歪んだ時間の罠

1章

静寂の中の謎

 第1章: "静寂の中の謎"

神藤葉羽（しんどう はね）は、学校の帰り道、いつものように推理小説を読みながら歩いていた。彼の頭の中では、すでに犯人像が浮かんでいた。犯人の動機、アリバイ、そしてトリック。ページをめくるたびに、彼の推理は深まっていく。

「ここだ」と、葉羽はふと立ち止まり、つぶやくように一言。彼は推理がぴたりと当たった瞬間の快感に浸ることを何よりも楽しんでいた。謎が解けたときのカタルシス、それが彼にとっての生きがいだった。

だが、そんな日常の中でも、もう一つの「謎」が彼の心を占めていた。それは――**望月彩由美**。幼馴染であり、彼にとって唯一無二の存在である彩由美のことだ。

彼女のことを考えると、なぜか頭がすっきりしない。推理小説のように論理的に解き明かすことができない感情。それが、彼を苛立たせると同時に、心の奥底で揺れ動かしていた。

「ねぇ、葉羽くん、何考えてるの？」  
突然、彩由美が声をかけてきた。彼女の澄んだ声が、彼の思考を現実に引き戻す。  
「いや、別に...」  
彼は少し照れ臭そうに言葉を濁した。

彩由美はいつも通りの笑顔を見せる。天然で、柔らかな雰囲気を纏った彼女。恋愛漫画の世界に生きているかのような純粋さが、葉羽を時々戸惑わせるのだった。彼女の優しさに触れるたび、自分の中で何かが変わりつつあることを彼は薄々感じていた。

だが、今はそれを深く考える気分ではない。葉羽は再び本を開き、頭を推理の世界に戻す。そうすれば、心が落ち着く。彩由美に対する自分の感情も、まるで未解決の謎のように棚上げにしておけるのだから。



ある日の放課後、葉羽はいつものように自宅の豪邸で一人くつろいでいた。彼は、一人暮らしの静かな時間を利用して、読みかけの推理小説に没頭していた。豪邸の静寂は、彼にとって最高の「推理空間」だ。

そのとき、突然スマホが鳴り、彩由美からのメッセージが届く。  
「葉羽くん、今夜、一緒にご飯行かない？」  
彼はしばらくそのメッセージを見つめ、ためらいながらも「いいよ」と返事を打ち込む。普段なら一人で過ごす夜を、彼女と共有することにどこか緊張を覚えるのだった。

夜になり、二人は近くのレストランで食事をしていた。彩由美はいつも通り、恋愛漫画の話を楽しそうにしている。彼女の話に耳を傾けながらも、葉羽の頭の中では新しい推理が始まっていた。

「彼女の言葉に何か隠された意味があるのだろうか？」  
彼は無意識に、彩由美の言葉一つ一つを分析し始める。だが、答えが見つからない。彼女の笑顔と、ふとしたしぐさが、彼の理性を打ち破り、心に疑問ではなく感情をもたらしていた。

その帰り道、二人は静かに歩いていた。突如、彩由美が足を止め、葉羽の顔をじっと見つめる。  
「ねぇ、葉羽くん、私のこと、どう思ってる？」  
彼は一瞬戸惑った。推理の達人である自分が、この問いにはなぜか答えられない。彼の心の中で、感情と論理がせめぎ合っていた。

「それは、つまり...」  
言葉が出てこない。頭の中で理論を組み立てようとするが、どうしても答えが見つからない。

彩由美は彼の沈黙を察し、微笑んで言った。  
「大丈夫、無理に答えなくてもいいよ。」  
その一言が、葉羽の心を救った。彼は推理小説では解けないこの感情の謎に、少しずつ向き合わざるを得なくなっていた。



数日後、葉羽は友人たちと学校の休憩時間を過ごしていた。突然、教室に異様な雰囲気が漂い始める。学校の一角で、ある「不可解な事件」が起きたという知らせが広がったのだ。生徒たちの間で噂が飛び交い、その詳細はまだ不明だったが、どうやら「死体」が発見されたという。

葉羽の推理心が再び燃え上がる。彼はこの謎に挑むことを決意した。自分にしか解けない、そう直感したのだ。

放課後、彼は事件のあった場所に足を運んだ。警察はまだ調査を進めていたが、葉羽の鋭い観察力は、すでに現場に残された痕跡を読み取っていた。  
「これが本当に事故だと？いや、違う。何かがおかしい。」  
彼の頭の中で、いくつもの可能性が浮かび上がる。そしてその瞬間、彼はある仮説にたどり着いた。**時間**が、この事件の鍵を握っているのではないか、と。

「これはただの殺人ではない。もっと深いトリックが隠されている...」  
彼は心の中で呟く。そしてそのトリックを解くためには、どんな些細な証拠も見逃せないことを悟った。

事件の核心に迫るにつれ、葉羽は次第に彩由美の存在も意識し始める。彼女の言動が、今回の事件とどこかリンクしているのではないか、という疑念が彼の頭にちらつく。

果たして、この「時間の罠」を仕掛けたのは誰なのか。そして彩由美の心に秘められた思いは、事件とどう関わっているのか。葉羽は次第に、推理の世界と感情の世界が交錯する中で、未解決の謎に挑んでいく――。