ピエロの嘲笑が消えない

葉羽

文字の大きさ
4 / 12
3章

深淵を覗く者

しおりを挟む
談話室での出来事は、葉羽の心に暗い影を落とした。患者たちの支離滅裂な言葉、お婆さんが見たという「見えないピエロ」、そしてどこからともなく聞こえてきた不気味な笑い声。これらは全て、単なる偶然や患者の妄想として片付けるには、あまりにも不自然だった。葉羽は、この診療所には何か秘密が隠されていると確信した。そして、その秘密を解き明かすことが、彩由美の叔母、静香を救う唯一の方法だと考えた。

「葉羽君、どうするの? このまま帰るわけにはいかないよね?」

談話室を出て、人気のない廊下を歩きながら、彩由美が不安げに尋ねた。葉羽は頷き、静かに答えた。

「ああ、もちろん。静香さんを助けるためにも、この診療所で何が起きているのか、必ず突き止めなければならない」

葉羽の決意に、彩由美は小さく頷いた。彼女の瞳には、不安と同時に、葉羽への信頼が見て取れた。

葉羽は、まず診療所の資料室を探すことにした。患者たちのカルテや診療所の記録を調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。灰塚院長に尋ねれば、当然拒否されるだろう。ならば、自分で探すしかない。

「彩由美、少し時間を稼いでくれないか? 院長の目を盗んで、資料室を探したい」

葉羽の頼みに、彩由美は少し戸惑ったが、すぐに頷いた。

「分かった。私が院長を引き止めておくから、葉羽君は資料室を探して」

彩由美の協力に感謝しながら、葉羽は資料室を探し始めた。長い廊下を歩き回り、幾つもの扉を開けてみたが、なかなか見つからない。この診療所は迷路のように複雑な構造になっており、目的の部屋に辿り着くのは容易ではなかった。

ようやく資料室らしき部屋を見つけたのは、建物の奥まった場所だった。重厚な扉には鍵が掛かっているが、幸いにも窓の鍵が開いていた。葉羽は窓を少し開け、中へと入り込んだ。

資料室は薄暗く、埃っぽい匂いが漂っていた。壁一面に本棚が並び、無数のファイルが保管されている。葉羽は棚に並んだファイルを探し始めた。患者たちのカルテ、診療記録、そして院長の研究資料。ファイルの山の中から、葉羽は静香のカルテを見つけた。

カルテには、静香の症状や治療経過が詳細に記録されている。しかし、葉羽が注目したのは、その記録の中に「ピエロ」という言葉が繰り返し登場していることだった。他の患者たちのカルテにも目を通すと、同様の記述が見つかった。

「やはり、ピエロは実在する……」

葉羽は呟いた。それは、患者たちの妄想や幻覚ではない。何らかの形で、患者たちは「ピエロ」を目撃しているのだ。

さらに資料を読み進めると、葉羽は灰塚院長の過去についてある事実を発見した。灰塚院長は、かつて精神医学の最先端研究に携わっていたが、ある事件をきっかけに学会から追放されていたのだ。事件の内容は詳しく書かれていないが、「倫理的に問題のある実験」を行っていたことが原因らしい。

「倫理的に問題のある実験……」

葉羽は呟いた。その言葉が、葉羽の脳裏に不吉な予感を呼び起こした。灰塚院長は、この診療所でも同様の実験を行っているのではないか? そして、その実験が「ピエロ」と関係しているのではないか?

その時、葉羽は資料室の奥に、鍵のかかった小さな扉があることに気づいた。その扉の向こうには、一体何が隠されているのだろうか?

葉羽は資料室を探し回り、ついに小さな扉を開けるための鍵を見つけた。それは、灰塚院長の机の引き出しの中に隠されていた。葉羽は深呼吸をし、鍵を扉に差し込んだ。

カチリと音がして、鍵が開いた。葉羽はゆっくりと扉を開け、中へと足を踏み入れた。そこは、さらに狭い部屋だった。壁には一枚の写真が掛けられており、その下には小さな箱が置かれている。葉羽は写真に近づき、その内容を確認した。

写真には、幼い頃の灰塚院長が写っていた。彼の隣には、不気味なピエロの格好をした男が立っている。ピエロは歪んだ笑顔を浮かべ、灰塚院長を見下ろしているようだった。

葉羽は背筋に冷たいものを感じた。この写真が、灰塚院長の過去を暗示していることは間違いない。そして、その過去が、「ピエロ」の謎を解く鍵となるかもしれない。

その時、葉羽は背後から気配を感じた。振り返ると、彩由美が立っていた。

「葉羽君、大丈夫? 院長がこっちに来てる!」

彩由美の言葉に、葉羽はハッとした。見つかった! 葉羽は急いで小さな箱を手に取り、彩由美と共に資料室から逃げ出した。

廊下を走りながら、葉羽は手にした箱の中身を確認した。中には、一枚のメモと小さな金属製の装置が入っていた。メモには、いくつかの数字と記号が書かれている。葉羽はそれが何かの暗号だと直感した。そして、金属製の装置は、何かの制御装置のようだった。

葉羽は、この箱が事件の真相を解き明かす重要な鍵を握っていると確信した。しかし、同時に深い不安を感じた。この診療所で起きていることは、想像以上に複雑で危険なものであることを悟ったからだ。

「葉羽君、一体何が……?」

彩由美が不安げに尋ねた。葉羽は真剣な表情で答えた。

「まだ分からない。だが、一つだけ確かなことがある。この診療所では、我々の想像を絶する何かが行われている」

葉羽の言葉に、彩由美は息を呑んだ。二人は見つからないように身を隠し、灰塚院長が通り過ぎるのを待った。心臓が激しく鼓動し、息苦しさを感じながらも、葉羽は冷静さを失わなかった。彼はこの悪夢のような状況から抜け出し、真実を暴くことを決意していた。

その時、葉羽は廊下から微かな音が聞こえてくることに気づいた。それは、規則正しく繰り返される、低く響く音だった。まるで、心臓の鼓動のような……。そして、その音は、葉羽が資料室で見つけた金属製の装置から発せられていることに気づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...