来る黒フレアに刺突を放つ。だが、威力を欠いた剣はフレアの腕に阻まれて、大きく弾かれてしまった。

 剣を弾いた黒フレアはそのままクィンスの脇をすり抜けて一気に後方支援を担うシオンへと迫る。

「しまった!」

「シオン!」

 アスたちの悲痛な叫び声が響き渡る中、黒フレアが大きく大剣を振りかぶった。

「そうはさせませんよ!」

 体を翻したクィンスが、シオンを守るべく黒フレアの背中に向かって跳躍し、剣撃を繰り出す。しかし、それは明らかに焦りからくる不完全な一撃だった。

 突然、黒フレアは体を反転させると、先程振りかぶった剣を旋回させ、背後から迫るクィンスに遠心力を乗せた一撃を放つ。

「不覚、本命はこちらでしたか・・・」

 宙に浮いて回避行動が取れないクィンスは、唇を噛みつつも剣を盾にして黒フレアの強烈な一撃を受け止めようとする。

 黒フレアの尋常ならざる膂力は、盾にした剣を弾き飛ばし、クィンスの両腕を不自然な方向に折った。

 そのまま強引に振り切った黒フレアの大剣の切先が、無防備となったクィンスの体を斜め一直線に捉える。

「クィンス!」

 ミリアの叫び声が響き、クィンスの血飛沫が舞う中、黒フレアは旋回を止めることなく、今度は左の裏拳でシオンの脇腹を打ち抜いた。

 骨の折れる鈍い音と共にシオンの体は大きく吹き飛ばされ、壁に激突した。

「この化け物が!」

 怪我を負ったアスとエラルに先んじて、ミリアが黒フレアに斬りかかる。だが、既に剣に残された魔力は少なく、核を守るために前に突き出した太い腕に僅かに傷をつけるだけにとどまった。

「くっ!最早こいつの魔力も尽きているというのに!」

 あと一歩が届かない。その歯痒さがミリアの表情を歪ませた。

 そんなミリアに向かって、黒フレアは再び不気味な笑みを浮かべて思いっきり大剣を振り抜く。

 ミリアは咄嗟に身をかがめて紙一重でその剣を躱すが、更なる追撃として放たれた黒フレアの拳を顔面に受けて後方へ跳ね飛ばされた。

 錐揉み状に宙を舞うミリアの体は重力に抗う様子もなく、そのまま床に叩きつけられた。

「ミリアさん!くそっ!」

 エラルの悲痛な叫び声が大ホールに響き渡る。

 次々と仲間が倒されていく中、既に魔力が尽きかけて、怪我も負っているアスとエラルは次の手を考えるべく、その場に足を止めた。

「どうする、アス!?」

 エラルの焦る声に、アスは辺りを見回しながら必死で打開策を考える。

 眼前の黒フレアは、一先ずの脅威を全て排除したと考えたのかその場から動かず、大きく胸を仰け反らせ、胸元の核を突き出した。

 にわかに黒フレアの全身が発光する。続いて大気が振動すると、黒フレアの核は大地を揺さぶるような重低音を鳴らしながら、大気の魔力を吸収し始めた。

「マズい!魔力の回復が始まった」

 絶望感に包まれたエラルの横でアスはギリっと唇を噛む。

 実はアスには、まだ一つだけ、ここから挽回するための起死回生の策があった。

 だが、その策はエラルをかなりの危険に晒してしまうこともあって、口に出すことを躊躇してしまう。しかし、どれだけ考えても他に方法は浮かばなかった。

 脳をフル回転させるアスの思考を阻害するかのように、脇腹の傷がズキズキと痛む。傷口から溢れ出てくる血の生温かさがやけに鮮明に感じられた。

「エラル、ごめん。どうしても策は一つしか思い浮かばない・・・」

「そうか、やっぱり厳し・・・、え?」

「やることは危険だけど至極単純・・・。一人が黒フレアと単独で戦い、その間にもう一人がさっき弾き飛ばされたクィンスさんの剣を拾ってトドメを刺す。この場に十分に魔力を込められた剣は、さっきクィンスの神剣しかないからね。でも・・・」

 アスは、先ほど黒フレアの氷柱で貫かれて真っ赤に染まったエラルの肩を見つめる。

 今のエラルが黒フレアと単独戦を行うのは高い確率で死に至るだろう。かといって、自分が黒フレアと対峙しても、左肩を痛めて両腕が使えないエラルではトドメ役として決定力に欠ける。

 最善はエラルが単独戦闘役、アスがトドメ役ではあるが、親友を死地に晒してしまうあまりに酷い愚策を口に出してしまったアスは、ほぞを噛む思いで顔を歪ませる。

「・・・クィンスさんの剣まで、かなり距離があるな。アス、何秒あればいい?」

「えっ?」

 アスの策を聞いたエラルは、自分が何をすべきかを瞬時に理解したようで、決意のこもった声を発する。

「ここで魔力を回復されたら本当に終わりだ。みんなで作った最後のチャンスを無駄にしたくはない!俺は覚悟を決めた!だから、アスも覚悟を決めろ!何秒だ!?」

 エラルの想いに、一瞬思案したアスであったが、すぐに決意を固めて応える。

「くっ、十五、いや十秒でなんとかする!」

「オーケーだ!やろうアス!」

 エラルは剣を強く握って構えると、回復体勢に入った黒フレアに向かって突進した。

 エラルの想いは無駄にはできない。その使命感からアスもすぐにクィンスの剣を目指して駆ける。

 回復体勢の黒フレアは近づくエラルに脅威を感じていないようで全く反応しない。

 易々と懐に入ったエラルは核を目掛けて片手で全力の刺突を放つが、魔力の篭っていない剣は傷をつけることなく無慈悲に弾かれた。

「ちくしょう、今の俺じゃ回復体勢を止めることもできないのか!」

 エラルが顔をしかめてそう叫んだ途端、一気にエラルの剣が強力な魔力を宿して深紅に染まる。

「これは!?」

 驚きの表情を浮かべるエラルの耳にシオンの声が届く。

「・・・エラル、・・・使って!」

 それは、意識を取り戻したシオンから送られた魔力だった。だが、既に満身創痍で虚な目をしているシオンは、そう叫ぶと吐血して再び倒れた。

「シオン!、・・・ごめんな、無茶をさせて。・・・でも、ありがとう。これでまだ戦える!」

 エラルの剣に宿った強大な魔力に、黒フレアが直ちに反応する。

「グゥガバア!」

 黒フレアは、奇怪な雄叫びを上げながら、仰け反らせていた体を元に戻し、今ほど吸収した魔力を全身に纏わせて、エラルに襲いかかった。

「もう出し惜しみはなしだ!全部叩き込む!」

 一撃必死の超近接戦が始り、命を懸けて対峙するエラルの集中はここにきて、極限まで高まりを見せる。

 黒フレアの放つ無数の斬撃を紙一重で躱しながら、エラルもまた、高速の剣を幾重にも繰り出して応戦した。

 エラルの剣では魔力を覆った黒フレアの体表に傷をつけることすらできない。

 だが、逆にそれが黒フレアに、回避の必要性を感じさせなかったようで、エラルの高速の剣は何度も無防備の黒フレアを捉えた。

 エラルの剣は、硬質化された魔力に弾かれ続けるも、少しずつ確実に、黒フレアの溜め込んだ魔力を削いでいった。

 そして、約束の十秒。

「この一撃に全てを込める!」

 エラルが全身全霊をもって稼いでくれた時間。その間に、クィンスの神剣を手にしたアスが、切先を真っ直ぐに黒フレアの核に向けて、捨て身の覚悟で突進を開始する。

 アスの覚悟と想いに呼応するかのように、全ての魔力を解き放った神剣は紅蓮の炎を纏いながら禍々しい程の圧を発した。

 その尋常ならざる圧に脅威を感じた黒フレアは、エラルを無視してアスに体を向ける。そして、両手で漆黒の大剣を強く握りしめて、大きく振りかぶった。

 黒フレアもまた、残っているであろう全ての魔力を刃に込めてアスを待ち構える。

「うおおおお!」

 失敗すればもう後はない。

 果敢に黒フレアの懐に入り込んだアスは、防御も回避も捨てて、ただ核だけを見定めて、全ての力を込めた強烈な刺突を繰り出した。

 だが、その刺突よりも早く、黒フレアの渾身の一撃がアスの頭を目掛けて、振り下ろされる。

「アスっ!」

 アスを守るために黒フレアの振り下ろす剣の軌道上に身を投じたエラルは、刃の腹に手を当てて、押し支えるようにその剣を受け止めた。

 黒フレアの強烈な一撃は、エラルの剣を砕き、両腕を折り、それでも止まらず、エラルの肩に深く食い込む。

 その危機的状況による焦燥感がアスの剣筋をほんの僅かに乱した。

「くそ!吹き飛べぇ!」

 そのまま、エラルの体が両断されるかと思われた刹那、アスの叫び声とともに黒フレアの肩と頭が弾け飛び、黒フレアの体は大きく後方に吹き飛んだ。

 間一髪のところで、アスの紅蓮の刃が黒フレアを捉えたのだ。

 吹き飛んだ黒フレアの巨体は、そのまま地響きを立てながら大ホールの床に落下する。

「はは、やったなアス。今度こそ終わっただろ。・・・だけど俺ももう限界、少し、休ませてもらうよ・・・」

 怪我による出血が著しいエラルは、そう言って虚な表情で微笑むと、気を失って床に倒れ込んだ。

 しかし、肩で息をするアスは、まだ警戒を解いてはいない。

 剣が直撃する瞬間に核を守るように体を捻った黒フレアの行動が、僅かに乱れていたアスの剣筋を更に大きくずらしていたのだ。

 アスは眼前で赤黒い体液を噴出する黒フレアを見ながら、悔しそうな顔で絶望感の篭った一言をつぶやく。

「ごめん、エラル・・・。核を、外してしまった・・・」
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