歪んだ時間の罠

葉羽

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5章

告げられぬ想い

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第5章: "告げられぬ想い"

事件が終息し、日常は再び静かに戻った。しかし、神藤葉羽の心はまだざわついていた。犯人が捕まり、学校での不正も明るみに出ることはなかったが、彼はその裏に隠された複雑な感情をどう処理すべきか分からなかった。

特に、望月彩由美――彼の幼馴染であり、心の中で気にかかっていた存在が、今回の事件と深いところで繋がっていたことが、葉羽をさらに悩ませていた。

彩由美には何も伝えなかった。彼女の父、望月正志が犯人であることも、学校の裏で進んでいた不正のことも。葉羽は全てを心の中に留め、彼女を守るために何も言わなかったのだ。

「これでよかったのか…」
事件が解決してから数日が経ち、葉羽は一人、広々とした自宅の書斎でふと思った。彩由美の無邪気な笑顔を思い浮かべるたび、胸の奥で苦しさがこみ上げてくる。彼は彼女を守りたかったが、そのために真実を隠すという選択をした自分に少しの違和感を覚えていた。

そのとき、ふいにドアのベルが鳴った。静かな豪邸に響き渡る音に、葉羽はすぐに立ち上がり玄関へ向かった。ドアを開けると、そこには彩由美が立っていた。

「彩由美…？」
彼女の表情はいつもと違っていた。どこか決意を秘めたような、いつもの天然な笑顔とは違う真剣な顔だった。

「葉羽くん、少し話がしたくて…」

葉羽は黙って彼女を家に招き入れ、二人はリビングに座った。彩由美はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「お父さんのことで、色々と悩んでるの。最近、何か隠してるような気がして…。もしかして、葉羽くんは何か知ってるの？」

彼女の問いかけに、葉羽は内心で大きく動揺した。まさか、彼女が父親に対して疑念を抱いているとは思わなかった。しかし、ここで真実を告げるべきか、それとも黙っているべきか――葉羽は心の中で葛藤を始めた。

「いや、特に何も…」
彼は自分の声が思った以上に平静であることに驚いた。彩由美を守りたいという気持ちと、真実を隠していることへの罪悪感がせめぎ合い、言葉が出てこなかった。

彩由美はじっと葉羽を見つめ、彼の答えに満足していない様子だった。
「葉羽くんは、私に嘘をついてるよね？」
その言葉に、葉羽の胸が痛んだ。彩由美は彼の嘘を見抜いている。それが、彼をさらに追い詰めた。

「彩由美…ごめん。でも、これは君のためなんだ。」

彼の言葉に、彩由美は涙を浮かべながら小さく首を振った。
「私、そんなの望んでない。葉羽くんが私を守ってくれるのは嬉しいけど、嘘をつかれるのは辛いよ。私は、ただ本当のことが知りたいの。」

葉羽はその言葉を聞き、しばらく沈黙した。そして、彩由美の目を真っ直ぐに見つめ、ようやく決意を固めた。

「彩由美…お父さんが事件に関わっていたんだ。彼が佐伯くんを殺した。」

その言葉が出た瞬間、彩由美の顔が蒼白になった。彼女は何か言おうとしたが、言葉が出てこないようだった。葉羽は続けた。

「君には言えなかった。君を傷つけたくなかったんだ。でも、君は真実を知る権利がある。お父さんは、自分が学校の不正を隠すために佐伯くんを殺してしまったんだ。」

彩由美は、葉羽の言葉を飲み込むように、しばらくその場で呆然としていた。やがて彼女は静かに涙を流し、震える声で話し始めた。

「お父さんが…そんなことを…。私、信じられない…。どうして…？」

葉羽はその問いに答えられなかった。自分が犯人である父親の行為を説明することは、彩由美にとっては耐え難い現実だろう。しかし、葉羽はここで逃げることなく、彼女を支えたいと思っていた。

「彩由美、君が悪いわけじゃない。お父さんも、君を守ろうとしていたんだ。だから、こうなってしまったんだと思う。」

葉羽はそっと彼女の肩に手を置き、優しく語りかけた。彩由美は涙を拭いながら、小さくうなずいた。

「ありがとう、葉羽くん…。でも、これからどうすればいいのか、分からないよ。」

「僕も、全てが分かっているわけじゃない。でも、君が何かを決断するとき、僕はいつでも君のそばにいるよ。君を一人にはしない。」

その言葉に、彩由美は再び涙を流しながら葉羽の方を見つめ、彼に微笑んだ。その笑顔には、悲しみと共に、ほんの少しの希望も感じられた。

事件が解決し、望月正志が逮捕されてから数週間が経過した。葉羽は自分の心の中で、ようやく事件が終わったという実感を持ち始めていた。彩由美との関係も、少しずつ元に戻りつつあった。だが、二人の間には以前とは異なる絆が生まれていた。それは、真実を共有し、共に乗り越えたという強い絆だった。

ある日の放課後、彩由美が葉羽に声をかけた。
「ねぇ、葉羽くん。今日、どこか一緒に行かない？」

彼は彼女の提案に軽くうなずき、二人は並んで歩き出した。これまでのような平凡な日常に戻りつつあるが、二人の関係は確かに深まっていた。

葉羽は歩きながら、ふと彩由美の顔を見た。彼女は依然として美しく、優しさに満ちていたが、どこか強さも感じられるようになった。

「彩由美…君は本当に強いね。」

彼の言葉に、彩由美は微笑んで答えた。
「葉羽くんがいたからだよ。私、これからもずっと一緒にいてくれる？」

葉羽は少し照れくさそうにしながらも、真剣にうなずいた。
「もちろんだよ。君のこと、守り続けるから。」

二人はこれからも共に歩んでいくことを誓い合い、新たな未来へと進んでいった――。

（完）

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