暗闇の中の囁き

6章

真実の影

神藤葉羽と望月彩由美は、再び洋館に足を踏み入れた。今度は恐怖を感じながらも、真実を求める気持ちが勝っていた。手記の記号が示す場所がどこか、そして美咲の秘密が何なのかを探るために、彼らは決意を新たにしていた。

「この記号、どこかの部屋に繋がっているんじゃないかな。」葉羽は手記を手に、廊下を進む。彼の心の中には、黒崎一郎の過去と、美咲の存在が交錯していた。

「さっきの書斎に戻るの？」彩由美が不安げに尋ねる。

「うん、あそこには他の手がかりもあるかもしれない。」葉羽は答え、廊下の奥へ進んでいった。廊下の壁沿いには、古い写真や絵画が飾られている。その中には、黒崎の家族の写真も含まれていたが、彼の目を引いたのは、やはりあの「美咲」と名乗る女性の肖像画だった。

「この絵、どこかで見たことがあるような……」葉羽は立ち止まり、絵をじっと見つめた。女性は美しい笑顔を浮かべていたが、その目には何か哀しみが宿っているように見えた。

「葉羽、行こうよ。」彩由美が促すが、葉羽はその場から動けなかった。

「この女性が、美咲なんだ……」彼はつぶやいた。この絵が彼女のものであるなら、彼女が抱えていた秘密がここに隠されているに違いない。

彼は再び手記を読み返す。記号が示す場所が、どの部屋なのかを考えながら、視線を廊下の奥に向けた。「ここから見える部屋の一つに、何か手がかりが隠されているはずだ。」

「でも、どの部屋？」彩由美は不安そうに言った。

「手記の内容を思い出してみて。黒崎は、美咲が大切にしていたものを残しているかもしれない。」葉羽は考え込む。「彼女の思い出が詰まった場所、そこに手がかりがあるはずだ。」

「それなら、彼女の部屋を探してみよう！」彩由美は提案する。

「そうだな、彼女の部屋はこの洋館の奥の方にあるはずだ。急ごう。」葉羽は決意を持って言った。

二人は廊下を進み、奥へと向かう。ドアがいくつも並んでいる中、彼らは一つのドアに辿り着いた。そのドアには「美咲の部屋」と書かれた古びたプレートがかかっていた。葉羽はドアノブを握り、ゆっくりと開けた。

部屋の中は薄暗く、埃が積もった家具が並んでいた。葉羽は胸が高鳴るのを感じながら、部屋の中に踏み込む。彼は部屋の隅々を見渡し、何か手がかりがないか探し始める。

「ここ、誰も入っていなかったのかな？」彩由美が言った。彼女の声には不安が滲んでいる。

「多分、ずっと放置されていたんだろう。」葉羽は答えた。彼は部屋の中央に置かれたデスクに目を向けた。その上には、古い日記のようなものが置かれている。彼はゆっくりと近づき、その本を手に取った。

「これが、美咲の日記かもしれない……」葉羽は言い、ページをめくり始めた。日記には、美咲が黒崎との思い出や、彼女の心の葛藤が綴られていた。彼女は黒崎を深く愛していたが、同時に彼に対する恐怖や不安も抱えていた。

「美咲は、黒崎の作品が怖くなっていたのかもしれない。」葉羽はつぶやいた。「彼女は、自分が影の存在になってしまうのではないかと心配していたのかも。」

「それが、あの影の正体なの？」彩由美が驚いた表情で尋ねる。

「多分、そうだ。黒崎が美咲を失ってしまったことで、彼女の影が彼を追い詰めているんだ。」葉羽は日記を読み進めながら、彼女が抱えていた苦悩を感じ取った。

その時、突然、部屋の空気が変わった。薄暗い空間に冷たい風が吹き込み、葉羽は思わず身震いした。「何か、感じる……」彼は周囲を見渡した。

「葉羽、何かいるの？」彩由美が怯えた声で言った。彼女の目が不安で揺れている。

「多分、影が……」葉羽は言葉を続けることができなかった。彼の目の前に、再びあの不気味な影が現れた。影はゆっくりとこちらに近づき、冷たい声で囁いてきた。「助けて……私を救って……」

葉羽は恐怖に駆られ、背後にいる彩由美を振り返った。「逃げよう！」

二人は急いで部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けた。影の声が後ろから追いかけてくるように響いていた。廊下の先には出口が見えているが、影が迫ってきている感覚が彼らの心を締め付ける。

「どうする、葉羽！」彩由美が叫ぶ。

「影を振り切るしかない！」葉羽は叫びながら、全力で走り続けた。その瞬間、彼の頭の中に、黒崎の言葉が響いた。「囁く影は、心の奥底に潜む。」

「心の奥底……」葉羽は呟いた。影の正体が、彼の心の中にある恐怖と繋がっているのかもしれないと感じた。

「その影を解決するためには、私たちが向き合わなければならない！」葉羽は決意を持って振り返り、影に向かって叫んだ。「お前は、私が抱えている恐怖そのものだ！」

その瞬間、影は一瞬停止し、葉羽の目の前に立ち尽くした。彼の心の奥に潜む不安や恐怖が、その影と対峙することで解放されるのではないかと感じた。

「私を救って……」影の声が再び響く。葉羽はその声に耳を傾け、心の奥底にある恐れを受け入れる決意をした。「お前が求めているのは、私の心の中にあるものだ。私は逃げない！」

影は一瞬、揺らいだように見えた。葉羽はその瞬間を逃さず、心の中にある恐れをすべて吐き出した。「私は、もう怖がらない。美咲の思い出を大切にし、黒崎の過去を受け入れる！」

その瞬間、影は光に包まれ、次第に形を変えていった。葉羽の心の中で、恐怖が解放され、影が消えていくのを感じた。

「葉羽！」彩由美の声が響く。「やったの？」

「うん、たぶん……」葉羽は息を切らしながら言った。影は消え、彼らは新たな希望を感じていた。

「私たち、やっと真実に近づけたのかもしれない。」葉羽は微笑んだ。だが、まだ道のりは長い。彼らは黒崎一郎と美咲の過去を理解し、完全にこの恐怖から解放され るまで、まだ多くの謎が残されている。しかし、彼らは確実に一歩前進した。葉羽は、心に残る不安を抱えながらも、彩由美の手をしっかりと握りしめた。

「もう一度、美咲の日記を読み返そう。きっと、彼女が何を求めていたのかがわかるはずだ。」葉羽は決意を持って言った。彩由美も頷き、再び彼らは美咲の部屋へ戻ることにした。

部屋に戻ると、日記は変わらずその場に置かれていた。葉羽はそれを手に取り、ページをめくり始めた。日記の中には、美咲の心情や黒崎との思い出が細かく描かれていた。彼女は、黒崎の作品がどれほど素晴らしいかを賛美しながらも、同時にその作品が引き起こす恐怖に悩まされていた。しかし、彼女の心の中には、愛情もまた深く根付いていた。

「ここだ……」葉羽はある一節に目を留めた。「黒崎が私を影のように捉えるとき、私は彼のために何をすればいいのかを考えていた。彼の影から解放されるために、私自身の影を消すべきなのかもしれない。」

「彼女は、自分が黒崎の影になってしまうことを恐れていたのかもしれないね。」彩由美は静かに言った。「それで、彼女は自分を消すことを考えていたのかも……」

「そうだ。黒崎が美咲を失ったことで、彼の中に残った影がこの館を支配している。しかし、美咲は彼を愛していたからこそ、自らの影を消し去ろうとしたのかもしれない。」葉羽はページをめくりながら、さらに考えを深めた。

「この日記の中には、彼女がどこに行ったのか、手がかりがあるかもしれない。」彼は読み進め、日記の最後の方に目を向けた。そこには、黒崎と美咲が約束した場所についての記述があった。彼女は、彼に会うためにある特別な場所を訪れる計画を立てていた。

「約束の場所……これだ！ここに美咲が向かうことを決めた理由が書かれている。」葉羽は興奮気味に言った。「彼女は、黒崎に自分の気持ちを伝えたかったんだ。」

「その場所に行けば、何かがわかるかもしれないね。」彩由美は目を輝かせた。

「行こう、彩由美！この手がかりをもとに、その場所を見つけよう！」葉羽は日記をしっかりと握りしめ、部屋を出た。彼の心には、恐怖を乗り越えようとする強い決意が宿っていた。

彼らは洋館を後にし、日記に書かれた場所へ向かうために自転車に乗った。道中、葉羽は美咲が黒崎に対して抱いていた愛情の深さを思い、彼女の気持ちを理解しようと努めた。美咲の影が、どれほど彼女自身を苦しめていたのかを感じ取ることで、彼は彼女を救う手助けができるのではないかと考えた。

「その場所は、黒崎がよく訪れていた公園みたいだね。」葉羽が言うと、彩由美は頷いた。

「もしかしたら、彼女が何かを待っていたのかもしれない。黒崎が来るのを……」彩由美の声には、温かさと切なさが混じっていた。

やがて、彼らは公園に到着した。公園は静まり返り、まるで時間が止まったかのようだった。葉羽は周囲を見渡し、日記に書かれていた約束の場所を探した。公園の奥には、大きな桜の木が立っていた。そこが、美咲と黒崎が約束した場所なのかもしれない。

「ここだ、きっと。」葉羽は桜の木の下に近づき、周りを見回した。彼は心臓が高鳴るのを感じながら、地面を注意深く調べ始めた。

「何か見つかるかな……？」彩由美が不安そうに言った。

「美咲がここに何かを残したかもしれない。彼女の思いを伝えるために。」葉羽は言った。彼は桜の木の根元を掘り起こし、周囲を注意深く探った。すると、ふと、何かが埋まっている感触が手に伝わった。

「これだ！」葉羽は一瞬の興奮に駆られ、地面を掘り進めた。すると、そこから小さな箱が現れた。古びた木製の箱で、上には美咲の名前が刻まれている。

「開けてみて！」彩由美が興奮した声で言った。葉羽はその箱を慎重に開けた。中には、手紙と古い写真が入っていた。

「これが、美咲の遺したものだ……」葉羽は手紙を取り出し、ゆっくりと読み始めた。

「親愛なる黒崎へ、私はあなたを愛しています。あなたの作品が私に与えた影響を、私は決して忘れません。しかし、あなたが抱える影から逃れることができないと感じています。この影が私を飲み込んでしまう前に、あなたに伝えたかったことを残します。私がここにいる理由を、あなたに知ってもらいたいから。」

手紙を読み進めるうちに、葉羽は涙がこぼれそうになった。美咲の言葉には、彼女の深い愛情と、同時に黒崎への切なる願いが込められていた。

「彼女は、黒崎に自分の気持ちを伝えたかったんだ……でも、彼が来る前に何かが起こったのかもしれない。」葉羽は言った。

「そして、その影が彼を追い詰めている……」彩由美が続けた。

葉羽は海のように広がる不安を感じた。しかし、彼はこの真実を受け入れることで、黒崎の影から解放される手助けができると信じていた。「美咲の思いを、黒崎に届ける必要がある。彼の影を解放するために。」

彼は日記と手紙をしっかりと握りしめ、決意を固めた。「彩由美、この手紙を持って、黒崎の墓に行こう。彼に美咲の思いを伝えるんだ。」

「うん、行こう！」彩由美も頷き、二人は再び自転車に乗り込んだ。彼らの心には、恐怖を乗り越え、真実を見つけ出すための強い意志が宿っていた。

運命の道を進む中、彼らは黒崎一郎の影を解明するための最後の旅に向かっていた。果たして、彼らはこの恐怖から解放され、真実を見つけ出すことができるのか？それは、彼ら自身の心の中に潜む影と向き合うことを意味していた。