1 / 7
序章
彼女が見た白い影
しおりを挟む
蒸し暑い六月の放課後。
窓から差し込む夕陽が、音楽室の白いピアノを赤く染めていた。
「ねぇ、葉羽くん。聞いたことある? 天井裏の囁き姫の話」
望月彩由美は、いつもより少し神妙な面持ちで切り出した。普段は明るい声色の彼女にしては珍しく、低い声だった。
神藤葉羽は読みかけの推理小説から目を離し、幼なじみの彼女を見上げた。夕陽に照らされた横顔が、不思議なほど艶めかしく見える。心臓が少しだけ早くなるのを感じながら、彼は答えた。
「ああ、例の七不思議の一つか。確か百年前に失踪した女学生の霊が、満月の夜に天井裏で泣いているという話だろう」
「うん...でもね」彩由美は声を潜めた。「昨日、私、本当に聞いたの」
葉羽は読んでいた本を完全に閉じた。彼女の表情は真剣そのものだった。
「具体的に、どんな声だった?」
「最初は...かすかな泣き声。でもそのうち、はっきりと言葉になって...」
彩由美は震える声で続けた。
「『私を見つけて』って」
その瞬間、音楽室の天井から、微かな物音が聞こえた。
二人は反射的に上を見上げる。
「今の...」
しかし、それ以上の音はなかった。
夕暮れ時の音楽室に、重苦しい沈黙が降りる。古びたグランドピアノの影が、二人の足元まで伸びていた。
「実はね」彩由美は続けた。「他にも変なことがあったの。先週の満月の夜、図書室で勉強してた時...天井から白い布きれみたいなものが、ふわって落ちてきて...」
葉羽は眉をひそめた。彼の中で、何かが引っかかる。
「その布きれ、どうなった?」
「拾おうとしたら...消えちゃった」
また天井から物音。今度ははっきりと、誰かが歩く音のような...
「調べてみない?」葉羽が立ち上がる。「天井裏に上がれる場所、知ってる?」
「え...でも」
「大丈夫、俺がついてる」
そう言って笑いかける葉羽に、彩由美は小さく頷いた。
音楽室を出て、二人は薄暗い廊下を歩き始めた。夕暮れ時の校舎は、不気味なほど静かだ。
「音楽室の天井裏に行くなら、三階の倉庫から...」
葉羽の言葉が途切れた。
廊下の突き当たりに、白い影が見えた。
女性の後ろ姿。
長い黒髪が、風もないのにゆらゆらと揺れている。
「あ...」彩由美が小さく声を上げる。
その影は、ゆっくりと振り返った。
しかし顔は...なかった。
彩由美が悲鳴を上げる前に、葉羽は彼女の手を取って走り出していた。
階段を駆け上がり、三階まで一気に上がる。
「大丈夫か?」
震える彩由美の肩を抱きながら、葉羽は後ろを確認した。
影は追ってこなかった。
「う、うん...ごめんね、怖がっちゃって...」
「いや、当然だ」
葉羽は彩由美の手を握ったまま、ふと気づいた。
「でも変だな」
「何が?」
「俺たち、なんで三階に逃げたんだろう」
葉羽は考え込むように言った。
「普通、下に逃げるはずなのに」
その時、頭上から悲鳴が響いた。
防音された音楽室とは明らかに違う、生々しい女性の悲鳴。
二人が見上げた天井には、赤い染みが広がっていた。
翌朝。
音楽室の天井から、音楽教師・五十嵐咲子の遺体が発見された。
警察の発表によれば、事故死。
天井裏で足を滑らせ、転落したのだという。
しかし葉羽には、どうしても違和感が残った。
なぜなら、五十嵐先生の遺体が発見された場所。
あの天井の一角だけ、昨日までとは明らかに違う色をしていたのだ。
まるで...新しく塗り替えられたように。
そして彩由美の机の上には、一枚の白い布切れが置かれていた。
それは間違いなく、百年前の女学生の制服の切れ端。
布の端には、かすかに赤い染みが付いていた。
葉羽は決意した。
この謎を解かねばならない。
彩由美を守るために。
そして...あの囁き姫の正体を暴くために。
窓から差し込む夕陽が、音楽室の白いピアノを赤く染めていた。
「ねぇ、葉羽くん。聞いたことある? 天井裏の囁き姫の話」
望月彩由美は、いつもより少し神妙な面持ちで切り出した。普段は明るい声色の彼女にしては珍しく、低い声だった。
神藤葉羽は読みかけの推理小説から目を離し、幼なじみの彼女を見上げた。夕陽に照らされた横顔が、不思議なほど艶めかしく見える。心臓が少しだけ早くなるのを感じながら、彼は答えた。
「ああ、例の七不思議の一つか。確か百年前に失踪した女学生の霊が、満月の夜に天井裏で泣いているという話だろう」
「うん...でもね」彩由美は声を潜めた。「昨日、私、本当に聞いたの」
葉羽は読んでいた本を完全に閉じた。彼女の表情は真剣そのものだった。
「具体的に、どんな声だった?」
「最初は...かすかな泣き声。でもそのうち、はっきりと言葉になって...」
彩由美は震える声で続けた。
「『私を見つけて』って」
その瞬間、音楽室の天井から、微かな物音が聞こえた。
二人は反射的に上を見上げる。
「今の...」
しかし、それ以上の音はなかった。
夕暮れ時の音楽室に、重苦しい沈黙が降りる。古びたグランドピアノの影が、二人の足元まで伸びていた。
「実はね」彩由美は続けた。「他にも変なことがあったの。先週の満月の夜、図書室で勉強してた時...天井から白い布きれみたいなものが、ふわって落ちてきて...」
葉羽は眉をひそめた。彼の中で、何かが引っかかる。
「その布きれ、どうなった?」
「拾おうとしたら...消えちゃった」
また天井から物音。今度ははっきりと、誰かが歩く音のような...
「調べてみない?」葉羽が立ち上がる。「天井裏に上がれる場所、知ってる?」
「え...でも」
「大丈夫、俺がついてる」
そう言って笑いかける葉羽に、彩由美は小さく頷いた。
音楽室を出て、二人は薄暗い廊下を歩き始めた。夕暮れ時の校舎は、不気味なほど静かだ。
「音楽室の天井裏に行くなら、三階の倉庫から...」
葉羽の言葉が途切れた。
廊下の突き当たりに、白い影が見えた。
女性の後ろ姿。
長い黒髪が、風もないのにゆらゆらと揺れている。
「あ...」彩由美が小さく声を上げる。
その影は、ゆっくりと振り返った。
しかし顔は...なかった。
彩由美が悲鳴を上げる前に、葉羽は彼女の手を取って走り出していた。
階段を駆け上がり、三階まで一気に上がる。
「大丈夫か?」
震える彩由美の肩を抱きながら、葉羽は後ろを確認した。
影は追ってこなかった。
「う、うん...ごめんね、怖がっちゃって...」
「いや、当然だ」
葉羽は彩由美の手を握ったまま、ふと気づいた。
「でも変だな」
「何が?」
「俺たち、なんで三階に逃げたんだろう」
葉羽は考え込むように言った。
「普通、下に逃げるはずなのに」
その時、頭上から悲鳴が響いた。
防音された音楽室とは明らかに違う、生々しい女性の悲鳴。
二人が見上げた天井には、赤い染みが広がっていた。
翌朝。
音楽室の天井から、音楽教師・五十嵐咲子の遺体が発見された。
警察の発表によれば、事故死。
天井裏で足を滑らせ、転落したのだという。
しかし葉羽には、どうしても違和感が残った。
なぜなら、五十嵐先生の遺体が発見された場所。
あの天井の一角だけ、昨日までとは明らかに違う色をしていたのだ。
まるで...新しく塗り替えられたように。
そして彩由美の机の上には、一枚の白い布切れが置かれていた。
それは間違いなく、百年前の女学生の制服の切れ端。
布の端には、かすかに赤い染みが付いていた。
葉羽は決意した。
この謎を解かねばならない。
彩由美を守るために。
そして...あの囁き姫の正体を暴くために。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる