運命のパズル

1章

退屈な日常と推理小説

第1章: 退屈な日常と推理小説
神藤葉羽は、教室の窓際の席で深いため息をついた。外は初夏の陽気で、校庭の桜の木々は緑の葉で覆われ、そよ風に揺れていた。しかし、彼の心には春の訪れを感じる余裕などなかった。
「はぁ...つまらない」
葉羽は小声で呟いた。周りのクラスメイトたちは、昼休みを楽しそうに過ごしている。おしゃべりに興じる女子たちの笑い声、スマートフォンを覗き込む男子たちの歓声。それらの音が、まるで遠い世界の出来事のように葉羽の耳に届く。
彼の机の上には、分厚い推理小説が開かれていた。「量子の檻」というタイトルの、最新の本格ミステリーだ。葉羽は既に3回読み返していたが、まだ完全には謎を解き明かせていなかった。
「量子力学を利用したトリックか...面白いけど、まだ何かが足りない気がする」
葉羽は眉をひそめながら、本のページをめくる。彼の頭の中では、様々な仮説が次々と浮かんでは消えていく。量子の重ね合わせ、シュレディンガーの猫、観測による波動関数の崩壊...これらの概念が、彼の頭の中で複雑に絡み合っていた。
「神藤くん、また難しい本を読んでるの？」
突然、クラスメイトの一人が声をかけてきた。葉羽は顔を上げ、相手を見た。それは佐藤という、クラスでも成績上位の男子だった。
「ああ、まあね」葉羽は素っ気なく答えた。
「すごいね。僕にはあんな難しい本、とても読めそうにないよ」
佐藤は感心したように言ったが、葉羽にはその言葉が心からのものには聞こえなかった。どこか嫌味な響きを感じ取った。
「君にも読めるさ、やってみればいい」
葉羽は冷たく言い放った。佐藤は少し困ったような表情を浮かべ、そそくさと自分の席に戻っていった。
再び一人になった葉羽は、本に目を戻す。しかし、集中力は途切れていた。クラスメイトたちとの会話、それがたとえ短いものであっても、彼を現実世界に引き戻してしまう。
「やっぱり、ここじゃ駄目だ」
葉羽は本を閉じ、鞄にしまった。そして、静かに立ち上がると教室を出た。
廊下を歩きながら、葉羽は自分の孤独を痛感していた。周りの誰もが、彼の興味や才能を理解してくれない。いや、理解しようともしない。そう思うと、胸の奥に苦い感情が湧き上がってくる。
図書室に向かう途中、葉羽は校舎の窓から外を見た。そこには、いつもの風景が広がっていた。校庭で部活動に励む生徒たち、ベンチでおしゃべりを楽しむグループ。どれも、葉羽にとっては遠い世界の光景だった。
図書室に着くと、葉羽はいつもの隅の席に座った。ここなら、誰にも邪魔されずに本に没頭できる。彼は再び「量子の檻」を取り出し、ページを開いた。
しかし、読み進めるうちに、葉羽の心に奇妙な感覚が忍び寄ってきた。これまで味わったことのない、何か大きな変化の予感。それは、彼の日常に潜む謎を解き明かしたいという欲求だった。
「本の中の謎解きだけじゃ、もう満足できない」
葉羽は呟いた。その瞬間、図書室のドアが開く音がした。彼は反射的に顔を上げ、入ってきた人物を見た。
そこには、幼なじみの望月彩由美が立っていた。
「あ、葉羽くん。やっぱりここにいたんだ」
彩由美の声が、静かな図書室に響いた。葉羽は、思わぬ再会に少し戸惑いを覚えながらも、彼女を見つめた。
そして、彼はまだ気づいていなかった。この出会いが、彼の退屈な日常を大きく変えていくことになるとは。