歪像の館と消えた令嬢

終章

硝子越しの視線 - ガラスごしのしせん

事件の真相とそれぞれの旅立ち

視界館事件は、世間を騒がせた一大スキャンダルとして幕を閉じた。綺羅星輝夜、かの大財閥のトップが、娘を影の石の力で操り、莫大な富と権力を得ようとしていたという事実は、人々に衝撃を与えた。報道は過熱し、綺羅星家の名は地に堕ち、輝夜はすべての罪を認めて、厳しい刑罰に処されることとなった。

事件の全貌が明らかになるにつれ、鬼切鏡花の悲劇もまた、人々の心に深く刻まれた。歪んだ愛に囚われた父によって影の存在へと変えられ、100年もの間、視界館に囚われていた鏡花。そして、自分と同じ運命を辿ろうとする天音を救うため、自ら犠牲となった彼女の物語は、多くの人々の涙を誘った。

事件後、視界館は取り壊されることが決定した。呪われた館は、その歴史と共に、人々の記憶から消え去ることになる。しかし、鏡花の悲劇、そして事件の真相は、決して忘れられることはないだろう。それは、人間の心の闇の深さ、そして歪んだ愛の恐ろしさを、後世に伝える戒めとなるだろう。

天音は、事件のショックから徐々に立ち直りつつあった。輝夜という父を失った悲しみ、そして鏡花の犠牲によって救われた命の重み。彼女はそれらを静かに受け止め、前を向こうとしていた。彩由美は、そんな天音を優しく支え、二人の絆は以前にも増して深まっていった。

俺は事件後、しばらく放心状態に陥っていた。視界館での出来事、鏡花との出会い、そして輝夜の狂気。すべてがまるで悪夢のようだった。しかし、彩由美の温かい励ましと、推理小説の世界への没頭が、俺を徐々に現実へと引き戻してくれた。

「葉羽くん、もう大丈夫？」

ある日、彩由美が心配そうに尋ねてきた。俺は小さく頷き、答えた。

「ああ、大丈夫だ。心配かけてすまない」

「よかった。葉羽くんが元気になってくれて、本当に嬉しい」

彩由美は安堵したように微笑んだ。その笑顔を見て、俺の心も軽くなった。

事件を通して、俺は彩由美の優しさ、そして強さを改めて実感した。彼女は、恐怖に怯えながらも、最後まで俺の傍にいてくれた。彼女の存在が、俺にとってどれほど大きな支えだったか、言葉では言い表せない。

そして、俺は、彩由美への想いを自覚した。幼馴染として、友人として、ずっと傍にいてくれた彼女。彼女の笑顔、彼女の温かさ、彼女のすべてが、俺にとってかけがえのないものだった。

「彩由美…」

俺は彼女の目を見つめ、静かに言った。

「ずっと、一緒にいてくれないか？」

彩由美は、少し驚いたように目を見開いた後、頬を赤らめ、小さく頷いた。

「うん…」

その瞬間、俺の心は喜びで満たされた。まるで、視界館の暗闇から抜け出し、明るい光の世界へと飛び出したかのような、そんな感覚だった。

葉羽と彩由美、新たな一歩

事件から数か月後、季節は夏へと移り変わっていた。俺は彩由美と共に、海辺の街へと旅行に来ていた。青い空、白い砂浜、そしてキラキラと輝く海。すべてが美しく、穏やかで、視界館の悪夢を忘れさせてくれるようだった。

「綺麗だね、葉羽くん」

彩由美は、目を輝かせながら言った。俺は彼女の横顔を見つめ、優しく微笑んだ。

「ああ、綺麗だ」

波の音、潮の香り、そして彩由美の笑顔。すべてが、俺の心を満たしていく。

「葉羽くん、あのね…」

彩由美が少し恥ずかしそうに言った。

「何だい？」

「私、推理小説、読んでみようと思うの」

「推理小説？」

俺は少し驚いた。彩由美は、これまで推理小説には全く興味を示さなかったからだ。

「うん。葉羽くんが、あんなに夢中になるくらいだから、きっと面白いんだろうなって思って」

彩由美は、少し照れたように微笑んだ。俺は、彼女の言葉に胸が熱くなった。

「そうか…よかったら、俺のおすすめの作品を紹介するよ」

「うん、お願い」

彩由美は、嬉しそうに頷いた。

俺は、彩由美に、自分が一番好きな推理小説家、エラリー・クイーンの作品を紹介することにした。複雑なプロット、巧妙なトリック、そして鮮やかな論理。きっと、彩由美も、推理小説の世界に魅了されるだろう。

そして、俺は、彩由美と一緒に、推理小説の世界を共有できることに、喜びを感じていた。それは、新たな共通の趣味であり、そして二人の絆をさらに深めるものになるだろう。

「葉羽くん、ありがとう」

彩由美は、俺の手を握り、優しく言った。

「こちらこそ、ありがとう、彩由美」

俺は、彩由美の手を握り返し、力強く言った。

海辺の街での穏やかな日々は、俺たちに新たな希望を与えてくれた。視界館事件の悪夢は、まだ完全に消え去ってはいない。しかし、俺たちは、その傷を乗り越え、新たな一歩を踏み出そうとしていた.

視界館に遺された最後のメッセージ

視界館の取り壊しが始まる直前、俺はもう一度だけ、館を訪れた。館は、すでに廃墟と化しており、かつての華やかさは失われていた.

しかし、その静寂の中にも、何か不思議な力を感じた。まるで、この館が、最後のメッセージを伝えようとしているかのようだった.

俺は、歪みの部屋へと向かった。部屋は、以前と変わらず、不気味な雰囲気を漂わせていた.

しかし、壁の模様は、以前とは少し違っていた. 以前は、幾何学的な模様の中に、謎めいた言葉が刻まれていた。しかし、今は、その言葉は消え、代わりに、一枚の絵が描かれていた。

絵には、若い女性が描かれていた。彼女は黒いドレスを着て、長い金髪をポニーテールにしていた。それは、鬼切鏡花だった。

そして、鏡花の顔には、優しい笑みが浮かんでいた。それは、まるで、安らぎに満ちた、天使のような笑顔だった。

俺は、鏡花の絵を見つめ、静かに語りかけた。

「鏡花さん、あなたは、本当に強い人だった。あなたは、自分の運命に負けず、最後まで戦い続けた。そして、あなたは、天音さんを救うために、自らの命を犠牲にした。あなたの勇気、そして優しさは、決して忘れられることはないでしょう」

俺は、深く頭を下げ、鏡花に別れを告げた。

その時、壁の向こう側から、かすかな声が聞こえてきた。それは、まるで鏡花の声のようだった.

「ありがとう…神藤葉羽…そして、さようなら…」

声は、徐々に小さくなり、やがて消えていった。

俺は、鏡花の最後のメッセージを受け止め、視界館を後にした。

そして、俺は、新たな謎へと立ち向かうために、再び、推理の迷宮へと足を踏み入れるのだった.

視界館は、その歴史と共に、人々の記憶から消え去った。しかし、鏡花の物語は、永遠に語り継がれるだろう。それは、人間の心の闇の深さ、そして歪んだ愛の恐ろしさを、後世に伝える戒めとなるだろう.

そして、俺は、いつか必ず、すべての謎を解き明かし、真実を明らかにすることを誓った。たとえ、それが、どんなに困難な道であろうとも.

俺は、推理の迷宮を彷徨い続け、真実を求め続けるだろう. それは、俺の宿命であり、そして、俺の生きがいなのだ.視界館の取り壊し後、跡地には小さな公園が作られた。かつて、陰鬱な空気が漂っていた場所には、今では子供たちの笑い声が響き渡っている。まるで、鏡花の魂が浄化されたかのように、穏やかで平和な空気が流れていた。

彩由美は、大学に進学し、心理学を学ぶ道を選んだ。視界館事件を通して、人間の心の奥底にある闇、そしてその闇が生み出す悲劇を目の当たりにした彼女は、人の心を理解し、癒しを与える仕事に就きたいと考えるようになったのだ。

俺は、大学で物理学を専攻しながら、相変わらず推理小説に没頭していた。事件の真相を解き明かす快感、そして論理の美しさは、俺を常に魅了し続けていた。そして、俺は、いつかプロの推理小説家としてデビューすることを夢見ていた。

ある週末、俺は彩由美と共に、視界館跡地に作られた公園を訪れた。公園には、色とりどりの花が咲き誇り、子供たちが楽しそうに遊んでいた。

「懐かしいわね、葉羽くん」

彩由美が、少し寂しそうに言った。

「ああ、懐かしいな」

俺は、公園を見渡しながら答えた。視界館の悪夢は、まだ完全に消え去ってはいない。しかし、この穏やかな風景は、俺たちの心に癒しを与えてくれるようだった。

その時、公園の隅に、一本の木が植えられていることに気づいた。それは、桜の木だった。まだ若い木だったが、しっかりと根を張り、力強く成長していた。

そして、桜の木の根元には、小さなプレートが置かれていた。プレートには、「鬼切鏡花を偲んで」と書かれていた。

「鏡花さん…」

彩由美は、涙を浮かべながら呟いた。

俺もまた、胸が締め付けられるような思いだった。鏡花は、この場所で、悲しい運命を辿った。しかし、彼女は、自分の命を犠牲にして、天音を救った。

そして、彼女の魂は、この桜の木に宿り、永遠にこの場所を見守っているのだろう。

「鏡花さん、安らかに眠ってください」

俺は、心の中で静かに祈った。

その時、桜の木から、一枚の花びらが舞い降りてきた。花びらは、風に乗り、俺たちの足元に優しく舞い落ちた。

まるで、鏡花からのメッセージのようだった。

「ありがとう…そして、さようなら…」

花びらは、静かに消えていった。まるで、鏡花の魂が、天国へと旅立っていったかのようだった。

俺たちは、しばらくの間、桜の木を見つめていた。そして、互いに見つめ合い、静かに微笑んだ。

視界館の悪夢は、ついに終わりを告げた。そして、俺たちは、新たな希望を胸に、未来へと歩み始めた。

事件の後、俺は推理小説の執筆にさらに力を入れるようになった。そして、ついに、念願のプロデビューを果たした。デビュー作は、視界館事件をモチーフにした作品だった。

作品は、高い評価を受け、ベストセラーとなった. 多くの人々が、鏡花の悲劇に涙し、そして、事件の真相に驚愕した.

そして、俺は、鏡花の物語を、後世に伝えることができた.

彩由美は、大学を卒業後、臨床心理士として働き始めた。彼女は、多くの患者たちの心を癒し、そして、彼らに生きる希望を与えていた。

そして、彼女は、鏡花の意志を継ぎ、人の心を救う仕事に人生を捧げることを決意した。

俺たちは、それぞれの道を歩みながらも、常に心は繋がっていた. そして、いつか必ず、すべての謎を解き明かし、真実を明らかにすることを誓い合った.

それは、俺たちの宿命であり、そして、俺たちの生きがいなのだ.

数年後、俺は、新たな推理小説の執筆に取り組んでいた。それは、視界館事件の続編となる作品だった.

事件後、いくつかの謎が残されていた. なぜ輝夜は、影の石の力について知っていたのか。そして、なぜ彼は、天音を影の存在にしようとしたのか.

これらの謎を解き明かすために、俺は、再び調査を開始した.

そして、ついに、すべての真相に辿り着いた.

輝夜は、かつて、鬼切影郎の弟子だった. 彼は、影郎から、影の石の力について教えられていた.

そして、輝夜は、影郎の計画を知り、それを阻止しようとした. しかし、影郎は、輝夜を裏切り、彼を影の存在へと変えようとした.

輝夜は、何とか影郎の魔の手から逃れることができた. しかし、彼は、影の石の力に取り憑かれ、自らもその力を使おうと考えるようになった.

そして、彼は、天音を影の存在にすることで、莫大な富と権力を得ようとしたのだ.

しかし、彼の計画は、鏡花と俺によって阻止された.

俺は、すべての真相を明らかにし、鏡花の無念を晴らすことができた.

そして、俺は、新たな推理小説を完成させた. 作品は、再び高い評価を受け、ベストセラーとなった.

多くの人々が、事件の真相に驚愕し、そして、鏡花の勇気と優しさに感動した.

そして、鏡花の物語は、永遠に語り継がれることになった.

俺は、彩由美と共に、視界館跡地に作られた公園を訪れた. 公園には、桜の木が大きく成長し、美しい花を咲かせていた.

まるで、鏡花の魂が、安らかに眠っているかのようだった.

俺たちは、桜の木の下に座り、静かに語り合った.

そして、互いに見つめ合い、静かに微笑んだ.

視界館の悪夢は、完全に終わりを告げた. そして、俺たちは、新たな希望を胸に、未来へと歩み始めた.

<終>