ピエロの嘲笑が消えない

5章

迫り来る影

「私はただ、患者たちを救おうとしているだけだ」

灰塚院長は冷たく言い放った。隠し部屋の入り口に立ち、葉羽と彩由美を睨みつけている。葉羽は幻覚誘導装置の前に立ちふさがり、一歩も引かなかった。

「嘘だ！　貴様は患者たちを弄び、恐怖に陥れている！　この装置を使って、彼らにピエロの幻覚を見せているんだ！」

葉羽は手にしたファイルを示し、院長の罪を糾弾した。灰塚院長は一瞬ひるんだように見えたが、すぐに嘲笑を浮かべた。

「証拠はあるのか？　幻覚を見たという患者たちの証言など、何の証拠にもならない。彼らは精神を病んでいるのだ。彼らの言葉など、信じるに値しない」

「だが、この装置はどう説明する？　それに、このファイルはどうだ！　貴様は患者たちの個人情報を盗み、彼らの深層心理を利用して、幻覚を見せているんだ！」

葉羽は一歩踏み出し、院長に迫った。院長は後ずさりし、怯えたような表情を見せた。

「……私は……私はただ、彼らの恐怖を克服させようとしているだけだ。ピエロ恐怖症は深刻な精神疾患だ。私は、彼らを救うために、この装置を開発した」

院長の声は震えていた。葉羽は彼の言葉が嘘だと見抜いていた。

「嘘だ！　貴様は自分の研究のために、患者たちをモルモットにしているだけだ！　貴様自身もピエロ恐怖症で、その恐怖を克服するために、患者たちを利用しているんだ！」

葉羽は資料室で見つけた写真のことを思い出した。幼い灰塚院長と、不気味なピエロ。その写真が、院長の過去を物語っている。

院長の顔色が変わり、激しく動揺しているのが分かった。葉羽はさらに追及した。

「貴様はかつて、倫理的に問題のある実験を行ったとして学会から追放された。そして、この診療所で再び同じ過ちを繰り返している！　許せない！」

葉羽の言葉に、院長は何も答えることができなかった。彼の沈黙は、葉羽の推理が正しかったことを証明していた。

その時、彩由美が葉羽の隣に駆け寄り、小声で言った。

「葉羽君、危ない！　早く逃げよう！」

彩由美は廊下の奥から足音が聞こえてくるのに気づいたのだ。恐らく、院長の部下か、あるいは警備員だろう。

「くそっ……」

葉羽は舌打ちした。このままでは、装置の証拠を押収することもできず、逃げなければならない。葉羽は装置の電源を切り、彩由美と共に隠し部屋から脱出した。

二人は資料室に戻り、窓から外へと逃げ出した。既に日は完全に沈み、あたりは闇に包まれている。二人は診療所の敷地内を走り抜け、裏門へと向かった。

その時、背後から複数の足音が聞こえてきた。追手が迫っている！

「早く！」

葉羽は彩由美の手を引き、全速力で走り出した。追手はすぐそこまで迫っていた。葉羽は塀を乗り越え、彩由美を助けながら外へと脱出した。

二人は暗い森の中を走り抜け、なんとか追手から逃れることができた。息を切らしながら、二人は立ち止まった。

「……大丈夫か、彩由美？」

葉羽は彩由美の肩に手を置き、心配そうに尋ねた。彩由美は頷き、

「うん、大丈夫。でも……叔母さんはどうなるの？」

と不安そうに言った。葉羽は顔を曇らせた。静香はまだクロウ・ハウスの中にいる。彼女を救い出すためには、もう一度診療所に戻らなければならない。

「必ず、静香さんを助け出す。そのためにも、まずは警察に行き、このことを報告しなければならない」

葉羽は決意を新たにした。しかし、その表情は暗い影に覆われていた。灰塚院長は、そう簡単に捕まるような相手ではない。そして、この事件は、想像以上に複雑で危険なものであることを、葉羽は感じ始めていた。

その時、葉羽はポケットの中の金属製の装置が振動していることに気づいた。装置を取り出すと、画面には「HANE」という文字列が表示されていた。そして、その下に、新たなメッセージが表示された。

「ゲームはこれからだ」