夢魔

木野恵

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それぞれの想い

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 周りに不細工だと言われ、家にも居場所がなかった。

 母と弟が作ってくれたゲームキャラのプリントされた肌着を着て学校に行っていたら、家に招いて遊んでくれたのに意地悪してくるようになった子が「ゲームキャラのシャツ着てるんでしょ? すごいよね見せてよ」と言ったので、服をめくって肌着を見せてあげた。

 母と弟が作った自慢でお気に入りのシャツだった。

 ちょうどそのタイミングで先生が「おへそをこっちに向けて」と言った上にシャツを見せている私を見ながら「本当におへそこっちに向けなくて良いよ」なんて言って、みんなの笑い者にされる出来事があった。

 意地悪な子はというと、自分からシャツを見せろと言っていたくせに、みんなと一緒になって醜く大口を開けながら笑っていて本当に信用できないと思わされたしショックだった。

 学校にも家にもどこにもいたくなかったある日のこと。

 石が好きで家に持って帰りまくり、母親から床が抜けると言われていたとき、父親から祖父が同じように石が好きだから話し相手になってやってくれと言われた。

 なんとなくだけど、どちら側も祖父母に良い印象がなくてあんまり会いたくなかったから気がすすまなかったけれど、とりあえず話してみると良いなんて言われて連れていかれた。

 父親が私が石好きでよく集めてくると祖父に話してすぐ、祖父はすごく嫌そうな、警戒しているような、見定めるような目で私を見てきた。

 緊張して何も言えなくて目を伏せていると、父親がとりあえず石のこと話せばいいなんて言って促してくれた。

 何をどう話せばいいのかわからなかった。話し始めがすごく苦手で、なんて話し始めればいいかわからなくて、とりあえず石が好きだと話し始めるとエンジンがかかって温まってきたような感覚で話の流れを掴め始めた。

 どこがどう好きで、どこで石を見つけて、どんな石に興味を持って、どういう石を拾い集めてきたかを話し、一番大好きで気に入っている石を持ってきて見せてみた。

 卵の形をしたつるつるの石。

 この石につけた物語を祖父に話して聞かせると、その石はこうこうこういう石だと説明してくれた。

 祖父は宝石や化石、いろいろな宝物をしまっている倉庫に私を案内してくれるというので、ついていくことにした。父も一緒だった。

 そこには立派な紫水晶や赤くて真ん丸な綺麗な石、いろいろなお宝がたくさんあった。

 私が拾ってきたちっぽけな石は祖父の宝の足元にも及ばなかったけれど、同じように立派な石を見つけて集めたいという欲がわいてくるのを感じた。

 祖父が説明しながら石のすごさと素晴らしさを話してくれて、石の話をしてくれている祖父はなんだかいつもと違って楽しそうで嫌な感じがしなくて大好きだと思った。

 人にはいろいろな側面があって、人にはいろいろな事情があると知った出来事だった。

 父は祖父のそういう宝物に関心が一切なかった。

 祖父は石の話をできる相手が今まで周りにいないどころか、お金に目がくらんで近寄ってくる人ばかりで心を閉ざしていた。



 小さい頃は何の話かわからなかったけれど、今こうして書いていて「うちにはそんな金がねえって言ってる」なんて声を荒げながら言い合っていることがあった理由が今ならわかる。

 骨董品が大好きで、石が大好きだった祖父は好きな物にお金を使っていたからお金がない状態だったのかもしれない。

 自分のお金なんだから好きなことに使って何が悪いんだろうと思うし、お金があるから贅沢しているなんて言いがかりをつけられたらたまったもんじゃない。おまけに、お金目当てで付きまとわれたり言いがかりつけられたら見下したくなる気持ちもすごくよくわかる。近寄ってくるやつら、周りにいる人間全員醜く見えて仕方がなかったろうな。

 いろいろなことを思っても、もう祖父の大事にしていたものは戻ってこない。

 人を試していたヤクザが試し返されて、吹き込まれた嘘を信じ込み、協力してくれるやつに盗みを働かせて売りさばいたからもう残っていない。

 祖父の持っていた骨董品の中に国の宝だから国のものだとか言われているものもあったらしい。

 理不尽にむしり取られてお金しか価値がないという自分の考えを持っているやつのせいで自分の行動を正当化して隠蔽された。

「お金を渡すときなんか変な反応してると思った」だとか言っていた。

 それ以前に、父親がどうしてあれこれ言われていたのかもはっきりわかる出来事だった。

 女尊男卑の家だったのは確かだったけれど、それだけじゃない。本当に腸が煮えくり返りそうだ。

 本当に、よその家の子だったらどれだけ良かっただろう。さっさと死んでいれば良かったなんて何度思わされただろうか。



 話を過去に戻す。

 純粋に石のことを話せる相手ができたのがとても嬉しそうで、自分の好きな物が誰かの喜びになるのを学べたこと、誰かが喜んでくれるのが嬉しくてたまらないと思えた瞬間でもあった。

 そして、どうして冷たい態度を取られていたのかもなんとなくこの時に察することができたのだと思う。

 それだけじゃない、今まで冷たくてあんまり話したいと思えなかった人相手でも、人は好きな物を通してわかりあえることがあるんだと思えた。

 どこにも居場所はなくて寂しかった中で話せる相手ができた楽しい思い出でもあった。

 それから石を拾って帰るのにますます夢中になった。

 山で遊ぶとき、通学路の行き帰り、運動場、普段家に帰ってから遊ぶとき、ずっと石に目を光らせていた。

 祖父のようなお宝見つけられたらいいなという憧れが溢れてやまない。

 学校でも家でも、何かを好きでいるとけなされ、笑われ、同じものが好きだと嫌がられもした中で、石が好きで良かったと思える思い出だった。

 好きの魔法というフレーズが頭に浮かび、頭痛が少し和らぐ代わりに切ない気持ちになるのを感じた。

 みんな大嫌いだと思って全部大嫌いでいたはずなのに、心に灯ったあたたかいこれはなんだろう?

 冷たくつらい日々の中でも、楽しい発見や夢中になれるもの、好きな物は捨てきることができなかった。

 誰かに何かを言われてけなされるなら隠せばいい、話さなければいい。

 一生懸命隠しているのに好きな物をばらしてくる邪魔なやつがいて、弟を通して好きな物を知って言いふらしてくるやつもいて、本当にうんざりもした。

 何も知らないくせに。いや、知っててわざとやってるのか? なんて思わされもした。

 それだけじゃない。うちへ遊びに来たかと思えば、拾って持ってきたなんて言って、私が拾った白くて綺麗な雲母を自分の物のように見せびらかしてきたことだってあった。

 置いていた場所を見ても私が拾った石はないし、明らかに盗まれたと騒いでいると、父が家にきたときそんなもんもってなかったと証言してくれて取り戻せた。

 学校では付きまとってくる二人組が珍しくお願いをしてきて不思議に思いながら話を信じて親切にしたかと思えば、嘘だったりはめられるような出来事もあった。

 騙される方が悪いとか、何度も騙されるから面白いとか言っていて不愉快だった。

 それでも、何度やられても、騙そうとして嘘を言っていたり、みんなに言いふらして意地悪するつもりだとわかっていたのに「信じてくれないの?」なんていう言葉には弱かった。

 信じてもらえないのが悲しくて辛いことだと、何があったわけでもないはずなのに、相手の演技だったり嘘だったりするとわかっていたのに、すんなり信じてしまう言葉だった。

 たくさん騙されて、たくさん馬鹿にされて、親切を利用して騙されたことがその中にはたくさん含まれていて、たくさんたくさん酷い目に遭ってきたけれど、憎い気持ちの中で少しずつ優しくて寛容な気持ちが芽生えてきているように思えた。

 憎くて仕方がなくて、全部潰したくて壊したくて許せなかったけれど、心の中に温かい何かがあって、全部を頭ごなしに嫌ったり憎むのは違うんだと思える何かが芽生えてきていた。

 祖父のおかげだったのかもしれない。寄り添ってずっと支えてくれる見えない存在のおかげだったのかもしれない。

 フラッシュバックの悪夢なんて、本当に辛くて夢に何度も出てきちゃうくらい苦しかったのに、誰に話しても間違えただけだとか、気楽にしろだとか、しょうもないことなんて軽くあしらわれて全然理解してくれる人はいなくて、そのうち話さず一人で抱え込むようになったけど、誰かが励ましてくれて、現実じゃないところで大事にしてくれていた。

 自分で自分の頭を撫でても、感覚が違っていたから、自分で撫でたわけじゃなかったってわかったんだ。

 支えてくれる何かのおかげだった。好きな物を通して冷たい態度だった祖父とわかりあえて打ち解けられたおかげだった。

 生きていくこと、好きな物を大事にすることに希望を見出せて、全部大嫌い、全部大好きじゃなくて、好きな物もあれば嫌いな物もあるし、人の好き嫌いにはいろいろな理由や原因、きっかけがあって、様々な物でいろいろな物が結ばれあう、いわば縁なのかもしれないなんて、言葉にして上手く表現できなかったときに幼心で感じ取れた出来事だった。

 好きな物を誰にも邪魔されずに好きでい続けたい。

 絵を描くのも楽しくて好きで、歌を歌うのも好きだった。

 音楽の授業で体を揺らして楽しく歌った時に褒めてもらえたけれど、周りからはそれ以来下手くそだとかいろいろなことを言われたけれど、歌はやっぱり好きだった。

 図画工作のときには鶏頭の花をクレヨンで描いた。

 先生の言っている通りにクレヨンを使って色を指で混ぜながら描いていると物凄く褒めてくれたのが嬉しかったし、より一層絵を描くのが楽しくなった。

 みんなのように学校で表彰されることはなかったけれど、どこか遠くの展示で賞をとって、表彰状をこっそりあとで先生が渡してくれた。

 好きな物が好きでいられて、好きだと得意になれて、好きでいることは出来ることを伸ばせることなんだと思えた。

 石を好きでいたおかげなのか、道に落ちているものをよく見つけられるようになった。

 落ちているお金、誰かの落とし物、とにかくたくさんの落とし物。

 そしていろいろな好きな物の中で、夢がやっぱり大好きだった。

 フラッシュバックも怖い夢も本当につらかったけれど、楽しい夢が一番好きで幸せだった。

 布団が大砲のような形になっている中に入っていると、歯のような形の白い何かが中を覗き込んで私を引きずり出そうとしてくる夢をみたことがあった。

 一生懸命抵抗したけれど、しつこくつかみかかってくるから殴って応戦していると、相棒としてとあるキャラクターが一緒に並んで攻撃して対処してくれる夢だった。

 私はひとりぼっちじゃないんだと思える夢で、とても温かくて、私のパンチは強力だった。

 夢の中は寂しくない。



 小学二年生になった。

 国語に物語を作る授業があった。絵を見て想像してお話を書く楽しい授業。

 絵を追加しても良かったし、想像力を働かせて自由に書けるのがすごくいいなと思えた。

 登場人物に弟の名前を借りて名付けたキャラと、好きなアニメのキャラクターの名前からもらったキャラとを用意していると、やけに突っかかってくる人が内容を読んでケチをつけてきた。

 弟の名前を借りたキャラがうちの父親と同じ名前だから変えろといういちゃもんだった。

 そんなもん知らないし、父親の名前をとったわけでもない上に、知らないどこの誰とも被らない名前なんてめったに作れないだろうに、しつこく食い下がって理不尽な文句を続けてきた上に、私には誰も味方はいなかった。味方がいない上に、自分のところで使ってる名前をわざわざ言ってきて使うなよなんて乗っかってくるやつらがたくさんいた。

 あんまりしつこいからなのか、私がなかなかいうことを聞かずに抵抗しているからなのか、先生は名前を変えろと私の方を叱ってきた。私はおかしいと思ったから抵抗していたけれど、理不尽な暴力を受けた気持ちで変えさせられた。

 そんなある日、付きまとってくる上にみんなに好きな物をばらす上に茶化してくる嫌なやつが、とある遊びでも付きまとってきた。

 それだけじゃなく、ズボンごと足を引っ張られただけじゃなく、ズボンだけ引きはがしてパンツが丸見えにされたこともあった。

 運が悪く、そのとき手を繋いでいた相手はカエルの図鑑を読んでいたときにギャーギャー喚いてきたメスガキで、パンツが見えているのに手を離すなと脅しているような口調でまたしてもギャーギャー喚いていた。

 手を離してしまうと、離すなっつってんだろなんて言いながら喚いたけれど、パンツが見えていることをみんなと一緒になってゲラゲラ笑っていた。

 みんなの見世物にされて大泣きしていると、助けてくれる人が現れた。

 やけに突っかかってくる人の肩を持つ上に、なんかよくわからない理由で私のことを蹴落としてきて、ちょっとした邪魔をしてくる子だった。

 周りのみんなが笑ってる中でそうやって助けに入るのは勇気がいったと思うし、普段みんなと一緒に意地悪してたくせにどうしてそんなことするのかわからない出来事だった。

 そのあとみんなは謝るどころか、その子にお礼を言って懐きそうになっている私に対し「私も助けに入ろうと思ってた」だとか「あいつはやめといたほうがいい」とかそんなこと今更言われても知らないようなことばかり言ってきた。

 確かに、あの状況で助けに入るのは勇気がいるから、動けないのも無理はないと思うけれど、格好いいことをしてくれた人を蹴落とすようなことをいうのは本当に信じられない出来事だった。

 そうやって、誰かの優しい行動を蹴落としにかかってくるやつのことはもう見逃さないし許さないと決めていたから聞かないことにした。前にも同じように、助けてくれた人がいて、私はちゃんと応えられなかったような気がしたから、今度はちゃんと味方をしたいと思った。

 助けてくれた人のことをきもいだとか悪口言っていて余計に腹が立った。

 立派な行動をしてこんなこと言われたらたまったもんじゃないし、なんかすごく肩身が狭いなとも思わされもした。それに、どういうわけかやけに腹が立って、虚しくて……。

 理由とか何もわからなかったけれど、今度はちゃんとずっと味方したくて、その子のことどうしたら大事にできるのかわからなかったし、仲良く仕方もなにもわからなかったけれど、友達でいられたらいいなと思った。

 誕生日にカップケーキを作って持ってきてくれてとても嬉しかったけれど、私は相手の誕生日なんて覚えていなかったし、誕生日には友達とこういうことをする習慣が身についてなかったのでなにもしてやれていなかった。

 飾りの青いプラスチックのなにかをさしてからレンジかオーブンにいれちゃって、溶かしちゃったなんて言いながら持ってきてくれた美味しいカップケーキ。

 母親はやめとけなんて言ったけれど、私はちゃんと食べたし、中学生になるまでの間、青い飾りは洗って大事にもっていた。

 私には上手な友達になり方も、大事に仕方もなにもわからなかったけれど、わからないなりにがんばっていたつもりではあった。

 まともな人間関係なんてこれまで一度も築けたことがなかったし、初めて友達らしい友達ができたと思えた出来事だったから、本当に何もわからなかった。

 ちゃんと大事にはできていなかったと思う。ちゃんと大事にできていたら今も連絡をとれていたと思う。もっと早く誕生日を覚えて、もっとちゃんと誕生日プレゼントを用意していたら違っていたのだろうか。もっと早く、もっと大事に……。

 後悔したところで戻ってはこないけれど、宝物のような綺麗で大切な出来事だった。

 しかし、家で一緒に遊ぼうと誘った時、父親が新婚のときに記念で買った綺麗なアクセサリーをその子がこっそりとって拾ったと言い張っていたことがあった。

 父親がそれを見て激怒してもう誘うなと言ったことがあった。

 私はそれでも助けてくれた子だし、あんまり綺麗だから一時の出来心でやっちゃったんだと思ってかばったけれど、父親は許さなかった。

 私もショックだったけれど、信じたかった。助けてくれた子だったから。

 それに、誰かに恩返しをするために尽くすのはなんだか楽しいと思えた。

 そのうち、集団登校の集合場所で、弟と二人で話しているときに辛すぎて思っていることを話していて気持ち悪いとか頭がおかしいと言われることがあった。

「今なんで自分がここにいて、どうして生きていて、死んだら一体どうなるのか。死んだら真っ暗になるのか、違う誰かの見ている何かを見ているのか、私はどうして私なのか、誰かが見ている夢じゃないのか。この広い空の向こうにはなにがあるのか、私はこの広い空からみたらちっぽけな一つの存在だけどここにちゃんといるのが不思議だなあ」

 弟は私が変になったと言って、付きまとってくる男女両方にそのことを話していて頭がおかしいだの気持ち悪いだの言われた。

 私はすごく真面目に考えて話していただけだったけれど、異端な考えとしてやんや、やんや言われて終わった。

 そんなに変なことを言っていないと私は思っていたから気にしないことにした。

 希望を持てた出来事、ショックだった出来事、いろいろな出来事があったけれど、少しずつ心があたたかくなって、希望が持てて、明るくなれそうだった時期の思い出だった。

 私は好きな物を好きでい続けるために内緒にできるものは内緒にして隠したいし、おかしいと思ったことや、相手がどうしてそんなことをするのか、たくさんのなぜ? を考えることをやめたくない。

 祖父との出来事やいろいろなことがあって思ったことだった。

 夢をあまり見ない時期だったけれど、私は夢が大好きで絵が大好きで、歌も考えることも尽くすのも、好きな物を分かち合える人とお話をするのも大好きだった。
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