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一曲が、永遠のように長く、そして一瞬のように短く感じられた。
シフォンにリードされ、夢中でステップを踏んでいるうちに、音楽は終わりを告げた。
鳴り響く拍手の中、ミロルはまだ夢見心地のまま、ぼうっとしていた。
「……少し、外の空気を吸わないか」
耳元で囁かれ、はっと我に返る。
シフォンはミロルの返事を待たずに、彼女の手を引いてバルコニーへと向かった。
ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よい。
「あの……ありがとうございました。助けて、いただきました」
ミロルがおずおずと礼を言うと、シフォンは月明かりに照らされた庭園を見つめたまま、静かに言った。
「礼は不要だ。……あのような輩の言葉など、気にするな」
「はい……」
「お前は、そのままでいい」
真っ直ぐに告げられた言葉に、ミロルの心臓が大きく跳ねる。
(そのままで、いい……)
今まで誰にも言われたことのない言葉だった。
いつも「家の役に立て」「もっと上手くやれ」と叱られてばかりだった自分を、彼は肯定してくれた。
嬉しくて、泣きそうになるのを必死にこらえる。
しばらくの沈黙の後、シフォンが不意に口を開いた。
「ミロル、単刀直入に言う」
「はい」
「我がヴァインベルク公爵家の薬草園で、働いてみないか」
「……え?」
あまりに唐突な提案に、ミロルは自分の耳を疑った。
「公爵家の、薬草園……ですか?」
「ああ。実は今、うちの薬草園は荒れ放題でな。腕のいい管理人をずっと探していたんだ」
シフォンはミロルの方に向き直る。その青い瞳は、夜会にいる時よりもずっと真剣な光を宿していた。
「森でお前の薬草の知識を見た時、ぜひ君に任せたいと思った。もちろん、相応の報酬は支払う。住み込みで働いてもらうことになるが、部屋も用意しよう」
それは、ミロルにとって信じられないほど好条件の申し出だった。
何より、忌まわしい叔父夫婦の家を出て、自分の好きな薬草に囲まれて仕事ができる。
こんなに魅力的な話があるだろうか。
しかし、ミロルは即答できなかった。
「ですが、わたくしはただの男爵家の娘です。そのような大役、務まるかどうか……」
「務まる。俺が保証する」
シフォンの言葉には、微塵の迷いもなかった。
「お前には、類稀な才能がある。それを、こんな田舎の……失礼、グレイフィールド男爵家で腐らせておくのは惜しい」
彼は、ミロルが叔父夫婦の家でどのような扱いを受けているか、全てお見通しのようだった。
「……考えさせて、いただけますか」
「ああ。だが、あまり長くは待てない。良い返事を期待している」
そう言うと、シフォンはミロルの手を取り、その甲に騎士の礼として、そっと唇を寄せた。
「っ……!」
触れた唇の感触に、ミロルの体温が急激に上昇する。
顔を上げると、シフォンが悪戯っぽく微笑んでいるのが見えた。氷の騎士と呼ばれる彼が、初めて見せた柔らかな表情だった。
その笑顔に、ミロルの心は、もうすっかり決まってしまっていた。
シフォンにリードされ、夢中でステップを踏んでいるうちに、音楽は終わりを告げた。
鳴り響く拍手の中、ミロルはまだ夢見心地のまま、ぼうっとしていた。
「……少し、外の空気を吸わないか」
耳元で囁かれ、はっと我に返る。
シフォンはミロルの返事を待たずに、彼女の手を引いてバルコニーへと向かった。
ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よい。
「あの……ありがとうございました。助けて、いただきました」
ミロルがおずおずと礼を言うと、シフォンは月明かりに照らされた庭園を見つめたまま、静かに言った。
「礼は不要だ。……あのような輩の言葉など、気にするな」
「はい……」
「お前は、そのままでいい」
真っ直ぐに告げられた言葉に、ミロルの心臓が大きく跳ねる。
(そのままで、いい……)
今まで誰にも言われたことのない言葉だった。
いつも「家の役に立て」「もっと上手くやれ」と叱られてばかりだった自分を、彼は肯定してくれた。
嬉しくて、泣きそうになるのを必死にこらえる。
しばらくの沈黙の後、シフォンが不意に口を開いた。
「ミロル、単刀直入に言う」
「はい」
「我がヴァインベルク公爵家の薬草園で、働いてみないか」
「……え?」
あまりに唐突な提案に、ミロルは自分の耳を疑った。
「公爵家の、薬草園……ですか?」
「ああ。実は今、うちの薬草園は荒れ放題でな。腕のいい管理人をずっと探していたんだ」
シフォンはミロルの方に向き直る。その青い瞳は、夜会にいる時よりもずっと真剣な光を宿していた。
「森でお前の薬草の知識を見た時、ぜひ君に任せたいと思った。もちろん、相応の報酬は支払う。住み込みで働いてもらうことになるが、部屋も用意しよう」
それは、ミロルにとって信じられないほど好条件の申し出だった。
何より、忌まわしい叔父夫婦の家を出て、自分の好きな薬草に囲まれて仕事ができる。
こんなに魅力的な話があるだろうか。
しかし、ミロルは即答できなかった。
「ですが、わたくしはただの男爵家の娘です。そのような大役、務まるかどうか……」
「務まる。俺が保証する」
シフォンの言葉には、微塵の迷いもなかった。
「お前には、類稀な才能がある。それを、こんな田舎の……失礼、グレイフィールド男爵家で腐らせておくのは惜しい」
彼は、ミロルが叔父夫婦の家でどのような扱いを受けているか、全てお見通しのようだった。
「……考えさせて、いただけますか」
「ああ。だが、あまり長くは待てない。良い返事を期待している」
そう言うと、シフォンはミロルの手を取り、その甲に騎士の礼として、そっと唇を寄せた。
「っ……!」
触れた唇の感触に、ミロルの体温が急激に上昇する。
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その笑顔に、ミロルの心は、もうすっかり決まってしまっていた。
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