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空中庭園
またね
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『空の池』を後にし、気球に向かって歩いている間誰も口を開かなかった。
つい顔に感情を出してしまったことを後悔していると、前を歩くジニアの前をピューンとモモが飛んで行った。
少しだけ嫌な予感がする。
池があった森を抜けると巨大な朱色の風船が見え始めた。
あれが気球かな。植物でできていると思ったけれど、普通のバルーンなんだろうか?
前を飛んでいたモモが唐突に歓声を上げ、さらに前へと飛んでいってしまった。
少しだけだったはずの予感が膨れ上がり、だんだん確信へと変わっていく。
モモが消えちゃうんだ。
そんな気持ちを切り替えるように、前を歩いていたジニアが隣にきて肩をとんとんと叩いた。
「映ってほしい方は映りましたか」
ジニアの問いに少し暗い表情のまま頷く。
それですべてを察したらしい。いつもよりもずっと優しくて温かみのある笑顔を向けてくれた。
「……タイミングが悪いことはあります。映った瞬間でなく、再会できたときが最高でありますように」
かけてくれた言葉の優しさに心の底がじんわりと温まる。
そういうジニアは池で何を見たのだろうか。
嫉妬であまり快い受け答えをできているわけではない癖に、尋ねたいことだけ尋ねようというのは気が引けたけれど、どうしても気になってしまい、口を開きかけたときにはモモに追いついてしまった。
気球の隣には女王ストックが立っており、微笑みながら出迎えてくれた。
「モモ、ここだってわかってたの?」
ジニアの質問に、モモはふふふと笑ってみせる。
何かを察したらしいジニアは、なるほどと顎に手を当てて納得していた。
理解が追いついていないのは自分だけのようだ。いや、理解するのを拒絶していただけなんだ。
モモちゃん、いかないで。
「目的の場所がわかったんだね」
予感が当たってしまっていた。嫌な予感ほどよくあたる。
一気に寂しい気持ちでいっぱいになってくるのを感じる。まだそばにいて一緒に笑って思い出をたくさん作りたかったのに。
「そうなの! 気球にマナの加護を与えにきたみたいなの! 池からしばらく歩いてすぐに目的地がわかっちゃった。シルフ様から旅立った私たち妖精は、目的の場所を最初から知っている子と、そうでない子がいるの! なんとなく、ザックリした感覚ででかけて、目的地がわかったらここだ! ってピンとくるようになってるの。他の子たちはすぐに目的地がわかったみたいだけど、私の場合は二人に会ってから直感でわかったの。一緒にいきたい、一緒に行くべきって。それでね、ここまできたら近くにある! ってわかったの。ここまで一緒に来れてよかったわ! とっても楽しかった!」
モモはそう言うと、涙が零れそうになっている僕の頬にキスをし、ストックの元へ飛んでいった。
モモにいかないでほしくて手を伸ばす。
「死ぬわけじゃないんだよ。シルフ様の元に帰って、またどこかへマナを運ぶの! だから、またね! いつかどこかでまた絶対会えるから!」
モモの明るい笑顔に涙を拭い取り、またねと手を振り、微笑んで見せた。
ただの強がりだ。
モモは振り返ってその様子を見ると、笑顔という大輪の花を咲かせてみせてくれた。
心の風は雲を吹き飛ばし、温かい日の光を注いでくれている。
これがたとえ一瞬だけの感情でも、こんな気持ちにしてもらえたことが嬉しくてたまらなかった。
もっとこんな気分でいたい。ちゃんと背筋を伸ばして立たないと。
思うのは簡単だ。いや、思うことすら難しいことだってある。
実現させるのはもっと大変で、なんて苦しいんだ……。
精一杯モモに笑顔を向けたけれど、シャンとできるか自信はない。
モモはストックの前へ飛んでいき、ゆっくりとお辞儀をした。ストックもお辞儀を優雅に返している。
挨拶を終えたモモは気球の前に飛んでいくと、目を閉じ頭を少しだけ前に傾け祈るような格好をしてから微動だにしなくなった。
しばらくすると気球が優しく光り輝き、風に揺られ始める。
「あの朱色のバルーンは鬼灯の実でできているんですよ」
「だから普通の風船みたいな見た目だったんだね。気づかなかったなあ。最初は植物じゃないのが意外だなって思ってたんだけど、見た目じゃわからないものだね。気球のバルーンまで植物でできててなんだか本当に不思議な世界だと思うよ」
ふわふわと揺れている様子を見ていると、幼い頃よく二人で遊んでいた記憶が蘇ってくる。
まず、鬼灯のガク――実を包んでいる朱色の皮を破いて開く。このときに実も皮も芯についた状態を保つ。
中にある実を揉んで柔らかくしたら、ついている芯をくるくると回しながら中身をちょっとずつ出し、水で軽く洗ってから息を吹き込んで風船みたいにして遊んでいたなあ。
懐かしさに思いを馳せていると、モモの姿が消えてなくなり、一陣の風が吹いた。
「モモちゃん、ありがとう。またどこかで会えたら、よろしくね」
モモが最後に起こした風にのって言葉が飛んでいくと、心も一緒にふんわりと軽くなるのを感じた。
前を向いて歩いて行けそうだ。
心が晴れてきたその時、自然の音と異なるざわめきが溢れだしてきた。
「ジニア様、お達者で!」
突然聞こえてきた声を皮切りに、辺りに人が現れ始めている。
人の声に肩をびくりとさせ辺りを見回すと、ジニアが住人と思しき人々に囲まれていた。
人だかりのできているジニアから少し後退りするように距離を取り、気球――ストックが立ってない側――に近寄って様子を見ていると、ストックがいつの間にか隣に並んで立っていた。
「じょ、女王様。空中庭園を見て回る許可と時間を頂きありがとうございました。挨拶もなしに申し訳ございません」
しどろもどろになりながらお礼を言うと、ストックはたおやかな笑みで言葉を受け取り、クスッと笑うのだった。
「咎めにきたわけではないので安心してください。あなたと約束していた地の精霊ノームを見せようと思いましたの。あの子がちやほやされている間ってとってもいいタイミングだと思いませんこと? だってあなた、寂しがりでヤキモチ焼きなところがあるようですもの」
たおやかな笑みが意地悪な笑みになったように見えるが、きっと印象が変わったからだろう。
目を丸くしていると、ストックはいたずらっぽくクスクスと笑い始めた。
その様子を見て観念した。
この人の前では何でもお見通しなのだと。
「おっしゃるとおりです。僕にはとても醜い心があるようで、自分の友をすごく大事に、大切に思っているはずなのに……。自分から違う人の元へ離れていってしまうと、寂しさのあまり嫉妬してしまったり、自暴自棄になってしまうようなのです。とても大事なのに憎んでしまったり突き放したりして……。友人が喜んでいたり大事にされたり人気があったらとても喜ばしいことで、嬉しくて安心できることのはずなのに、どうしても暗い気持ちが湧き上がってしまうんです」
言っているとだんだん惨めになってきてしまった。
自棄を起こしそうになる自分が情けない。
「大事だからこそなのではなくって?」
どんな意地悪なことを言われるのかと考えながら洗いざらい話してしまっていただけに、かなり驚かされ、目を丸くしながらストックを見つめる。
当の本人は涼しそうな表情でこちらを見つめ、クスッと笑うのだった。
「私も、あなたと少し似ているところがある人間なだけよ。ただ、それの何がいけないのかが私にはわかりませんのよ。どうして自分を蔑むのかしら? 相手を大事にして思いやれるし嫉妬しない。そんな人ばかりがいる世の中は正直気味が悪いですわ。それがあなたらしさ、あなたの心よ。他の誰にも渡したくないくらいあの子のこと好きなんでしょう? それでいいじゃないの。愛情なのよ、それも。それに、あなたは今まで他人ばかり優先していた反動がきているのよ。一つも自分を大事にできない人なんていないの、いやしないわ。それなのにずっと我慢なさるどころか、自分で自分のことを傷つけ続けて、自己愛が歪んでしまってるのよ。自傷行為も大概にね」
ストックがこちらに両手を伸ばし、そっと頬を包んだ。
ドギマギとしながら目を逸らそうとするが、顔も目線も逸らすことができない。ストックの綺麗で整った顔立ちばかりが視界に映る。
こんなに綺麗な人、今まで見たことない。
「私はね、ここへ来る前、とても愛していた人がいたのよ。その人はあなたの大好きな友達のように、とても人気者だったわ。私も初めはあなたのように、そっと距離を置いて遠巻きに見守っていましたのよ。ふふ、似ていると思いませんこと? でも私は自分を大事にしたわ。自分のことも愛していた。あなたと違ってね。あなたと私は別人よ。似ている部分がほんのちょっとありはしたかもしれないけれど、全く違う。これから、私と同じように、あなたが誰かと似ていると言う人が現れるかもしれないけど、気にしないことよ。人にはたくさんの顔があるの。似ている一面があるだけで全く違う人間だということは忘れないでいてくださいね」
そう言い終えると、手を離して穏やかに微笑んだ。
「あなたがこれからどうなるのか楽しみだわ。私のように自分を肯定する道を歩むのか、それとも全く違う道を選ぶのか。肯定するにも様々な道がありますからね。否定するのも言うまでもなく」
口元に手を添えてふふふと笑ったかと思えば、祈るように手を組み、綺麗な旋律で歌い始めた。
ストックの綺麗な声が、ジニアを取り巻く喧騒にかき消されはせずとも、押しのけない程度に響き渡る。
僕たち二人の足元がほんのりと輝き出した。温かな大地の茶色だ。
土が盛り上がったかと思うと、土の中から天使のような子どもが上半身だけひょっこりと飛び出してきた。
頭の上に白い輪っかがあって、背中からは白い翼が生えている。髪の色はブロンドで猫毛のショートヘア。柔らかくてふわふわしていそうだ。
「これがこの領地に存在する地の精霊ノームよ。モフモフして可愛いモグラさんでしょ?」
あれ? どう見ても天使っぽい子ども……。
ストックと自分とでは見えている姿が違うのだろうか。
もしかして自分だけが違って見えている?
うーん、うーんと唸りながら、一生懸命穴から下半身を出そうと必死にもがいているのを、両手で口元を抑えたストックが見下ろしている。
「良ければ、お手伝いしましょうか?」
思わずそう尋ねると、ノームは体を持ち上げるのをやめてこちらを見上げた。
「助けることができるの?」
そう聞かれてしまうと自信がなくなってくる。
「やるだけやってみてもいい?」
そう言って手を伸ばすと、か細くて小さな手でそっと握ってくれた。
思いっきり引っ張ったら痛そうだなあ。
無闇に思いっきり引っ張らずちょっとずつ、手をつないで引っ張ると肩を痛めるだろうから、脇のあたりを持ち上げていいか聞いた方がいいなあ。
「手をとってくれてありがとう。でも、手を引っ張ると痛そうだから脇のあたりを持ち上げる形でもいいかな?」
問いかけると、ノームは黙ってうなずいた。
基底面を広げて腰を落とす。
小さい子供を持ち上げる親ってこのあたりを支えてたっけ?
思い出しながら脇に手を伸ばすと、くすぐったそうに笑われてしまった。
「ごめんね! くすぐったいかもしれないけどごめんね。ちょっとずつ持ち上げるからね」
ノームは文字通り天使の微笑みで頷いた。
可愛い!
腕は伸ばしたまま、力をいれない状態でゆっくりと姿勢を正していく。
「痛くない? もし痛かったら教えてね」
ノームはきょとんとした顔をしたあと、無邪気な笑顔できゃっきゃとはしゃいだ。
痛くないってことでいいのかな? 大丈夫かな?
ゆっくりと持ち上げる間、ノームは無垢な笑みを浮かべながら機嫌よさそうにしてくれたが、痛いかどうか全然わからない。
痛くないって言ってくれたら気が楽なんだけどなあ。無理してないかが心配になっちゃう。
心の中で呟いてはっとした。
僕だって今まで自分の本心を、気持ちを素直に誰かに言っていただろうか?
気づけばノームは穴から抜けていた。
「痛くなかったよ! ありがとう!」
言ってもらえると安心できる上にとてもありがたく感じた。
気持ちを伝えるって大事なことなんだな。
感慨深く思っていると、ノームはより一層にこやかに笑いかけてくれる。
無邪気な笑顔がとても眩しい。
ストックはこちらをみて上品に笑うと、ノームをキラキラした目で見つめた。
抱っこしたいのかな?
口を開こうとした瞬間、ノームが腕をがしっと掴んだ。
嫌なのかな?
不意な板挟みに自分はどうすべきなのか決断できずに右往左往していると、ノームがじいっと見つめていることに気がついた。
どうしたの? と見つめ返すとゆっくりと視線を下に向けていくので、一緒に追っていくと足に鎖が巻き付いていた。
えっ? どういう……。
ストックはまだ目を輝かせながらこちらを見ているが、なんとなく抱っこさせたいと思わなかった。
そっとノームを地面におろす。
何か言われても気づかないふりをしよう。
ストックは不服そうな顔をしただけで何も言ってはこなかったが、ノームは口だけ動かしてありがとうと言ってくれた。
どんな事情があるのか知らないが、相手の態度と言葉を信じるのは危ない、そんな気がした。
つい顔に感情を出してしまったことを後悔していると、前を歩くジニアの前をピューンとモモが飛んで行った。
少しだけ嫌な予感がする。
池があった森を抜けると巨大な朱色の風船が見え始めた。
あれが気球かな。植物でできていると思ったけれど、普通のバルーンなんだろうか?
前を飛んでいたモモが唐突に歓声を上げ、さらに前へと飛んでいってしまった。
少しだけだったはずの予感が膨れ上がり、だんだん確信へと変わっていく。
モモが消えちゃうんだ。
そんな気持ちを切り替えるように、前を歩いていたジニアが隣にきて肩をとんとんと叩いた。
「映ってほしい方は映りましたか」
ジニアの問いに少し暗い表情のまま頷く。
それですべてを察したらしい。いつもよりもずっと優しくて温かみのある笑顔を向けてくれた。
「……タイミングが悪いことはあります。映った瞬間でなく、再会できたときが最高でありますように」
かけてくれた言葉の優しさに心の底がじんわりと温まる。
そういうジニアは池で何を見たのだろうか。
嫉妬であまり快い受け答えをできているわけではない癖に、尋ねたいことだけ尋ねようというのは気が引けたけれど、どうしても気になってしまい、口を開きかけたときにはモモに追いついてしまった。
気球の隣には女王ストックが立っており、微笑みながら出迎えてくれた。
「モモ、ここだってわかってたの?」
ジニアの質問に、モモはふふふと笑ってみせる。
何かを察したらしいジニアは、なるほどと顎に手を当てて納得していた。
理解が追いついていないのは自分だけのようだ。いや、理解するのを拒絶していただけなんだ。
モモちゃん、いかないで。
「目的の場所がわかったんだね」
予感が当たってしまっていた。嫌な予感ほどよくあたる。
一気に寂しい気持ちでいっぱいになってくるのを感じる。まだそばにいて一緒に笑って思い出をたくさん作りたかったのに。
「そうなの! 気球にマナの加護を与えにきたみたいなの! 池からしばらく歩いてすぐに目的地がわかっちゃった。シルフ様から旅立った私たち妖精は、目的の場所を最初から知っている子と、そうでない子がいるの! なんとなく、ザックリした感覚ででかけて、目的地がわかったらここだ! ってピンとくるようになってるの。他の子たちはすぐに目的地がわかったみたいだけど、私の場合は二人に会ってから直感でわかったの。一緒にいきたい、一緒に行くべきって。それでね、ここまできたら近くにある! ってわかったの。ここまで一緒に来れてよかったわ! とっても楽しかった!」
モモはそう言うと、涙が零れそうになっている僕の頬にキスをし、ストックの元へ飛んでいった。
モモにいかないでほしくて手を伸ばす。
「死ぬわけじゃないんだよ。シルフ様の元に帰って、またどこかへマナを運ぶの! だから、またね! いつかどこかでまた絶対会えるから!」
モモの明るい笑顔に涙を拭い取り、またねと手を振り、微笑んで見せた。
ただの強がりだ。
モモは振り返ってその様子を見ると、笑顔という大輪の花を咲かせてみせてくれた。
心の風は雲を吹き飛ばし、温かい日の光を注いでくれている。
これがたとえ一瞬だけの感情でも、こんな気持ちにしてもらえたことが嬉しくてたまらなかった。
もっとこんな気分でいたい。ちゃんと背筋を伸ばして立たないと。
思うのは簡単だ。いや、思うことすら難しいことだってある。
実現させるのはもっと大変で、なんて苦しいんだ……。
精一杯モモに笑顔を向けたけれど、シャンとできるか自信はない。
モモはストックの前へ飛んでいき、ゆっくりとお辞儀をした。ストックもお辞儀を優雅に返している。
挨拶を終えたモモは気球の前に飛んでいくと、目を閉じ頭を少しだけ前に傾け祈るような格好をしてから微動だにしなくなった。
しばらくすると気球が優しく光り輝き、風に揺られ始める。
「あの朱色のバルーンは鬼灯の実でできているんですよ」
「だから普通の風船みたいな見た目だったんだね。気づかなかったなあ。最初は植物じゃないのが意外だなって思ってたんだけど、見た目じゃわからないものだね。気球のバルーンまで植物でできててなんだか本当に不思議な世界だと思うよ」
ふわふわと揺れている様子を見ていると、幼い頃よく二人で遊んでいた記憶が蘇ってくる。
まず、鬼灯のガク――実を包んでいる朱色の皮を破いて開く。このときに実も皮も芯についた状態を保つ。
中にある実を揉んで柔らかくしたら、ついている芯をくるくると回しながら中身をちょっとずつ出し、水で軽く洗ってから息を吹き込んで風船みたいにして遊んでいたなあ。
懐かしさに思いを馳せていると、モモの姿が消えてなくなり、一陣の風が吹いた。
「モモちゃん、ありがとう。またどこかで会えたら、よろしくね」
モモが最後に起こした風にのって言葉が飛んでいくと、心も一緒にふんわりと軽くなるのを感じた。
前を向いて歩いて行けそうだ。
心が晴れてきたその時、自然の音と異なるざわめきが溢れだしてきた。
「ジニア様、お達者で!」
突然聞こえてきた声を皮切りに、辺りに人が現れ始めている。
人の声に肩をびくりとさせ辺りを見回すと、ジニアが住人と思しき人々に囲まれていた。
人だかりのできているジニアから少し後退りするように距離を取り、気球――ストックが立ってない側――に近寄って様子を見ていると、ストックがいつの間にか隣に並んで立っていた。
「じょ、女王様。空中庭園を見て回る許可と時間を頂きありがとうございました。挨拶もなしに申し訳ございません」
しどろもどろになりながらお礼を言うと、ストックはたおやかな笑みで言葉を受け取り、クスッと笑うのだった。
「咎めにきたわけではないので安心してください。あなたと約束していた地の精霊ノームを見せようと思いましたの。あの子がちやほやされている間ってとってもいいタイミングだと思いませんこと? だってあなた、寂しがりでヤキモチ焼きなところがあるようですもの」
たおやかな笑みが意地悪な笑みになったように見えるが、きっと印象が変わったからだろう。
目を丸くしていると、ストックはいたずらっぽくクスクスと笑い始めた。
その様子を見て観念した。
この人の前では何でもお見通しなのだと。
「おっしゃるとおりです。僕にはとても醜い心があるようで、自分の友をすごく大事に、大切に思っているはずなのに……。自分から違う人の元へ離れていってしまうと、寂しさのあまり嫉妬してしまったり、自暴自棄になってしまうようなのです。とても大事なのに憎んでしまったり突き放したりして……。友人が喜んでいたり大事にされたり人気があったらとても喜ばしいことで、嬉しくて安心できることのはずなのに、どうしても暗い気持ちが湧き上がってしまうんです」
言っているとだんだん惨めになってきてしまった。
自棄を起こしそうになる自分が情けない。
「大事だからこそなのではなくって?」
どんな意地悪なことを言われるのかと考えながら洗いざらい話してしまっていただけに、かなり驚かされ、目を丸くしながらストックを見つめる。
当の本人は涼しそうな表情でこちらを見つめ、クスッと笑うのだった。
「私も、あなたと少し似ているところがある人間なだけよ。ただ、それの何がいけないのかが私にはわかりませんのよ。どうして自分を蔑むのかしら? 相手を大事にして思いやれるし嫉妬しない。そんな人ばかりがいる世の中は正直気味が悪いですわ。それがあなたらしさ、あなたの心よ。他の誰にも渡したくないくらいあの子のこと好きなんでしょう? それでいいじゃないの。愛情なのよ、それも。それに、あなたは今まで他人ばかり優先していた反動がきているのよ。一つも自分を大事にできない人なんていないの、いやしないわ。それなのにずっと我慢なさるどころか、自分で自分のことを傷つけ続けて、自己愛が歪んでしまってるのよ。自傷行為も大概にね」
ストックがこちらに両手を伸ばし、そっと頬を包んだ。
ドギマギとしながら目を逸らそうとするが、顔も目線も逸らすことができない。ストックの綺麗で整った顔立ちばかりが視界に映る。
こんなに綺麗な人、今まで見たことない。
「私はね、ここへ来る前、とても愛していた人がいたのよ。その人はあなたの大好きな友達のように、とても人気者だったわ。私も初めはあなたのように、そっと距離を置いて遠巻きに見守っていましたのよ。ふふ、似ていると思いませんこと? でも私は自分を大事にしたわ。自分のことも愛していた。あなたと違ってね。あなたと私は別人よ。似ている部分がほんのちょっとありはしたかもしれないけれど、全く違う。これから、私と同じように、あなたが誰かと似ていると言う人が現れるかもしれないけど、気にしないことよ。人にはたくさんの顔があるの。似ている一面があるだけで全く違う人間だということは忘れないでいてくださいね」
そう言い終えると、手を離して穏やかに微笑んだ。
「あなたがこれからどうなるのか楽しみだわ。私のように自分を肯定する道を歩むのか、それとも全く違う道を選ぶのか。肯定するにも様々な道がありますからね。否定するのも言うまでもなく」
口元に手を添えてふふふと笑ったかと思えば、祈るように手を組み、綺麗な旋律で歌い始めた。
ストックの綺麗な声が、ジニアを取り巻く喧騒にかき消されはせずとも、押しのけない程度に響き渡る。
僕たち二人の足元がほんのりと輝き出した。温かな大地の茶色だ。
土が盛り上がったかと思うと、土の中から天使のような子どもが上半身だけひょっこりと飛び出してきた。
頭の上に白い輪っかがあって、背中からは白い翼が生えている。髪の色はブロンドで猫毛のショートヘア。柔らかくてふわふわしていそうだ。
「これがこの領地に存在する地の精霊ノームよ。モフモフして可愛いモグラさんでしょ?」
あれ? どう見ても天使っぽい子ども……。
ストックと自分とでは見えている姿が違うのだろうか。
もしかして自分だけが違って見えている?
うーん、うーんと唸りながら、一生懸命穴から下半身を出そうと必死にもがいているのを、両手で口元を抑えたストックが見下ろしている。
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思わずそう尋ねると、ノームは体を持ち上げるのをやめてこちらを見上げた。
「助けることができるの?」
そう聞かれてしまうと自信がなくなってくる。
「やるだけやってみてもいい?」
そう言って手を伸ばすと、か細くて小さな手でそっと握ってくれた。
思いっきり引っ張ったら痛そうだなあ。
無闇に思いっきり引っ張らずちょっとずつ、手をつないで引っ張ると肩を痛めるだろうから、脇のあたりを持ち上げていいか聞いた方がいいなあ。
「手をとってくれてありがとう。でも、手を引っ張ると痛そうだから脇のあたりを持ち上げる形でもいいかな?」
問いかけると、ノームは黙ってうなずいた。
基底面を広げて腰を落とす。
小さい子供を持ち上げる親ってこのあたりを支えてたっけ?
思い出しながら脇に手を伸ばすと、くすぐったそうに笑われてしまった。
「ごめんね! くすぐったいかもしれないけどごめんね。ちょっとずつ持ち上げるからね」
ノームは文字通り天使の微笑みで頷いた。
可愛い!
腕は伸ばしたまま、力をいれない状態でゆっくりと姿勢を正していく。
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痛くないってことでいいのかな? 大丈夫かな?
ゆっくりと持ち上げる間、ノームは無垢な笑みを浮かべながら機嫌よさそうにしてくれたが、痛いかどうか全然わからない。
痛くないって言ってくれたら気が楽なんだけどなあ。無理してないかが心配になっちゃう。
心の中で呟いてはっとした。
僕だって今まで自分の本心を、気持ちを素直に誰かに言っていただろうか?
気づけばノームは穴から抜けていた。
「痛くなかったよ! ありがとう!」
言ってもらえると安心できる上にとてもありがたく感じた。
気持ちを伝えるって大事なことなんだな。
感慨深く思っていると、ノームはより一層にこやかに笑いかけてくれる。
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ストックはこちらをみて上品に笑うと、ノームをキラキラした目で見つめた。
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嫌なのかな?
不意な板挟みに自分はどうすべきなのか決断できずに右往左往していると、ノームがじいっと見つめていることに気がついた。
どうしたの? と見つめ返すとゆっくりと視線を下に向けていくので、一緒に追っていくと足に鎖が巻き付いていた。
えっ? どういう……。
ストックはまだ目を輝かせながらこちらを見ているが、なんとなく抱っこさせたいと思わなかった。
そっとノームを地面におろす。
何か言われても気づかないふりをしよう。
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