量子の檻 - 遺言の迷宮

葉羽

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3章

闇の囁き

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神藤葉羽は、自室の窓から差し込む朝日に目を覚ました。昨夜の出来事が夢だったのではないかと一瞬思ったが、枕元に置かれた謎の本を見て、全てが現実だったことを思い出す。彼はゆっくりと起き上がり、本を手に取った。
「やはり...」葉羽はつぶやいた。本の表紙に描かれた図形が、かすかに光を放っている。
彼はスマートフォンを手に取り、望月彩由美にメッセージを送った。
「起きてる? 今日も一緒に調べたいことがある」
数分後、返信が来た。
「おはよう、葉羽くん! うん、私も起きたところ。学校の前に会える?」
葉羽は微笑んだ。「了解。いつもの場所で」
彼は急いで準備を整え、家を出た。東京の街は既に活気に満ちており、通勤・通学の人々で賑わっていた。しかし葉羽の目には、どこか現実感が薄く見える。昨夜の体験が、彼の世界の見方を変えてしまったかのようだ。
いつもの待ち合わせ場所に着くと、彩由美が既に待っていた。彼女の姿を見た瞬間、葉羽の心臓が高鳴るのを感じる。
「おはよう、葉羽くん」彩由美が明るく笑顔で挨拶した。
「おはよう」葉羽は少し照れくさそうに返した。「昨日のこと...やっぱり現実だったんだな」
彩由美はうなずいた。「うん、私も朝起きてすぐに確認したの。あの体験、忘れられそうにないよ」
二人は並んで歩き始めた。学校までの道のりで、葉羽は昨夜見つけた本の内容について説明を始めた。
「この本に書かれた暗号、どうやら量子力学の原理を使っているみたいなんだ」葉羽は真剣な表情で言った。「でも、解読するにはもっと深い知識が必要そうだ」
彩由美は首をかしげた。「量子力学? 難しそう...」
葉羽は微笑んだ。「確かに難しいけど、面白いんだ。例えば...」
彼が説明を続けようとした瞬間、突然周囲の空気が変わった。街の喧騒が遠ざかり、二人の周りだけが静寂に包まれる。
「え...?」彩由美が不安そうに周りを見回した。
葉羽も警戒心を高めた。「これは...」
その時、彼らの耳元で不気味な囁きが聞こえ始めた。
「お前たちには関係のないことだ...」
「好奇心は猫をも殺す...」
「秘密に近づけば、闇に飲み込まれる...」
葉羽は本能的に彩由美を抱きしめ、守るような姿勢を取った。「大丈夫だ、彩由美。これも幻想の一種だ」
彩由美は葉羽にしがみつきながら、震える声で言った。「怖い...葉羽くん、これ何なの?」
葉羽は冷静さを保とうと努めた。「きっと、私たちを脅そうとしているんだ。でも、怖がる必要はない。これは現実ではない」
しかし、囁きはますます大きくなり、二人の周りを取り巻いていく。そして、闇のような影が彼らに迫ってきた。
「葉羽くん!」彩由美が叫んだ。
葉羽は咄嗟に本を取り出し、開いた。すると、本から眩い光が放たれ、闇を押し返した。囁きも徐々に弱まり、やがて完全に消えた。
二人の周りの世界が、ゆっくりと元に戻っていく。街の音が戻り、人々の姿が見え始めた。
葉羽は深く息を吐いた。「大丈夫か、彩由美?」
彩由美はまだ震えながら、葉羽から離れた。「う、うん...なんとか。あれ、何だったの?」
葉羽は真剣な表情で答えた。「警告だ。私たちが近づこうとしている真実が、誰かにとって都合が悪いんだ」
彼は本を見つめた。「この本が私たちを守ってくれた。きっと、これを解読することが、全ての謎を解く鍵になるはずだ」
彩由美は不安そうな表情を浮かべた。「でも、また怖いことが起きたら...」
葉羽は彼女の手を取った。「大丈夫だ。一緒にいれば、どんな困難も乗り越えられる」
彩由美は葉羽の目を見つめ、少し安心したように微笑んだ。「うん...ありがとう、葉羽くん」
二人は再び歩き始めた。学校に着くと、いつもと変わらない日常が広がっていた。しかし、彼らの心の中では、さっきまでの恐怖と緊張が残っていた。
授業中、葉羽は表面上は真面目に講義を聞いているように見えたが、頭の中では先ほどの出来事を分析していた。あの闇の正体は何なのか。なぜ彼らを脅そうとしたのか。そして、本の力とは...
休み時間、葉羽と彩由美は屋上に集まった。
「葉羽くん、あの本のこと、もっと詳しく教えて」彩由美が真剣な表情で言った。
葉羽は本を取り出し、開いた。「ここに書かれている式は、シュレーディンガー方程式の変形のようだ。量子状態を表現している」
彩由美は首をかしげた。「シュレーディンガー...? 猫の人?」
葉羽は微笑んだ。「そう、有名な思考実験の人だ。量子の世界では、観測するまで状態が決まらない。つまり...」
彼は説明を続けたが、途中で彩由美の表情が曇るのに気づいた。
「どうした?」
彩由美は少し躊躇してから言った。「ごめんね、葉羽くん。私、ついていけてない気がする。頭が良くない私には、この謎は難しすぎるのかも...」
葉羽は驚いた表情を見せた。「そんなことない。彩由美の直感力は素晴らしいんだ。それに...」
彼は少し照れながら続けた。「君がいてくれるから、僕は頑張れるんだ」
彩由美は目を丸くした。「え...?」
葉羽は真剣な表情で彩由美を見つめた。「一緒に解いていこう、この謎を。君の力が必要なんだ」
彩由美の頬が赤くなった。「う、うん...ありがとう、葉羽くん」
その瞬間、再び周囲の空気が変化した。今度は、二人の周りに霧のようなものが立ち込めてきた。
「また...」葉羽は警戒心を高めた。
霧の中から、様々な映像が浮かび上がり始めた。それは二人の過去の記憶だった。
幼い頃の葉羽が、両親と笑顔で遊んでいる姿。しかし、その映像はすぐに歪み、両親の姿が消えていく。代わりに、一人寂しく本を読む葉羽の姿が映し出された。
「これは...」葉羽は言葉を失った。
一方、彩由美の映像も現れた。彼女が友達と楽しそうに話している姿。しかし、その映像も歪み、彩由美が一人で泣いている姿に変わった。
「やめて...」彩由美が小さな声で言った。
葉羽は彩由美の手を強く握った。「これは幻だ。私たちを惑わそうとしているんだ」
しかし、映像は続く。葉羽が冷たい表情で彩由美を無視する姿。彩由美が悲しそうに葉羽から離れていく姿。
「違う!」葉羽が叫んだ。「こんなことは絶対にない!」
彼は彩由美を抱きしめた。「彩由美、聞いてくれ。僕は絶対に君を一人にしない。これは全部嘘だ」
彩由美は涙を流しながら、葉羽にしがみついた。「葉羽くん...私も、絶対に葉羽くんのそばにいる」
二人の強い思いが、霧を押し返し始めた。映像が消え、周囲の世界が元に戻っていく。
葉羽と彩由美は、しばらくそのまま抱き合っていた。やがて、彩由美が小さな声で言った。
「ねえ、葉羽くん。私たち、なんでこんな目に遭ってるの?」
葉羽は深く考え込んだ。「きっと、私たちが近づこうとしている真実が、とてつもなく重要なものなんだ。だからこそ、誰かが必死に阻止しようとしている」
彼は彩由美の目を見つめた。「でも、怖がる必要はない。一緒に乗り越えていこう」
彩由美はうなずいた。「うん。私、葉羽くんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられる気がする」
二人は再び本に目を向けた。葉羽は慎重に頁をめくり、新たな暗号を見つけた。
「これは...」葉羽の目が輝いた。「量子もつれの原理を使った暗号だ。解読するには、二つの異なる場所で同時に特定の操作を行う必要がある」
彩由美は首をかしげた。「二つの場所?」
葉羽はうなずいた。「そう。しかも、その二つの場所は物理的にかなり離れていないといけない」
彼は地図を取り出し、計算を始めた。「ここと...ここだ」
彩由美は地図を覗き込んだ。「え? 一つは東京タワー...もう一つは...富士山!?」
葉羽は真剣な表情で言った。「そう。この二つの場所で、同時に特定の操作を行わないと、次の手がかりは得られない」
彩由美は驚きの表情を見せた。「でも、どうやって? 私たち二人じゃ、同時にそんな離れた場所にいられないよ」
葉羽は深く考え込んだ。「そうだな...誰か信頼できる人に協力してもらう必要がありそうだ」
彼は突然思いついたように言った。「そうだ、僕の叔父だ。彼なら信頼できる」
彩由美は不安そうに尋ねた。「大丈夫? 私たち以外の人を巻き込んで...」
葉羽は彼女の手を取った。「大丈夫だ。叔父は元警察官で、こういった不可思議な事件の経験もある。彼なら理解してくれるはずだ」
彩由美はほっとしたように微笑んだ。「そっか。じゃあ、私たちはどっちに行く?」
葉羽は少し考えてから答えた。「僕たちは東京タワーに行こう。叔父に富士山をお願いする」
彼はスマートフォンを取り出し、叔父に連絡を入れた。詳しい説明は避けつつ、協力を要請する。
通話が終わると、葉羽は彩由美に向き直った。「準備はいいか? これから大きな一歩を踏み出すことになる」
彩由美は決意に満ちた表情で答えた。「うん、準備オッケー。葉羽くんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられる」
二人は互いに微笑み合い、新たな冒険に向けて歩み出した。東京タワーへの道のり、そしてそこで待ち受ける未知の体験。全てが不確かで危険に満ちているかもしれない。しかし、二人の心の中には、共に歩んでいく強い決意が芽生えていた。
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