4 / 15
第三幕 ~光秀と信長と秀吉と、そして友と~
しおりを挟む
再び沓掛付近の光秀である。光秀は、馬上の人となった。しかし、大軍ゆえにその行軍は、威厳には満ちていても、進みは遅い。
「私は、あの方に一度、命を助けられた事があった」
「あの戦いでございまするな」
光秀は、振り返らずに独語した。その横で、秀満は間髪入れずに合いの手を入れる。この長い間の主従であり、舅婿の間柄である二人には、余計な言葉のやり取りなどは、不要な様であるらしかった。
「そして、あの戦にはあの男もおったのだ。一体彼は、今どこで何をしているのだろうか?」
光秀の独語めいた問いに答える術を、秀満は持ってはいないのであった。
「敵はおおよそ、一万五千の大軍にございまする」
天王寺砦の櫓の上より、敵軍を一望していた光秀に使番が報告した。
「これは、壮大な眺めだな…」
「殿?のんきな事を…。敵は我が方の倍以上にございまするぞ」
光秀の横で秀満が諌めるが、その平野の、隅々までに広がる敵の大軍の偉容は、如何ともしがたい事実であった。
「ともかくも大殿に、救援の使者を送れ」
天正四年(1576)五月五日、織田軍対石山本願寺勢との、長きに渡る熾烈な争いは、最初の小競り合いから、本願寺法主である顕如が、徹底抗戦を門徒に掲げた所から、死闘の様相を呈していた。
信長は、本願寺を三方より包囲したが、敵の苛烈なる反撃に合い、包囲軍の主将であった塙 直政も戦死してしまう。包囲軍の一翼を務めていた光秀の軍勢も、敵の反撃に合い、やむなく天王寺砦へと逃げ込み、籠城策を取っていたのだ。
しかし、勢いに乗る本願寺勢は、光秀らの立て籠もる砦をも、飲み込まんとする程の大軍で周りを取り囲んでしまった。信長は、京の都にて、寝所で休んでいる所へ、天王寺砦に敵軍迫るの報を聞いた。
「敵は一万五千、我が方が劣勢にございまする」
信長は、使者からの報告を聞くが早いか、寝姿のまま飛び起きると、その姿のままで部屋を飛び出していったという。使者の口上を聞くまでも無く、信長にも、これが絶体絶命である事は分かっていたのだ。
「兵を集めよ!」
信長は、すかさず大動員令を発した。
各方面に救援要請が届いた。しかし、急な事で、すぐに兵は集まらなかった。痺れを切らした信長は、即日に百名の兵で出陣し、兵の集まるのを待っている。
しかし、五月七日を迎えても信長の元に集まった兵は、三千しか居なかった。
「天王寺砦は、数日持ち堪えるのも難しい様子」
事態は、切迫している状況であった。
「大殿、ここは兵が集うのを待ってから、戦を行うべきですぞ」
「しかし、それでは遅すぎる。砦は持たぬぞ」
敵を目の前にして、織田軍の軍議が行われていた。かろうじて、兵よりも先に集まる事が出来た諸将たちは、口ぐちに意見を出し合っていた。
「あの砦が落ちたとて、戦には何の影響もない」
「しかし…」
軍議では、現時点で戦端を開くのに、消極的な者が多かった。諸将らが言うように、天王寺砦自体は、そう重要な拠点ではなかった。しかし、そこに居るのは、光秀が指揮する明智軍であったのだ。
「荒木はどうか?」
信長が荒木村重に尋ねる。先陣を務める意志があるかを聞いたのだ。村重の息子の一人が光秀の長女を娶っていた縁が、関係したかもしれない。
「拙者は、木津方面の守りを固めまする」
村重はそう言うと、顔を上げずに、信長と目を合わせようとはしない。村重だけでなく、その場にいた佐久間信盛も、丹羽長秀も松永久秀も羽柴秀吉でさえも顔を上げて、
「我が先陣を務めまする!」
とは、言い出せないでいた。
(死ににいくようなものだ…)
この時の、この軍議の場にいた者達の心の中にあったのは、正にそれであっただろう。
「このまま、目の前で味方を見殺しにしたとあらば、天下に面目を失うばかりなり。そなたらが誰も望まぬならば、余が先陣を仕らん」
信長は立ち上がった。そして大喝する。
(光秀を死なせるわけには行かぬ…)
信長の胸の内には、その一点のみがあった。
決断した信長の行動は早かった。まず、三千の兵を三隊に分けた。
先陣は、佐久間信盛・松永久秀・細川藤孝ら。第二陣は滝川一益・蜂屋頼隆・羽柴秀吉・丹羽長秀・稲葉一鉄ら。最後尾は信長の馬廻り衆が務め、信長自身は、何と先手の足軽に混じって、先頭に立って指揮を取った。
戦闘は苛烈を極めた。
「かかれーーーっつ!かかれーーーっつ ここを死に場所と心得よ!」
この戦での信長は、異常と言うしかない。足軽に混ざって、最前線で戦い続け、味方を鼓舞していた。これには、兵数では断然劣勢であった織田軍も士気が大いに上がり、皆、先を争って敵中に突入していった。
対する本願寺勢は、鈴木孫一に代表されるような雑賀衆の力を借りて、一向門徒を組織化し、多数の鉄砲隊で応戦した。普通であれば、多数の弾が四方八方と飛んでくる平野での戦いにおいては、数で劣勢の織田方が不利であった。
しかし、この合戦の異様さは、織田方が信長を先頭にして、敵の数千丁にも及ぶ鉄砲隊を恐れずに、果敢に突撃を繰り返した事による。
そのような時に、戦の様相は、より混迷を迎える事態に差し掛かろうとしていた。部隊の先頭に立って、味方を指揮していた信長の左太ももに、敵の銃弾が当ったのである。弾は太ももを貫通しており、重症であった。
「大殿――っご無事か?」
前のめりに倒れて片膝を突いた信長を、味方が庇って、後方に下がらせようとしていた。
「ならぬ!下がらぬぞ。今が好機なり。光秀ならば、この機に乗じて砦より撃って出るわ」
信長は、そう部下を叱りつけると、片足を引きずりながらも、尚も前に前に進んで行くのだった。
さて、その頃の天王寺砦に立て籠もっていた光秀たちであったが、信長の予見した通りに、砦を囲んでいた敵の包囲網が信長らの捨身の突撃により、崩れようとしているのを感じとり、出撃の準備を進めていた。
「良いな、これが千載一遇の好機なり。皆、我に続け!」
光秀は、砦の全軍を集めると、一部の守備兵を残して、ほぼ全軍で砦を撃って出た。この時、信長と光秀の考える先は、一つのものであったろう。
まずは、信長が部隊を率いて、敵の大軍の一部に突撃を敢行し、敵の動揺を誘い、砦の包囲網を崩す。それを見た光秀ら砦方が撃って出て、敵を挟撃する。申し合わせたかのような戦での連携が功を奏し、信長と光秀らの部隊は、合流を果たす事に成功した。正に乾坤一擲の大勝負であった。
「大殿、此度は危なき所をお助け頂き、忝けのう存じまする」
対面を果たした光秀は、片膝をついて、信長に謝した。そして、信長の片足に包帯が巻かれているのに気付いた。包帯が巻かれた箇所より、血が滲んでおり、見た目よりも傷が深い事を物語っていた。
「敵もなかなかやりよるわ」
信長はそう言うと、包帯を巻いた上から、足をさすって笑って見せた。実を言うと、信長は、敵の砲弾を受けた戦の後に傷口がたたったのか、数日間高熱を発して寝込んでいた。
「大殿、何故にそこまでして、我を助け給うか。お体に障りまするぞ」
「光秀は、天下布武に必要なりて、仕方なし、仕方なし」
信長は、横を向いてぼそぼそと小声で答えた。それはまるで、照れているようであった。光秀は信長の言い方を聞いて、はっと思い出していた。昔、信長に仕える前に秀吉と会った頃、性急過ぎる秀吉の奉公のやり方を、光秀が問うた時の事だ。
(惚れてしまえば、仕方なし、仕方なし)
秀吉は、そう言った事がある。光秀はそれを思い出していた。光秀は、目頭が熱くなるのを堪えるのに必死であった。この信長と光秀のやり取りを見ていた諸将の中の一人であった秀吉は、光秀に対して嫉妬に近い心情を感じていた。
(果たして、わしが同じ様になった時に、大殿は傷を負ってまで、助けにきてくれるだろうか?)
この問いは、ひょっとすると、この時にこの場に居合わせた者達、全員が感じた事かもしれなかった。この光秀に対する心情は、時を経て意外な形となって、秀吉の心の中に現れていくのである。
戦はまだ続いていた。合流を果たした織田軍は、敵に対して進軍を再開していた。
「多勢に無勢ゆえ、これ以上の戦は御無用かと…」
諸将らは、信長に対してそう主張するものが多かった。光秀自身は、味方の仇を討ちたかった為に、本音を言えば戦いたかったのだが、味方に窮地を救われてすぐのために、戦がしたいなどとは言えなかった。
しかし、自らが言い出さずとも、光秀には分かっていたのである。織田信長ならば、この機を逃さない事を。
「敵が近くに在るのは、天の与えた好機なり!」
そう信長が言ったと伝わる。信長は、陣形を立て直しつつあった敵の隙を見つけると、そこに二段構えに再編した兵をもって突撃を行った。結果、敵に大打撃を与える事に成功し、二千七百名の敵を討ち取る。この数字は、合流前の織田軍全数に匹敵する数である。
本願寺勢は、今度こそ全軍が撤退した。桶狭間の戦いに続く、信長が前線で指揮を取って戦い、少数で多数を打ち破った戦国を代表する決戦であった天王寺砦の戦いは、織田軍の大勝利で終わったのであった。
ここは、撤退した本願寺勢の陣、二人の男が向かい合って座っていた。
「そうか。お主がこの鈴木孫一を差し置いて、信長を撃った男か」
鈴木孫一。雑賀党の棟梁にして、戦国時代を代表する鉄砲使いである。孫一とは、代々雑賀衆の棟梁が継承する通名であると言われており、この事から、この孫一は、年代等を鑑みて、鈴木重秀という人物であったに違いない。
「撃ったと言っても、首を取らねば意味はないわ」
孫一の向かいに座り、そう吐き捨てるように言い放った男の名は、御門重兵衛と言う。近江の出身と言う意外は、詳細が不明な男である。一説には近江の刀鍛冶、冬広の次男ではないかと言われているが定かではない。
「次は外すまじ」
孫一は言った。次があると。しかし、重兵衛はそれを聞くと、意外な事を話し始めた。
「わしは、信長の首を取る機会を、これで二度逃した事になる。次があるとは思えぬ。奴には、天運があるやもしれず…」
「どういう事か?」
孫一が問いかける。重兵衛は、一つだけ頷いて話し始める。
「あの時わしが、今は敵同士となってしもうた友のために、信長を逃さなければ、長島で散った宗徒の同胞たちも、死なずに済んだやも知れぬ」
そう言うと、重兵衛は孫一に、昔の話しを聞かせ始めた。それは、重兵衛にとっては、若い時に味わった苦い思い出と、かつての友に向けた、想いの告白だったのかもしれない。
少し時を遡る。
元亀元年(1570)四月三十日、御門重兵衛は、越前にいた。信長を撃つためである。その隣には、六角承禎の放った刺客である杉谷善佳坊がいた。重兵衛は、この男に同じ一向門徒である立場から依頼されて、同行していたのだった。
「信長の首を獲れば、莫大な恩賞が出る」
善徒坊は重兵衛にそう言って誇らしげに胸を張ったが、重兵衛に取ってみれば、身の丈に合わない金銭などという物は、無用の長物であった。重兵衛は、自らを道々の輩だと自負していたし、日々の飯には、自分の鉄砲の腕さえあれば、事欠かない自信を持っていたのだ。
「そなたには借りが有るゆえ手を貸すが、今回限りだ」
重兵衛はそう念を押した。元から暗殺による狙撃などには、乗り気ではないのだ。だが、仕事は仕事である。やらねば傭兵の狙撃手としては、飯の喰いっぱぐれという物であった。
「織田の陣営がやけに騒がしいな?もそっと近づいて見ようぞ」
この時信長は、同盟者の徳川家康と共に三万の大軍を率いて、越前国の領主である朝倉義景を討伐するために兵を出していた。
経緯として、越前国の隣国である、若狭国の武藤氏を征伐するために兵を挙げたと信長は宣伝していた様子であったが、それは口実であり、単純に織田と朝倉との主導権争いによる勢力争いというのが、実状のようであった。
「案外、越前も早くに落ちそうであるな」
信長の側に居た丹羽長秀が口を開いた。長秀の言うように、戦はこの時点で織田・徳川方の優勢であった。
朝倉氏は大大名であり、織田家に匹敵する力を持った名家であったが、同族の重臣同士による家中の主導権争いが、泥沼化を演じており、すぐに援軍を派遣しないなどの互いに足を引っ張りあう等の事で士気が上がらず、余計に戦を停滞させていたのだ。
「お館様、ここは一気に一乗谷に攻め込みましょうぞ」
柴田勝家が息巻いている。他の織田家の武将たちも、口ぐちに威勢の良い事を語り合っていた。元より織田信長程、気を見るに敏な武将は稀有である。信長が味方に進軍を下知しようとしたその時であった。
「ご注進、ご注進!」
一人の使番が早馬で、陣所へと駆け込んできたのだ。曰く
「浅井長政がこちらに軍勢を出したよし!」
その言葉に対する織田陣営の反応は、混乱の一言であっただろう。
「馬鹿な…もう一度申して見よ」
「何度でも申し上げます。間違い御座いませぬ。近江の浅井、裏切りに御座いまする」
北近江の大名である浅井長政は、信長の妹であるお市の方を正室とした同盟者であった。元々、浅井と朝倉は同盟国であり、と言うより、朝倉を主とした半主従関係と言って差し支えない間柄であった。
であるからして、織田と朝倉との間に緊張状態が出来ると、浅井家はその板挟みとなってしまっていた。それから、とうとう両者で戦となったが、信長は浅井と朝倉の関係を鑑み、浅井氏からの派兵は頼まなかった。
いや、この言い方は正しくない。信長は浅井より、朝倉と事を構える時には事前に相談するという約定を無視して、いきなり越前に攻め入ったのだ。これだけを言うと、非は信長にあるように思うが、一触即発の状態であれば、軍事行動というものは、情報を出来るだけ外部に漏らさずに素早く行動するのが良い。
(兵は神速を尊ぶ)
という語源にあるように、信長はそれを実践したに過ぎない。問題はなぜ?浅井は織田家を裏切ったのかという事であるが、色々と説はあるものの、浅井長政は、信義を尊ぶ真の武将であったらしい。
その才能は、信長も認めていたので同盟したのであるが、その長政にとっては、いつ裏切るかもしれない織田信長という危険人物よりも、自分の先祖の代より、友誼を結んできた家同士の関係を取ったという事であったろうに思うのだ。
「兵を退く!」
浅井長政離反の報告を聞いた信長の行動は素早い。すぐに撤退の意志を固めた。
「殿、お待ち下され。まだ戦は負けては居りませぬ」
柴田勝家を筆頭に、佐久間盛重などの家老たちは、尚も徹底抗戦を主張していた。戦は我が軍に有利なのに、なぜにすぐに退却するのかと。
「越前の地形は矮小な隘路。ここを挟み撃ちにされては、いかな大軍とて一溜りも無い。自軍が優勢な内に退いて、味方の損害を少なくすれば、次節も望めましょう」
居並ぶ武将たちが座る末席にいた明智光秀が、静かに口を開いた。その言葉に抗戦を主張した武将たちは一言もなかった。光秀の進言が余りにも理に適い、また信長が言いたかった事を代弁していたと思われたからであった。
「お館様、殿(しんがり)はこの木下藤吉郎めにお任せを」
秀吉が状況を見て、自分を売り込む機会と捉えたのか、信長の前に進み出ると大声をあげた。
「藤吉郎殿、此度は止めておきなされ。死にに行くようなものだぞ」
秀吉の危うさを見かねた丹羽長秀が、小声で声をかけるも秀吉は一顧だにしなかった。
「ご注進、越前より朝倉勢も進軍を再開した様子」
その言葉に最も反応したのは、秀吉であった。殿を買って出る辺り、秀吉には自分なりの勝算があった筈である。それは、信長と本隊とを進軍してくる浅井勢を警戒しながら、素早く自領へと引き帰させ、自らは一軍を率いて浅井勢に先手で押し寄せ、敵に一撃を加えた後に素早く離脱するという、機動力に定評のある木下隊ならではの戦法であった。
しかし、それには朝倉勢が進軍してこない。と言う事が前提条件であったのが、
(朝倉は家中の統制が取れずに、恐らく追撃して来ぬであろう)
との秀吉の読みを大きく外す結果となったのであった。これには秀吉は大きく狼狽し、
(俺は死ぬ。ここできっと死んでしまう)
この思いが去来し、秀吉は皆の前でぽろぽろと涙を流した。その様子に長秀は苦い顔をして見つめていた。他の諸将たちも秀吉に同情を寄せるが、秀吉と共に心中する気にはなれなかった。
「藤吉郎に殿を命ず。吐いた言を呑みこむべからず」
泣く秀吉に、信長が非情の命令を出した。秀吉はそれに畏まって受けるしか手は無かった。
「私も残りましょう」
そう信長の前に進み出た一人の武将がいた。光秀である。
「殿には、我らの鉄砲が役に立ち申す。お館様は急ぎ発たれ給え」
「明智殿、無謀であろう。御止めなされ」
同輩の諸将らは口ぐちに光秀を止めた。しかし、光秀は意に介さない。この殿には自分の力が必要だと感じていたのだ。そして、ある考えが頭を巡り、光秀はその思いから自分がこの戦において、責任を取らなければならないと感じていたのだった。
「光秀許す。が、そなたには後で確認したい事がある故に戻れ。藤吉郎は盾となれ」
信長はそう言うと、足早にその場を去って行った。
信長ははっきりと残った二人に言ったのだ。
(光秀には生きろ。秀吉には死ね)と。
本隊を活かす為に命を懸けるのが殿の務めである以上は、それは武士としては本望とすべき事であったろう。しかし、秀吉は光秀と違う自分への対応を見て、
(死んでやるものか。生き残って目に物を見せてくれん)
そう非常の決意をしていた。
一方、こちらは織田軍の混乱を目の当たりにした重兵衛たちである。
「これは、千載一遇の好機に違らわずや?」
善佳坊が隣にいる重兵衛に、興奮気味に声を掛けた。
「今が信長の首を獲る好機であるには、間違いはあるまい」
重兵衛は善佳坊に応じた。しかし、その頭の中では、全く違う思いが駆け巡っていた。
「うん?あの旗印は…」
重兵衛の目には、その遠目に写った水色生地に白抜きの桔梗紋の旗印が、はっきりと映っていた。そして、誰がそこに居るのかを重兵衛に告げていたのだった。
(間違いない!奴だ。生きておったのだ)
御門重兵衛と明智十兵衛光秀とは、旧知の中であった。
友、そう呼んで差支えが無い。何せ光秀に砲術を教えたのは重兵衛その人であったのだ。二人は、光秀が流浪の旅していた途中で出会い、一時期を共にした仲であった。その後、旅先で別れて、光秀は幕府に仕え、重兵衛は一向宗に雇われた傭兵として、生きて行く事になったのであった。
(前公方が暗殺された時に、共に死んだと思っていたが…)
その友が生きて、自分の前に現れたのである。
「重兵衛どうした?」
善佳坊が重兵衛の異変に気づいて、声を掛けた。
「何でもない。この先に街道へと抜ける小道がある。信長を撃つには、街道を先周りして、絶好の場所を見つけようぞ」
重兵衛は、善佳坊に自分の胸の内が悟られぬように平静を装い、殊更に静かに言って見せる。
「成程名案なり。そこが信長の死に場所となろうぞ」
善佳坊は無邪気に高笑いした。重兵衛は笑う善佳坊を見て、自分の気持ちが鬱屈していくのを感じて黙っていた。二人はその場を離れて、撤退する信長に先んじるべく、街道の抜け道をひた走る事になったのであった。
危機が迫っていた。
「この街道に柵を設けて…」
「いや、その暇は御座らぬ。荷駄や足止めとなる丸太などを使い申そう」
金ヶ崎で殿を務めるべく、光秀と秀吉は案を巡らせていた。とにかく時間がない。敵はすぐにでも追撃の手を差し向けるだろう。ここで議論をしている暇は二人にはなく、この場で考えられる最善の策を、すぐに実施していく必要に迫られていた。
「何をするにもこれでは兵が足りぬ」
秀吉は、歯を喰いしばりながら、絞り出すかのように言葉にした。
「致し方御座らぬ。一兵でも多く逃がす事が我らの務め」
光秀は、冷静にそう言ったが、その内心は、秀吉のそれと等しい思いであった。
その時であった。
「後方より一軍が見えまする」
物見の一人が、陣内に走り込んできた。
「敵か?」
陣内は色めきだったが、大将格である光秀と秀吉は冷静であった。
「敵にしては早すぎよう。味方でござろう」
「しかし、明智殿。この戦況で味方の援軍とは?」
二人が疑問に思うのは当然であったが、戦場で急に兵が出たり消えたりするものではない。その疑問はすぐに解消された。
「一軍の旗は、丸に三つ葉葵」
その伝令の報告で、その一軍の将の正体が分かった。
「いやーーっ遅くなり申した」
そう頭を掻きながら到着したのは、信長の同盟者で三河・遠江の太守である徳川家康であった。
「弾正忠殿(信長)に置いてけぼりを喰らい申した」
そう言って、家康は豪快に笑い飛ばして見せたが、これは事実であった。
信長は撤退を決めると、ほとんど身一つで馬を駆けて逃げた。織田軍本隊も置いて、撤退や後退と言うよりも(遁走)という表現こそ相応しいように思われる。
そして、そのどさくさに、織田家のために協力して兵を出していた家康の元へ、何の報せもなく、気づいたときには徳川軍は敵中で孤立寸前であったらしい。
「三河殿、貴方様は織田家の家臣に非ず。一国の太守でござれば、殿などは慎まれよ」
「左様、左様。殿は我ら織田家の家臣でお引き受け申す。早よお逃げあれ」
光秀と秀吉は、家康が加勢に来てくれた事は心の底から嬉しかった。しかし、これを何もせずに受諾しては、生き残ったとしても他日に、信長から処罰の対象にされかねない。それだけは避けねばならなかった。
「三河武士として戦場に赴いたからには、一度の槍働きもなく退くなど考えられぬ事。これは私が勝手にする事ゆえ、お気遣い無く」
三河武士は頑強で有名である。そして強情でも戦国の世において、特に知られていた。
(一旦口にしたことは、死んでも守る)
それが三河武士の魂でもあったのだ。
「ならば是非に及ばず。されば、その槍働きの方法を求め申そう」
そして、光秀と秀吉と家康の三人は、作戦を練るべく床几に腰を下ろすのだった。
「我に一案あり。いや、この三名だからこそ出来る策と言え申そう」
光秀はそう言うと、自らが考えた作戦内容を二人に説明し始めるのであった。
「かかれーーっここを死に場所と定めよ。皆、突撃じゃーーつ」
秀吉の威勢の良い掛け声と共に、木下隊約三千が、朝倉勢へと正面から襲い掛かった。敵は最初、木下隊の威勢に呑まれて、後退を余儀なくされていた。これは、自分たちが追手であるという心理から、朝倉勢の前衛に兵が集中しており、そこに木下隊が突撃したために混乱をきたしたのであった。
「兄上、それ以上突っ込んでは危のう御座るぞ」
秀吉の片腕を弟の木下秀長が、引っ張って制していた。
「小一郎よ。ここは派手に突っ込まねば、敵は警戒して餌に喰いつかぬ。もっと行くのじゃ」
「殿、後は我らにお任せあれ」
そう言って秀吉に自重を進めたのは、腹心の蜂須賀小六であった。
「分かっておる。分かっておる」
「殿、もうそろそろようござる。後退の合図を」
「よし全軍後退じゃ。急げ!」
秀吉は軍師である竹中半兵衛の判断を信じ、全軍に下知を下した。これらの行動は、すべて予定通りの行動であった。
(よし、ここまでは明智殿の予見通りだ)
秀吉が後退する中で思っていた光秀の予見とは?
話しは数刻の時を戻して、光秀、秀吉、家康の三人が軍儀を開いていた時である。
「明智殿、この三名だからこそ出来る作戦とは?」
秀吉は、光秀に問うた。その顔は真剣そのものである。
「されば、お話し申そう」
「まず、ここに在る三軍の特徴についてだが、徳川殿が率いる三河武士は精強にして、一兵一兵が強い。事に団結して突撃した時の強さは、類を見ない程」
「そして、木下殿の隊は、俊敏にして、その行軍の素早さは家中随一と存ずる。事に臨機応変の指示を完遂する隊の能力は、特記すべき也」
「最後に我が明智隊は、砲術部隊にて、遠方の敵を殲滅するのに力を発揮し申す。特に我が隊の一人一人の射撃の腕は、家中随一と自負しており申す」
「これらの事を思うに、考え得る策は一つ也…」
(まず、我が木下隊が敵中に突っ込み、翻弄した後に素早く後退する。そして…)
秀吉は後退しながら、光秀の考えた策を思い出していた。そして、次に光秀の予見した通りに態勢を整えた朝倉軍は、逆襲に駆られて、餌である木下隊に喰らいつこうとしていたのであった。
「殿、予定通り敵に追われて木下隊がこちらに逃げてき申す」
光秀に報告したのは、腹心である明智次右衛門である。
光秀の起てた作戦はこうである。敵に追われてきた木下隊をやり過ごすと、街道の上手部分にある森に潜んで、二手に分かれた明智隊が、敵の寸断を計るべく二方面より一斉射撃を試みるのだ。
(この二方面による一斉射撃には、二つの隊の合わさる呼吸が大事となる)
そう光秀は感じていた。光秀は左翼部隊を率いていた。右翼を指揮するのは、秀満である。光秀は秀満を信じていた。明智隊の実力であれば、この難しい作戦を成功させる事が出来る事を、信じて疑ってはいなかった。
光秀の取った作戦指示は、敵の朝倉勢にとっては気の毒であっただろう。光秀は、敵が街道に差し掛かると、すぐには発砲指示を出さずに待った。そして、敵の部隊が中頃に達した辺りで、その右手を振りおろしたのであった。
「撃てーーっ!一つに狙いを定めよ」
そして、光秀はより辛辣な下知を下していた。一斉射撃する箇所を一箇所に集中して、発砲したのである。これによって、敵は大混乱をきたした。おもしろいようにバタバタと、敵が倒れたのである。勢いづいていた朝倉勢もこれには敵わず、撤退を余儀なくされた。
そして、家康である。家康率いる三河軍団は、その勇名に恥じず、敵を逃さぬように一気に敵中に突入を開始していた。
「敵を一人も逃すな。掛かれーっ掛かれーーっ掛かれーーーっつ」
家康の叫び声が、戦場に木霊していた。そして、彼の特記すべき所は、自らも槍を奮って一兵卒となり、敵中に進んでいった所にある。これには、三河武士全員が奮い立って大いに戦局を利する効果を発揮した。
「家康殿、もう宜しいですぞ。敵は逃げ申した。我らも急ぎ撤退を!」
味方の将らの引き止めも聞かず、行軍を続けようとした家康を、光秀と秀吉とで最後は、数名がかりで羽交い絞めしてようやく引き下がらせるに至っている。
「三河武士に恐怖心はございませぬかな?」
秀吉は感嘆した様子で、そう口にしていた。
「いやーっ戦は怖い。いつやっても怖う御座る。心が恐怖ですくむ前に、何も考えないようにひたすら突き進むのみ。これだけに御座る」
家康は照れたように、はにかんだ顔でそう語っていた。光秀には、その家康の顔がなんだか印象的で、忘れられぬ心地がしていたのだった。
三人の活躍により、信長は無事逃れていた。街道を馬でひた走り、京の都に着いた時に信長の側に居たのは、僅かに十数名しか居なかったらしい。信長の焦りの大きさが分かる話だ。京で一息ついた後に信長は、本拠地である岐阜で態勢を整えるべく、近江の千草街道を進んでいた。
そして、その街道の茂みに潜んで、信長を狙う二人の男がいた。
「やはりこちらで正解だったな」
杉谷善住坊が言った。重兵衛と善住坊は信長を撃つべく、街道を先回りして絶好の射撃場所を求めて駆けまわっていたのであった。
「よし、付き人も少ない。やるなら今だ」
二人は、信長を撃つべくそれぞれが配置についていた。二人とも火縄を用意すると、その時が来るのを、呼吸を整えて静かに待った。
(十兵衛よ。恨むなら、こんな戦ばかりのこの時代を恨め!)
重兵衛は、一つ大きく深呼吸をすると、今ここにはいない友に向かって、心の中で語りかけていた。
(よし、今だ!)
重兵衛の射程に信長が入った。重兵衛は、ゆっくりとだが確実に引き金に手を廻し始めた。その時であった。重兵衛の視界に写る信長の横顔が、こちらを向いたのだ。
「ドーンッ ダーン!」
二発の銃声が辺りに木霊した。一つは重兵衛が放った一発、もう一つは善住坊が放った弾である。
「殿――っ」
銃声のすぐ後に馬上の信長崩れたが、すぐに身を起こした。その左頬には、鮮血が流れている。
「大事ない。かすり傷じゃ」
信長は生きていた。距離からして、恐らく善住坊が放った一発の方であっただろう。すぐに側近が、信長の盾となってその身を庇った。他の者は狙撃手を追うべく、追跡隊を組織していた。
「不覚なり。逃げるぞ」
善住坊は、重兵衛に言うと、自分だけ一目散にその場を離れていた。重兵衛は、少しの間その場に止まり、信長の顔を見届けると、静かにその場を後にした。
「殿、傷は大事ございませぬか」
側近たちが心配げに、信長に駆け寄る。
「大事ない。頬を掠めただけじゃ」
「敵が仕損じてくれて、助かり申した」
側近たちはそう言って、安堵の表情を浮かべていた。しかし、信長の顔だけは違っていた。
「頬を掠めた弾は仕損じなれど、もう一発は見事なものじゃ」
信長はそう言うと、自らの馬印である永禄銭の旗を見上げた。釣られて家臣たちもそれに続く。
「あっ!」
数名の者がその旗の異変に気づいて、声をあげた。旗の中心にある永禄銭の真ん中の穴が、描かれている部分に寸分と違わぬ弾痕があったのである。
「大した腕よ…」
信長はそう感嘆するより、他ない様子であった。
再び話しは巡る。
床几に座した男が二人いる。御門重兵衛と鈴木孫一である。
「わしは、あの時に信長の顔を見た。そして、撃てるのに信長の眉間に狙いを定めなんだ」
それは、長い独白であった。その間孫一は、一言も挟まずに静かに、ただただじっと聞いていた。重兵衛にはそれが何よりありがたかった。
「なぜに後悔するか?」
少しの沈黙の後、孫一が語りかけてきた。
「決まっておる。あの男は伊勢・長島で罪のない多くの宗徒を騙し討ちにした。そして、善住坊の仇でもある」
重兵衛と行動を共にしていた善住坊は、信長の執拗な犯人捜しに捕まり、処刑されていた。
(しかし、本当の理由をわしは、誰にも話せないだろう…あの時、確かに信長はわしの目を見て言ったのだ。「先生」と)
重兵衛は、再び目を閉じた。その眼は、遥か遠き日を想っている。
(信長があの時の小僧であったとは…)
それは、信長がまだ元服して間もない頃の事であった。
「それぃ!」
信長は、馬を駆けている。この頃の信長は、まだ織田家の当主では無く、那古野城の城主ではあったが、父信秀は健在であり、近隣諸国にまで鳴り響いていた「うつけ」も本領を如何なく発揮していた時期でもあった。
信長の一日は忙しい。朝には近習の者や、村の若衆らと相撲をとり、昼からは水練に興じる。それが終われば、馬を駆けて、いつもの野原にある大きな桑の木の根元で昼寝をするのが日課であった。
「うん?そこに居るのは誰か!」
信長がいつものように、近習の者たちを振り切って、一人でいつもの指定場所についてみたら、一人の男が、いつも信長が枕替わりに使う、切り蕪に頭を乗っけて寝転がっている。
「そこは、わしの場所じゃ!のけぃ!」
「ぐーごー」
しかし、その男は、寝入っていて、簡単には起きそうにもない。
「なれば、よし!」
埒があかないのを悟った信長は、何を思ったのか、自分の袴を手繰り上げ始めた。
「ぬ!何だ?この水は?」
何と信長は、しょんべんをその男が寝る方向へと浴びせたのだった。幸いにも、男がすぐに気づいて飛び起きたので、不幸な事故は、起きずにすんだようであった。
「小僧!貴様、わしが寝るのが目に見えぬと申すか!」
「知らぬな。ここはオレの場所じゃ。どこでどうしょうべんしようがオレの勝手だ!」
「なんだと!」
「だいたい、オレがいつも寝る場所を横取りするからじゃ!」
「ん?それでは、小僧は、ここで寝るわしをどかして、自分が寝たいがために、しょんべんしよったのか?」
「悪いか!」
「がっはっはっは」
「何が可笑しいか?」
「小僧!それではお主も寝そべれば、しょんべんまみれぞ!」
「これはしたり! くっはっはっはっは」
二人は、思わず笑い合っていた。その後、打ち解けて語り合った二人は、互いの事などを話し合っていた。
「そなたが持っている大きな包みは何ぞ?」
「これか?いい眼をしてやがる。特別に見せて進ぜよう」
そう言って、重兵衛が取り出したのは、一丁の鉄砲であった。
「これが火縄銃か!実際に見るは初めてじゃ!」
「興味があるか?撃ってみたいか?」
重兵衛の問いに信長は「コクコク」と頷く。
(こう見れば、生意気だがやっぱりまだ小僧だな)
重兵衛は、無邪気に好奇心の塊のように銃を触る信長を見て思った。
「ドーンッ」
信長の放った銃は、けたたましい音を鳴り響かせていた。
(一回見聞きしただけで、もう撃ち方を覚えたか!たいしたガキだ)
「小僧は、火縄銃が気に入ったか?」
「小僧ではない。信長じゃ!それに銃は気に入ったぞ」
「そうか!信長、銃を気に入って何とする?」
重兵衛の問いに信長は、クセである頭をやや右斜めに向けるポーズをしていた。
「この世から戦を無くしたい」
「これはたまげたな!わっはっはっは」
「オレは本気ぞ!笑うのか!」
「火縄銃一つだけで、何とも壮大な事だな」
「ならば、百や千を超える火縄を手に入れればよかろう!」
重兵衛は、この信長が言う荒唐無稽な話しを、この無骨な男にしては珍しく、素直に聞いていた。
「よし!では、その何千かの一つ目にこれをそなたにやろう。わしの一つ目の作だがな」
重兵衛の申し出に、信長は目を輝かせて、手に持つ銃を触り始めていた。
「但し、一つ条件がある。わしを終生砲術の師と仰げ。それと、お主が銃の使い道を間違えたならば、きっとわしが正しに来るぞ。これ、聞いておるのか?」
信長は、重兵衛の話しなどそっちのけで、銃を手に夢中になっていた。
「信長よ。そなたが正道を進めば、必ずやもう一人の十兵衛と出あうであろう。覚えておけよ」
「分かった。重兵衛先生!」
重兵衛は去り際にそう言い残して、尾張を後にするのだった。
「おーい!若―、信長様」
近習たちが、探していた信長をようやく見つけて集まってきた。
「あの者は誰です?」
乳兄弟の池田恒興が聞く。
「あれなるは、オレの先生だ」
その信長の答えに、恒興ら近習の者たちは、訳も分からず、その男の背中を見送っていたのだった。
長く閉じていた目を重兵衛は開いた。
(あの時の小僧が信長であったかよ。そして、もう一人の弟子も今は信長と共におる。)
計らずも二人の弟子と、今や敵対関係になってしまった重兵衛は、一人考えていた。
「信長の天運が勝つか。それとも我ら一向衆の団結が勝るか。これからが勝負じゃ!」
重兵衛はそう独語した。それは、自らにも言い聞かせたかのような言葉であった。
「私は、あの方に一度、命を助けられた事があった」
「あの戦いでございまするな」
光秀は、振り返らずに独語した。その横で、秀満は間髪入れずに合いの手を入れる。この長い間の主従であり、舅婿の間柄である二人には、余計な言葉のやり取りなどは、不要な様であるらしかった。
「そして、あの戦にはあの男もおったのだ。一体彼は、今どこで何をしているのだろうか?」
光秀の独語めいた問いに答える術を、秀満は持ってはいないのであった。
「敵はおおよそ、一万五千の大軍にございまする」
天王寺砦の櫓の上より、敵軍を一望していた光秀に使番が報告した。
「これは、壮大な眺めだな…」
「殿?のんきな事を…。敵は我が方の倍以上にございまするぞ」
光秀の横で秀満が諌めるが、その平野の、隅々までに広がる敵の大軍の偉容は、如何ともしがたい事実であった。
「ともかくも大殿に、救援の使者を送れ」
天正四年(1576)五月五日、織田軍対石山本願寺勢との、長きに渡る熾烈な争いは、最初の小競り合いから、本願寺法主である顕如が、徹底抗戦を門徒に掲げた所から、死闘の様相を呈していた。
信長は、本願寺を三方より包囲したが、敵の苛烈なる反撃に合い、包囲軍の主将であった塙 直政も戦死してしまう。包囲軍の一翼を務めていた光秀の軍勢も、敵の反撃に合い、やむなく天王寺砦へと逃げ込み、籠城策を取っていたのだ。
しかし、勢いに乗る本願寺勢は、光秀らの立て籠もる砦をも、飲み込まんとする程の大軍で周りを取り囲んでしまった。信長は、京の都にて、寝所で休んでいる所へ、天王寺砦に敵軍迫るの報を聞いた。
「敵は一万五千、我が方が劣勢にございまする」
信長は、使者からの報告を聞くが早いか、寝姿のまま飛び起きると、その姿のままで部屋を飛び出していったという。使者の口上を聞くまでも無く、信長にも、これが絶体絶命である事は分かっていたのだ。
「兵を集めよ!」
信長は、すかさず大動員令を発した。
各方面に救援要請が届いた。しかし、急な事で、すぐに兵は集まらなかった。痺れを切らした信長は、即日に百名の兵で出陣し、兵の集まるのを待っている。
しかし、五月七日を迎えても信長の元に集まった兵は、三千しか居なかった。
「天王寺砦は、数日持ち堪えるのも難しい様子」
事態は、切迫している状況であった。
「大殿、ここは兵が集うのを待ってから、戦を行うべきですぞ」
「しかし、それでは遅すぎる。砦は持たぬぞ」
敵を目の前にして、織田軍の軍議が行われていた。かろうじて、兵よりも先に集まる事が出来た諸将たちは、口ぐちに意見を出し合っていた。
「あの砦が落ちたとて、戦には何の影響もない」
「しかし…」
軍議では、現時点で戦端を開くのに、消極的な者が多かった。諸将らが言うように、天王寺砦自体は、そう重要な拠点ではなかった。しかし、そこに居るのは、光秀が指揮する明智軍であったのだ。
「荒木はどうか?」
信長が荒木村重に尋ねる。先陣を務める意志があるかを聞いたのだ。村重の息子の一人が光秀の長女を娶っていた縁が、関係したかもしれない。
「拙者は、木津方面の守りを固めまする」
村重はそう言うと、顔を上げずに、信長と目を合わせようとはしない。村重だけでなく、その場にいた佐久間信盛も、丹羽長秀も松永久秀も羽柴秀吉でさえも顔を上げて、
「我が先陣を務めまする!」
とは、言い出せないでいた。
(死ににいくようなものだ…)
この時の、この軍議の場にいた者達の心の中にあったのは、正にそれであっただろう。
「このまま、目の前で味方を見殺しにしたとあらば、天下に面目を失うばかりなり。そなたらが誰も望まぬならば、余が先陣を仕らん」
信長は立ち上がった。そして大喝する。
(光秀を死なせるわけには行かぬ…)
信長の胸の内には、その一点のみがあった。
決断した信長の行動は早かった。まず、三千の兵を三隊に分けた。
先陣は、佐久間信盛・松永久秀・細川藤孝ら。第二陣は滝川一益・蜂屋頼隆・羽柴秀吉・丹羽長秀・稲葉一鉄ら。最後尾は信長の馬廻り衆が務め、信長自身は、何と先手の足軽に混じって、先頭に立って指揮を取った。
戦闘は苛烈を極めた。
「かかれーーーっつ!かかれーーーっつ ここを死に場所と心得よ!」
この戦での信長は、異常と言うしかない。足軽に混ざって、最前線で戦い続け、味方を鼓舞していた。これには、兵数では断然劣勢であった織田軍も士気が大いに上がり、皆、先を争って敵中に突入していった。
対する本願寺勢は、鈴木孫一に代表されるような雑賀衆の力を借りて、一向門徒を組織化し、多数の鉄砲隊で応戦した。普通であれば、多数の弾が四方八方と飛んでくる平野での戦いにおいては、数で劣勢の織田方が不利であった。
しかし、この合戦の異様さは、織田方が信長を先頭にして、敵の数千丁にも及ぶ鉄砲隊を恐れずに、果敢に突撃を繰り返した事による。
そのような時に、戦の様相は、より混迷を迎える事態に差し掛かろうとしていた。部隊の先頭に立って、味方を指揮していた信長の左太ももに、敵の銃弾が当ったのである。弾は太ももを貫通しており、重症であった。
「大殿――っご無事か?」
前のめりに倒れて片膝を突いた信長を、味方が庇って、後方に下がらせようとしていた。
「ならぬ!下がらぬぞ。今が好機なり。光秀ならば、この機に乗じて砦より撃って出るわ」
信長は、そう部下を叱りつけると、片足を引きずりながらも、尚も前に前に進んで行くのだった。
さて、その頃の天王寺砦に立て籠もっていた光秀たちであったが、信長の予見した通りに、砦を囲んでいた敵の包囲網が信長らの捨身の突撃により、崩れようとしているのを感じとり、出撃の準備を進めていた。
「良いな、これが千載一遇の好機なり。皆、我に続け!」
光秀は、砦の全軍を集めると、一部の守備兵を残して、ほぼ全軍で砦を撃って出た。この時、信長と光秀の考える先は、一つのものであったろう。
まずは、信長が部隊を率いて、敵の大軍の一部に突撃を敢行し、敵の動揺を誘い、砦の包囲網を崩す。それを見た光秀ら砦方が撃って出て、敵を挟撃する。申し合わせたかのような戦での連携が功を奏し、信長と光秀らの部隊は、合流を果たす事に成功した。正に乾坤一擲の大勝負であった。
「大殿、此度は危なき所をお助け頂き、忝けのう存じまする」
対面を果たした光秀は、片膝をついて、信長に謝した。そして、信長の片足に包帯が巻かれているのに気付いた。包帯が巻かれた箇所より、血が滲んでおり、見た目よりも傷が深い事を物語っていた。
「敵もなかなかやりよるわ」
信長はそう言うと、包帯を巻いた上から、足をさすって笑って見せた。実を言うと、信長は、敵の砲弾を受けた戦の後に傷口がたたったのか、数日間高熱を発して寝込んでいた。
「大殿、何故にそこまでして、我を助け給うか。お体に障りまするぞ」
「光秀は、天下布武に必要なりて、仕方なし、仕方なし」
信長は、横を向いてぼそぼそと小声で答えた。それはまるで、照れているようであった。光秀は信長の言い方を聞いて、はっと思い出していた。昔、信長に仕える前に秀吉と会った頃、性急過ぎる秀吉の奉公のやり方を、光秀が問うた時の事だ。
(惚れてしまえば、仕方なし、仕方なし)
秀吉は、そう言った事がある。光秀はそれを思い出していた。光秀は、目頭が熱くなるのを堪えるのに必死であった。この信長と光秀のやり取りを見ていた諸将の中の一人であった秀吉は、光秀に対して嫉妬に近い心情を感じていた。
(果たして、わしが同じ様になった時に、大殿は傷を負ってまで、助けにきてくれるだろうか?)
この問いは、ひょっとすると、この時にこの場に居合わせた者達、全員が感じた事かもしれなかった。この光秀に対する心情は、時を経て意外な形となって、秀吉の心の中に現れていくのである。
戦はまだ続いていた。合流を果たした織田軍は、敵に対して進軍を再開していた。
「多勢に無勢ゆえ、これ以上の戦は御無用かと…」
諸将らは、信長に対してそう主張するものが多かった。光秀自身は、味方の仇を討ちたかった為に、本音を言えば戦いたかったのだが、味方に窮地を救われてすぐのために、戦がしたいなどとは言えなかった。
しかし、自らが言い出さずとも、光秀には分かっていたのである。織田信長ならば、この機を逃さない事を。
「敵が近くに在るのは、天の与えた好機なり!」
そう信長が言ったと伝わる。信長は、陣形を立て直しつつあった敵の隙を見つけると、そこに二段構えに再編した兵をもって突撃を行った。結果、敵に大打撃を与える事に成功し、二千七百名の敵を討ち取る。この数字は、合流前の織田軍全数に匹敵する数である。
本願寺勢は、今度こそ全軍が撤退した。桶狭間の戦いに続く、信長が前線で指揮を取って戦い、少数で多数を打ち破った戦国を代表する決戦であった天王寺砦の戦いは、織田軍の大勝利で終わったのであった。
ここは、撤退した本願寺勢の陣、二人の男が向かい合って座っていた。
「そうか。お主がこの鈴木孫一を差し置いて、信長を撃った男か」
鈴木孫一。雑賀党の棟梁にして、戦国時代を代表する鉄砲使いである。孫一とは、代々雑賀衆の棟梁が継承する通名であると言われており、この事から、この孫一は、年代等を鑑みて、鈴木重秀という人物であったに違いない。
「撃ったと言っても、首を取らねば意味はないわ」
孫一の向かいに座り、そう吐き捨てるように言い放った男の名は、御門重兵衛と言う。近江の出身と言う意外は、詳細が不明な男である。一説には近江の刀鍛冶、冬広の次男ではないかと言われているが定かではない。
「次は外すまじ」
孫一は言った。次があると。しかし、重兵衛はそれを聞くと、意外な事を話し始めた。
「わしは、信長の首を取る機会を、これで二度逃した事になる。次があるとは思えぬ。奴には、天運があるやもしれず…」
「どういう事か?」
孫一が問いかける。重兵衛は、一つだけ頷いて話し始める。
「あの時わしが、今は敵同士となってしもうた友のために、信長を逃さなければ、長島で散った宗徒の同胞たちも、死なずに済んだやも知れぬ」
そう言うと、重兵衛は孫一に、昔の話しを聞かせ始めた。それは、重兵衛にとっては、若い時に味わった苦い思い出と、かつての友に向けた、想いの告白だったのかもしれない。
少し時を遡る。
元亀元年(1570)四月三十日、御門重兵衛は、越前にいた。信長を撃つためである。その隣には、六角承禎の放った刺客である杉谷善佳坊がいた。重兵衛は、この男に同じ一向門徒である立場から依頼されて、同行していたのだった。
「信長の首を獲れば、莫大な恩賞が出る」
善徒坊は重兵衛にそう言って誇らしげに胸を張ったが、重兵衛に取ってみれば、身の丈に合わない金銭などという物は、無用の長物であった。重兵衛は、自らを道々の輩だと自負していたし、日々の飯には、自分の鉄砲の腕さえあれば、事欠かない自信を持っていたのだ。
「そなたには借りが有るゆえ手を貸すが、今回限りだ」
重兵衛はそう念を押した。元から暗殺による狙撃などには、乗り気ではないのだ。だが、仕事は仕事である。やらねば傭兵の狙撃手としては、飯の喰いっぱぐれという物であった。
「織田の陣営がやけに騒がしいな?もそっと近づいて見ようぞ」
この時信長は、同盟者の徳川家康と共に三万の大軍を率いて、越前国の領主である朝倉義景を討伐するために兵を出していた。
経緯として、越前国の隣国である、若狭国の武藤氏を征伐するために兵を挙げたと信長は宣伝していた様子であったが、それは口実であり、単純に織田と朝倉との主導権争いによる勢力争いというのが、実状のようであった。
「案外、越前も早くに落ちそうであるな」
信長の側に居た丹羽長秀が口を開いた。長秀の言うように、戦はこの時点で織田・徳川方の優勢であった。
朝倉氏は大大名であり、織田家に匹敵する力を持った名家であったが、同族の重臣同士による家中の主導権争いが、泥沼化を演じており、すぐに援軍を派遣しないなどの互いに足を引っ張りあう等の事で士気が上がらず、余計に戦を停滞させていたのだ。
「お館様、ここは一気に一乗谷に攻め込みましょうぞ」
柴田勝家が息巻いている。他の織田家の武将たちも、口ぐちに威勢の良い事を語り合っていた。元より織田信長程、気を見るに敏な武将は稀有である。信長が味方に進軍を下知しようとしたその時であった。
「ご注進、ご注進!」
一人の使番が早馬で、陣所へと駆け込んできたのだ。曰く
「浅井長政がこちらに軍勢を出したよし!」
その言葉に対する織田陣営の反応は、混乱の一言であっただろう。
「馬鹿な…もう一度申して見よ」
「何度でも申し上げます。間違い御座いませぬ。近江の浅井、裏切りに御座いまする」
北近江の大名である浅井長政は、信長の妹であるお市の方を正室とした同盟者であった。元々、浅井と朝倉は同盟国であり、と言うより、朝倉を主とした半主従関係と言って差し支えない間柄であった。
であるからして、織田と朝倉との間に緊張状態が出来ると、浅井家はその板挟みとなってしまっていた。それから、とうとう両者で戦となったが、信長は浅井と朝倉の関係を鑑み、浅井氏からの派兵は頼まなかった。
いや、この言い方は正しくない。信長は浅井より、朝倉と事を構える時には事前に相談するという約定を無視して、いきなり越前に攻め入ったのだ。これだけを言うと、非は信長にあるように思うが、一触即発の状態であれば、軍事行動というものは、情報を出来るだけ外部に漏らさずに素早く行動するのが良い。
(兵は神速を尊ぶ)
という語源にあるように、信長はそれを実践したに過ぎない。問題はなぜ?浅井は織田家を裏切ったのかという事であるが、色々と説はあるものの、浅井長政は、信義を尊ぶ真の武将であったらしい。
その才能は、信長も認めていたので同盟したのであるが、その長政にとっては、いつ裏切るかもしれない織田信長という危険人物よりも、自分の先祖の代より、友誼を結んできた家同士の関係を取ったという事であったろうに思うのだ。
「兵を退く!」
浅井長政離反の報告を聞いた信長の行動は素早い。すぐに撤退の意志を固めた。
「殿、お待ち下され。まだ戦は負けては居りませぬ」
柴田勝家を筆頭に、佐久間盛重などの家老たちは、尚も徹底抗戦を主張していた。戦は我が軍に有利なのに、なぜにすぐに退却するのかと。
「越前の地形は矮小な隘路。ここを挟み撃ちにされては、いかな大軍とて一溜りも無い。自軍が優勢な内に退いて、味方の損害を少なくすれば、次節も望めましょう」
居並ぶ武将たちが座る末席にいた明智光秀が、静かに口を開いた。その言葉に抗戦を主張した武将たちは一言もなかった。光秀の進言が余りにも理に適い、また信長が言いたかった事を代弁していたと思われたからであった。
「お館様、殿(しんがり)はこの木下藤吉郎めにお任せを」
秀吉が状況を見て、自分を売り込む機会と捉えたのか、信長の前に進み出ると大声をあげた。
「藤吉郎殿、此度は止めておきなされ。死にに行くようなものだぞ」
秀吉の危うさを見かねた丹羽長秀が、小声で声をかけるも秀吉は一顧だにしなかった。
「ご注進、越前より朝倉勢も進軍を再開した様子」
その言葉に最も反応したのは、秀吉であった。殿を買って出る辺り、秀吉には自分なりの勝算があった筈である。それは、信長と本隊とを進軍してくる浅井勢を警戒しながら、素早く自領へと引き帰させ、自らは一軍を率いて浅井勢に先手で押し寄せ、敵に一撃を加えた後に素早く離脱するという、機動力に定評のある木下隊ならではの戦法であった。
しかし、それには朝倉勢が進軍してこない。と言う事が前提条件であったのが、
(朝倉は家中の統制が取れずに、恐らく追撃して来ぬであろう)
との秀吉の読みを大きく外す結果となったのであった。これには秀吉は大きく狼狽し、
(俺は死ぬ。ここできっと死んでしまう)
この思いが去来し、秀吉は皆の前でぽろぽろと涙を流した。その様子に長秀は苦い顔をして見つめていた。他の諸将たちも秀吉に同情を寄せるが、秀吉と共に心中する気にはなれなかった。
「藤吉郎に殿を命ず。吐いた言を呑みこむべからず」
泣く秀吉に、信長が非情の命令を出した。秀吉はそれに畏まって受けるしか手は無かった。
「私も残りましょう」
そう信長の前に進み出た一人の武将がいた。光秀である。
「殿には、我らの鉄砲が役に立ち申す。お館様は急ぎ発たれ給え」
「明智殿、無謀であろう。御止めなされ」
同輩の諸将らは口ぐちに光秀を止めた。しかし、光秀は意に介さない。この殿には自分の力が必要だと感じていたのだ。そして、ある考えが頭を巡り、光秀はその思いから自分がこの戦において、責任を取らなければならないと感じていたのだった。
「光秀許す。が、そなたには後で確認したい事がある故に戻れ。藤吉郎は盾となれ」
信長はそう言うと、足早にその場を去って行った。
信長ははっきりと残った二人に言ったのだ。
(光秀には生きろ。秀吉には死ね)と。
本隊を活かす為に命を懸けるのが殿の務めである以上は、それは武士としては本望とすべき事であったろう。しかし、秀吉は光秀と違う自分への対応を見て、
(死んでやるものか。生き残って目に物を見せてくれん)
そう非常の決意をしていた。
一方、こちらは織田軍の混乱を目の当たりにした重兵衛たちである。
「これは、千載一遇の好機に違らわずや?」
善佳坊が隣にいる重兵衛に、興奮気味に声を掛けた。
「今が信長の首を獲る好機であるには、間違いはあるまい」
重兵衛は善佳坊に応じた。しかし、その頭の中では、全く違う思いが駆け巡っていた。
「うん?あの旗印は…」
重兵衛の目には、その遠目に写った水色生地に白抜きの桔梗紋の旗印が、はっきりと映っていた。そして、誰がそこに居るのかを重兵衛に告げていたのだった。
(間違いない!奴だ。生きておったのだ)
御門重兵衛と明智十兵衛光秀とは、旧知の中であった。
友、そう呼んで差支えが無い。何せ光秀に砲術を教えたのは重兵衛その人であったのだ。二人は、光秀が流浪の旅していた途中で出会い、一時期を共にした仲であった。その後、旅先で別れて、光秀は幕府に仕え、重兵衛は一向宗に雇われた傭兵として、生きて行く事になったのであった。
(前公方が暗殺された時に、共に死んだと思っていたが…)
その友が生きて、自分の前に現れたのである。
「重兵衛どうした?」
善佳坊が重兵衛の異変に気づいて、声を掛けた。
「何でもない。この先に街道へと抜ける小道がある。信長を撃つには、街道を先周りして、絶好の場所を見つけようぞ」
重兵衛は、善佳坊に自分の胸の内が悟られぬように平静を装い、殊更に静かに言って見せる。
「成程名案なり。そこが信長の死に場所となろうぞ」
善佳坊は無邪気に高笑いした。重兵衛は笑う善佳坊を見て、自分の気持ちが鬱屈していくのを感じて黙っていた。二人はその場を離れて、撤退する信長に先んじるべく、街道の抜け道をひた走る事になったのであった。
危機が迫っていた。
「この街道に柵を設けて…」
「いや、その暇は御座らぬ。荷駄や足止めとなる丸太などを使い申そう」
金ヶ崎で殿を務めるべく、光秀と秀吉は案を巡らせていた。とにかく時間がない。敵はすぐにでも追撃の手を差し向けるだろう。ここで議論をしている暇は二人にはなく、この場で考えられる最善の策を、すぐに実施していく必要に迫られていた。
「何をするにもこれでは兵が足りぬ」
秀吉は、歯を喰いしばりながら、絞り出すかのように言葉にした。
「致し方御座らぬ。一兵でも多く逃がす事が我らの務め」
光秀は、冷静にそう言ったが、その内心は、秀吉のそれと等しい思いであった。
その時であった。
「後方より一軍が見えまする」
物見の一人が、陣内に走り込んできた。
「敵か?」
陣内は色めきだったが、大将格である光秀と秀吉は冷静であった。
「敵にしては早すぎよう。味方でござろう」
「しかし、明智殿。この戦況で味方の援軍とは?」
二人が疑問に思うのは当然であったが、戦場で急に兵が出たり消えたりするものではない。その疑問はすぐに解消された。
「一軍の旗は、丸に三つ葉葵」
その伝令の報告で、その一軍の将の正体が分かった。
「いやーーっ遅くなり申した」
そう頭を掻きながら到着したのは、信長の同盟者で三河・遠江の太守である徳川家康であった。
「弾正忠殿(信長)に置いてけぼりを喰らい申した」
そう言って、家康は豪快に笑い飛ばして見せたが、これは事実であった。
信長は撤退を決めると、ほとんど身一つで馬を駆けて逃げた。織田軍本隊も置いて、撤退や後退と言うよりも(遁走)という表現こそ相応しいように思われる。
そして、そのどさくさに、織田家のために協力して兵を出していた家康の元へ、何の報せもなく、気づいたときには徳川軍は敵中で孤立寸前であったらしい。
「三河殿、貴方様は織田家の家臣に非ず。一国の太守でござれば、殿などは慎まれよ」
「左様、左様。殿は我ら織田家の家臣でお引き受け申す。早よお逃げあれ」
光秀と秀吉は、家康が加勢に来てくれた事は心の底から嬉しかった。しかし、これを何もせずに受諾しては、生き残ったとしても他日に、信長から処罰の対象にされかねない。それだけは避けねばならなかった。
「三河武士として戦場に赴いたからには、一度の槍働きもなく退くなど考えられぬ事。これは私が勝手にする事ゆえ、お気遣い無く」
三河武士は頑強で有名である。そして強情でも戦国の世において、特に知られていた。
(一旦口にしたことは、死んでも守る)
それが三河武士の魂でもあったのだ。
「ならば是非に及ばず。されば、その槍働きの方法を求め申そう」
そして、光秀と秀吉と家康の三人は、作戦を練るべく床几に腰を下ろすのだった。
「我に一案あり。いや、この三名だからこそ出来る策と言え申そう」
光秀はそう言うと、自らが考えた作戦内容を二人に説明し始めるのであった。
「かかれーーっここを死に場所と定めよ。皆、突撃じゃーーつ」
秀吉の威勢の良い掛け声と共に、木下隊約三千が、朝倉勢へと正面から襲い掛かった。敵は最初、木下隊の威勢に呑まれて、後退を余儀なくされていた。これは、自分たちが追手であるという心理から、朝倉勢の前衛に兵が集中しており、そこに木下隊が突撃したために混乱をきたしたのであった。
「兄上、それ以上突っ込んでは危のう御座るぞ」
秀吉の片腕を弟の木下秀長が、引っ張って制していた。
「小一郎よ。ここは派手に突っ込まねば、敵は警戒して餌に喰いつかぬ。もっと行くのじゃ」
「殿、後は我らにお任せあれ」
そう言って秀吉に自重を進めたのは、腹心の蜂須賀小六であった。
「分かっておる。分かっておる」
「殿、もうそろそろようござる。後退の合図を」
「よし全軍後退じゃ。急げ!」
秀吉は軍師である竹中半兵衛の判断を信じ、全軍に下知を下した。これらの行動は、すべて予定通りの行動であった。
(よし、ここまでは明智殿の予見通りだ)
秀吉が後退する中で思っていた光秀の予見とは?
話しは数刻の時を戻して、光秀、秀吉、家康の三人が軍儀を開いていた時である。
「明智殿、この三名だからこそ出来る作戦とは?」
秀吉は、光秀に問うた。その顔は真剣そのものである。
「されば、お話し申そう」
「まず、ここに在る三軍の特徴についてだが、徳川殿が率いる三河武士は精強にして、一兵一兵が強い。事に団結して突撃した時の強さは、類を見ない程」
「そして、木下殿の隊は、俊敏にして、その行軍の素早さは家中随一と存ずる。事に臨機応変の指示を完遂する隊の能力は、特記すべき也」
「最後に我が明智隊は、砲術部隊にて、遠方の敵を殲滅するのに力を発揮し申す。特に我が隊の一人一人の射撃の腕は、家中随一と自負しており申す」
「これらの事を思うに、考え得る策は一つ也…」
(まず、我が木下隊が敵中に突っ込み、翻弄した後に素早く後退する。そして…)
秀吉は後退しながら、光秀の考えた策を思い出していた。そして、次に光秀の予見した通りに態勢を整えた朝倉軍は、逆襲に駆られて、餌である木下隊に喰らいつこうとしていたのであった。
「殿、予定通り敵に追われて木下隊がこちらに逃げてき申す」
光秀に報告したのは、腹心である明智次右衛門である。
光秀の起てた作戦はこうである。敵に追われてきた木下隊をやり過ごすと、街道の上手部分にある森に潜んで、二手に分かれた明智隊が、敵の寸断を計るべく二方面より一斉射撃を試みるのだ。
(この二方面による一斉射撃には、二つの隊の合わさる呼吸が大事となる)
そう光秀は感じていた。光秀は左翼部隊を率いていた。右翼を指揮するのは、秀満である。光秀は秀満を信じていた。明智隊の実力であれば、この難しい作戦を成功させる事が出来る事を、信じて疑ってはいなかった。
光秀の取った作戦指示は、敵の朝倉勢にとっては気の毒であっただろう。光秀は、敵が街道に差し掛かると、すぐには発砲指示を出さずに待った。そして、敵の部隊が中頃に達した辺りで、その右手を振りおろしたのであった。
「撃てーーっ!一つに狙いを定めよ」
そして、光秀はより辛辣な下知を下していた。一斉射撃する箇所を一箇所に集中して、発砲したのである。これによって、敵は大混乱をきたした。おもしろいようにバタバタと、敵が倒れたのである。勢いづいていた朝倉勢もこれには敵わず、撤退を余儀なくされた。
そして、家康である。家康率いる三河軍団は、その勇名に恥じず、敵を逃さぬように一気に敵中に突入を開始していた。
「敵を一人も逃すな。掛かれーっ掛かれーーっ掛かれーーーっつ」
家康の叫び声が、戦場に木霊していた。そして、彼の特記すべき所は、自らも槍を奮って一兵卒となり、敵中に進んでいった所にある。これには、三河武士全員が奮い立って大いに戦局を利する効果を発揮した。
「家康殿、もう宜しいですぞ。敵は逃げ申した。我らも急ぎ撤退を!」
味方の将らの引き止めも聞かず、行軍を続けようとした家康を、光秀と秀吉とで最後は、数名がかりで羽交い絞めしてようやく引き下がらせるに至っている。
「三河武士に恐怖心はございませぬかな?」
秀吉は感嘆した様子で、そう口にしていた。
「いやーっ戦は怖い。いつやっても怖う御座る。心が恐怖ですくむ前に、何も考えないようにひたすら突き進むのみ。これだけに御座る」
家康は照れたように、はにかんだ顔でそう語っていた。光秀には、その家康の顔がなんだか印象的で、忘れられぬ心地がしていたのだった。
三人の活躍により、信長は無事逃れていた。街道を馬でひた走り、京の都に着いた時に信長の側に居たのは、僅かに十数名しか居なかったらしい。信長の焦りの大きさが分かる話だ。京で一息ついた後に信長は、本拠地である岐阜で態勢を整えるべく、近江の千草街道を進んでいた。
そして、その街道の茂みに潜んで、信長を狙う二人の男がいた。
「やはりこちらで正解だったな」
杉谷善住坊が言った。重兵衛と善住坊は信長を撃つべく、街道を先回りして絶好の射撃場所を求めて駆けまわっていたのであった。
「よし、付き人も少ない。やるなら今だ」
二人は、信長を撃つべくそれぞれが配置についていた。二人とも火縄を用意すると、その時が来るのを、呼吸を整えて静かに待った。
(十兵衛よ。恨むなら、こんな戦ばかりのこの時代を恨め!)
重兵衛は、一つ大きく深呼吸をすると、今ここにはいない友に向かって、心の中で語りかけていた。
(よし、今だ!)
重兵衛の射程に信長が入った。重兵衛は、ゆっくりとだが確実に引き金に手を廻し始めた。その時であった。重兵衛の視界に写る信長の横顔が、こちらを向いたのだ。
「ドーンッ ダーン!」
二発の銃声が辺りに木霊した。一つは重兵衛が放った一発、もう一つは善住坊が放った弾である。
「殿――っ」
銃声のすぐ後に馬上の信長崩れたが、すぐに身を起こした。その左頬には、鮮血が流れている。
「大事ない。かすり傷じゃ」
信長は生きていた。距離からして、恐らく善住坊が放った一発の方であっただろう。すぐに側近が、信長の盾となってその身を庇った。他の者は狙撃手を追うべく、追跡隊を組織していた。
「不覚なり。逃げるぞ」
善住坊は、重兵衛に言うと、自分だけ一目散にその場を離れていた。重兵衛は、少しの間その場に止まり、信長の顔を見届けると、静かにその場を後にした。
「殿、傷は大事ございませぬか」
側近たちが心配げに、信長に駆け寄る。
「大事ない。頬を掠めただけじゃ」
「敵が仕損じてくれて、助かり申した」
側近たちはそう言って、安堵の表情を浮かべていた。しかし、信長の顔だけは違っていた。
「頬を掠めた弾は仕損じなれど、もう一発は見事なものじゃ」
信長はそう言うと、自らの馬印である永禄銭の旗を見上げた。釣られて家臣たちもそれに続く。
「あっ!」
数名の者がその旗の異変に気づいて、声をあげた。旗の中心にある永禄銭の真ん中の穴が、描かれている部分に寸分と違わぬ弾痕があったのである。
「大した腕よ…」
信長はそう感嘆するより、他ない様子であった。
再び話しは巡る。
床几に座した男が二人いる。御門重兵衛と鈴木孫一である。
「わしは、あの時に信長の顔を見た。そして、撃てるのに信長の眉間に狙いを定めなんだ」
それは、長い独白であった。その間孫一は、一言も挟まずに静かに、ただただじっと聞いていた。重兵衛にはそれが何よりありがたかった。
「なぜに後悔するか?」
少しの沈黙の後、孫一が語りかけてきた。
「決まっておる。あの男は伊勢・長島で罪のない多くの宗徒を騙し討ちにした。そして、善住坊の仇でもある」
重兵衛と行動を共にしていた善住坊は、信長の執拗な犯人捜しに捕まり、処刑されていた。
(しかし、本当の理由をわしは、誰にも話せないだろう…あの時、確かに信長はわしの目を見て言ったのだ。「先生」と)
重兵衛は、再び目を閉じた。その眼は、遥か遠き日を想っている。
(信長があの時の小僧であったとは…)
それは、信長がまだ元服して間もない頃の事であった。
「それぃ!」
信長は、馬を駆けている。この頃の信長は、まだ織田家の当主では無く、那古野城の城主ではあったが、父信秀は健在であり、近隣諸国にまで鳴り響いていた「うつけ」も本領を如何なく発揮していた時期でもあった。
信長の一日は忙しい。朝には近習の者や、村の若衆らと相撲をとり、昼からは水練に興じる。それが終われば、馬を駆けて、いつもの野原にある大きな桑の木の根元で昼寝をするのが日課であった。
「うん?そこに居るのは誰か!」
信長がいつものように、近習の者たちを振り切って、一人でいつもの指定場所についてみたら、一人の男が、いつも信長が枕替わりに使う、切り蕪に頭を乗っけて寝転がっている。
「そこは、わしの場所じゃ!のけぃ!」
「ぐーごー」
しかし、その男は、寝入っていて、簡単には起きそうにもない。
「なれば、よし!」
埒があかないのを悟った信長は、何を思ったのか、自分の袴を手繰り上げ始めた。
「ぬ!何だ?この水は?」
何と信長は、しょんべんをその男が寝る方向へと浴びせたのだった。幸いにも、男がすぐに気づいて飛び起きたので、不幸な事故は、起きずにすんだようであった。
「小僧!貴様、わしが寝るのが目に見えぬと申すか!」
「知らぬな。ここはオレの場所じゃ。どこでどうしょうべんしようがオレの勝手だ!」
「なんだと!」
「だいたい、オレがいつも寝る場所を横取りするからじゃ!」
「ん?それでは、小僧は、ここで寝るわしをどかして、自分が寝たいがために、しょんべんしよったのか?」
「悪いか!」
「がっはっはっは」
「何が可笑しいか?」
「小僧!それではお主も寝そべれば、しょんべんまみれぞ!」
「これはしたり! くっはっはっはっは」
二人は、思わず笑い合っていた。その後、打ち解けて語り合った二人は、互いの事などを話し合っていた。
「そなたが持っている大きな包みは何ぞ?」
「これか?いい眼をしてやがる。特別に見せて進ぜよう」
そう言って、重兵衛が取り出したのは、一丁の鉄砲であった。
「これが火縄銃か!実際に見るは初めてじゃ!」
「興味があるか?撃ってみたいか?」
重兵衛の問いに信長は「コクコク」と頷く。
(こう見れば、生意気だがやっぱりまだ小僧だな)
重兵衛は、無邪気に好奇心の塊のように銃を触る信長を見て思った。
「ドーンッ」
信長の放った銃は、けたたましい音を鳴り響かせていた。
(一回見聞きしただけで、もう撃ち方を覚えたか!たいしたガキだ)
「小僧は、火縄銃が気に入ったか?」
「小僧ではない。信長じゃ!それに銃は気に入ったぞ」
「そうか!信長、銃を気に入って何とする?」
重兵衛の問いに信長は、クセである頭をやや右斜めに向けるポーズをしていた。
「この世から戦を無くしたい」
「これはたまげたな!わっはっはっは」
「オレは本気ぞ!笑うのか!」
「火縄銃一つだけで、何とも壮大な事だな」
「ならば、百や千を超える火縄を手に入れればよかろう!」
重兵衛は、この信長が言う荒唐無稽な話しを、この無骨な男にしては珍しく、素直に聞いていた。
「よし!では、その何千かの一つ目にこれをそなたにやろう。わしの一つ目の作だがな」
重兵衛の申し出に、信長は目を輝かせて、手に持つ銃を触り始めていた。
「但し、一つ条件がある。わしを終生砲術の師と仰げ。それと、お主が銃の使い道を間違えたならば、きっとわしが正しに来るぞ。これ、聞いておるのか?」
信長は、重兵衛の話しなどそっちのけで、銃を手に夢中になっていた。
「信長よ。そなたが正道を進めば、必ずやもう一人の十兵衛と出あうであろう。覚えておけよ」
「分かった。重兵衛先生!」
重兵衛は去り際にそう言い残して、尾張を後にするのだった。
「おーい!若―、信長様」
近習たちが、探していた信長をようやく見つけて集まってきた。
「あの者は誰です?」
乳兄弟の池田恒興が聞く。
「あれなるは、オレの先生だ」
その信長の答えに、恒興ら近習の者たちは、訳も分からず、その男の背中を見送っていたのだった。
長く閉じていた目を重兵衛は開いた。
(あの時の小僧が信長であったかよ。そして、もう一人の弟子も今は信長と共におる。)
計らずも二人の弟子と、今や敵対関係になってしまった重兵衛は、一人考えていた。
「信長の天運が勝つか。それとも我ら一向衆の団結が勝るか。これからが勝負じゃ!」
重兵衛はそう独語した。それは、自らにも言い聞かせたかのような言葉であった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~
海土竜
歴史・時代
毛利元就・尼子経久と並び、三大謀聖に数えられた、その男の名は宇喜多直家。
強大な敵のひしめく中、生き残るために陰謀を巡らせ、守るために人を欺き、目的のためには手段を択ばず、力だけが覇を唱える戦国の世を、知略で生き抜いた彼の夢見た天下はどこにあったのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる