残響鎮魂歌(レクイエム)

葉羽

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1章

音無き絶叫

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古びた豪邸の広間は、重厚なベルベットのカーテンによって外界と隔絶され、真昼だというのに薄闇に包まれていた。埃っぽい空気が淀み、窓から差し込む僅かな光が、宙を舞う塵を白く浮かび上がらせる。その静寂を破るように、神藤葉羽の足音が乾いた音を立てて響いた。彼は広間の中央に視線を固定し、ゆっくりと歩みを進める。そこには、仰向けに倒れた男の姿があった。

男は黒曜巌。この豪邸の現所有者である。豪奢な調度品に囲まれた広間で、彼はまるで舞台役者のように静かに横たわっていた。顔は蝋のように青白く、目は虚ろに開かれたまま、焦点の定まらない虚空を見つめている。葉羽はその傍らにしゃがみ込み、躊躇いがちに男の手首に触れた。しかし、そこには生命の鼓動は感じられず、冷たく硬い感触だけが指先に伝わってくる。

「……ダメだ、冷たい」

呟きは、広間の静寂に溶け込むように消えていった。葉羽は静かに手を離し、立ち上がる。黒曜は昨晩、この広間で一人、酒を飲んでいたと聞いている。今朝になって使用人が様子を見に来たところ、冷たくなっている彼を発見したのだという。通報を受けた警察は現場検証を行い、争った形跡や外傷がないことから、病死と判断した。死因は心臓発作とされている。

だが、葉羽は拭い去れない違和感を覚えていた。黒曜は50代半ば、健康状態にも問題はなかったと聞いている。突発的な心臓発作というのも、どうにも腑に落ちない。何かがおかしい。葉羽の脳裏に、かすかな警鐘が鳴り響いていた。彼の視線は自然と、広間の片隅に置かれた一台の古びた蓄音機へと引き寄せられる。黒檀の重厚な台座に、真鍮のホーンが鈍く光る時代物だ。その傍らには、一枚のレコード盤が立てかけられている。レコード盤の表面には無数の細かい傷が刻まれ、長年使われていなかったことを物語っていた。

「神藤くん、警察はもう帰ったのかい?」

不意に背後から声がして、葉羽は肩を震わせた。振り返ると、そこには幼馴染の望月彩由美が立っていた。彼女は不安そうな表情で、葉羽の顔を見つめている。

「ああ、一応現場検証は終わったらしい。病死で処理するそうだ」

「そう……でも、黒曜さん、本当に病気だったのかな? 昨日は庭の手入れをしていた時、とても元気そうだったのに」

彩由美は黒曜と面識があり、彼の突然の死に動揺を隠せない様子だった。葉羽は彼女の言葉に頷きながら、再び蓄音機に目を向けた。何かが引っかかる。この場違いな古道具が、彼の探求心を刺激してやまないのだ。

「彩由美、このレコード盤、何か気になることはないか?」

「え? レコード盤? うーん、古いものみたいだけど……それだけかな。何か変なの?」

彩由美は首を傾げながら答える。彼女の目には、ただの古ぼけたレコード盤にしか映らないのだろう。だが、葉羽には違って見えた。彼はレコード盤に手を伸ばし、表面の傷を指先でなぞる。規則的ではない、乱雑な傷。まるで何かを無理やり削り取ったような痕跡だ。

「この傷は、ただ古くなったからついたものじゃない。何かを意図的に、削り取ったような跡に見える。まるで……誰かが、何かを隠そうとしたみたいだ」

「隠すって、何を?」

彩由美の問いに、葉羽はすぐには答えなかった。レコード盤の傷をじっと見つめながら、彼の頭の中では様々な可能性が交錯する。この豪邸には何か秘密がある。そして、黒曜の死は、その秘密と深く関わっているのではないか。ふと、一つの仮説が脳裏をよぎる。もしかしたら、このレコード盤には、黒曜の死の真相を解き明かす鍵が隠されているのかもしれない。

「彩由美、少し調べたいことがあるんだ。手伝ってくれるか?」

葉羽の言葉に、彩由美は迷うことなく頷いた。彼女の瞳には、葉羽に対する信頼と、事件の真相を知りたいという強い意志が宿っている。

「うん、もちろん!」

音のない広間に、二人の足音が響く。警察が病死と断定した事件の裏に潜む真実を求め、彼らは静かに、そして確かな足取りで、謎の深淵へと歩みを進めていく。壁に掛けられた古びた油絵の人物が、まるで彼らの行く末を見守るように、薄暗がりの中からじっとこちらを見つめている。埃っぽい空気の中に、見えない何かが蠢いているような、不穏な気配が漂っていた。葉羽はかすかな不安を覚えながらも、真実を突き止めるという決意を胸に、レコード盤へと再び視線を向けた。音無き絶叫がこだまするこの豪邸で、彼らの長い探索が始まろうとしていた。
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