8 / 53
現
ページを開いて、春まで眠って
しおりを挟む
「蜂は触ると危ないからね! 絶対触るなよ!」
半ば脅されるように、蜂を触るなと母親から釘を刺されたある日のこと。
図鑑で蜂を見せながら絶対触るなと何度も何度も言い聞かされ続けた結果、保育所で蜂を見かける日が訪れた。
下駄箱の前にある簀子の上にちょこんと止まっているそれを、先生になんとかしてもらうため、近くにいた子に触ったらだめだと注意してその場を後にした。
しかし、先生を呼んで戻ってきたころにはその子は既に蜂に刺されて大泣きしており、急いで手洗い場へ連れていかれてわしゃわしゃと流水で刺された手を洗われていた。
触ったらだめだって言ったのに、聞いてもらえなくて刺されたらしかった。
そんな出来事があってしばらくあとに夢をみた。
見えるものが何もかもモノクロの世界で、蜂の巣と思われるハニカム構造の上で蜂たちが羽を微かに痙攣させながらなにかをしているところだった。
場面が切り替わり、いろいろな形をしたアメーバのようななにかがうようよと動いているのが見えた。
これもモノクロで、そのうち何か変なものに触れて形が崩れて散り散りになってしぼみ、そのうち消えてしまった。
なんだかとても恐ろしい物を見ているような気分になり、怖くて震えていると目が覚めた。
自分でも何が何だかよくわからない出来事の夢で、本当に怖くてたまらなかった。
そしてしばらく経たないうちに、今度は瀕死の蜜蜂を看病して仲良くなる夢を見た。
砂糖水を口元に持って行ってちまちま飲ませて元気にしていて楽しい夢。
また元気に羽ばたいて出て行ったかと思えば、家に遊びに来てくれて、何やらくるくる回るように飛んでいるからついていくと、綺麗な花畑に連れて行ってもらえた。
とても綺麗でいい香りがして、蜜のしたたる花がちらほらみられる楽園のような場所だった。
甘くておいしい蜜を一緒に舐めていると目が覚めた。
童話の世界に入り込んだかのようでとても幸せな夢だったけれど、蜂には触ってはいけないし怖い生き物だというのを、母からの刷り込みと、よくわからないけれど怖かったモノクロの夢、実際に刺された子の一件で身に沁みついて学んでいた。
それからは何事もなかったかのように、トランポリンで息を切らしながら遊んだり、キックボードを気に入ってよく遊んだり、行事で餅をついてもらって食べるという時に落としてしまって、きな粉餅がおままごとで食べるような砂まみれの一品と化してしまったり、たくさんの思い出と出来事を重ねてきた。
そんなこんなでいろいろあり、卒園式。
名札で名前をガッツリみられながら君付けで呼ばれ、自分の性別は女だと主張した日が懐かしい。
この頃はまだ女の子扱いされても嫌だと思っていない時期だったな。いつからだったろうか、自分の性別に不満を覚えるようになったのは。幼稚園にあがってからだったろうか。
いつからかなんてわからない。きっといろいろなことの積み重ねがあって、そのうち自然と嫌になってしまったのだろう。
幼稚園にあがる準備はわからないこと、不安なこと、そもそも幼稚園ってなんなのか、次はどこへ行くのか、怖いところなのかと、パニックになりそうなほどの緊張に見舞われながら行われた。
そうして、幼稚園へ通う日々が始まる。
小さい私から見れば大きな大人のように見える小学生と一緒に幼稚園へと向かう日々。
最初はとても怖くて、緊張して不安でいっぱいだった。
それでも可愛がってもらえて大事にしてもらえて嬉しかったけれど、それも長くは続かない。
幼稚園では見知らぬ子と大勢知り合った。
すぐに仲良くなってくれた子もいたし、なぜだかよく突っかかってくる子もいたし、いろいろな人がいた。
いろいろな人がいて、体を動かすのも絵を描くのも、どんな遊びもとても楽しかった。嫌なことはもちろんあったけれど、楽しいこともたくさんあって、優しい先生に恵まれてすごく楽しかった。
最初にみんなで観たアンパンマンの歌っているビデオを見ながらお話をして仲良くなった子、結婚式のエスコートで新郎側をするよう促してきた子、近所の男の子と恋仲になった子、人を兵隊さん呼ばわりしてきた人、とにかくたくさん。
話が飛んで高校を卒業してから、もらった卒業アルバムをしまうついでに昔のアルバムを開いてみた時、自分がこんなにも男の子のような見た目をしていたんだと初めて知った。当時の私はどうして自分がこんなに男扱いを受けるのかまったくわかっていなかったから、物凄くおかしな気分になって笑ったな。
話を戻し、意地悪な子が近所の子から、こいつと関わるとどっか連れていかれるからやめた方がいいなんて言われていたけれど、意地悪な子はもう連れて行かないでってお願いしたからそんなことは起きないなんて言っていた。
本当に怖かったのだと、この時本音を言ってくれていたのだと、綴じていた、綴じられていたページが開いて読めるようになって、ああ、やっぱり本当に怖かったんだ、嫌だったんだなと再確認できた。
それだけではなく、意地悪な子と別でなぜかやたらと突っかかってきた子が、意地悪な子の取り巻きに顔がどうこう言われた末に驚かれながら恋路を応援されていた理由もわかった。
どうして突っかかってこられていたのか、どうして高校生の時にやってないと思うなんて言ってくれていたのか、いろいろなことが……。
一緒になっていじめていたから、保育所が違っていてもやってないことをやったように言われていると気づいたんだな。
それはさておき、喧嘩の犯人捜しがあって、自分はしてないことでもやったと嘘をついて仲裁に入ったりもしたことがあった。
犯人捜しはしんどいし、仲良く笑いあって遊んでいることの楽しさを知ったからやったことだった。
ある作品のキャラクターが好きで憧れて真似をしたという理由でもあったけれど、思った以上に現実は厳しくて、人からの罵詈雑言が心にトゲのように刺さって痛くて、こういう行動を取ることの良さがあんまりわからなかった。
そういう様々なことがあり、小学一年生になった。
幼稚園の頃は夢を見た覚えがあまりない。満たされていて、危ないことがほとんどなくて、仲良く遊ぶ人がたくさんできたからだったのだろう。
みんなで探検すると称して神社で遊んでいるとき、白い蛇を殺してから、白い蛇とお友達になって仲良くなる夢を見たくらいだろうか。
とてもかわいくて、懐いてくれて、蛇は怖かったけれど、白い蛇だけは怖くなくて、安心できた。
親が白い蛇は神様の遣わした動物だなんて言っていたからだろうか。それも、神社で見つけた白い蛇だったから、本当に神様の遣いだったのかもしれないなんて思ってしまう。
とても罰当たりで酷いことをした。
幼稚園の頃にみた夢は少なくても、小学生になってからはいろいろな夢を見せてもらえた。怖い夢も、楽しい夢も、悲しい夢も、とにかくいろんな夢を。
精神的にボロボロでいつ壊れてもおかしくなかったから、また戻ってきてくれたのか、また傍に寄り添ってくれたのか……。
私にとって小学一年生になる年は地獄の釜の蓋が開き、夢のみんなだけが支えだと再確認する年だった。
しんどい思いをしてしまうまでは教科書のとある作品を暗記したり、記憶力の良さが開花して楽しいと思えていたっけか。
幼稚園の頃は早めに帰れたから大丈夫だったけれど、小学生になってから下校中付きまとわれるようになった。
他にも嫌な噂を流されたり、仲が良かった子から軽蔑されたり、酷い罵詈雑言を浴びせられた。
意地悪な子がどうしてそんな意地悪してくるのかが本当にわからなくて、嫌で仕方がなくて、なんでそんなことするのかわからないなんて言ったら、お前のことが嫌いでむかつくからなんて言われたけれど、それなら関わってこなければいい、放っておいてほしいと思ったし、お互い文句を言いあったことがあった。
あの子が羨ましがった浴衣のこと、近所の子に孤立させられそうになった時には怖いから連れて行くのはやめてと言ってやめてもらったと話していたこと、私自身が祖母と母から良かれと思ってされたことに対して気を遣って思ってもないことを言ったこと、他にも助けてくれた人が言いがかりつけられてるのにかばってあげられず、助けてと言ったのに言ってないなんて嘘をついたこと、いろいろなことが重なって、この子は親の言うことを聞かされているだけなんじゃないか、自分の本音に蓋をしているだけなんじゃないかと思った。
だから、知りたいと思った。
本当はどうしてそんなことをしているのか、本当はどう思っているのか、あなたの心を知りたい。
口をついて言葉に出してしまっていると、すごく嫌そうにされた。実は悪いやつじゃないんじゃないかなんて言う人もいたし、そういわれて悪い気分はしなかったけれど、良いやつだって思われたくて言ったわけじゃなかった。
心からあなたを知りたい。
本当は関わるのも嫌なのに、親に言われているからそうしているだけなんじゃないのか、本当はやりたいことも、親がダメだというからやれていないんじゃないのか。
ただ知りたかった。同じ苦しみを味わってると思ったから、自由になってほしかった。したいことができるように、勇気を出して本音を言えるようになってほしかった。ただそれだけだった。
良いやつだと、優しいやつだと思われることに悪い気はしなかったけど、褒められるのは少し違ってて複雑な気持ちになった。
ただ苦しみが、不自由さが、自分の気持ちに嘘をつく辛さがわかっただけ。
それを優しいだとか、賢いだとか言われても、そのあとに待つものを考えると受け取り拒否したくなる評価に違いはない。
優しいと、賢いと思われた先に待っているのは、川に飛び込んだ獲物に群がるピラニアやワニのような大衆が群がってくるばかりで良いこともなにもなく、ただ疲弊して搾取されて消耗品のような扱いを受け、責任だけ追及してくる。本当に良いことなんてなにもない。奴隷のように扱われて奪い取られてあとは知らぬ顔をされるだけだ。
そんなに知りたいなら同じ目に遭わせてやる。
そんなことを言われたような、言われなかったような。そんなことは心からどうでもよくて、私はただ宣言をしただけだった。
大人の言うことが全部正しいと思わないし、これからは大人の言うことを素直に聞かないと、そういった意味の言葉を宣言した。
意地悪だと思っていた子が、いつか自分の心に素直に生きられますように。
親も先生も手を焼いただろうなと思うけれど、私は後悔なんてしていない。
あなたは優しくて人の痛みがわかるんだから、なんて言われたこともあったけれど、私の優しさを信じてくれて嬉しくはあったけれど、たかられるだけだから誰にも聞かれてないときに言ってほしかった。
そりゃ、すごくつらい学生生活を送る羽目にはなったけれど、鵜呑みにしないこと、大人も人間だから間違うことを早い段階で知ることができたし、なんでもかんでも言うこと聞いてればいいわけじゃないって経験も積めた。
大人の方が経験した物事が多いから、上手くいきやすい手段や方法を知っているだけで、必ずしも正しいわけではないし、正解なんて人の数、状況の数ほどたくさんあって、どれにでも通用する答えなんてものは存在しない。
それからというもの、私は手のかかる厄介な生徒として暮らしていたに違いない。
たくさんの人から嫌われて、たくさんの人から距離を置かれた。
ある出来事があって良い子じゃないと認定されて罵詈雑言を浴びせられたときはさすがに消えたくて死にたくなって、辛くて苦しくて、学校なんて行きたくなかった。
しかし、父親はそれを聞いておまじないをかけてくれた。
この話は誰にも話しちゃいけないよ。
そう言うと、注意深く言葉の内容を聞いて理解するように話し、理解できない言葉の羅列をたくさん並べた後に目の前で手をパンと鳴らした。
頭の中がぐちゃぐちゃで混乱して、何一つ言葉を理解できなかった上に、びっくりするような衝撃を与えられて心の中がぐらぐら揺れて不安定になった。
それからのことを私はあまり覚えていない。
小学五年生になるまで、ただひたすら頭が痛くて苦しかったこと、眠たくてたまらないときに何度も白い狐と黒い狐が高いところから私を見守ってくれていたこと、たくさんの冒険の夢を見たこと、罵詈雑言を浴びせられたときのことや、クラスを間違えて入ってしまったときに「あ! 悪ーい!」なんて言われながら追いかけられて怖い思いをしたことのフラッシュバックの夢を見たことしか知らない。
もしかすると、夢のゆりかごに揺られながら、春を待つ種のように殻にこもって眠っていたのかもしれない。
半ば脅されるように、蜂を触るなと母親から釘を刺されたある日のこと。
図鑑で蜂を見せながら絶対触るなと何度も何度も言い聞かされ続けた結果、保育所で蜂を見かける日が訪れた。
下駄箱の前にある簀子の上にちょこんと止まっているそれを、先生になんとかしてもらうため、近くにいた子に触ったらだめだと注意してその場を後にした。
しかし、先生を呼んで戻ってきたころにはその子は既に蜂に刺されて大泣きしており、急いで手洗い場へ連れていかれてわしゃわしゃと流水で刺された手を洗われていた。
触ったらだめだって言ったのに、聞いてもらえなくて刺されたらしかった。
そんな出来事があってしばらくあとに夢をみた。
見えるものが何もかもモノクロの世界で、蜂の巣と思われるハニカム構造の上で蜂たちが羽を微かに痙攣させながらなにかをしているところだった。
場面が切り替わり、いろいろな形をしたアメーバのようななにかがうようよと動いているのが見えた。
これもモノクロで、そのうち何か変なものに触れて形が崩れて散り散りになってしぼみ、そのうち消えてしまった。
なんだかとても恐ろしい物を見ているような気分になり、怖くて震えていると目が覚めた。
自分でも何が何だかよくわからない出来事の夢で、本当に怖くてたまらなかった。
そしてしばらく経たないうちに、今度は瀕死の蜜蜂を看病して仲良くなる夢を見た。
砂糖水を口元に持って行ってちまちま飲ませて元気にしていて楽しい夢。
また元気に羽ばたいて出て行ったかと思えば、家に遊びに来てくれて、何やらくるくる回るように飛んでいるからついていくと、綺麗な花畑に連れて行ってもらえた。
とても綺麗でいい香りがして、蜜のしたたる花がちらほらみられる楽園のような場所だった。
甘くておいしい蜜を一緒に舐めていると目が覚めた。
童話の世界に入り込んだかのようでとても幸せな夢だったけれど、蜂には触ってはいけないし怖い生き物だというのを、母からの刷り込みと、よくわからないけれど怖かったモノクロの夢、実際に刺された子の一件で身に沁みついて学んでいた。
それからは何事もなかったかのように、トランポリンで息を切らしながら遊んだり、キックボードを気に入ってよく遊んだり、行事で餅をついてもらって食べるという時に落としてしまって、きな粉餅がおままごとで食べるような砂まみれの一品と化してしまったり、たくさんの思い出と出来事を重ねてきた。
そんなこんなでいろいろあり、卒園式。
名札で名前をガッツリみられながら君付けで呼ばれ、自分の性別は女だと主張した日が懐かしい。
この頃はまだ女の子扱いされても嫌だと思っていない時期だったな。いつからだったろうか、自分の性別に不満を覚えるようになったのは。幼稚園にあがってからだったろうか。
いつからかなんてわからない。きっといろいろなことの積み重ねがあって、そのうち自然と嫌になってしまったのだろう。
幼稚園にあがる準備はわからないこと、不安なこと、そもそも幼稚園ってなんなのか、次はどこへ行くのか、怖いところなのかと、パニックになりそうなほどの緊張に見舞われながら行われた。
そうして、幼稚園へ通う日々が始まる。
小さい私から見れば大きな大人のように見える小学生と一緒に幼稚園へと向かう日々。
最初はとても怖くて、緊張して不安でいっぱいだった。
それでも可愛がってもらえて大事にしてもらえて嬉しかったけれど、それも長くは続かない。
幼稚園では見知らぬ子と大勢知り合った。
すぐに仲良くなってくれた子もいたし、なぜだかよく突っかかってくる子もいたし、いろいろな人がいた。
いろいろな人がいて、体を動かすのも絵を描くのも、どんな遊びもとても楽しかった。嫌なことはもちろんあったけれど、楽しいこともたくさんあって、優しい先生に恵まれてすごく楽しかった。
最初にみんなで観たアンパンマンの歌っているビデオを見ながらお話をして仲良くなった子、結婚式のエスコートで新郎側をするよう促してきた子、近所の男の子と恋仲になった子、人を兵隊さん呼ばわりしてきた人、とにかくたくさん。
話が飛んで高校を卒業してから、もらった卒業アルバムをしまうついでに昔のアルバムを開いてみた時、自分がこんなにも男の子のような見た目をしていたんだと初めて知った。当時の私はどうして自分がこんなに男扱いを受けるのかまったくわかっていなかったから、物凄くおかしな気分になって笑ったな。
話を戻し、意地悪な子が近所の子から、こいつと関わるとどっか連れていかれるからやめた方がいいなんて言われていたけれど、意地悪な子はもう連れて行かないでってお願いしたからそんなことは起きないなんて言っていた。
本当に怖かったのだと、この時本音を言ってくれていたのだと、綴じていた、綴じられていたページが開いて読めるようになって、ああ、やっぱり本当に怖かったんだ、嫌だったんだなと再確認できた。
それだけではなく、意地悪な子と別でなぜかやたらと突っかかってきた子が、意地悪な子の取り巻きに顔がどうこう言われた末に驚かれながら恋路を応援されていた理由もわかった。
どうして突っかかってこられていたのか、どうして高校生の時にやってないと思うなんて言ってくれていたのか、いろいろなことが……。
一緒になっていじめていたから、保育所が違っていてもやってないことをやったように言われていると気づいたんだな。
それはさておき、喧嘩の犯人捜しがあって、自分はしてないことでもやったと嘘をついて仲裁に入ったりもしたことがあった。
犯人捜しはしんどいし、仲良く笑いあって遊んでいることの楽しさを知ったからやったことだった。
ある作品のキャラクターが好きで憧れて真似をしたという理由でもあったけれど、思った以上に現実は厳しくて、人からの罵詈雑言が心にトゲのように刺さって痛くて、こういう行動を取ることの良さがあんまりわからなかった。
そういう様々なことがあり、小学一年生になった。
幼稚園の頃は夢を見た覚えがあまりない。満たされていて、危ないことがほとんどなくて、仲良く遊ぶ人がたくさんできたからだったのだろう。
みんなで探検すると称して神社で遊んでいるとき、白い蛇を殺してから、白い蛇とお友達になって仲良くなる夢を見たくらいだろうか。
とてもかわいくて、懐いてくれて、蛇は怖かったけれど、白い蛇だけは怖くなくて、安心できた。
親が白い蛇は神様の遣わした動物だなんて言っていたからだろうか。それも、神社で見つけた白い蛇だったから、本当に神様の遣いだったのかもしれないなんて思ってしまう。
とても罰当たりで酷いことをした。
幼稚園の頃にみた夢は少なくても、小学生になってからはいろいろな夢を見せてもらえた。怖い夢も、楽しい夢も、悲しい夢も、とにかくいろんな夢を。
精神的にボロボロでいつ壊れてもおかしくなかったから、また戻ってきてくれたのか、また傍に寄り添ってくれたのか……。
私にとって小学一年生になる年は地獄の釜の蓋が開き、夢のみんなだけが支えだと再確認する年だった。
しんどい思いをしてしまうまでは教科書のとある作品を暗記したり、記憶力の良さが開花して楽しいと思えていたっけか。
幼稚園の頃は早めに帰れたから大丈夫だったけれど、小学生になってから下校中付きまとわれるようになった。
他にも嫌な噂を流されたり、仲が良かった子から軽蔑されたり、酷い罵詈雑言を浴びせられた。
意地悪な子がどうしてそんな意地悪してくるのかが本当にわからなくて、嫌で仕方がなくて、なんでそんなことするのかわからないなんて言ったら、お前のことが嫌いでむかつくからなんて言われたけれど、それなら関わってこなければいい、放っておいてほしいと思ったし、お互い文句を言いあったことがあった。
あの子が羨ましがった浴衣のこと、近所の子に孤立させられそうになった時には怖いから連れて行くのはやめてと言ってやめてもらったと話していたこと、私自身が祖母と母から良かれと思ってされたことに対して気を遣って思ってもないことを言ったこと、他にも助けてくれた人が言いがかりつけられてるのにかばってあげられず、助けてと言ったのに言ってないなんて嘘をついたこと、いろいろなことが重なって、この子は親の言うことを聞かされているだけなんじゃないか、自分の本音に蓋をしているだけなんじゃないかと思った。
だから、知りたいと思った。
本当はどうしてそんなことをしているのか、本当はどう思っているのか、あなたの心を知りたい。
口をついて言葉に出してしまっていると、すごく嫌そうにされた。実は悪いやつじゃないんじゃないかなんて言う人もいたし、そういわれて悪い気分はしなかったけれど、良いやつだって思われたくて言ったわけじゃなかった。
心からあなたを知りたい。
本当は関わるのも嫌なのに、親に言われているからそうしているだけなんじゃないのか、本当はやりたいことも、親がダメだというからやれていないんじゃないのか。
ただ知りたかった。同じ苦しみを味わってると思ったから、自由になってほしかった。したいことができるように、勇気を出して本音を言えるようになってほしかった。ただそれだけだった。
良いやつだと、優しいやつだと思われることに悪い気はしなかったけど、褒められるのは少し違ってて複雑な気持ちになった。
ただ苦しみが、不自由さが、自分の気持ちに嘘をつく辛さがわかっただけ。
それを優しいだとか、賢いだとか言われても、そのあとに待つものを考えると受け取り拒否したくなる評価に違いはない。
優しいと、賢いと思われた先に待っているのは、川に飛び込んだ獲物に群がるピラニアやワニのような大衆が群がってくるばかりで良いこともなにもなく、ただ疲弊して搾取されて消耗品のような扱いを受け、責任だけ追及してくる。本当に良いことなんてなにもない。奴隷のように扱われて奪い取られてあとは知らぬ顔をされるだけだ。
そんなに知りたいなら同じ目に遭わせてやる。
そんなことを言われたような、言われなかったような。そんなことは心からどうでもよくて、私はただ宣言をしただけだった。
大人の言うことが全部正しいと思わないし、これからは大人の言うことを素直に聞かないと、そういった意味の言葉を宣言した。
意地悪だと思っていた子が、いつか自分の心に素直に生きられますように。
親も先生も手を焼いただろうなと思うけれど、私は後悔なんてしていない。
あなたは優しくて人の痛みがわかるんだから、なんて言われたこともあったけれど、私の優しさを信じてくれて嬉しくはあったけれど、たかられるだけだから誰にも聞かれてないときに言ってほしかった。
そりゃ、すごくつらい学生生活を送る羽目にはなったけれど、鵜呑みにしないこと、大人も人間だから間違うことを早い段階で知ることができたし、なんでもかんでも言うこと聞いてればいいわけじゃないって経験も積めた。
大人の方が経験した物事が多いから、上手くいきやすい手段や方法を知っているだけで、必ずしも正しいわけではないし、正解なんて人の数、状況の数ほどたくさんあって、どれにでも通用する答えなんてものは存在しない。
それからというもの、私は手のかかる厄介な生徒として暮らしていたに違いない。
たくさんの人から嫌われて、たくさんの人から距離を置かれた。
ある出来事があって良い子じゃないと認定されて罵詈雑言を浴びせられたときはさすがに消えたくて死にたくなって、辛くて苦しくて、学校なんて行きたくなかった。
しかし、父親はそれを聞いておまじないをかけてくれた。
この話は誰にも話しちゃいけないよ。
そう言うと、注意深く言葉の内容を聞いて理解するように話し、理解できない言葉の羅列をたくさん並べた後に目の前で手をパンと鳴らした。
頭の中がぐちゃぐちゃで混乱して、何一つ言葉を理解できなかった上に、びっくりするような衝撃を与えられて心の中がぐらぐら揺れて不安定になった。
それからのことを私はあまり覚えていない。
小学五年生になるまで、ただひたすら頭が痛くて苦しかったこと、眠たくてたまらないときに何度も白い狐と黒い狐が高いところから私を見守ってくれていたこと、たくさんの冒険の夢を見たこと、罵詈雑言を浴びせられたときのことや、クラスを間違えて入ってしまったときに「あ! 悪ーい!」なんて言われながら追いかけられて怖い思いをしたことのフラッシュバックの夢を見たことしか知らない。
もしかすると、夢のゆりかごに揺られながら、春を待つ種のように殻にこもって眠っていたのかもしれない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる