天才の孤独と推理の始まり

1章

天才の孤独と推理の始まり

第1章: 「天才の孤独と推理の始まり」

神藤葉羽（しんどう　はね）は、周囲の誰よりも高い知力を持っていた。それは、日々の勉強や学校の成績で証明されているだけでなく、彼自身が意識することなく、自然に発揮される鋭い洞察力からも明らかだった。そんな葉羽の生活は、他人から見れば「完璧」に映るかもしれない。裕福な家庭環境、一人暮らしの豪邸、常にトップの成績。だが、そんな外面的な華やかさは、葉羽にとってはただの背景に過ぎなかった。

彼が本当に心から情熱を注ぐのは一つだけだった。それは「謎」。謎に挑むこと、解くこと、それが彼の唯一の喜びだった。特に、推理小説に描かれるような複雑な謎解きには目がない。家の書斎には、高名な作家たちの推理小説がぎっしりと並んでいた。古典から現代作品まで、彼の読むスピードは尋常ではなく、時には一晩で数冊を読み切ることもある。それでも、その情熱が尽きることはなかった。

今日も彼は、早朝から新しい推理小説を手に取っていた。夜明け前の静寂な時間、豪邸の広々としたリビングには、葉羽一人しかいない。誰の目も届かないその空間で、彼は静かにページをめくる。頭の中では、登場人物の行動、動機、アリバイを分析し、犯人の正体を推理しようと試みている。物語のトリックを読み解く快感。それが、彼にとって何よりもスリリングだった。

しかし、どれだけ興奮しても、ページを閉じればふと感じる孤独があった。葉羽にとって「謎解き」は、生きるための唯一の糧であり、同時に孤独と向き合う手段でもあった。彼は他人との距離を自然と取る性格であり、特に恋愛や友情には奥手だった。人との関わりを避けるわけではないが、心の奥深くに踏み込まれることを恐れているようだった。

そんな葉羽にも、例外が一人だけいる。

望月彩由美（もちづき　あゆみ）。彼女は幼馴染で、同じ高校に通っている。葉羽にとって唯一、自然に会話ができる相手だ。彩由美は、いつも穏やかで笑顔を絶やさない女性だが、どこか天然なところがあり、葉羽の推理小説好きを理解しているというよりは、面白がっている節がある。彼女は推理小説には興味がないが、逆に恋愛漫画を読むことに夢中になっている。彼女の手にいつもあるのは、甘い恋愛ストーリー。そんな二人は、まるで対照的な趣味を持ちながらも、奇妙に波長が合っていた。

葉羽は彩由美のことを、ただの幼馴染と割り切っているつもりだった。しかし、最近彼女と話をしていると、どこか胸がざわつくことに気づいていた。彼女が学校で笑っている姿をふと目にすると、その声がいつまでも耳に残る。なぜだろう。葉羽は自分の気持ちに説明をつけられない。彼の人生において、何もかもが推理によって説明できるはずだった。しかし、この感情だけは、彼の頭脳をもってしても解けない「謎」だった。

その日の昼休み、葉羽は学校の中庭で彩由美と話をしていた。彼女は相変わらず、恋愛漫画の話を楽しそうにしている。葉羽はいつものように、適当に相槌を打ちながらも、その話題にはほとんど興味がなかった。だが、ふとした瞬間、彩由美がポケットから取り出した鍵に目が留まった。

「その鍵、どうしたの？」葉羽が自然に質問すると、彩由美は一瞬驚いたような表情を見せた。

「あ、これ？なんだか家にあったの。でも、どのドアの鍵なのか全然わからないんだよね。ずっと探してるんだけど……。面白いでしょ？」

彼女は笑って言ったが、葉羽の中で何かが引っかかった。家にあるはずの鍵が、使い道もわからず突然現れる。普通の人なら「よくあること」として流してしまうだろう。しかし、葉羽の脳内ではその瞬間、複雑な歯車が音を立てて回り始めた。

「家にある、っていうのに、どの鍵かもわからない？そんなこと、普通あるのか？」葉羽は思わず自問した。

彩由美の何気ない一言が、葉羽の推理心を刺激した。単なる偶然かもしれないが、彼の直感が騒ぎ始めていた。自分でも説明できないが、これは何か大きな謎への入り口ではないかという予感がする。葉羽の目が鋭くなったのを見て、彩由美は笑顔を浮かべたまま首をかしげた。

「また何か考えてるんでしょ？葉羽くん、そういうとこ変わんないね。」

彩由美の言葉に、葉羽は一瞬我に返る。そして、軽く微笑み返した。

「いや、別に。ちょっと気になっただけだよ。」

だが、葉羽の心の中では、もうすでに次のステップに進んでいた。この「鍵」が持つ意味は何なのか？彩由美の家には、普段誰もいないはずなのに、どうして彼女の知らない鍵が存在するのか？単なる偶然では終わらない気がする――そんな予感が、葉羽の胸に深く根を下ろしていた。

天才的な推理力を持つ神藤葉羽の新たな謎解きが、今まさに動き出そうとしていた。