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第三章
17 集いし親衛隊
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やがて室内に捕らわれていた精霊はひとりもいなくなった。
「愚かだとか間違っていたとか散々言われて、せっかく集めた精霊たちも失って、何故かヴァヴァロナの兵が剣を持って乗り込んできた。もう、めちゃくちゃだよ。僕には何もできないし、何かをする気にもなれない。精霊を連れたふたりが旅をしているっていう噂を耳にして是非仲間にと思ったけれど、君たちになんか目をつけるんじゃなかったよ」
疲れたように、マーサンが零す。
「我々は、ヴァヴァロナ王家の親衛隊です」
トルダさんが几帳面に訂正する。
「つまり何? 君は王様だってこと?」
親衛隊が動く理由。
そんなもの、ひとつしかない。
「そうだとはいえない」
「なんだ。あーあ、なんだかすごく損した気分だよ。それで、僕はこれからどうなるの? 不敬罪どころの騒ぎじゃ
ないよね。ああ、抵抗する気なんてもうないから安心して」
マーサンが両手を頭の高さに上げる。
「マーサン、ヴァヴァロナ王家が断絶したことは知ってるよな?」
「もちろん知っているさ。でも、王族がひとりくらい生き延びていたっておかしくはないとは思っていたよ」
「今の俺は、ただのヴァヴァロナ王族の生き残りってだけで、なんの力も持ってない」
「でもその血は精霊に選ばれた血だよね」
「それだけだ」
「僕はそれこそが重要だと思うけれどね」
マーサンが肩をすくめてみせる。
いつの間にか俺のすぐ傍まで近づいてきていたトルダさんが、いつでもマーサンを捕らえられるように構えているのがわかる。
俺はひとつ小さく息を吐いた。
もちろん、今の俺にはなんの権力もないから、マーサンを捕らえることなんてできない。
できることといえば、せいぜい傷害と誘拐の罪で訴えることくらいのものだ。
それでも俺の体に流れるこの血が重要なんだとマーサンが言うのなら、ひとつだけ頼みがある。
「マーサン、おまえが契約している精霊を、自由にしてやってくれ。それで手打ちだ」
「契約を解消しろってこと?」
「ああ。強引な手段で契約をした精霊たち全部と」
「それだけ?」
「それだけだ。合意の上で結んだ契約は除いて構わない」
マーサンは俺の顔をまじまじと見つめ、それから困ったような笑みを浮かべた。
「お人よしだね」
「誤解だ。じゃあ、俺たちは行く。世界は俺たちが救う。だからおまえは、もう一度何がしたいのか、何をすべきなのかよく考えてみればいい」
行こう、とサリアたちに声をかけて、踵を返す。
「契約を解消するところを見届けなくてもいいの?」
マーサンの戸惑いの滲んだ声が背中に投げかけられる。
俺は答えず、前を向いたまま片手を上げて数度振ってみせた。
きっと、マーサンは大丈夫だ。そう思えた。
『仲間を助けて下さって、ありがとうございました』
部屋を出たところに、ポーチェが佇んでいた。
「君も、もうすぐ森に帰れる」
ポーチェがふんわりと笑った。
『マーサンさまは寂しかっただけなのです。人間のお友だちがほしかったのです、きっと。少しだけ、方法を間違われてしまいましたけれど。……わたしは、ここに留まろうと思います』
「ああ、そうか。それはいい。きっとマーサンも喜ぶ」
ポーチェが傍にいてくれるだけで、きっと随分と救われるはずだ。
『そうだとよいのですけれど』
『あんなヤツにはもったいないくらいだ』
ツァルが吐き捨てるように言う。
『ツァル、好みは人それぞれですよ』
アスィがツァルを諫めるように言うけれど、その言葉も微妙に失礼だ。
「ポーチェさん、がんばって!」
サリアの励ましに、ポーチェは深く頷いた。
「じゃあ、また」
『旅のご無事をお祈りしています』
俺の短い別れの言葉に、ポーチェは丁寧な挨拶を返し、頭を下げた。
ポーチェに見送られて、俺たちは建物を出る。
外には十数人の男たちが並んで立っていた。
俺たちの姿を見るなり揃って敬礼する。
服装はてんでばらばらだ。
近衛兵がこんな場所をうろつけるわけはないから、除隊したのだろう。
それでも腰にはヴァヴァロナ軍で採用されているものと同じ型の大剣を佩いているのがわかった。
俺は驚いて思わず足を止める。
トルダさんがその男たちの前まで移動すると、俺を見て敬礼した。
「我々、ヴァヴァロナ王家親衛隊は、以後、クルストラ・ディ・ヴァヴァロナ様をお守りすることを誓います!」
「トルダさん……」
「どうぞトルダとお呼びくだされ」
『返事をしてやれよ』
「いや、でも、俺、何も返すことができないし、給料とかも払えないけど……」
「もちろん、そのようなものを頂戴しようとは思っておりません」
「あ、そうですか」
「どうかお傍に控えることをお許しくだされ」
トルダの真剣なその眼差しに押される。
俺は息をのんだ。
トルダと、その後ろに並ぶ顔を順番に見る。
最後にトルダの顔に戻り、俺はひとつ頷いた。
「わかった。俺たちはこれからペリュシェスを目指す。よろしくお願いします」
「承知いたしました」
トルダの返事が、とても心強かった。
「愚かだとか間違っていたとか散々言われて、せっかく集めた精霊たちも失って、何故かヴァヴァロナの兵が剣を持って乗り込んできた。もう、めちゃくちゃだよ。僕には何もできないし、何かをする気にもなれない。精霊を連れたふたりが旅をしているっていう噂を耳にして是非仲間にと思ったけれど、君たちになんか目をつけるんじゃなかったよ」
疲れたように、マーサンが零す。
「我々は、ヴァヴァロナ王家の親衛隊です」
トルダさんが几帳面に訂正する。
「つまり何? 君は王様だってこと?」
親衛隊が動く理由。
そんなもの、ひとつしかない。
「そうだとはいえない」
「なんだ。あーあ、なんだかすごく損した気分だよ。それで、僕はこれからどうなるの? 不敬罪どころの騒ぎじゃ
ないよね。ああ、抵抗する気なんてもうないから安心して」
マーサンが両手を頭の高さに上げる。
「マーサン、ヴァヴァロナ王家が断絶したことは知ってるよな?」
「もちろん知っているさ。でも、王族がひとりくらい生き延びていたっておかしくはないとは思っていたよ」
「今の俺は、ただのヴァヴァロナ王族の生き残りってだけで、なんの力も持ってない」
「でもその血は精霊に選ばれた血だよね」
「それだけだ」
「僕はそれこそが重要だと思うけれどね」
マーサンが肩をすくめてみせる。
いつの間にか俺のすぐ傍まで近づいてきていたトルダさんが、いつでもマーサンを捕らえられるように構えているのがわかる。
俺はひとつ小さく息を吐いた。
もちろん、今の俺にはなんの権力もないから、マーサンを捕らえることなんてできない。
できることといえば、せいぜい傷害と誘拐の罪で訴えることくらいのものだ。
それでも俺の体に流れるこの血が重要なんだとマーサンが言うのなら、ひとつだけ頼みがある。
「マーサン、おまえが契約している精霊を、自由にしてやってくれ。それで手打ちだ」
「契約を解消しろってこと?」
「ああ。強引な手段で契約をした精霊たち全部と」
「それだけ?」
「それだけだ。合意の上で結んだ契約は除いて構わない」
マーサンは俺の顔をまじまじと見つめ、それから困ったような笑みを浮かべた。
「お人よしだね」
「誤解だ。じゃあ、俺たちは行く。世界は俺たちが救う。だからおまえは、もう一度何がしたいのか、何をすべきなのかよく考えてみればいい」
行こう、とサリアたちに声をかけて、踵を返す。
「契約を解消するところを見届けなくてもいいの?」
マーサンの戸惑いの滲んだ声が背中に投げかけられる。
俺は答えず、前を向いたまま片手を上げて数度振ってみせた。
きっと、マーサンは大丈夫だ。そう思えた。
『仲間を助けて下さって、ありがとうございました』
部屋を出たところに、ポーチェが佇んでいた。
「君も、もうすぐ森に帰れる」
ポーチェがふんわりと笑った。
『マーサンさまは寂しかっただけなのです。人間のお友だちがほしかったのです、きっと。少しだけ、方法を間違われてしまいましたけれど。……わたしは、ここに留まろうと思います』
「ああ、そうか。それはいい。きっとマーサンも喜ぶ」
ポーチェが傍にいてくれるだけで、きっと随分と救われるはずだ。
『そうだとよいのですけれど』
『あんなヤツにはもったいないくらいだ』
ツァルが吐き捨てるように言う。
『ツァル、好みは人それぞれですよ』
アスィがツァルを諫めるように言うけれど、その言葉も微妙に失礼だ。
「ポーチェさん、がんばって!」
サリアの励ましに、ポーチェは深く頷いた。
「じゃあ、また」
『旅のご無事をお祈りしています』
俺の短い別れの言葉に、ポーチェは丁寧な挨拶を返し、頭を下げた。
ポーチェに見送られて、俺たちは建物を出る。
外には十数人の男たちが並んで立っていた。
俺たちの姿を見るなり揃って敬礼する。
服装はてんでばらばらだ。
近衛兵がこんな場所をうろつけるわけはないから、除隊したのだろう。
それでも腰にはヴァヴァロナ軍で採用されているものと同じ型の大剣を佩いているのがわかった。
俺は驚いて思わず足を止める。
トルダさんがその男たちの前まで移動すると、俺を見て敬礼した。
「我々、ヴァヴァロナ王家親衛隊は、以後、クルストラ・ディ・ヴァヴァロナ様をお守りすることを誓います!」
「トルダさん……」
「どうぞトルダとお呼びくだされ」
『返事をしてやれよ』
「いや、でも、俺、何も返すことができないし、給料とかも払えないけど……」
「もちろん、そのようなものを頂戴しようとは思っておりません」
「あ、そうですか」
「どうかお傍に控えることをお許しくだされ」
トルダの真剣なその眼差しに押される。
俺は息をのんだ。
トルダと、その後ろに並ぶ顔を順番に見る。
最後にトルダの顔に戻り、俺はひとつ頷いた。
「わかった。俺たちはこれからペリュシェスを目指す。よろしくお願いします」
「承知いたしました」
トルダの返事が、とても心強かった。
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