歪像の館と消えた令嬢

3章

幻影の交錯 - げんえいのこうさく

館に秘められた過去と血塗られた歴史

影の正体を追う俺は、視界館の書斎に辿り着いた。埃っぽい書斎には、古びた書物や資料が所狭しと並べられており、一種独特の陰鬱な空気が漂っていた。天音の失踪、錯綜する証言、歪みの部屋、頭蓋骨、そして謎の影。断片的なピースが繋がりそうで繋がらない苛立ちが、俺の胸を締め付ける。

「何か手がかりがないか、調べてみよう」

俺は彩由美に声をかけ、書斎の捜索を始めた。彩由美は依然として怯えた様子だったが、俺の傍から離れようとはしなかった。彼女の存在は、この不気味な館の中で、俺にとって唯一の心の支えだった。

書棚には、建築、歴史、美術、オカルトなど、様々な分野の書物が並んでいた。その中に、視界館の歴史について書かれた一冊の本を見つけた。「視界館綺譚 - 血塗られた硝子の迷宮」と書かれたその本は、黒革の装丁で、古びて重厚な雰囲気を漂わせていた。

ページをめくると、視界館の建設から現在に至るまでの歴史が、詳細に記されていた。視界館は、約100年前に、鬼切影郎という奇才建築家によって設計された。彼は、視覚と空間認識の歪みに異常な執着を持ち、この館を「人間の認識を揺るがすための装置」として設計したという。

そして、視界館の歴史は、まさに血塗られたものだった。最初の所有者は謎の失踪を遂げ、次の所有者は火事で死亡、さらにその次の所有者は自殺。まるで、この館には、何か恐ろしい呪いがかけられているかのようだった。

「この館は、最初から狂気に満ちていたんだ……」

俺は呟いた。鬼切影郎の歪んだ情熱が、この館に呪いを植え付けたのかもしれない。

さらに読み進めると、ある記述に目が留まった。それは、鬼切影郎の娘、鬼切 鏡花（おにきり きょうか）に関する記述だった。鏡花は、父親と同じく、芸術的な才能に恵まれていたが、精神的に不安定な一面もあったという。そして、彼女は20歳の時、視界館の中で謎の死を遂げた。

「鏡花……」

俺は鏡花という名に、奇妙な既視感を覚えた。まるで、どこかで聞いたことがあるような、そんな気がした。

その時、彩由美が声を上げた。

「葉羽くん、これ見て！」

彩由美が指差したのは、書斎の壁に掛けられた一枚の絵だった。絵には、若い女性が描かれていた。彼女は黒いドレスを着て、長い金髪をポニーテールにしていた。

「この女性は……」

俺は息を呑んだ。この女性は、影の正体と瓜二つだった。そして、その顔は、どこかで見たことがあるような、そんな気がした。

その時、脳裏に電撃が走った。俺はすべてを理解した。

「鏡花……この女性は、鬼切鏡花だ！」

俺は叫んだ。影の正体は、鬼切鏡花だったのだ。彼女は、100年前のこの館で死んだはずの、鬼切影郎の娘だった。

しかし、それは一体どういうことなのか。死んだはずの人間が、なぜ生きているのか。そして、天音の失踪と、鏡花には、一体どんな関係があるのか。

俺は再び、「視界館綺譚」を読み返した。すると、鏡花が死んだとされる日の記述に、奇妙な一文があることに気づいた。

「鏡花は、まるで影の中に消えたかのように、忽然と姿を消した」

まるで影の中に消えた。それは、まさに影の正体の行動と一致していた。

俺は確信した。鏡花は、100年前のあの日、死んだのではなく、影となってこの館に潜み続けていたのだ。そして、彼女は今、何らかの目的のために、天音を狙っている。

視覚トリックの核心と真実への道筋

鏡花の正体が判明したことで、事件の真相が見えてきた。しかし、まだいくつかの謎が残されていた。

なぜ鏡花は、100年もの間、影としてこの館に潜み続けていたのか。そして、なぜ彼女は今、天音を狙っているのか。

俺は再び、書斎の捜索を続けた。すると、一枚の手紙を見つけた。それは、鬼切影郎が鏡花に宛てた手紙だった。

手紙には、鬼切影郎の歪んだ愛情と、鏡花への異常な執着が綴られていた。彼は鏡花を自分の最高傑作とみなし、永遠に自分の傍に置いておきたかったのだ。

そして、手紙の最後には、恐ろしい計画が記されていた。鬼切影郎は、鏡花を永遠に自分の傍に置いておくために、彼女を影に変える禁断の儀式を行うつもりだったのだ。

「狂気の沙汰だ……」

俺は呟いた。鬼切影郎は、自分の歪んだ愛情のために、娘を犠牲にしようとしたのだ。

そして、俺はすべてを理解した。鏡花は、父親の狂気によって影に変えられ、100年もの間、この館に囚われ続けていたのだ。そして、彼女は今、自分と同じ運命を辿る天音を救おうとしているのだ.

しかし、なぜ天音は、鏡花と同じ運命を辿ることになるのか。

その時、俺は天音の身に着けていたペンダントのことを思い出した。それは、鬼切家に代々伝わるという、奇妙な模様が刻まれたペンダントだった。

俺は「視界館綺譚」の中で、そのペンダントに関する記述を探した。すると、驚くべき事実が明らかになった.

そのペンダントは、「影の石」と呼ばれ、着用者を影の世界へと誘う力を持つという。そして、鬼切家には、代々、そのペンダントを身に着けた女性が、謎の失踪を遂げるという言い伝えがあったのだ。

「天音さんは、ペンダントの力によって、影の世界へと引きずり込まれようとしているんだ！」

俺は叫んだ。天音は、鏡花と同じ運命を辿ろうとしていたのだ。

俺は急いで、天音を助けに行かなければならない。しかし、どうやって影の世界へと行けばいいのか。

その時、俺は歪みの部屋のことを思い出した。歪みの部屋は、視覚と空間認識を歪ませるように設計されていた。そして、その部屋には、影の世界へと繋がる入り口があるかもしれない。

俺は彩由美と共に、歪みの部屋へと向かった。部屋は、以前と変わらず、不気味な雰囲気を漂わせていた。

俺は部屋の中を注意深く観察した。すると、壁の模様の中に、新たな文字が刻まれていることに気づいた. それは、以前にはなかった文字だった.

俺はルーペを取り出し、文字を拡大して観察した. 文字は、古びた字体で書かれており、解読するのは容易ではなかった。しかし、俺はなんとか文字を読み解くことができた。

そこに書かれていたのは、「鏡よ、鏡、真実を映せ」という謎めいた言葉だった.

「鏡……」

俺は呟いた。この言葉は、一体何を意味するんだろうか。

その時、部屋の隅に、一面の鏡があることに気づいた。それは、以前にはなかった鏡だった.

俺は鏡に近づき、自分の姿を映してみた。すると、鏡の中の俺は、まるで別人のようだった. 俺の顔は歪み、目は虚ろで、まるで生気がないように見えた.

その時、俺は理解した。この鏡は、影の世界への入り口なのだ。

俺は彩由美に、鏡に触れないように注意を促した. そして、俺は深呼吸をし、鏡の中に飛び込んだ。

繰り返される悪夢と深淵への誘い

鏡の中の世界は、現実とは全く異なる世界だった。そこは、薄暗く、霧が立ち込めており、不気味な静寂に包まれていた。

まるで、悪夢の中に迷い込んだかのようだった。

俺は周囲を見回した。すると、遠くの方に、一人の女性が立っているのが見えた。

女性は、白いドレスを着ており、長い黒髪を肩に垂らしていた。それは、天音だった。

「天音さん！」

俺は叫び、天音の方へと駆け寄っていった。

しかし、天音は俺の声に反応しなかった。彼女は、まるで人形のように、ただ静かに立っていた。