6 / 32
6
しおりを挟む
シフォンが隣に立ってくれたことで、あからさまに嘲笑してくる者はいなくなった。
しかし、代わりに突き刺さるのは、嫉妬と好奇に満ちた視線の雨だ。ミロルは居心地の悪さに、俯いてしまう。
「どうした。顔色が悪い」
隣から、シフォンの低い声が聞こえる。
「い、いえ……わたくし、このような場所には慣れていないものですから」
「そうだろうな。お前は、あちらの方が似合っている」
シフォンが視線で示したのは、窓の外に広がる王城の庭園だった。月明かりに照らされた緑が、静かに揺れている。
(森……)
彼の言葉に、二人が出会ったあの場所が思い浮かび、ミロルの頬が少しだけ緩んだ。
その時、甲高い声が二人の間に割り込んできた。
「シフォン様、こちらにいらしたのですね!ずっと探しておりましたのよ」
振り返ると、燃えるような赤いドレスに身を包んだ、派手やかな顔立ちの令嬢が立っていた。侯爵家の令嬢、ベーラ・レンフィールドだ。
彼女はシフォンの腕に馴れ馴れしく絡みつくと、ミロルを頭のてっぺんから爪先まで見下ろし、蔑むように鼻を鳴らした。
「あら、こちらはどちら様?シフォン様、このような壁際で、地味な方とお話なさるなんて、あなたらしくもございませんわ」
あからさまな侮辱に、ミロルの顔から血の気が引いていく。
「ベーラ、放せ」
シフォンは腕を振り払い、不快感を隠そうともせずに言った。
「まあ、つれない方!わたくし、あなたと最初の一曲を踊りたくて……」
「断る」
「そんなことおっしゃらずに!」
ベーラが尚も食い下がろうとした時、別の令嬢たちが彼女に加勢した。
「そうですよ、シフォン様!こんな見たこともないような男爵令嬢よりも、わたくしたちと踊ってくださいまし!」
「その水色のドレス、古着屋ででも買われたのかしら?お可哀想に」
クスクスと響く笑い声。
ミロルは唇を噛み締め、俯いたまま動けなかった。悔しくて、情けなくて、涙が溢れそうになる。
その時だった。
「……黙れ」
地を這うような低い声が、響いた。
シフォンの声だった。その声には、今まで感じたことのないほどの、冷たい怒りが込められていた。
令嬢たちの笑い声が、ぴたりと止む。
シフォンは氷の視線で令嬢たちを一瞥すると、ミロルの方に向き直った。
そして、全ての者が見ている前で、優雅に片膝をつき、ミロルに手を差し伸べた。
「ミロル・グレイフィールド嬢」
「……はい」
「俺と、一曲踊っていただけるだろうか」
広間が、水を打ったように静まり返る。
誰もが信じられないという顔で、二人を見ていた。特に、ベーラの顔は怒りで真っ赤に染まっている。
ミロルは、目の前で跪くシフォンと、差し出された大きな手を見つめて、呆然としていた。
(わたくしを、誘ってくださっているの……?)
これは夢なのだろうか。
「……ミロル」
戸惑う彼女を、シフォンが真剣な瞳で見つめ、もう一度名を呼ぶ。
その瞳に吸い込まれるように、ミロルは、おそるおそる自分の手を彼の手に重ねた。
「……はい。喜んで」
シフォンは満足げに微笑むと、ミロルの手を優しく引き、エスコートして広間の中央へと歩き出した。
向けられる視線はもはや、侮蔑ではなく、驚愕と羨望の色を帯びていた。
ミロルは、シフォンに導かれるまま、夢見心地でワルツの調べに身を任せるのだった。
しかし、代わりに突き刺さるのは、嫉妬と好奇に満ちた視線の雨だ。ミロルは居心地の悪さに、俯いてしまう。
「どうした。顔色が悪い」
隣から、シフォンの低い声が聞こえる。
「い、いえ……わたくし、このような場所には慣れていないものですから」
「そうだろうな。お前は、あちらの方が似合っている」
シフォンが視線で示したのは、窓の外に広がる王城の庭園だった。月明かりに照らされた緑が、静かに揺れている。
(森……)
彼の言葉に、二人が出会ったあの場所が思い浮かび、ミロルの頬が少しだけ緩んだ。
その時、甲高い声が二人の間に割り込んできた。
「シフォン様、こちらにいらしたのですね!ずっと探しておりましたのよ」
振り返ると、燃えるような赤いドレスに身を包んだ、派手やかな顔立ちの令嬢が立っていた。侯爵家の令嬢、ベーラ・レンフィールドだ。
彼女はシフォンの腕に馴れ馴れしく絡みつくと、ミロルを頭のてっぺんから爪先まで見下ろし、蔑むように鼻を鳴らした。
「あら、こちらはどちら様?シフォン様、このような壁際で、地味な方とお話なさるなんて、あなたらしくもございませんわ」
あからさまな侮辱に、ミロルの顔から血の気が引いていく。
「ベーラ、放せ」
シフォンは腕を振り払い、不快感を隠そうともせずに言った。
「まあ、つれない方!わたくし、あなたと最初の一曲を踊りたくて……」
「断る」
「そんなことおっしゃらずに!」
ベーラが尚も食い下がろうとした時、別の令嬢たちが彼女に加勢した。
「そうですよ、シフォン様!こんな見たこともないような男爵令嬢よりも、わたくしたちと踊ってくださいまし!」
「その水色のドレス、古着屋ででも買われたのかしら?お可哀想に」
クスクスと響く笑い声。
ミロルは唇を噛み締め、俯いたまま動けなかった。悔しくて、情けなくて、涙が溢れそうになる。
その時だった。
「……黙れ」
地を這うような低い声が、響いた。
シフォンの声だった。その声には、今まで感じたことのないほどの、冷たい怒りが込められていた。
令嬢たちの笑い声が、ぴたりと止む。
シフォンは氷の視線で令嬢たちを一瞥すると、ミロルの方に向き直った。
そして、全ての者が見ている前で、優雅に片膝をつき、ミロルに手を差し伸べた。
「ミロル・グレイフィールド嬢」
「……はい」
「俺と、一曲踊っていただけるだろうか」
広間が、水を打ったように静まり返る。
誰もが信じられないという顔で、二人を見ていた。特に、ベーラの顔は怒りで真っ赤に染まっている。
ミロルは、目の前で跪くシフォンと、差し出された大きな手を見つめて、呆然としていた。
(わたくしを、誘ってくださっているの……?)
これは夢なのだろうか。
「……ミロル」
戸惑う彼女を、シフォンが真剣な瞳で見つめ、もう一度名を呼ぶ。
その瞳に吸い込まれるように、ミロルは、おそるおそる自分の手を彼の手に重ねた。
「……はい。喜んで」
シフォンは満足げに微笑むと、ミロルの手を優しく引き、エスコートして広間の中央へと歩き出した。
向けられる視線はもはや、侮蔑ではなく、驚愕と羨望の色を帯びていた。
ミロルは、シフォンに導かれるまま、夢見心地でワルツの調べに身を任せるのだった。
16
あなたにおすすめの小説
「愛することはない」と言った冷徹公爵様、やり直しの人生は溺愛が重すぎます!~王宮が滅びるのは記憶を隠した旦那様と幸運な息子のせい?~
ソラ
恋愛
王宮の陰湿な包囲網、そして夫であるアリステア公爵の無関心。心身を削り取られたセラフィナは、孤独と絶望の中でその短い一生を終えた。
だが、彼女は知らなかった。
彼女の死を知ったアリステアが、復讐の鬼と化して王宮へ反乱を起こし、彼女を虐げた者たちを血の海に沈めたことを。そして彼もまた、非業の死を遂げたことを。
「……セラフィナ。二度と、君を離さない。この命、何度繰り返してでも」
気がつくと、そこは五年前――結婚三日目の朝。
セラフィナが「今度は期待せずに生きよう」と決意した矢先、飛び込んできたアリステアは泣きながら彼女を抱きしめた。
前世の冷淡さが嘘のように、甘く、重すぎるほどの愛を注いでくるアリステア。
さらに、前世には存在しなかった息子・ノエルまで現れ、セラフィナを苦しめるはずだった敵は、彼女が知らないうちに裏で次々と社会的に抹殺されていく。
アリステアは記憶がないふりをして、狂気的な執着を「優しさ」という仮面で隠し、今度こそ彼女を檻のような幸福の中に閉じ込めようと画策していた。
知っているのは、読者(あなた)だけ。
嘘から始まる、究極のやり直し溺愛ファンタジー!
(本作品はAIを活用して構成・執筆しています)
【完結】婚約解消を言い渡された天使は、売れ残り辺境伯を落としたい
ユユ
恋愛
ミルクティー色の柔らかな髪
琥珀の大きな瞳
少し小柄ながらスタイル抜群。
微笑むだけで令息が頬を染め
見つめるだけで殿方が手を差し伸べる
パーティーではダンスのお誘いで列を成す。
学園では令嬢から距離を置かれ
茶会では夫人や令嬢から嫌味を言われ
パーティーでは背後に気を付ける。
そんな日々は私には憂鬱だった。
だけど建国記念パーティーで
運命の出会いを果たす。
* 作り話です
* 完結しています
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました
廻り
恋愛
幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。
王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。
恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。
「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」
幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。
ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。
幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
落ちこぼれ姫はお付きの従者と旅立つ。王族にふさわしくないと追放されましたが、私にはありのままの私を愛してくれる素敵な「家族」がおりますので。
石河 翠
恋愛
神聖王国の姫は誕生日に宝石で飾られた金の卵を贈られる。王族として成長する中で卵が割れ、精霊が現れるのだ。
ところがデイジーの卵だけは、いつまでたっても割れないまま。精霊を伴わない姫は王族とみなされない。デイジーを大切にしてくれるのは、お付きの従者だけ。
あるとき、異母姉に卵を奪われそうになったデイジーは姉に怪我を負わせてしまう。嫁入り前の姉の顔に傷をつけたと、縁を切られ平民として追放された彼女の元へ、お付きの従者が求婚にやってくる。
さらにデイジーがいなくなった王城では、精霊が消えてしまい……。
実は精霊王の愛し子だったヒロインと、彼女に片思いしていた一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25997681)をお借りしております。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される
佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。
異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。
誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。
ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。
隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。
初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。
しかし、クラウは国へ帰る事となり…。
「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」
「わかりました」
けれど卒業後、ミアが向かったのは……。
※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)
両親のような契約結婚がしたい!
しゃーりん
恋愛
仲の良い両親が恋愛結婚ではなく契約結婚であったことを知ったルチェリアは、驚いて兄レンフォードに言いに行った。兄の部屋には友人エドガーがおり、ルチェリアの話を聞いた2人は両親のような幸せな契約結婚をするためにはどういう条件がいいかを考えるルチェリアに協力する。
しかし、ルチェリアが思いつくのは誰もが結婚に望むようなことばかり。
なのに、契約を破棄した時の条件が厳しいことによって同意してくれる相手が見つからない。
ちゃんと結婚相手を探そうとしたが見つからなかったルチェリアが結局は思い人と恋愛結婚するというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる