28 / 74
第二章
11 濃紺の軍服を着た男たち
しおりを挟む
列車に乗り込んで二日目の早朝、水面が反射する太陽の光で目が覚めた。
最初は湖かと思った。
俺が住んでいたラドゥーゼには五つの大きな湖があって、同じ様な光景が見られたから。
ツァルが『海か』と呟く声を聞いて、初めてこれが海なのだと知った。
海。
そこは踏み入れてはならない場所。
海には世界の果てへと向かう流れがあり、その流れに逆らうことはできないと言われている。
「なんだ、あれ……」
海沿いを走る線路。
進行方向の海の中に、細い棒を組み合わせたような建造物が立っているのが見えた。
『何かの骨組みか?』
ツァルにもわからないようだ。
「あれは、鉄道橋ですな」
さっきまで寝ていたはずのトルダさんも、起きて窓の外に目を向けていた。
「鉄道橋って……もしかして、鉄道用の橋なのか?」
「ええ、名前のままですね」
『なんだって!?』
ツァルの大声に、俺は思わず眉をしかめる。
「まさか。こんな重そうな物が乗ったら、潰れるに決まってる」
「いえいえ。それが、もう何度も行き来しているんだそうですよ」
『そんな馬鹿な!』
まさに俺もツァルと同じ気持ちだった。
話をしている間にも、車輌はどんどん鉄道橋に近付いてゆく。
線路がゆるやかに曲がっているので、鉄道橋の様子がよく見える。
どうやら橋は入り江にかかっているようだ。
何故わざわざ入り江に線路を渡そうなんて考えたんだ。
もっと内陸に造ればいいのに!
さあっと血の気がひく。
先頭の機関車が、今にも橋の上にかかろうとしている。
いざとなったら……。
『窓から飛び降りろ。いいな、何か少しでも異常を感じたら、橋にかかる前に脱出するんだぞ!』
俺の考えていることがわかったかのように、ツァルの声が聞こえた。
ひどく真剣だ。
俺はしっかりと頷く。
そして向かいに座っているにこやかな老人の顔を見た。
少しも怯えていない。
もっと危機感を持てと言いたい。
いや、でもこの態度。
もしかして本当に大丈夫なのか?
この車体はあの細い棒を組み合わせてできた橋を渡りきれるのか?
俺はハラハラしながら機関車を見守る。
線路が橋に向かって真っ直ぐになるために、先頭が見えなくなった。
それでも様子を窺おうと、窓から身を乗り出す。
車輌に異常はないようだ。
破壊音も落下音も聞こえない。
大丈夫なのか? 本当に?
俺たちの乗っている車輌も橋の上にかかる。
異変はない。
少ししてからようやく詰めていた息を吐き出し、体から力を抜いた。
景色を見る余裕が生まれる。
海には波があるときくけれど、目の前にある海は湖とあまり変わらないように見えた。
ここが入り江だからか?
沖に出たら、やっぱり海はうねっているのか?
と、ふいに速度が落ちたのがわかった。
『何があった!? 脱出は、脱出はもう不可能なのか!?』
きっと不可能だろう。
ここはもう、鉄道橋の上なのだから。
窓から身を乗り出して様子を窺うけれど、前方で何が起こっているのかはわからない。
今、鉄道橋を三分の一ほど進んだ場所にこの車輌はある。
とりあえず橋に異常はなさそうだ。
けれど、万が一橋の上で車輌が止まったらと考えるとぞっとした。
高さはかなりある。
ざっと見積もっても客車を縦に並べたとして四両分ほどはありそうだ。
俺たちは、そんな場所に取り残されることになる。
「おや、何かあったんでしょうか。これは停止しますね」
「ちょっと、見てきます」
俺は立ち上がった。
機関車がどうなっているのか確認してくればいい。
原因がわかれば、解決策も見つかるだろうし、何より不安が減る……かもしれない。
「気を付けて」
「はい」
頷いたその時、車輌になだれ込んでくる一団があった。
濃紺の軍服に同色のマント、マスクと軍帽。
なんだこの怪しい奴等は。
警戒しながら様子を窺っていると、先頭に立っている男と目が合った。
俺!?
残念だけれど、こんな知り合いはいない。
――少なくとも記憶を喰われたあとは。
「顔を見せてもらおう」
俺の正面に立った男が、命令口調で言った。
最初は湖かと思った。
俺が住んでいたラドゥーゼには五つの大きな湖があって、同じ様な光景が見られたから。
ツァルが『海か』と呟く声を聞いて、初めてこれが海なのだと知った。
海。
そこは踏み入れてはならない場所。
海には世界の果てへと向かう流れがあり、その流れに逆らうことはできないと言われている。
「なんだ、あれ……」
海沿いを走る線路。
進行方向の海の中に、細い棒を組み合わせたような建造物が立っているのが見えた。
『何かの骨組みか?』
ツァルにもわからないようだ。
「あれは、鉄道橋ですな」
さっきまで寝ていたはずのトルダさんも、起きて窓の外に目を向けていた。
「鉄道橋って……もしかして、鉄道用の橋なのか?」
「ええ、名前のままですね」
『なんだって!?』
ツァルの大声に、俺は思わず眉をしかめる。
「まさか。こんな重そうな物が乗ったら、潰れるに決まってる」
「いえいえ。それが、もう何度も行き来しているんだそうですよ」
『そんな馬鹿な!』
まさに俺もツァルと同じ気持ちだった。
話をしている間にも、車輌はどんどん鉄道橋に近付いてゆく。
線路がゆるやかに曲がっているので、鉄道橋の様子がよく見える。
どうやら橋は入り江にかかっているようだ。
何故わざわざ入り江に線路を渡そうなんて考えたんだ。
もっと内陸に造ればいいのに!
さあっと血の気がひく。
先頭の機関車が、今にも橋の上にかかろうとしている。
いざとなったら……。
『窓から飛び降りろ。いいな、何か少しでも異常を感じたら、橋にかかる前に脱出するんだぞ!』
俺の考えていることがわかったかのように、ツァルの声が聞こえた。
ひどく真剣だ。
俺はしっかりと頷く。
そして向かいに座っているにこやかな老人の顔を見た。
少しも怯えていない。
もっと危機感を持てと言いたい。
いや、でもこの態度。
もしかして本当に大丈夫なのか?
この車体はあの細い棒を組み合わせてできた橋を渡りきれるのか?
俺はハラハラしながら機関車を見守る。
線路が橋に向かって真っ直ぐになるために、先頭が見えなくなった。
それでも様子を窺おうと、窓から身を乗り出す。
車輌に異常はないようだ。
破壊音も落下音も聞こえない。
大丈夫なのか? 本当に?
俺たちの乗っている車輌も橋の上にかかる。
異変はない。
少ししてからようやく詰めていた息を吐き出し、体から力を抜いた。
景色を見る余裕が生まれる。
海には波があるときくけれど、目の前にある海は湖とあまり変わらないように見えた。
ここが入り江だからか?
沖に出たら、やっぱり海はうねっているのか?
と、ふいに速度が落ちたのがわかった。
『何があった!? 脱出は、脱出はもう不可能なのか!?』
きっと不可能だろう。
ここはもう、鉄道橋の上なのだから。
窓から身を乗り出して様子を窺うけれど、前方で何が起こっているのかはわからない。
今、鉄道橋を三分の一ほど進んだ場所にこの車輌はある。
とりあえず橋に異常はなさそうだ。
けれど、万が一橋の上で車輌が止まったらと考えるとぞっとした。
高さはかなりある。
ざっと見積もっても客車を縦に並べたとして四両分ほどはありそうだ。
俺たちは、そんな場所に取り残されることになる。
「おや、何かあったんでしょうか。これは停止しますね」
「ちょっと、見てきます」
俺は立ち上がった。
機関車がどうなっているのか確認してくればいい。
原因がわかれば、解決策も見つかるだろうし、何より不安が減る……かもしれない。
「気を付けて」
「はい」
頷いたその時、車輌になだれ込んでくる一団があった。
濃紺の軍服に同色のマント、マスクと軍帽。
なんだこの怪しい奴等は。
警戒しながら様子を窺っていると、先頭に立っている男と目が合った。
俺!?
残念だけれど、こんな知り合いはいない。
――少なくとも記憶を喰われたあとは。
「顔を見せてもらおう」
俺の正面に立った男が、命令口調で言った。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる