歪像の館と消えた令嬢

4章

真実の虚像 - しんじつのきょぞう

暴かれる犯人の正体と驚愕の動機

影の世界に足を踏み入れた俺は、深い霧の中、天音を探し求めて彷徨っていた。不気味な静寂、歪んだ空間、そして、どこからともなく聞こえてくる囁き声。まるで悪夢の中に閉じ込められたかのような、この異様な世界は、俺の精神を徐々に蝕んでいくようだった。

「天音さん…！」

何度も名前を呼びながら、俺は霧の中を彷徨い続けた。その時、かすかに光が見えた。光の方へと進んでいくと、そこには、古びた洋館が建っていた。視界館と瓜二つだが、どこか歪んでいて、不気味な雰囲気を漂わせる、鏡像のような館。

恐る恐る館の中に入ると、大広間に天音の姿を見つけた。彼女は椅子に縛り付けられ、意識を失っているようだった。そして、その傍らには、黒いドレスを纏い、金髪をポニーテールにした女性、鬼切鏡花が立っていた。

「鏡花…！」

俺は低い声で呼びかけた。鏡花はゆっくりとこちらを向き、不気味な笑みを浮かべた。

「よく来たね、神藤葉羽。待っていたよ」

その声は、冷たく、そしてどこか悲しげだった。

「天音さんを解放しろ！」

俺は叫んだ。鏡花は嘲笑うように首を横に振った。

「それはできない。彼女は、私と同じ運命を辿らなければならない」

「同じ運命…？」

「そう。影の石の呪いによって、彼女は私と同じ、影の存在になる」

鏡花は、天音の胸元を指差した。そこには、鬼切家に代々伝わるという「影の石」のペンダントが光っていた。

「すべては、あの忌まわしいペンダントのせいだったのか…」

俺は呟いた。視界館の歴史、鬼切家の呪い、そして天音の失踪。すべてのピースが繋がり始めた。

「私の父は、私を永遠に自分の傍に置いておきたかった。だから、影の石を使って、私を影に変えた」

鏡花の言葉には、深い憎しみと悲しみが込められていた。

「そして今、あなたは、天音さんにも同じことをしようとしているのか？」

「違う。私は、彼女を救いたい。私と同じ運命を辿らせるわけにはいかない」

鏡花の言葉に、俺は戸惑った。彼女が天音を狙っているのは、彼女を救うためだったのか？

「どういうことだ？」

「影の石の呪いを解く方法は、一つしかない。それは、影の石を破壊すること。しかし、影の石を破壊できるのは、影の存在だけ」

鏡花は、自分の胸元から、もう一つの影の石を取り出した。それは、天音のペンダントと同じ模様が刻まれたものだった。

「私は、天音さんを救うために、影の石を破壊する。そして、私もまた、この呪いから解放される」

鏡花は、天音のペンダントに自分のペンダントを近づけた。すると、二つのペンダントが共鳴し始め、強烈な光を放った。

その時、鏡花の姿が変化し始めた。彼女の体は徐々に透明になり、まるで影のように薄れていく。

「さようなら、神藤葉羽。そして、天音さん…」

鏡花は、消え入るような声で呟き、光の中に消えていった。同時に、天音のペンダントも砕け散り、光の中に消えていった。

天音はゆっくりと目を開けた。彼女は、何が起こったのか理解できていないようだった。

「葉羽くん…？」

彼女は、俺の名前を呼んだ。俺は安堵の息を吐き、彼女に駆け寄った。

「大丈夫だ、天音さん。もう安全だ」

俺は彼女を抱きしめ、優しく言った。

その時、俺は背後に気配を感じた。振り返ると、そこには、一人の男が立っていた。男は、フードを深く被っており、顔は見えなかった。しかし、その体格は、葛葉忠臣と瓜二つだった。

「貴様は…！」

俺は低い声で呟いた。この男は、一体誰なのか。

男はゆっくりとフードを取り、その素顔を現した。

それは、驚くべきことに、天音の父親、綺羅星輝夜（きらぼし てるや）だった。

「父上…？」

天音は驚愕の声を上げた。輝夜は、冷酷な笑みを浮かべながら、天音に近づいた。

「久しぶりだな、天音」

「なぜ…あなたがここに？」

「なぜって…お前を連れ戻しに来たに決まっているだろう」

輝夜は、天音の腕を掴み、無理やり連れ出そうとした。

「待て！一体どういうつもりだ！」

俺は輝夜の前に立ちはだかり、叫んだ。

「邪魔するな！これは、私の家業だ」

輝夜は、俺を突き飛ばし、天音を連れ去ろうとした。しかし、俺はすぐに立ち上がり、輝夜にタックルした.

二人はもみ合いになり、床に倒れ込んだ。俺は輝夜の腕を掴み、彼を地面に押さえつけた。

「貴様の目的は一体何だ！」

俺は叫んだ。輝夜は、憎悪に満ちた目で俺を見つめ、言った。

「私の目的は、天音を影の存在にすることだ」

「なぜそんなことを…！」

「なぜって…影の石の力は、莫大な富を生み出す。私は、その力を使って、世界を支配する」

輝夜は、狂気に満ちた目で、そう言った。彼は、影の石の力を使って、世界を支配しようと企んでいたのだ。

「狂気の沙汰だ…！」

俺は呟いた。輝夜は、自分の欲望のために、娘を犠牲にしようとしていたのだ。

その時、部屋の扉が開き、彩由美と警察官たちが駆け込んできた。

「葉羽くん！大丈夫！？」

彩由美は、心配そうに俺に駆け寄ってきた.

「ああ、大丈夫だ」

俺は答えた。そして、警察官たちに、輝夜の逮捕を指示した。

輝夜は、抵抗することもなく、警察官たちに連行されていった.

事件は、こうして解決した。天音は無事に保護され、輝夜は逮捕された。そして、視界館の呪いは、ついに解かれた。

しかし、事件の真相は、あまりにも衝撃的なものだった。誰もが、輝夜の狂気に慄然とした.

そして、俺は、この事件を通して、人間の心の闇の深さを改めて思い知った.

歪んだ愛と哀しき復讐の連鎖

事件解決後、俺は彩由美と共に、視界館を後にした。館は、静かに夕日に照らされ、どこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。

「すべてが終わったのね…」

彩由美は、安堵の息を吐いた.

「ああ、終わった」

俺は答えた。しかし、俺の心には、まだ何か引っかかるものがあった。

それは、鏡花の悲劇だった。彼女は、父親の歪んだ愛によって、影の存在へと変えられ、100年もの間、この館に囚われ続けていた。

そして、彼女は、自分と同じ運命を辿る天音を救うために、自らの命を犠牲にした.

彼女の悲劇は、あまりにも哀しく、そして残酷だった.

「鏡花さんは、本当に天音さんを救いたかったんだね…」

彩由美は、悲しげな声で言った.

「ああ、そうだと思う」

俺は答えた. 鏡花は、自分と同じ悲劇を繰り返させないために、すべてを犠牲にしたのだ.

俺は、鏡花の冥福を祈り、視界館を後にした。

迷宮の出口と残された謎

事件は解決したが、まだいくつかの謎が残されていた。

なぜ輝夜は、影の石の力について知っていたのか。そして、なぜ彼は、天音を影の存在にしようとしたのか。

これらの謎は、解明されないままだった。

しかし、俺は、これらの謎を解明することを諦めなかった。

いつか必ず、すべての真相を明らかにし、鏡花の無念を晴らしてみせる。

俺は、そう心に誓い、視界館を後にした。

そして、新たな謎へと立ち向かうために、俺は再び、推理の迷宮へと足を踏み入れるのだった。